悠生治療院

身体のバランスの崩れをケアします。アンチエイジングケアを基本に重量に抗える肉体を維持できるようにケアさせていただいております。訪問マッサージもしております。

心と身体の健康について

心が健康でいるためには、身体の健康が大切であること。なぜなら齢を重ねれば重ねるほどに、心は身体に大きく影響されるようになるからである。
また身体を健康を保つためには、毎日やってくる老化、それは具体的には筋肉が弾力性を失い、筋力低下を起こすことなのだけれど、筋力低下を食い止めることが何より大切であること。
そのために毎日の暮らしの中で身体の使い方を意識することが大切であること。
骨格的な変化をできる限り引き起こさないよう意識することがとても大切である。

田中(安井) 美香

立命館大学卒

京都仏眼鍼灸理療専門学校(旧仏眼厚生学校)卒。

ブログ

患者さんとのお別れ

ブログを更新したいと思いながら、毎日何かと格闘していて、落ちついて心を整理することが出来ずにいました。 何かというのは、もちろん治療院がうまくいくように私自身の患者さんの治療についてや、スタッフの治療について考え続けているのは以前から変わらずなのですが、そんなこととは別に自分の中にあるものが本当にこれでいいのかしら、もっと大きくて広いものなんじゃないかと想いを巡らせているとなかなか文章にまとめることができなかったのです。 きっかけは様々ありますが、一番大きなきっかけとなったのは、私の仕事人生の大半をお付き合い下さった患者さんが亡くなられた時の体験が大きいかもしれません。 この患者さんから教わったことは、絶対に忘れることが出来ない、治療師として私の基礎をなすものとなりましたから、是非文章で残したいと思っているのですが、この方が亡くなられた時の体験が私の根幹を揺るがすようなものでしたから、心の様々を表現することがなかなか簡単ではなくなってしまったのです。 この方が亡くなられるほんの一時間前に訪問していました。 食事の量が減り、心臓の働きが落ちてきいたのでいつ何時なにがおきても不思議ではない状態が続いていましたが、ふつうに会話が出来て身体も自力で動かせるところがまだまだ残っていました。 それでも、その時が近いのはわかっていました。 この方とは、長きに渡る付き合いの中で、私なりにお役にたてるよう最大限の努力を重ねてきましたが、精神的には全く反対で、経験豊かなこの方はいつも私たちを励まし、問題解決の提案をして私を助けて下さっていました。 それで終わろうとしているこの方にお礼が言いたいけど、まだ話も出来るのに今までありがとうございますというのもどうかと思いながら、どうしてもちゃんとお礼を伝えたかったので、 「いろいろいつもありがとうです。これからもずっとおつきあいして下さいね」とお願いしました。それは肉体を離れても私を助けて下さいという意味を含んでいました。 すると少し意外そうな顔をされたようにも思いますが、とても嬉しそうな笑顔をして「そうか。こちらこそ頼むで」と言って下さいました。 そしてその方の家を後にして、20分以上車を走らせた次の場所に向かっていました。すると綿毛がフロントガラスに次々と飛んできます。 その時は7月でした。 タンポポがいっぱい咲いている季節ですら、フロントガラスめがけて綿毛が飛んでくることを経験したことがなかったので、近くに“花”がたくさんあるのかとキョロキョロしてもそれらしいものは見当たりません。 それでも次々と飛んでくるのを、不思議に思いながら車を走らせていました。 そして次の目的地に到着してしばらく後にその方の訃報の知らせをいただきました。 その時、私は、あの綿毛は、患者さんが別れを告げに、そしてこれからも付き合えることを知らせに来て下さったのだ確信しました。 わたしはいわゆるスピリチュアルな世界が好きな人間でしたが、一方で目に見えないものは、ないものにした方が治療がシンプルでうまくいくので、経絡の流れや気の運行ということより、目に見える筋肉や皮膚といった物質的なものを指標にした治療に重きを置いてきました。 ですから、見えない霊というものにもあまり興味がなく、「ここに来ると嫌な感じ」といったことも感じたこともありませんでした。 その私に、目に見えるように風に乗って魂が知らせに来てくれたのですから、否が応でも私の世界は半分しか開いてなかったのかも知れないと信じざるを得なくなってしまったのです。 そして、今まで物理的な作用で起きているに過ぎないと考えてきた様々なこと、例えば目の前に落ちる木の葉であったり、目の前を遮る蝶にもっと深い魂-スピリット-の働きを感じるようになりました。 だからといって私の日常がなにか変わったということはないのですが、患者さんの治療という意味では、私が気がつかなかったものがあるのではないか、もっと深く長い時間の中で考えることで、よりよいアプローチがあるのではないかと考えるようになりました。 それで文章にすることが困難になっていたのですが、グルリと一周回って、結局は相手を大切に思うことが最善の治療に結びつくのだから何ら間違いはなかったのではないかと思うに至っています。 ただスピリットの持つ力は気のせいではなく、ただ気がつかないだけではっきりと目に見えてあると言うことに確信するようには日々なっていますので、ますます愛のある治療の大切さを感じるようになりました。 魂の治療ができるよう頑張りたいと思っていますので、私に治療の機会が多くありますよう皆様の応援をよろしくお願いいたします。 この方から教わったことは次回に書こうと思っています。おしんよりすごい苦労を乗り越えて来られたお話です。

片眼で「見る」

金属加工する職人をされていた患者さんのお話です。 大阪城の天守閣の屋根についている金属を全て一人で納品したと言われるので、とてもしっかりとした腕で仕事をされていたのだろうと思います。 使い込んだ身体は、年齢とともにあちこちが悲鳴をあげていました。一番の問題は、めまいだと言われます。 脳梗塞後の不全麻痺(見た目はあまりわからないくらいだけれどやはり普通には動きにくい麻痺)もあるので、室内の移動は出来ても、めまいで室外の移動は困難だと言うことでした。 めまいというのは、脳の問題が隠れている場合もあるのですが、加齢に伴う骨格の変形から耳周辺のリンパの流れが滞ることで起きることもよくあります。そんな時はマッサージ施術によりリンパの流れをよくするだけで驚くほどに改善します。 ひどいめまいは、施術を始めてからある程度の改善はみえたのですが、どうにも頚部の筋緊張の左右差が大きく脳梗塞の後遺症のためかと考えていました。 が、実は若い頃に仕事中に体勢が崩れ、アルミ板で額から口元まで切る大怪我をされ、そのために左眼を失明されたのだそうです。 片眼になると遠近感がわからず、片眼による手元作業に慣れるまで3年くらいかかったそうです。 ほんの2、3㎝の違いがわからず、電車と車が並行して走っているところで、それらがすれ違う時に、その遠近感がわからず、あっぶつかる!と一人びっくりするそうです。 遠近感がつかめないのに、どうやって細かな作業をこなしてこられたのでしょうか? しかも選りすぐりの腕前なのはなんとも不思議です。 片眼でもみているうちに慣れてくるのかと尋ねてみました。 すると意外な答えが返ってきました。 見ればみるほどわからなくなるので、パッと見てあとは見ないでする方がうまくいくとおっしゃいます。 両眼がきちんと働いていた時と同じように見える前提で必死に見ようとしないで、見えないことを受け入れて、片方の眼とあとは経験に裏打ちされた心の眼で見る方がうまくいくということなのかなと思います。 私たちの仕事も同じことが言えるのかなとしばらく片眼で「見る」ということについて考えてみました。 見えないもの、わからないことをわかる前提で考え続ければ続けるほどに迷いが生まれて、正解から遠ざかるということがあると言えるのでしょうか。それより、心の眼を鍛えていくことに時間を費やす方が正解に近づくのでしょうか。 まだ自分の中ではっきりとした答えは見えていません。 きっと頭の片隅に置いておくことで、ある日成熟し、ヒラメキとなってわかる日がくるんじゃないかと考えることを一旦おしまいにしました。 感じる心やカンというのを言葉で言い表したり、人に伝えるのはとても難しいのですが、思考を超える何かがあるのは多分確かなのだろうと思います。

東洋医学を志した理由

この秋で、訪問マッサージの仕事に関わり始めて25年になります。 23歳の時に、バイク事故で意識不明となった友人の目を覚ますためにできることはないかと隣に住んでいらしたヨガの先生に相談し、西洋医学ではカバーできない世界に足をふみいれました。けれど、その友人は覚醒することなく事故から3年後の秋に亡くなりました。 この出来事をきっかけに東洋医学に関わりたいとこの道を目指しました。 専門学校に入学し、マッサージのアルバイトを探していたら、知り合いから訪問マッサージの仕事を紹介してもらいました。当時まだ多くは知られていないこの仕事の面接に行く前の日に、このバイク事故で亡くなった友人が夢に出てきました。 どこかの洞窟の中でこっそり二人きりで会っていました。ただそれだけの夢でしたが、面接の後、仕事見学に行った時、夢の理由を知りました。 在宅で、きちんと意思疎通出来ない寝たきりの人たちの身体を動かしたり、能動的な人生を送れるように働きかけたりする仕事だったのです。 病院で寝ていた友人にどう接したらいいいいのか、お見舞いに通いながらも戸惑いの方が大きい3年間でした。お見舞いに行っても何もできずに付き添いの人と話をして帰ってくるしかできなかったのです。 私は訪問マッサージに関わることで、その戸惑いを乗り越えて自分にできることを探して行く旅を始めたのでした。 それから25年。 寝ている人に必要なこと。 私にできること。 障害を背負って生きるということ。 そして死ぬということ。 まだまだ見えない答えもありますが、患者さんに支えてもらいながら一つ一つ答えを見つけてこれたように思います。 私にこの道を示してくれたこの友人には感謝しかありません。寝たきりでいるということは、逆説的ですが、必死に生きるということではないかと思うようになりました。 まだもう少しこの道を進んで行きたいと思っています。 どうぞよろしくお願い致します。

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