悠生治療院

身体のバランスの崩れをケアします。アンチエイジングケアを基本に重量に抗える肉体を維持できるようにケアさせていただいております。訪問マッサージもしております。

心と身体の健康について

心が健康でいるためには、身体の健康が大切であること。なぜなら齢を重ねれば重ねるほどに、心は身体に大きく影響されるようになるからである。
また身体を健康を保つためには、毎日やってくる老化、それは具体的には筋肉が弾力性を失い、筋力低下を起こすことなのだけれど、筋力低下を食い止めることが何より大切であること。
そのために毎日の暮らしの中で身体の使い方を意識することが大切であること。
骨格的な変化をできる限り引き起こさないよう意識することがとても大切である。

田中(安井) 美香

立命館大学卒

京都仏眼鍼灸理療専門学校(旧仏眼厚生学校)卒。

ブログ

お年寄りから学ぶことを子育てに活かす

子どもの教育や毎日のご飯、掃除の仕方やお金の使い方といった家の中で行われることの大半は、自分の育った環境の中から知らないうちに身につけていくことが多いように思います。 でも、私の場合は、毎日、他人の居住空間で仕事をしているので、親から受け取ったこと以上に、患者さんのやり方・考え方に影響を受けてきたように思います。 子育てもその中の一つです。 今の高齢者は、戦争体験者です。 物のなかった苦労話、学校に行っても勉強より動員で工場で働かされたことや、防空壕に隠れた話など、戦争の時の苦労話は、多く耳にしすぎて、私自身がその場合を陰から見ていたような気になるくらいです。 戦争の時代に生きた苦労は語り尽くせない一方で、今の教育が直面している問題について話す時、少なくない方が、自分たちには、教育勅語があり、きちんとした考え方の中で教育を受けてきたと、教育勅語を大きく評価されるのです。 戦後生まれの私の中では、教育勅語は軍国主義の象徴のようなもので、軍国主義による洗脳で、こういう全体主義的な考え方を良しとしているのかなと、初めの頃は、批判的に聞いてきたように思います。 でも度々そういう言葉を聞き、またそういう人たちの生きかたが”美しい”と思うことが多いので、あれ?これは軍国主義の洗脳と決めつけてはダメかもしれないと思うようになりました。 私の思う”美しさ”は、自分のいる場所で、自分の納得する秩序を保ち、そのために自己制御できる生き方です。 私は、そういう生活を垣間見た時、なんて美しい人だろうと思います。 他人の尺度ではなく自分の尺度で、それを保つために労力を費やす。 それは、お金で買えるものではありません。慎ましやかで美しい毎日がそこにあるように思います。 そういう暮らしを見たとき、こういう自律的な生き方はどこでどうやって獲得して来られたのかなといつも思うのです。 それは、教育勅語そのもの中や軍国主義の中にではなく、その中で自分を律する心や、自分さえ良ければいいということはよくないことであるという友愛の心が育まれたからなのかなと思うようになりました。 外敵にさらされにくい環境の、小さな島国で生きてきた日本が育んできた心なのかなと思います。 今、若い人たちの中で、このような美しさが失われてきているようにも思います。 そういうわけで、もうかなり手遅れかもしれませんが、自分を律する心、他人を思いやる心が宿るように厳しく子育てをするように心がけるようになりました。 自分自身が全く行き届いていないのでうまくいかないことまも多々ありますが、お年寄りから学んだことを生かしています。 私が訪問マッサージに飽きることがない大きな理由はこんなところにもあるのです。

最高齢の患者さんが満106歳のお誕生日

うちの最高齢の患者さんが満106歳のお誕生日を迎えられました。 (とはいえみんながお祝いに来て「疲れた」と仰ってました・笑) これから暑い夏がはじまります。 脱水症や室温管理が心配ですが、この方を支えるチームは本当に素晴らしいケアで、この方の連絡ノートからは、「愛がこぼれている」とうちのスタッフがいいます。 このチーム力は、ご本人の魅力が大きいのかなと思います。 私たちもチームの一員として、ご長寿の生活を支える一助になりたいと思います。 ㊗️お誕生日おめでとうございます㊗️

救急搬送の判断について

先日訪問した時に、患者さんの様子がおかしく、結局救急搬送をすることになりました。 何度目かの経験ですが、なかなかなれません😭 呼吸数、脈拍、血圧、血中酸素濃度、体温のバイタルチェックの他、意識レベルも大切な観察ポイントです。 私は普段、血中酸素濃度を測定する器械だけ持ち歩いています。3×2cmくらいの小さなもので、持ち運びに便利だし、手指の先に挟むだけで呼吸状態が測れるので、緊急か否かの指標にとても便利なのです。またこれは脈拍も測れます。 ただ、この器械は、手が冷たいと正確な数値が出ないことがあります。脈拍は自分の手でも測れるので、この器械の脈拍と触診による脈拍の数値が近ければ血中酸素濃度も正確に測定できていると考えるようにしています。 この方は、訪問時、呼吸が苦しそうに見えたものの、呼びかけに反応があり、眼も合い、ちゃんといつも通りの反応がありました。 血中酸素濃度を測ると95%〜93%でした。これは、少し低いものの、許容範囲です。90%を切ると危険,正常値は95%以上です。 しかし、胸郭が動いていなくて、呼吸が出来ていないようにみえました。口の中を見ると、飲みものと痰が絡んだようなものが引っかかっていました。 痰が気道に絡んでいて息苦しいのかなと、とりあえず口の中を口腔ケア用のスポンジで拭き取りましたが、様子は変わらず、ますます苦しそうな様子に見えました。そして、血中酸素濃度は、90%を切ってしまいました。 そうこうするうちに発語もできなくなってこられたのです。 一刻を争う状態になってきたことはわかっていても、救急車を呼ばなくても、引っかかっている痰さえ動けばなんとかなるんじゃないかと考えました。そういうことが度々あるからです。 痰がでるように、胸郭を動かしますが、血中酸素濃度はあがりません。 だんだんと私も冷静さを失い始めました。上のフロアにはご家族がいらっしゃいましたが、呼んでも聞こえないのか返事がありません。呼びに上がる前に訪問看護師さんに電話をしました。 ご家族と相談して、必要なら訪問すると言われたので、ご家族を呼びに行きました。 ご家族は、看護師さんに見てもらってから救急車を呼びたいと言われます。 みんながこんな風に考えるのは、普段から呼吸状態が良くないこともあり、反応が低いこともあります。それでいつもと違うと断言出来ないからなのです。 そうこうするうちにどんどん顔色が悪くなって、唇は真っ白です。ご家族も普通ではないとわかってはいても、決断するのをとまどわれているようにみえました、 もう猶予はないように見えました。「救急車を呼びましょう」とご家族に言いました。 それから5分足らずで救急車が来てくれました。 救急隊員さんは、酸素マスクをつけた後次々とバイタルチェックをしていかれます。 患者さんは、酸素マスクをした後、息を吹き返したように声を出されました。 血中酸素濃度は91%。呼吸数18。体温36.2分。 眼は光に反応あり。 握手して「わかったら握って下さい」と左右で確認。「握り返せてます。麻痺なし」 バイタルチェックは全て正常範囲でした。意識レベルも呼びかけに応じることが出来るレベルでした。 酸素マスクのおかげで、正常範囲に戻ったように見えました。わたしは、見た感じ、眼も合わないし、血中酸素濃度を測っていた手も指が曲がり測れなくなったので、脳がどうにかなってしまったのかと思いましたが、苦しかっただけだったのです。 救急車を呼べて良かったとホッとしました。 その後、病院での診断は、肺炎という事でした。 私は、患者さんの身体が触った感じが、少し熱いなと思いながらも、高熱ではなかったので、肺炎を全く疑いませんでした。だからとにかく痰が詰まっていると思い込み、これさえ動けば病院に行く必要はないという考えから、救急車より痰を動かすことばかり考えていたように思います。 でも、きちんと数値を測ることで他の状態についても客観的なデータとして看護師さんに伝えることも出来たのに、ほとんど家族さんと同じレベルでうろたえていた自分を情けなく思いました。 ただ、結果的にはもう少し遅ければ亡くなられていたかも知れないので、「でかした」と友人の看護師さんからは褒めていただきましたが、今回は、最初の状態から、次第に悪化していったことが私の混乱を大きくしてしまったように思います。 こういう時は、本当に怖くて焦ります。 しなければならないことを紙に書いていつでも取り出せるようにしておけば、もう少し冷静に対応できるかなと思いました。 何はともあれ良かったです。 早くお元気になって退院されることをお祈りしています。

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