センスのいいTシャツ

お久しぶりです。なかなかブログ更新できませんが、仕事は楽しくさせていただいております。

少し前に、もう随分と前かも…友人が私のためにTシャツを買ってくれました。着る機会を探しているうちにタンスの肥やしになっていたので、日常着にすることにしました。

おおざっぱと言われます。
すべてが雑

これを見た息子が「いいセンスやな」と褒め称えていました。否定できないのが辛いところです…A型なのにおかしい…日々これ精進しております。よろしくお願い致します❣️

うまくいく歯車

前回ブログの顛末。主治医先生にご相談に行きました。先生がピザとノンアルビールを出してくださいました。話が出来て安心して帰り着きました。いい先生に恵まれて幸せ❣️

多分、これからうまくいく歯車に変わる予感がします。

決めつけ・思い込みからさよならを。

コロナ禍でも仕事をさせて頂けることに感謝しています。本当にありがとうございます。

「新しいケアマネ断ったんや」

えー!また!まだ一回しか会ったことないんちゃいましたっけ…

「またって…俺が悪いんちゃう。ものすごい腹黒いヤツやったんや」

腹黒いって…

よくよく話を聞くと――仕事が終わってから一時間以上かけてです――何があったわけでなく、言葉のすれ違いがあったようで、ケアマネさんが腹黒いというわけでなく、この患者さんの気持ちや心配事とケアマネさんの考えがすれ違っているのが大きな原因のように思いました。

これは、ケアマネさんと利用者さんの間に限ったことではなくて、誰にでも言える事なのでしょうが、この患者さん場合、こんな言葉が出てしまうほどのすれ違いには、ここにくるまでの数々の「所業」でケアマネさんとうまくいかず、ケアマネさんの交代のたびに引き継がれる「申し送り」に原因があるようでした。

元気な人が、アクシデントや突然の発病で生活全般にわたる変更を余儀なくされた場合、その変化を受け入れ、生きるしかないと諦めるには本当に長い時間を必要とするように思います。そしてその時間は、平穏に流れることはなく、頼るしかない様々のサービスに腹立たしさや不満を募らせながら、時に激しくぶつかり合うという時間なしにはなかなか難しいのかなと思います。

特にまだ働き盛りの方が、突然障害を受けてしまうと、仕事として関わる人に対して、「こんなやり方で、お金を稼いでいる、自分はこの病気にならなかったらこんなやる気のない人にお金を払って世話になることはないのに」というなんというか、同じ仕事人として、仕事の仕方をチェックしてしまったり、健常な時と同じ安心感で暮らしたいという今の現状では難しい、でも本当は当たり前の要求をしてしまう事でうまくいかないことがよくあるように思います。

この方の場合も詳しくは書けませんが、こんなやりとりを何年にもわたり続けてきてこられた末の出来事でした。

もし自分が同じ立場になったら当たり前に思える「怒り」も、サービス提供者が単なるクレーマー、自立心がない、依存体質などと決めつけてしまうことで、関係は、悪循環に陥り、うまくいかないことが、どんどん悪循環の歯車をクルクルと回してしまうように思います。

この悪循環の歯車で一番損をするのは、もちろん患者さんで、その悔しさや諦めの時間の結果、本意ではないかもしれませんが、患者さん自身が少しずつ変わっていかれます。つまり、長い時間をかけて少しずつ現実を受け入るしかないことを学んでいかれるように思います。

その間の悪循環の歯車を好転するために、私がどう振る舞えばよいのか、自分の立場や力量など考えて身動き出来ず、自分にガッカリすることもよくあります。

下手に動くと余計に患者さんにも迷惑をかけてしまう事も想定され、問題解決の方法を見極められず、しばらく静観かなぁと思っていた朝、イジメの新聞記事を見つけました。

どこで起きる問題も心の傷もその本質は一緒だとしみじみ思いました。

決めつけ・思い込みからさよならを。
利他的行動を基本に。
済んだことにこだわらず、未来を恐れず、イマの感じたことを大切に――そう自分に言い聞かせ、考え続けているところです。

コロナ禍のおかげで仕事が少なくなり、のんびりと働いて見えてきたこと、気付けたことを大切に自分らしく働けたら幸せだと思います。
これからもどうぞよろしくお願いします。

イジメの記事は涙なしには読めません。教師はもっと給料上げて、資質のある人になってもらいたい。でもお給料が潤沢な国会議員でも倫理観を失い利己的行動を旨とする人が多いのは本当にガッカリですね。

人生初体験!

世界が未曾有の経験に飲み込まれいます。そんな中ついにわたしも人生初幽体離脱からの生還に関わることができました。

心肥大、慢性閉塞性肺疾患から来る呼吸苦に苦しむ92歳の患者さん。少し動くと血中酸素濃度は90%を軽く切ります。
マッサージでなんとか、呼吸補助筋の疲労を回復させ、身体中の浮腫(心臓のポンプ作用がいっぱいになるとオーバーフローを起こし、全身浮腫になります)を1ミリでも軽減し、心臓の働きや呼吸をを楽にさせるのが私の主な仕事です。もちろん動きにくい手足が軽く動くように整えるのが一番の依頼理由ですが。

そんな中、近頃は心肺機能の低下がさらに深刻になってきていて、先日訪問した時には、二日前から苦しくて酸素濃度が90%を切っていることが続いていて、水さえ口にしていないというのです。

なんとか様々試しながら、一番呼吸を邪魔している筋肉を見つけるべく施術をし、血中酸素濃度が93%になったところで、少し元気になってこられたので、おいとましましたが、ゴールデンウィーク前でもあり、サービスが手薄になる連休の間命がもつかなぁと心配しながら帰り着きました。

そして、その二日後、この方は週二回訪問させていただいているのですが、伺ったら、ご家族さんから、


「こないだマッサージが終わった後、急に元気が出たらしく、自分で、食卓まで歩き、置いておいた朝ごはんのおにぎりを食べてたんや。
その前の二日間、水も入らへんかったのに。ほんで、その間、本人は何にも覚えていなくて、韓国に先祖の墓まいりに行ってたというんや。

幽体離脱してあっちに行きかけたけど、先祖からもっと苦しめーとおいかえされたんや。

マッサージはどこか、あっちから戻す特別のツボがあるんか?」

と言われるのです!
言われた私がビックリです。
幽体離脱❗️からの生還❗️

本当のことは誰にもわかりませんが、もし私が生還の手助けが出来たのならこれ以上うれしいことはありません。

新型コロナウイルスの感染源として、マッサージの訪問を心配される方がいらっしゃるのは当然の事で、その中でも訪問の継続を希望してくださる方々には、感染の恐怖以上のものがお返しできますよう、心から精一杯の施術に努めたいと思っております。どうぞよろしくお願いします。

そしてこの話はまだ続く素晴らしいおまけ付きです。
この日ご家族さんと支援金10万円の話になり、これは生きてないともらえないからと話していたら、ご本人さん。
「いつや?6月か?そんな早く死なへん。大丈夫や」と力強く話されて、私とご家族さんを驚かせてせてくれました!

住民票がある人みんな、一律ってなんてステキなんでしょうか。安倍さん。ありがとう😊ってこのコロナ禍で初めて思いました❣️

いろいろ立場や考えの違いはありますが、みんなで幸せ時間目指して、元気を出してがんばりましょう😊😊

愛で心を満たそう、毎日をワクワクで満たそう

コロナ騒動のため、施設ではご家族様の面会も制限されているところが多くなっています。
訪問マッサージは医療として訪問させていただけている施設もあります。
そんな施設の一つにご家族が毎日朝夕に二回面会に行かれていた患者さんがいらっしゃって、面会禁止になり日に日にお元気がなくなって来られました。

そこで今日は、訪問中に、ご家族様とスマホを使ってビデオ通話しました。

ご家族も患者さんも本当にうれしそうで、なんだか素晴らしいアイデア💡だったと我ながら嬉しくなりました。

コロナにめげずに一日一つ楽しい新しい取り組みをしてみようかなぁ。

コロナウイルスじゃなく、愛で心を満たそう。
コロナウイルスの恐怖より、毎日をワクワクで満たそう。


新人vs古参 お楽しみくださいませ。

一緒にご飯を食べること

金曜日は、治療院の新年会をしました。

ルーティーンな毎日が好きな私は、イベント事に腰が重くていけません。ついつい院内懇親会を先送りにしてしまいます。

でも、そんな時思い出して、えいやっと実行に移すことが出来る言葉があります。

「一緒にご飯を食べるのはものすごく大切やで。一緒にご飯を食べたら心がほぐれるから、機会を設けて、職場の人とは一緒にご飯を食べなあかんで」

これは、かつて叩き上げで敏腕刑事として有名だったという患者さんのご主人に言われた言葉です。一緒に夜勤をする時は、例えインスタントラーメンでも若い子に作ってあげて、一緒に食べるようにされたそうです。

もう10年くらい前に行かせていただいていた患者さんですが、思ったようにうまくいかない時はいつもこの言葉を思い出します。

悠生治療院のように小さな治療院であっても、それぞれに立場も年齢、考え方、経験など全てが違うので、小さなすれ違いは日々起きていて、小さな不満や不信感はお互いの心の中に沈殿しているのだろうと思います。
それに対しては、正しいやり方や考えというのはなくて、また、院長として従業員に期待することと、従業員として院長に希望することは違っています。

この違いを言葉で埋めることは到底できなくて、美味しいものをお腹いっぱい食べて、飲んで、たわいもない話をする時間を共有することが、そんな心のおりを流すのに、一番よいのだろうなぁと一緒にご飯をお腹いっぱい食べようと思うのです。

みんなが幸せな気持ちで過ごせてもらえていたらよいのですが…

至らないところもいっぱいあって、患者さんにも、関係各位様にも様々迷惑をかけることも多いと思いますが、みんなで補い合えるような治療院になるよう努力していきたいと思っています。どうぞよろしくお願い致します。

虹を見ると神さまから合格をもらってるみたいで安心します。

最上級の笑顔

先週末、年末から入院されていた方が、ご無事に退院されてこられました。
病院では、連休明けの退院を勧められたそうですが、マッサージを受けたいからと週末の退院を希望されたそうです。

週末からは、別のスタッフが訪問していたので、ご要望にお応えすることはできていましたが、年末年始を含む長いブランクの間どうなられているか気になって仕方ありませんでした。

私の悪い癖で、自分の目でみないと気が済まないところがあります。
スタッフを信用していないわけではないのですが、患者さんの出されているオーラというのでしょうか、生命力や幸せそうなお顔か苦悩されている雰囲気か、それを自分の目でみないとわからないという時があります。

これは、呼吸だったり、声のトーンだったり、顔つきだったりするのですが、言葉で表せるものでないので、とにかくこの目で確かたいと思ってしまいます。

それで、昨日ようやく訪問することができましたら、便の処置ということで、訪問看護さんと訪問介護さんが臨時に来られているところでした。

しばらく待って、もう終わりというところで、とりあえずご本人にご挨拶に行きました。予想以上にお元気そうなお顔で本当にホッとして、思わず私からも最上級の笑顔がこぼれたのではないかと思います。
患者さんもにっこりといい顔で笑い返して下さいました。

それを見ていた訪問看護さんから「古くからのお付き合いですか?」と尋ねられました。
いえいえ、みなさんと同じまだ浅い間柄ですと返事すると、
「あー! 別の患者さんでもものすごく待ってるって会議で話になっていた方ですね!」と別の場所でご一緒したことを思い出して下さり、
「この笑顔!みんなが待ってはるんですね!」と言って下さいました。

いやいやたまたまですが、患者さんの笑顔からこんなお褒めにあずかるとは、嬉し恥ずかし😊とてもハッピーな気持ちになりました。

でも、本当はこんな風な患者さんの表情からいろいろ読み取れる看護師さんの感受性が素晴らしいのではないかと思います。
こんな方と一緒のチームで仕事をさせていただける幸せを噛み締めて、期待に添えるよう、心をこめて一生懸命頑張りたいと思います。
どうぞよろしくお願い致します。

こんな風に最上級の褒め言葉をいただくこともありますが、役立たずの気やすめみたいに言われることもあります。様々な評価をいただくのは当たり前なのでしょうが、日常の仕事の中で、自分だけのダイヤモンドのような輝きを見つけていきたいと思っています。

大切な二つの気づき

今年のお正月は京都でのんびり布団を温めました。少し映画を見たり、本をよんではまどろみ、まどろんでは少しの家事をしたりおしゃべりをして、またまどろむを繰り返しました。

というのも、元旦の夜に喉の筋肉が引き攣れる痛みに手をやると、なんと小鳥の卵🥚のようなシコリを見つけてしまったからです。

リンパ節が腫れたにしては大きすぎて、感染症ならヤバすぎる感じです。

癌ならもうそろそろっていう大きさです。

とりあえずググッてみて、最悪の可能性から、大したことのない可能性までをサラリとチェックし、お正月だし、救急で行くほどじゃないし、寝ていたら小さくなってくれますようにと、大義をもって横になっていられたというわけです。

日頃の疲れがたまっているのに加え、風邪のひきかけだったようでとにかくよく眠れました。寝すぎて頭がいたいのか、「感染症」で頭が痛いのかわからなくなってきました。それでも喉の卵の大きさは変わりません。でも引き攣れた痛みはなくなってきたようにも思いましたが、とりあえず救急外来に行きました。
万が一のことを考えて、紹介状のない場合の5500円を支払い一番近くの総合病院に行きました。

研修医の若い先生が、いろいろな可能性を考えて、あらゆる角度から問診をして下さいました。上の先生とも相談をして、緊急性がないので、通常営業になってから再度受診するように言われました。

そうして、お正月休み開けの月曜日に、スタッフに仕事を交代してもらい朝から診察を受けに行きました。
まず、どこの科を受診するか見定めてもらえる総合外来を受診しました。

総合外来の先生はカルテを見て少し触診をして、甲状腺だから耳鼻咽喉科に行くように言って下さいました。また、癌の可能性はほぼないでしょうと言って下さったのでホッとして次に進みました。

しばらく待って診てくださった耳鼻咽喉科の先生も、確かに甲状腺ですね。と触診をしてエコーをかけて下さいました。
そして、黒く写っていたこれは、水か血が入っていて、大きくなって邪魔をしない限りなんの問題もないものだと説明をして下さいました。血液検査などの精密検査もせず、薬もなくお会計を済ませてお終いとなりました。

数日に渡り心配をしていた気持ちが軽やかに溶け、とても嬉しくて飛び跳ねるように帰り着きました。

今回の騒動でわかったことが二つあります。

一つは自分が考えているより、身体は休息を必要としている年齢になってきていることです。自分の身体が万全でないと満足な治療も出来ないのだろうと思います。今年はまずは自分を癒すことを大切に過ごそうと思います。

もう一つは、お医者様の触診の手が身体に触れた時に感じた安心感・信頼感です。優しいソフトな指先で探るその指先は、その後の先生の説明を信頼する気持ちが芽生えさせたように思います。

そう考えると今までも何度かこの指に触れられたことがあることを思い出しました。

「この指」は、全てのお医者様から感じたわけではありませんが、「この指」が医師あるいは治療師への信頼感の基礎になっていて、この安心感の後に行われる全てに信頼して身を任せられるような気がします。今回は「この指」のおかげで不安が取り除かれ何の検査もないことも全く気にならなかったように思います。

つまり私たちの仕事も最初のタッチで全てが決まるところがあるのだとわかったのです。
触れるということの大切さを改めて感じました。

お正月早々、少し騒がしい心で過ごしましたが、大切な二つの気づきを得たので幸先の良い始まりだったと思えます。

それから、確定するまでに私の身を案じてくれた全ての人にはもちろん感謝しかありません。
ありがとうございます❣

ネイルシール。ティーンエイジャーの雑誌の付録を患者さんからいただきました。少しカラフルな指で始めています。

書き初め

息子の書き初めついでに私も書き初めをしました。
初心というよりはなりたい私を文字化してみました。
「悠生治療院 関わる全てに豊かさと平安をもたらす」

あくまで願望ですが、ただ私一人のお金儲けと楽しい経験と技術の習得を願うのではなく、働いてくれているスタッフ、患者さんとして縁を頂いている方々、そして仕事を紹介して下さる方々、一緒のチームで私たちのワガママな時間を心よく受け入れて下さる心優しい方々、そして社会情勢を跳ね除け同意を下さる先生方、皆様に豊かで平安な暮らしがもたらされる一年になりますように願いを込めました。

どうぞ神様がわたしの願いを聞きいれてくださいますように。
私が自分のことだけでなく、広い大きな愛に気づき鷹の🦅眼で生きていけますように。
どうぞよろしくお願いします。

がんばります!

患者さんの物語『おはつ』

「おしんも真っ青、『おはつ』ってテレビで放映してもらなあかんなぁ。私に文才があったら書いて売り込みにいくのに」

初めてお別れを言えた患者さんは、いろいろなご自分の話をよく聞かせて下さったので、私はよく冗談混じりに、でも本気でこう言っていました。

東北で生まれ育ち、幼い頃に父親を亡くし、母方の親戚に引き取られたために、小学校に行くことも出来ず、ずっと子守ばかりさせられていたこと。
バケツで水汲みにいかされ、家に着く頃には、バケツの水が半分になっていたとか、桑の実をこっそり食べては、口が紫色になってすぐばれて怒られたこと。
ようやく子守りから解放され、東京の紡績工場に勤めて、お給金をいただいて暮らせるようになったのに、お母さんに会いたくて手紙を書いたら一緒に暮らそうと言われ喜んで工場をやめてお母さんの家に行ったら、炭鉱を経営している義父に鉱山から石炭や人夫を引き上げるウィンチ巻きの仕事ばかりさせられたこと。
「お母さんは前夫の子どもの私が邪魔だったんかな」と言いながら、それでもお母さんが亡くなる時は病院に行ってお世話してあげたことも話して下さっていました。

また、そこで結婚相手を見つけて、結婚をしたと思ったら酒グセの悪い男だったので、首も座らない乳飲み子を籠に入れて子守をしながら紡績工場で働いて大きくしたこと。

二度目の結婚の男ともうまくいかず、京都で苦労しながら一人で子育てをした話。大人になってから自分で文字を書けるように努力したこと。
ようやく子どもを成人させてから孫を育てなければならなくなった話。
今は、その孫に介護を受けていて、苦労して孫を大きくした甲斐があった、こんな優しい子になるとは思ってもみなかったなどと話をして下さいました。

映画を観ているように語られる話に、聞いている私が一人涙を流してしまうこともよくありました。
彼女の苦労話は、彼女個人のものですが、戦前の東北の貧しさや、当時の人々の生活を想像するに足るもので、苦労というのは人をこんなにも強くたくましくする一方で、幼少期の傷が一生に渡り影を落としていくものだと思うこともしばしばでした。

誰一人として知った人のいない京都での子育ては、本当に大変だったみたいで、よく2人で、京都に溶け込むことの大変さを話し合いました(私も地方出身なので)。
また、幼少期から大人になってまで続いた困難な生活の中で、人と本音で付き合うことの怖れが身に染み付いているようにも感じました。
いろいろ言って下さってはいても、本音の部分は家族以外には絶対に見せないという硬いガードが見え隠れしていたのです。

それが付き合いが一年また一年と伸び、機能が低下してくるにつれ、私が言うのは本当におこがましいのですが、一皮も二皮も剥けて、なんとも言えない深い味わいになっていかれるのが側でいた私にはよくわかりました。
どんな大変な話も深刻な話題も冗談めかしの表現になっていった様子に、諦めと自分を失わない強いものを感じて、最上級のブラックジョークを聞いているみたいで、私はいつもケラケラと笑いながら、心の底からいつか私もこんな視点でものを観られる人間になりたいなぁと思っていました。

あんまりにも私がケラケラ笑うから
「安井さんは私がなんか言うとすぐ笑う。なんでや」とよく言われていましたが、それは付き合ってきた全てを凝縮したような楽しさだったから言葉でうまく表現できないのでした。

確かに最初は、私が「癒す側」でしたが、この頃から私が「癒される側」になっていったように思います。

私の子育てのことや、職場のスタッフのうまく出来ないことも「ここに送ったら私が上手く言ってあげるから」などと身体のケア以外は私の方がずっとお世話になっていたように思います。

この方に限らず、大概はわたしより歳上だったり、障害を受けたことで深い経験をされている方が多いので、治療に行かせていただきながらも、精神的には私の方が癒されることが多いように思いますが、このおうちでは、とりわけても心地よい気持ちで施術させていただいていたように思います。

長いおつきあいがおしまいになってしまって、もうあの最上級のブラックジョークを聞いて癒されることはなくなってしまいましたが、きっと遠くで孫達を見守っているついでに、私のことも見てくださっているに違いないと思っています。

いろいろなことを学ばせて頂いた私は今年はさらにパワーアップして、身体だけではなくて、もっと奥深いところに働きかけられるような、心が元気になるような治療を目指して行きたいと改めて思っています。

どうぞよろしくお願い致します🤲

ハートの中にペガサス(ペガサス)が。ペガサスみたいに飛ぶ一年に。