チームケア

「なんとかしてあげてほしいんや。時間がかかってもいいから、信頼関係を作って、なんとか人への信頼が戻るような支援をしてほしい。頼むわ。まだ力を持っているので、なんとかもう一度歩けたらと思う」

今年の1月にケアマネジャーさんからこんな依頼をいただきました。

不信の原因は、長年住みなれた家が立ち退きにあったことなのだそうです。
後見人に決定を委ねている85歳の本人の納得のないところで引っ越しが決まってしまったため「どうせ勝手にするんやろ」とみんなに心を閉ざしてしまわれたそうなのです。

ホテル建設ラッシュの京都では、借家を追い出されたという話を耳にすることが増えてきましたが、この方もその一人のようです。

80歳を超え、生まれた時からずっと住んできた家を離れ、新しい環境に適応することは簡単なことではありません。
それが本人に望んだことでなければ尚更のことでしょう。
その上に、畳ではなくフローリングの部屋に変わり、布団からベッドへの変化がこの方の機能低下に追い打ちをかけたようでした。

筋力が低下した時に、小さな力で立ち上がりが可能になったり、介護のしやすさのために、畳からベッドに変えることはとても一般的ですが、一方で、その高さに慣れず、怖くて身体を思うように動かせず、寝返りさえも難しくなることもよくあります。

この方は、引っ越しという住環境の変化を伴う寝具の変化、意欲低下のダブルパンチで、ベッドの上で身体を小さく丸めて眠り、自分で動くことがなくなり、寝たきりになってしまわれていました。そして、すでに関節拘縮が始まっていました。

「時間がかかってもいいから」という言葉から介護拒否の状態だろうと想像がつきます。
こういう時は本当に丁寧にお姫様に接するような態度でのぞみます。

――すみません。すこし脚を伸ばしてもらえますか?

「なんでや?自分で伸ばせる。あとでする」

――お手伝いさせていただけますか?

「いらん」

ちょっと伸ばしましょうか?とそーっと脚を伸ばそうとすると、
「いたいー!勝手にさわらんといてー!」

を何度か繰り返していると、
少しくらいは寝返りが痛みなく出来るようになって下さっているような、
拒否がエスカレートしているような……。

何時間もじっとしていれば誰だって動かす時に痛いのは当たり前です。なんとか突破しないと痛みはひどくなっても良くなることは考えられません。

それでもあまりに拒否が強く、難しいかもとあきらめそうになっていたある日、
少し遅れて行った私は、早めに来られたヘルパーさんとお会いすることがありました。

そこで、ヘルパーさんに、なかなか受け入れていただけないようので、私がダメなら他のスタッフに交代も考えていますが、とたずねました。

すると
「マッサージの先生は気に入ってはるみたいですよ。私が代わりに言ってあげるけど、代わらなくていいです。先生のこと好きですよ」
と言って下さったのです!

心が傷ついている時には、人は真っ直ぐに表す時ばかりではないのでしょうが、そうなんだ、これは気に入っている態度なんだ! 全く気がつきませんでした。

この助言のおかげで、少し強引に「いたい!こわい!」壁を越えていけるなと思えることができました。

そして、この日から「いたい、やめてー」の言葉を、自分の中では「優しくしてね」の言葉に置き換え、動かしたり、起こしたりしていると、車椅子にすわり、おやつを食べていただけるようになりました。

元々大きな疾患があるわけではないので、怖さ・痛さが薄らぐことで、動きがスムーズに、日常生活においても介護拒否が減ってきたようでした。

ヘルパーさんも丁寧に介護を続けて下さるおかげで、私が訪問する間にも、表情が和らぎ、穏やかで元気な声で挨拶をして下さるようになり、動きも少しずつ良くなって来られました。

いまは、まだ寝たきりという範疇に入る暮らしですが、ベッドに支えなく座ることが出来るようになられました。
座って足を動かして運動もして下さいます。
「やめてー」という言葉はまだありますが。

近い将来、歩ける日が迎えられるように、私も粘り強く関わりたいと思います。

このケースはチームケアがうまく流れたケースなのかなと思います。
その第1番は、ケアマネジャーさんが、この患者さんの心の傷をなんとかしてあげたいと考えたプランを立てられたことです。

そのプランのもと、介護拒否の強い方に対して、その傷を無視することなく、ヘルパーさんも粘り強く関わっていらっしゃったことも機能を向上させた大きな要因になったと思います。

繊細に心を感じるヘルパーさんの助言がなければ私も頑張れなかったと思います。

心の傷は誰かの愛によってしか癒えることはないのだろうとしみじみ感じるケースです。こんなケースに参加させていただけることが私の幸せの元です。

じっと丸まって寝てらした膝は今はこれ以上伸びません。伸ばすと靭帯が伸びて痛いようです。体幹に力をつけて自然に伸びていくように身体の動きを作っていく予定です。
こんな風に何にももたれずに座れるのは、立ち上がりの前の一番大切な力です。こわくて後ろにのけぞっていたり、自分で頭を支える力がないようでは絶対に自分で立ち上がることは出来ません。

13年間の勉強会に深い感謝を

13年間、毎月第3土曜日に、続いてきた医療の基礎知識の勉強会が昨日で最後となりました。

南区の内科医である秦診療所の秦先生がずっと無料で続けて来て下さいました。

13年はとても長い時間です。

13年前に先生が勉強会を始められた時、私の息子はまだ保育園児でした。
勉強会に参加するために、土曜保育をお願いしたのを覚えています。
それから、 息子が小学生、中学生、高校生と成長し、私自身のライフスタイルが変化していく中できちんと参加できないことも多くありました。

このような参加者の変化は私だけではなくて、他の多く方々も様々な事情で毎回参加というわけにいかない中でも、秦先生は、毎月変わることなく勉強会を続けてきて下さいました。

参加の確認も、連絡先の確認もせず、参加費もとらず、レジメを準備し継続して下さる姿勢は、秦先生の人柄をよく表しているのかなと思います。

医師という大きな責任を背負う立場でありながら、在宅を支える医療従事者のみならず、福祉関係者や私たちマッサージ師に対してもフラットに「患者ファースト(利用者主体)」の姿勢で付き合って下さる秦先生のもとに、参加者は、自身の抱える個々のケースの相談から自身の問題まで様々なことを、繰り返し(何度聞いても覚えられない)質問をさせていただき、先生は、嫌な顔をせずに何度も答えて下さいました。

この勉強会には、いろいろな人が参加され、この継続の中で、秦先生の周りに集う人たちと在宅チームを組むこともよくあり、そんな時は、いつも以上にエキサイティングな気持ちで仕事をすることができました。

それは、医療の知識だけではなく、在宅を支えるチームの一員として利用者のために、立場を超えて連携していく、そんな気持ちを学び、鼓舞していくことができた場となって来たからだと思います。

この場が終わることはとてもさみしいことですが、学んだこと、繋がれた仲間は私の宝物です。これからも大切に大切にしていけたらと思います。

秦先生、長い間本当にありがとうございました。
でも、これからもよろしくお願いいたします。

器用な手

「いつも思うんですけど、この手は器用な手ですなぁ」

今年還暦を迎えられる患者さんが、私の手を握りながら言って下さいました。

私は、とにかく几帳面とは正反対の性格で大雑把、細かいことが気になりません。だから、器用などと言われたことがありません。

この患者さんに言われるとなんだか特別に器用な手を持っているような気になれます。

というのも、この方は、10歳から家業の真鍮製品の製造を手伝い、85歳で引退されるまで75年に渡り、素晴らしい作品を作り続けてこられた方です。まさに特別器用な手を持っていらっしゃる方だからです。

この方に器用とお褒めいただけるとは、光栄至極です。
この言葉を励みに精進を重ねたいと思います。

i am so happy.

今日も一日頑張ります。

写真はこの方の作品。
私の写真が下手なのが残念すぎますが、全ての工程が手作業で、本当に几帳面で器用な手を持っていらっしゃると感嘆するばかりです。

ワクワクできる未来にむけて

先日、ある患者さんのことで、病院の訪問リハビリの先生から問い合わせのお電話がかかってきました。
「どんなことをされていますか?」

訪問看護師さんからの紹介の患者さんで、もう5年くらい訪問させていただいています。
年齢が若く、お一人暮らしなので、リハビリがとても大切な要素になっている方でした。

今回お電話をいただいた訪問リハビリの事業所さんも、私たちより長いお付き合いだと聞いています。

ところが、訪問リハビリと訪問看護、そしてマッサージがうまく連携できずに今に至っていました。

大きな理由の一つは、介護保険ではなくて障害者の自立支援によるサポートの中では、介護保険のような細かな縛りがなく、ケアマネジャーがはっきりと舵取りをしなくとも、本人がしっかりと自己主張できるため、多職種の横のつながりが薄くても物事が進行するということだろうと思います。

ここの訪問リハビリの先生は若い女性だったので、経験年数からしてこちらから声をかけて連携を取れたらよかったのですが、マッサージ師という私の立場を考えるとなかなか声をかけにくいものがあり、うまく連携が取れていませんでした。

マッサージ師から、リハビリの先生に何か言うのは難しく、私の意図や考えを正確に伝える自信もなく、こじらすくらいなら黙っている方がまだいいと長い間この状況をそのままにしていたところ、電話をいただいたのでした。

リハビリの先生が交代されて、新たに方針を再確認して仕切り直そうというお考えのようでした。

私の方でもちょうどこの方への関わりは行き詰まってました。
立ち上がり・立位保持は安定してきたのですがこの先の歩行の可能性をどうするか、リハビリの先生と連携をしないと難しいのではないかと考えていたところでした。

新たな出発でどちらに向かうかはまだわかりませんが、少なくとも今よりは前に進んでいくように連携をとっていきたいと思います。

今日その患者さんを訪問し、お電話をいただいた話をしました。

するとその新しい先生は、この患者さんが15年前の発症直後に入院されている時に、見て知っていたということでした。
そして、その時の姿からは、今のように機能が回復しているとは考えられなかった、想像を上回る回復だと言って下さったそうです。

服薬、リハビリ、マッサージ。それから生活の何が回復の力か定かではないとご本人は言われましたが、とにかく

「すご〜い!」と思います。

そして、そんな評価をしてくださる方がチームに加わってもらえるとはとても嬉しいことです。

失われた機能の回復は簡単なことではありません。
多分回復への一番のエネルギーは、この方自身の気持ちの強さに違いありません。

そして、これからも、少し遠い先に少しでもワクワクできる未来が思い描けたら、それだけでもまた、更なる生きるエネルギーになるんじゃないかなと思います。
思い通りの回復が手に入らなくても、その関わり自体が楽しい時間になることで、大きな生きるエネルギーの源になると思います。

私自身もリハビリの先生に伝える言葉をもっと勉強して、一緒にワクワクを作って行きたいと思います。
どうぞよろしくお願い致します。

【募集】治療院で一緒にチームを組んで働く人を求む!

2019年ももう3月に入ってしまいました。

私の時間は日々時間泥棒に盗まれているようで、キラキラした子ども時間に戻ることは出来ないのだろうと思います。カナシイ。日々短くなっていく毎日😭

でも、大人は、そんなことは言っていられない。とにかく光陰矢の如しです。なすべきことをやるしかありません。

私は今51歳で、還暦を迎える60まではなんとか今の仕事を続けて行きたいと考えています。

無事に還暦を迎えることが出来たら、その頃には子育ても一段落しているので、あとは小さく、お金や我が身のためでなく、本当に世間様に恩返しできるようなことのために働けたらという夢を持っています。

それまであと9年。
先を思うとまだ少し長い時間です。

長いけれど、ここまで来た道のりで、私自身の客観性のなさ、第三者への説明する言葉を持たない感覚的な思考。チームで仕事をする上でのリーダーシップの薄さ、管理能力の小ささなど、院長としての至らなさばかりが目につき、今いるスタッフがいなくなって、最終一人でいいから、なんとか生き延びていけたらいいかというような気持ちが私の中でどんどん大きくなってきていました。

しかしながら、現実的に9年先を思い描く時、やはり、一人で出来る仕事ではないし、チームで在宅ケアに関わりたいという思いが強くあることに気がつきました。

確かに私の課題は様々あるのですが、失敗をした経験を成功の元に出来るのではないか、そうは言ってもどこかに一緒にチームを支えたいと思って下さる誰かとの出会いがまだあるのじゃないかと前向きに考えてみることにしました。

この度、家庭の事情で、スタッフの一人が仕事への関わりを短くすることになりました。

小さな治療院ですから、大きなチェーン店のように、大きな保証はありませんが、社会保障を充実させています。
それは、人材こそが治療院の宝であると考えているからです。

それから、営業は得意ではありませんが、仕事の実績を評価してくださる幾つかの事業所の方々のおかげで仕事をいただけています。

もちろんパーフェクトというわけにはいきませんから、今も、スタッフそれぞれの個性でわたしの至らない点を補ってもらい、治療院全体で日々の様々を乗り越えています。

毎日、愛のある治療を目指していると、10年くらい過ぎた頃に、人生で一番大切なものが何なのか、かけがえのないものに触れることが出来るような気がします。

それは、訪問マッサージだからこそ見えてくる大切なものではないかと思うのです。

働き方はそれぞれの事情に合わせた形態が可能です。興味を持ってくださった方は是非ご連絡お待ちしております。

春まであと少し

読書感想、高齢者の心象風景

2月は久しぶりに本に取り憑かれて、数冊の本を読みました。

そのなかで、内館牧子さんの『終わった人』と『すぐ死ぬんだから』は新聞広告で見て、すぐ購入して読んだ2冊です。
高齢者の方からの感想が載っていたので、私の知らない高齢者の心象の世界があるかも知れないと思ったからです。

毎日寝不足になるまで読み続けたのですから、相当面白かったように思いますが、実際の高齢者の心象風景は、もっと奥深く、例えベッドの上がその世界の中心であっても、もっと広いような気がするなぁと思いながら読ませて頂きました。

それは、時には見渡す限り草一本生えない砂漠のような孤独であり、また時にはジャングルのような豊かな思い出の中にあり、あるいは風でさえも壊れそうな繊細な感受性に震えているかと思えば、幹線道路沿いの雑草のように排気ガスをかけられても、誰かに踏み付けられてもへこたれないタフさを持っている――何度聞いても飽きることない世界が広がっているように思います。

これらの本の中では、高齢者になってどう生きるかという問いに対して一つの答えが描かれているのですが、元気な高齢者と、身体の自由がきかなくなった高齢者では、心象風景の深さが違うのではないかと感じました。

元気でいる間は、当然興味の対象が外の世界に向かうので自分の心の奥を深く見つめることはあまりなく、身体の自由の効かなくなった高齢者は、何もできない諦めの中で自分を深くみつめ、それが心の奥深さにつながっていくのではと思ったのです。

もしかすると、作家先生は、出来ることを一つ一つ奪われていった境地にはまだたどり着いていないのかしらんと、僭越ながら感じた次第です。

不自由な肉体を被り、心はますます自由になっていく先に、肉体と別れて魂の世界に旅立てるのかもしれません。

歳を重ねるのは簡単じゃない。見られてると思う自分との闘いをとてもうまく痛快に小説にされているのかなと思いました。

前章・辻村先生の鍼治療

先日のNHKのためしてガッテンは、鍼治療についての放送だったようです。
私は見逃してしまったのですが。

「筋膜についてしていたね。いつも(わたしから)聞いてるから復習みたいに見たよ。驚きもなく、あーそうかって感じだったよ。」

とか

「鍼治療で逆子が治っていったのでびっくり!やっぱり鍼ってすごいんですね」

など番組をみた患者さんが、感想を言って下さいました。

でもわたしの鍼の先生の辻村先生は、その中の鍼のやり方を心良く思わなかったようで

「あんなにたくさん刺激しなくても身体は少しの手助けで不思議なほどに働くようになる。鍼治療の真髄が伝わらない」
と不満そうでした。

そうは言っても、私はテレビを見ていませんが、辻村先生と出会うまでは、「鍼の響き」こそが鍼治療の真髄であると思っていましたから、テレビでそれを取り上げるのはうなずけます。

「鍼の響き」とは、鍼を刺した時に、神経に沿ってビーンと挿入部位から他に広がっていく感覚のことです(多分)。
これこそが、鍼とマッサージを分ける、マッサージには真似のできない鍼治療の神秘だと私は考えてきたので――つまりそういう治療を受けたり見たりしてきたので、辻村先生の不満に対して、それは仕方ないんじゃいと思うのですが、その一方で辻村先生の言いたいこともよくわかるのです。

なぜなら、辻村先生の鍼を初めて受けた時に、ほんの1ミリくらいの深さにちょんちょんと入れていくだけの鍼で、全く響かせることなく、鍼の痛みもほとんど感じることもなかったのです。

とても意外で、
「初めての治療だから、軽くしてるのかしら?」
など心の中で思っている間に、まるで催眠術にかかったように、瞼が重くなり、身体中が脱力していくのが自分でもわかりました。

そして、治療が終わった後では、使いすぎで悲鳴をあげていた身体の痛みは消え去っていたのです。

「鍼の響き」をマッサージで出せないものか、深く先鋭な刺激なら鍼のような効果を出せるのか、鍼はどこに向けて刺激をしているのか、筋肉か、神経の近くに到達させるのか、マッサージは明らかに筋肉の中まで指を入れているのに、何が違うのか、私の中でずっと疑問だった数々は、辻村先生の治療を受けるようになり、解けていきました。

歯の治療、耳や目など深いところのリンパの流れを良くしたり、知覚神経に働きかける治療では、深い鍼をされることはあっても、「筋膜のよじれ」の修復は皮膚表面の軽い刺激で充分であり、この皮膚表面の筋膜への働きかけはマッサージでも近い効果を出すことのできる刺激だとわかるようになってきたのです。

それでも知覚神経に働きかけ、経絡の流れの中で治療をされる辻村先生の鍼と、筋肉の動きや働きを考えながら症状の改善を計る私のマッサージでは、全体のバランスの取り方や刺激の与え方が違うことや、何より私の未熟な部分が大きすぎて、同じような効果を出すにはまだまだです。

それでも、私の施術は、以前より全体のバランス、自然治癒力の働きを向上させることを考えられるようになった分、施術後の患者さんの身体の状態が長く保てるようになったように思います。

そして、ありがたいことに辻村先生もまた、私のマッサージを受けるようになり、(なぜかはよくわかりませんが)より効果の高い結果を出せるようになったと言って下さっています。

そこで、この2人の施術の流れや考えを発信していければ、この治療に興味を持ち参加してくださる鍼師の誰かと出会えるのではないかと考えました。

この大きな理由は、辻村先生は6回目の歳男を迎えて、引退を考える歳が近づいているので鍼の経験を伝えられたらという考えをお持ちであること、また自分自身の鍼治療をしてもらいたいというお気持ちがあるからです。
私自身もまた、この鍼の調整がなくなると困るので、ぜひご縁探しに協力したいと思っています。

施術しながらいろいろな話を聞いたりするのですが、私の頭が未熟でわからないことも多く、全てを発信するには理解が追いついていませんが、文章にするために勉強もするだろうという期待も込めて、辻村先生の鍼治療について、不定期になるとは思いますが、報告していこうと思っております。

我こそはというお気持ちがある方はいつでも連絡お待ちしております。ご質問ご意見もいつでもお待ちしております。
どうぞよろしくお願い致します。

すっかり春めいてきた京都です。心も軽やかに春らしく生きたいですわ。

京都マラソンのマッサージボランティア

2月17日(日)は、京都マラソンのマッサージボランティアに参加してきました。

翌日、月曜の私は、クタクタでした。

17日は、3時間くらいの間に17名の方を施術させていただきました。

施術時間は6分と決まりがあるのですが、全国各地からあるいは海外から京都マラソンのために足を運ばれ、42㎞を走り、足を引きずりながら、マッサージの順番を数十分待ってきて下さったと思うと、ついついタイマーの音を止めてからも手が止まらないのです。

「靴が合わず、足の裏が激痛です。今も痛い。少しでも楽になるかと思ってきました。」

「来週もマラソンなんです。マッサージしてもらったら走れるかと思ってきました。」

「京都のおもてなしがすごい。最後にマッサージまでしてもらえて感激です。」

「とにかく沿道の声援がすごくて、ずっと応援してもらえることなんて普段ないでしょう。すごく気持ちよかったんです。」

「日本が大好き。何回も来ています。安全で、安くても美味しいものがたくさんあるから。」

「いつも最後にゴールして、マッサージに間に合わないのだけど、今日は間に合って良かったです。地元に帰ってマッサージ治療院を探して通います。」

いろいろな思いを抱えて、42㎞を走ろうとやって来られた方々の一人一人の生の声を聞きながら施術していると、なんだか私も主催者側の人間のような、ホストとしておもてなししているようなそんな気持ちになって、
「来年もまたいらして下さいね。お疲れ様でした」
などという気持ちになるのです。

ほんのわずかすれ違うだけの縁なのですが、この10分足らずの時間で、マッサージを受けて良かった。またマッサージを受けたいと思っていただけるように全力で取り組みます。
そして、今もまだ疲労が回復しなくても、施術中の会話を思い出しては、楽しかったなぁと思えるのはすごいことなんじゃないかと思います。

マラソンはどうやら中毒性の高いスポーツらしいです。どのレベルになっても30㎞からのスポーツというそうです。しんどくなってからが本番ということなんでしょうか?

私のマラソンマッサージボランティアもクタクタになってからが本当の醍醐味に突入するのか⁉︎
来年もまた参加しよーっと😅

最終回 呪縛からの解放5〜コリはほぐすもの・関節は伸ばすもの、リハビリはゴールを設定して近づくもの⁉️⁉️

呪縛その4 コリは揉みほぐすもの。強い力で揉めるマッサージ師は上手い。

「もっと強く揉んでと言われたら、ジーパンの上からでも、例えベルトの上からでも、にっこり笑って押さなあかん」

私が最初に按摩を教わった師匠に言われた言葉です。

「按摩を買う」こんな言葉がまだ生きていている時代(今もそういう風潮はあるのかなとも思いますが)お客さんからバカにされないように、技術が誇れるように、絶対にコリに負けないで押さなければならないと教えられました。(わざと固い衣類を身につけて試すようなことをするお客さんもいたのかなと思います)

按摩を始めたころは、コリに負けずに押し続けたせいで、翌朝は腫れた親指が痛くてものがつかめませんでした。
それで、毎晩、仕事が終わった後は、流水で指が痺れるまで冷やしていました。(これも師匠から教わりました)

そのおかげで、私の親指の関節は、見た目に変形しているとわからないくらい真っ直ぐです。

でも実際には、突き指状態に関節の間を狭くして、体重を乗せれば一本の棒のようにコリに突き刺さる道具のように変形させています。ですから、この指はそんなに強い力で押さなくても、まっすぐに圧がかかるように作ってあります。このように変形さすのに、3年くらいかかったように思います。

私の師匠は男性で力が強い人でしたが、その師匠の師匠という人は、小柄な女の方でした。しかし、とても指が強くて、背中を揉んでもらうと、まるでコンパスの針が背中にプスリと刺さり、クルクルと回っているように繊細にコリに指がまっすぐに入ってくるそんな指でした。

最終的にはその女の方に教えていただいたので、私にとってコリを強い力で揉みほぐすというのは、按摩師としてプロの証明のようなものでした。

私自身が、強く揉めることを追求してきたので、この呪いに気がつくまでとても長い時間がかかり、その事に気がついてからも、強く揉んでほしいと言われると必要ないと言えず、どこまで強い力でほぐすべきかまだ模索中です。

しかしながら、必要以上に強い力で揉むことは、身体に新たな別の問題をもたらす可能性が高いことは明らかなように思います。

強く揉みすぎて、翌日に筋肉が炎症を起こすということがよくニュースになっているように思いますが、それは、多分、その多くの場合は、筋肉の走行を無視し、筋繊維をぶった切るように押圧しているためであって、強い弱いというような問題ではなく、按摩術の基本から外れているから起きる事故ではないかと考えています。(習いたての頃の私がそういうことが絶対なかったとは言い切れないのですが…)

そうではなくて、

コリというのは身体のバランスがなんらかの理由で崩れた結果の不快感であり、そのコリを他の原因を考えずに、その局所だけを丹念に強く揉みほぐした結果に起きる問題について考えています。

例えば

うちのスタッフの患者さんの話です。

若い頃にアキレス腱を完全ではないけれど、断裂した患者さんがいらっしゃいました。
手術をせずにそのままにしておいた足は、つま先立ち歩きになっていて、そのためかその側の肩がこるというのが主な訴えでした。ご本人はとにかく肩を揉んでほしいと言われます。
肩を強く揉むと、満足されるので、施術時間の半分を肩の施術に充て、残り半分で他の部位を施術するようにしていたそうです。

しばらく問題なく、訪問を楽しみにして下さっていたのですが、3年をくらいすぎた頃から、アキレス腱を断裂した側の股関節の痛みを訴えられるようになりました。

股関節痛というのは、先天的な形成異常やスポーツでの過剰な使用や外傷以外があれば別ですが、日常生活で痛めることが少ない関節です。アキレス腱の断裂は何十年も前の出来事であり、そのためとは考えにくく、肩凝りを重点的に揉みすぎて、身体のバランスが崩れたためではないかと考えました。

一般的には日本人の体型で下肢に問題がある時、股関節を外転させ、筋力不足を補います。股関節が開くと肩関節は、そのバランスを取るために自然と閉じるようにできています。

肩関節を閉じた結果、肩凝りを感じるとすれば、開いた股関節の負担を軽減しつつ、肩凝りの軽減をはかるのが大切かと思いますが、つい患者さんの「気持ちいいわ。あんた上手いなぁ。力が強いなぁ」という褒め言葉にのって施術時間の半分(!)を肩に費やした結果、必要以上に肩だけが開いてしまい、開いた肩に合わせるように股関節が閉じてしまいバランスを失った結果、痛みが出現したのではないかと考えました。

施術の配分を変えても、しばらく痛みは続いていましたが、ちょうどその時、内臓疾患で入院され、股関節の負荷が減り、マッサージ施術もなくなり、身体がリセットされたのではないかと思います。退院後は、股関節の痛みの訴えはなくなりました😭。
その後は、バランスの良い全身施術を続けていて、大きな痛みやトラブルなく過ごしていただいているように聞いています。

これはうちのスタッフの失敗ですが、強く揉みすぎることの弊害は長い年月をかけて現れたりするので、継続的な治療をしていないと自分の施術結果はわからないことも多くあるように思います。

痛みが出る前にすでに、身体の変化を感じ、なんだか少しおかしいと思うこともありますが、患者さんの
「もっと強く押してほしい」という要求をはねのけるのはなかなか勇気のいることなのです。

私自身、背中のコリでご飯も食べられない、痛くて立っていられないという患者さんの施術にあたっている時の話です。

その症状を疲労からきているものだと考え、四肢の筋緊張の取り除きながら背中のコリ、痛みの軽減をはかりました。
しかし、なかなか症状が改善せず、背中の張り、コリも改善しません。それで、患者さんからの痛みのあるところをもっと強く押してほしいという訴えのまま、自分の方法が間違ってたかもしれないと考え、私の中の必要と考える以上の強さで施術していました。

しかし、あまり続く痛みを不信に思った患者さんが、改めてMRIの撮影を申し込んだところ、腰椎の疲労性の圧迫骨折後の痛みだったことがわかりました。

普通ではないハリとコリを感じてはいましたが、まさか圧迫骨折が起きていたと考えなかったこと、患者さんに言われ、骨折後の身体を守るために固めていた周囲の筋肉を揉みほぐしてしまったことに大きなショックをうけました🤯しかし、上から押したりせず良かったと心から思いました。もしそんなことをしていたら、他の箇所も圧迫骨折を起こしていたかも知れないからです。

コリを強い力でほぐすという呪いは、本当に大きく根強いものだと思います。

私の経験ですが、普通に老化が進む身体では、その身体の縮み方にある一定の法則があるように思います。

下肢の関節に問題を抱えている、麻痺がある、喘息など肺機能に問題がある。
あるいは、
職業による偏った身体の使い方をされている場合でも、その法則が見て取れます。

マッサージなどの施術は、その崩れたバランスを助けることが第一目的なのでしょうが、強くて多い刺激こそが、「上手い」という呪いのおかげで、法則から外れた、自然な老化ではありえない身体にしてしまうような危険性があると思うようになりました。

これは、マッサージ施術だけではなく、医師による投薬、子育て時の過剰なケアや教育など、あらゆることに当てはまるもので、マッサージ師だけが特別に、先を見通す能力が低い訳ではないと思います。

それでも人様の身体の治療に関わる私たちは、無意識のうちにかかっている呪いから解き放たれ、患者さんにとって真に利益になるような関わりを模索し、その力をつけていくことがプロとしての証しなのではないかと思うのです。

私の親指。親指の付け根は完全に変形しています。

呪縛からの解放4〜コリはほぐすもの・関節は伸ばすもの、リハビリはゴールを設定して近づくもの⁉️⁉️

呪縛その3 機能訓練は本当に機能を向上させることが出来るのか

今日仕事に行った先での出来事です。

片麻痺で左不全麻痺(動かないわけではありませんが、器用には動かない麻痺の状態)があるけれど、自分のことはほとんど自分でできる患者さんが、私が来るのを待ってたように話をされました。

「ちょっと聞いてー。」
「昨日デイサービスに行って、お風呂から上がった時に、私みたいに手の動かない人がいて、その人は、私と違い、(患側肢の)指が三つ編みみたいになっていて、少しもつまんだりできないから、シャツが着られず困っていたので、少し手伝ってあげたんです。私も不自由だけどまだ動くから、片手で一生懸命手伝ったんです。
お風呂上がりで、はだかのままだと冷えて寒くなるし、少し手伝ってあげたんですよ。
そうしたら、職員さんが、
“手伝わないで、一人でやらせてあげて、リハビリだから”
って怒らはったんです。

私たちは、毎日家でなんとか頑張っているけど、片手で着替えるのは本当に大変で、お風呂上がりは特に濡れていて、片手で届かないところが引っかかるし、息が切れてハァーハァーするんですよ。リハビリのつもりか知らないけど、少し手伝ってくれたらいいのに、職員さんは、何のためにいるのか、怠けているのかなと思うんですよ」

このような話を聞くのは、初めてではありません。ここのようにリハビリを前提としたデイケアでは、普通のデイサービスと違って少し厳しいようです。

似たような話は他でもよく耳にします。

「怠けたいから手伝わない」わけでは決してないのでしょうが、こんな風にしか思われないやり方で、本当によい結果に結びつくのかなと疑問に思います。

こんな風な「若者」とのすれ違いを経験した患者さんの多くは、悔しくて「がんばろう」となるより、情け無い気持ちになって「早く死ねたらいいのに。コロッといかへんかな」と口にされることがよくあります。

機能訓練は、「出来ないこと」を評価し、その改善のためにプログラムを立て実行する。

これは、リハビリとしては当然の流れだと思いますが、相手は「どうやって死んでいくか」を考えているような方々なので、出来ないことを楽しく乗り越えられるならいいのでしょうが、苦労して獲得することに意味を見出すのは難しいこともあるように思います。

このことに、いち早く気がつくのは機能訓練をする側ではなくて、患者さん自身です。

やってもやっても良くならない、何のためにしているのかとなるのですが、出来ない自分が悪いのかもしれない、やめると寝たきりになったら困るという気持ちでいろいろなすれ違いを飲み込み、機能訓練を続けていらっしゃるようこともよくあります。

本当に、機能訓練をすれば出来ないことが改善したり、寝たきりを防ぐことができるのでしょうか?

私自身、介護保険以前から訪問マッサージに携わってきたので、訪問リハビリのサービスが始まるまでは、機能訓練の関わりを期待した仕事をたくさんいただいて来ました。

その頃は、私自身、機能回復・改善を絶対のものとして取り組み、寝たきりにならないためには、患者さん自身が弱っていく自分と闘い、それに立ち向かうことが必要だと考えていたように思います。

そんな時に、感染症から大腿部切断となり、そのショックで全くリハビリが進まず、起き上がることすら出来なかった患者さんに関わらせていただいたことがあります。

その患者さんの家には、一度も使われなかった義足がありました。私は、患者さんが、歩くことが出来たら、足を失ったショックから立ち直って下さると考え、義足による歩行に取り組みました。

初めてのことで、その装着の仕方など基本的なことから病院のリハビリの先生や義足屋さんに教えていただいたり、本を読んだりして、進めていったように思います。

患者さんは、起き上がることにすら、怖さを覚えていらっしゃったので、立つことや、ましてや義足で歩くことは本当に怖かっただろうと思いますが、数ヶ月後には、義足と4点歩行器という「杖」で、室外歩行が可能なレベルにまで到達することが出来たのです。
その時の私は、素晴らしい回復にとても満足していたように思います。

しかしながら、その患者さんにとって、失った足の代わりに得た義足の歩行は、怖くて面倒なものにすぎませんでした。

結果的には、ベッドと車椅子で暮らす生活がスムーズにこなせるようになり、また家族さんの負担は減り、老夫婦の穏やかな生活を送ることが出来るようにはなられましたが、足を失った悲しみは癒えることはなく、生活の中で、義足歩行をされることはありませんでした。

私は、自分の考える目標を患者さんに押し付けていたことにようやく気づくことが出来ました。穏やかな生活を目標にするなら、もっと私の訪問が待ち遠しくなるような他のやり方で良かったのです。

またその一方で、機能訓練は嫌だけどマッサージならしてもいいという仕事をいただくことも増えてきました。

マッサージが終わった後に、
「身体が軽くなった、これで元気がでて頑張れるわ」と言っていただいたり、

機能訓練はいらないけれど、マッサージの後なら身体が軽くなるから、歩いてみるのは嫌がられないということを多く経験するようになってきました。

あるいは、デイサービスもヘルパーさんもいらないけれど、マッサージならきてもらいたいという仕事をいただくこともあります。「ガンコで頑な」な人というのは、どんなに時間がかかっても、自分のやり方で生きていて、生活もなんとかされているという方で、そういう方々を多く目にしてきました。

加齢や障害があっても、自分を失わず生きていらっしゃる方たちの生き方に触れることで、機能訓練こそが寝たきりを防ぐという、私の中の呪いが少しずつ解けていったように思います。

生きることを支える一番大きな力は「生きたい」と思えることなのではないかと考えるようになってきたのです。その気持ちが一瞬であろうと湧いてくる時間を提供することが、何より大切なことではないかと思うようになりました。

機能訓練をすることが一番という呪いのため、患者さんの気持ちとすれ違っていても、提供している側は、気がつかないのではないかと思うのです。

患者さんの「生きる」を支えることが一番だと気がつけば、専門家として様々な角度からアプローチが可能になり、もっと効果的に関わっていけるのではないかと思います。

ある患者さんが、
「往診の先生は、9割人柄が大切だと思います。技術は1割でいいと思います。もし誤診で命が終わったとしても、あの先生が間違わはったんならもういいわ。年寄りはそう思うと思いますよ」
と話して下さいました。

人柄というのは、自分の気持ちに寄り添い、身体も心も任せられるということではないかと思います。
これが私たちがいつも心に留めておかなければいけないことなのかなぁと思っています。

機能訓練について考える時、この文章を書きながら、私自身に深く根ざしている機能訓練の呪いにようやく気がつき、書くことで、私の呪いを解き放てたように思います。自分の犯した罪を考えなおすのはつらいものですが、次の患者さんに必ず返すから許してくださいと祈りながらの作業になります。

次回、最後の呪いは私たちマッサージ師の大いなる呪い、コリは強い力で揉みほぐすものです。

ネコが人気なのは、呪いから自由だからじゃないかな。