「大脳皮質基底核変性症」の臨床にチームの一員で関わること

大脳皮質基底核変性症という病気があります。

ググッてみても、難しくて具体的に他の神経難病との違いがわかりません。

臨床経験のない初めての疾患の時は、いつもお世話になっている秦診療所の秦先生にどういう病気かを尋ねます。

秦先生は、福祉関係者や私たちマッサージ師のために月に一度無料で勉強会を開き、医療の基礎知識を教えて下さっています。

もう10年以上続けて下さっていて、わたしの仕事を「特別」にしてくれているのは、この勉強会の果たしている役割がとても大きいと思います。

とてもわかりやすく身体に起きる変化や気にするべきポイントを教えて下さるのです。

それでこの神経難病のことも尋ねてみました。

「パーキンソン病とよく似ているけれど、抗パーキンソン薬が効きにくく、進行が早い。そして、転倒が多いのは、後頚部が硬くなり、足元が見えないから。」と教えて下さいました。

そう教えていただいてから5年。
脳の進行性の病変には、なかなか太刀打ちできません。転倒、骨折、怪我を繰り返すたびに症状も進行してきました。が、とりあえず後頚部が硬くなることを少しでも軽減すべく施術を続けてきました。

後頚部の硬直は、筋萎縮が進行すると、まっすぐ硬くなるというだけでなく、顎が上がって首が後ろに反ってしまいます。
そうなると、顔の筋肉もますます硬直・緊張するので、食べたり飲んだり話したりという機能も一気に奪われてしまいます。

それでもなんとかギリギリ飲み込みが保てていましたが、徐々に嚥下に障害が出てきたので、訪問看護師さんが新しくチームに加わることになりました。

この方は、自分でベッドに臥床したままお水を飲まれていました。
食事はベッドから起きてベッドの端に座り、倒れないように、紐でサポートしながら(つまり紐で縛って固定して)ご家族の介助で食べていらっしゃったのです。
どちらも医療の常識から考えると、誤嚥を誘発するようなやり方ですが、それでなんとかうまく生活出来ていたので、ケアマネジャーさんやヘルパーさん、リハビリの先生も何も言わずそのまま続いてきていました。

が、これを見たあらたに加わった看護師さんは、改善指導されたのです。リハビリの先生も合意され正生活の改善が一気になされました。

水分は寝たまま飲まない。手元に届くところに水分を置くと寝たまま飲まれるので、だれか援助者が来た時に(定期的にだれかが入るので)ベッドをギャッジアップして水分補給をする。
食事もベッドをギャッジアップして行うことになりました。

誤嚥を防ぐためには、当たり前のことです。

ところが、これを実行するようになりすぐに、嚥下が困難になり、むせて入らなくなってしまったのです。

私は、この方が大脳皮質基底核変性症だったからなのだと思いました。
首が後ろに反る症状に対して、ギャッジアップで後頭部を押し上げる形になり、その反作用で後傾が一気に進んだのだと思いました。

また、ずっと臥床して水分補給をしている場合、気道も食道もそれに合わせて変化しているので、必ずしもそれが誤嚥に結びつくわけではないのではないか、いきなりやり方を変えることの方が誤嚥を誘発するのではないかと考えました。

こういう時はマッサージ師である身は本当に困ります。私以上のスペシャリストであるリハビリの先生も訪問看護師さんも関わっていらっしゃっることに異をとなえるのはなかなか困難です。
頚部硬直は、ググッても出てきません。もしかしたら秦先生の臨床から得られたことかも知れませんが、私は秦先生のおかげでより詳しい症状を知っているのです。

ケアマネジャーさんに現状を報告させて頂きましたが、ケアマネジャーさんも看護師とリハビリの先生の方針だから誤嚥防止のためだしと言われたので私もそれ以上は言えませんでした。

それで、仕方がないので、秦先生に尋ねました。先生はそういうことは考えられるから、指示書を出している医師に報告してみるのがいいのではないかと助言して下さいました。

それでちょうど同意書を再同意をいただく時期でしたから、私の考えと現状を報告しました。

しばらく様子を見ていましたが、方針は変わらず、患者さんの状態は徐々に悪化傾向に見えましたから、訪問看護師さんにFAXで尋ねてみることにしました。

少し意見を言うだけでも反発にあい、仕事がうまくいかなくなることもよくあるので、ヒヤヒヤしながらいましたが、訪問看護師さんが、とてもいい方で、リハビリの先生にも話をして下さり、方針を考え直して下さったのです。

リハビリの先生がきちんと評価をして、むせなければ、寝たままの水分補給も大丈夫ということに方針が変更になりました。
食事はご家族の介助がしやすいようにする事を基本に、もとのやり方に戻ったのでした。

やり方の変更が一気に症状を加速させた面はありますが、根底には病気自体の進行があり、将来的なことを考えれば、徐々に介護・看護のやり方を変えていかなければならない時期に入っていたのでした。

それで、そうこうしているうちにこの患者さんは、誤嚥性肺炎で入院になってしまわれました。

しかしながら、これらのやり取りは全く無駄にならず、退院される前のカンファレンスで顔を合わせた時は、お互いが信頼し合えるチームの中に私も入れてもらえているように感じられ、とても嬉しくなりました。

患者さんのレベルはかなり落ちてしまいましたが、少しでも「楽に、心地よい」毎日が続くようチームの一員として関われたらと思っています。

そして、この話にはもう一つとても嬉しいおまけがありました。

退院カンファレンスの時に、病院のリハビリの先生が、
「この患者さんの問題は、頚部の筋緊張です。これは、リハビリだけの取り組みでなく、他職種連携の中で取り組む必要があります」
と何度も言って下さったのです。

私の報告書を読んで言って下さったという証拠はないのだけれど、リハビリの先生がこんなことを言われたのを聞いたことがないので、私の報告書を先生もリハビリの先生もちゃんと読んで下さったのかなぁと嬉し恥ずかし、とてもいい気持ちになりました😊

何が一番難しいって、自分の意見を人に伝えることほど難しいことはありません。
コミニケーション能力を磨きつつ、多くの人に支えられていることを忘れずチームの人を信じて取り組んでいけたらと思っています。

こういうことが、私を保険治療の一員でありたいと強く思わせるのです。
どうぞよろしくお願い致します。

これは、南禅寺の紅葉🍁
うまくいってるときはこんな気持ちになれます🍁

人との真剣勝負

日曜日にマッサージをしながらして聞いた、患者さんの言葉があまりにカッコイイ。

「息子が高校生の頃、少しやんちゃな子で、バイクが好きだから、高校を中退してレーサーになりたい、と言い出したんです。

こうなったら、私と息子の真剣勝負です。
なりたいという息子と中退をすることはならんという私。
闘いです。先々のことも考え親としてどう責任をとるかですからね。」

子どもが親の価値観から出た生き方を望んだ時は、全身全霊で勝負をする。
子どもを一人の人間として尊重しているからこそ出てくるだろう考え方を耳にして、思わずマッサージの手が止まってしまいました。

こんなことをさらりと言うことができるのは、いつもこういう生き方をされているからなのだろうと思います。

この患者さんには、二週間に一度訪問することになっています。

頚椎症術後ですが、足がうまく動かず、家の中を移動するのも一苦労。お風呂の後の着替えが大変なのでお風呂に入りたくなくなるくらいなのに、主治医が同意書を書いてくれないので自費治療になってしまった患者さんです。

辛そうでも必死で生きる患者さんに施せる手がない時は、マッサージでもしてもらってみるかという気持ちになって下さる先生は少なくありませんが、残念ながら同意を得ることは出来ませんでした。

よくよく聞いてみると、

「自分の納得のいかない説明をされるともう話す気になりません。足の痛みに対してきちんと納得のいく説明なしに、手術しかないというようなことを言われるともう話をしようと思わないのです」というように、医師との信頼関係ができていない場合に、マッサージの同意を得るのは難しいように思います。

立ち上がるのも大変な状態なのに、きっとこの患者さんは、自分の大変さを見ようともせず、触ることなくレントゲンの所見だけで、簡単に手術という先生に身も心もまったく委ねることなく、涼しい顔で診察室から出て来られる姿が目に浮かぶくらい凛とした方です。

こういう真に自立的な精神の持ち主に、必要なのは権利であり、医者の温情としての同意書ではないでしょうか。

そして、この患者さんは、当然のように自費治療でお願いしますと言って下さいました。

こういう方に自費で治療をさせてもらえるというのは、大変光栄なことですし、この気持ちになんとか応えたいと思います。
結果を出すには週一回でも少ないように思いますが、ご本人の努力・懐事情を考えれば二週間に一度でもなんとかならないか奮闘中です。

手術により、もう麻痺はなく、ただ長年の筋萎縮や骨格の変化が起居動作を困難にしているだけではないかと考えているねで、その修正していくことで機能向上を図れるはずです。

治療を開始して3か月。
起き上がりや立位・歩行はスムーズになり安定してきましたが、まだまだ症状が改善したというには課題が多く残っています。

私も患者さんの身体との真剣勝負なわけです。逃げずに頑張りたいと思います。

整形外科にあった椎骨の模型図。
骨の形は、はそそられるものの一つですね😆

痛みを倍増させる「不安」について

いつもは元気印で冗談ばかり言ってみんなを和ませて下さる癌闘病中の患者さんが、足が痛くて歩けなくなってしまいました。

抗がん剤治療が始まり、その後しばらくすると足の痛みが増大するように見えていました。
おそらく抗がん剤の副作用で思うように動けず、筋力低下をきたし、結果的に下肢痛が起きているように思っていました。

でも、患者さんは、骨転移を心配されている様子でした。

先月の受診では、その可能性はなく、近くの整形外科を受診するように言われたということです。それでも消えない痛みに納得のいかないご様子で、痛みの訴えは日に日に大きくなり、自分で出来ていたこともできなくなってきたとおっしゃいます。

主治医の先生に再度痛みの消えないことを訴え、骨転移を心配していると言ったところ、痛みのあり方が、転移の出方とは違うと説明をして下さったそうです。

すると、その次の日から痛み止めを飲まなくても動けて、以前のように用事が出来るようになられました。

癌という病気の怖さは、その症状が命を奪うということだけでなく、転移・再発という恐怖が常につきまとうところなのかなと思います。

不安というのは、痛みを何倍にもさせてしまいます。
ことに高齢者の場合、痛みの原因と対処の仕方がわかれば、我慢出来る痛みは多くあるように思います。

痛みの治療というのは、時に、こういう心の中にある様々な感情をも理解し、その上で身体の異変に気付いていかないといけないのかなと考えます。

こんな時は、マッサージ師の私に出来ることは、ほとんどなくて、ただただ本人の気持ちに寄り添いながら、さするくらいしかできないこともあります。

自費治療なら、しばらくはお休み下さいと言われるところでしょう。

このような関わりは、計画的に目的意識的に関われる保険治療ならではの仕事かなとも思うわけです。でも、こういう目には見えない関わりの積み重ねこそが患者さんの明日の大きな力になっているように思うし、決まったマッサージ施術を行うよりうんと難しかったりするのです。

何はともあれ、「元気印」に少し元気が戻ってきてホッとしました。
もうしばらくお付き合いが続いていくことを祈りながら訪問を続けたいと思います。

北山で見つけたトウモロコシのモザイク画。
ようやく少し街を堪能する余裕が返ってきました!

10年間マッサージさせていただいた患者さん

この8月に、在宅から施設まで(施設入所後は保険が使えなくなり自費治療として)合わせて10年間、お付き合いさせて下さった患者さんが亡くなられました。

最初の訪問依頼は、徘徊ができなくなってしまったお母さんをもう一度歩かせて欲しいというものでした。

徘徊があった方の場合、その介護の大変さから、歩けなくなってホッとしたから、もう歩かないでほしいけど、寝たきりにはさせたくないという依頼を受けることが多い中(そんな上手くはなかなか行かないのですが)、こんな患者さん主体の家族さんもいらっしゃるんだと、どんな方かワクワクしながら面談に望んだように思います。

訪問してみると、わたしより10歳も若い娘さんが、若年性アルツハイマーのお母さんを介護されていました。

患者さんは、ロッキングチェアに座りニコニコされていたように思います。
しかしよく見ると、ロッキングチェアは改造してあり揺らすことが出来なくなっていて、代わりにコマがついて転がして移動出来るようになっていました。

いつも、おしゃれで清潔な洋服に、髪の毛は綺麗に整えられていて、日常的な全てにおいて、自分のことが自分ですることが出来ない、自分の口でうまく自分を表現することが出来ないということ以外は、常に周りの人間を気遣い、自分を気遣われないことには傷つき、そして、いつも娘を心配し、娘が母親に対するリスペクトが足りないと傷つき不機嫌になる、感受性が豊かで、心優しい人。

これが、最初から最後まで変わらないこの患者さんの印象です。

アルツハイマー病は、認知症状と合わせて、身体的には、パーキンソン病と同じような症状を表します。
バランス障害を伴うため、歩けば歩くほどに、重心位置がずれてきて、転倒しないように力を入れれば、入れるほどに、筋肉は固くなりスムーズな動きが出来なくなっていきます。

そしてある日全く歩けなくなるということが起きてしまうように思います。

それは症状の進行ではあるのですが、運動力学的に考えれば、重心位置のズレに伴う筋肉の緊張をその都度戻していけば同じような身体状況で過ごすことが出来、動き続けることで脳の萎縮の進行を最小限に食い止めることが出来るのではないかと考えています。

この方の最大の問題は、日常生活動作に結びつくことに関しては、自発的な動作が困難ということでした。手も足も動くのに、ご飯を自分では食べられない。立って足は動くのに、歩くことは出来ませんでした。

それでも、半ば強引に、室内外を歩いたり(歩かせたりです)、椅子から床に寝たり、床から立ったり、マッサージをしたりしてきました。ひきつれた筋肉を元に戻すのに、優しくないやり方をしたこともしばしばで、「いってぇー」と言わせてしまうこともしばしばでした。

自発的に出来ないことの一番は、気持ちを口から伝えられないことでしたが、思わず出る言葉、意識せず口から出る言葉、相槌や鼻歌は言えるけど、言いたいと思うことは多分ほとんど表現出来なかったのではないかと思います。

ですから、二人きりで、声をかけられ、返答を求められるのは、多分苦痛だったように思います。
そのかわり、私がマッサージをしながら、ご家族と取り留めなく話しているのがお気に入りで、そんな時は、一緒に笑ったり、「そうだよー」と、相槌で二人の会話に割って入って下さったりしていました。

そして、今年に入り、インフルエンザから肺炎になり、食事もうまく喉を通らなくなってしまいました。
少しずつ弱っておられましたが、その姿が最初の頃の様子とほとんどお変わりがないので、アルツハイマーの進行や終末期に入っているのではなく、別の疾患がないか検査してはどうかと施設の職員さんが考えて下さいました。

施設の薦めで検査をしたのは、亡くなられる1か月くらい前でした。

病院の先生も患者さんの様子で、その話に納得してレントゲン撮影をして下さったそうですが、その結果は、アルツハイマーの末期で、今まで口から食事が入っていたことが不思議なくらい。明日命が尽きてもおかしくないと言われたそうです。

私たちは、その事実を知り、患者さんの出来ないことを「責め」励まし続けてきたことに大きなショックを受けました。

脳の指令が途絶えていく中で、みんなの期待に応えようと必死で生きている姿を見せてもらっていたのでした。

もう誰も頑張れと口にしなくなりました。ただただ心地よく過ごしていただけるように関わることを大切にしました。
そして、しばらく後、施設の職員さんとご家族さんがベット周りで談笑するのを聞きながら、本当に眠るように苦しむことなく亡くなられたそうです。

亡くなられたお顔はあまりに美しく、またマッサージをしたくなるくらいでした。

この方もまた、まさに「生きたように死んで行かれた」と思います。

この10年を振り返る時、治療師としては、申し訳ないという気持ちでいっぱいです。
今ならもっと気持ちよく、もう少し機能を回復してあげられたのではないか、もっと楽に動かしてあげられたのではないかと思います。

本当に下手で未熟で申し訳ありませんでした。

それにもかかわらず、未熟な私を受け入れ、いつも気遣って下さったことに心から感謝です。

私は、治療をさせてもらい、暖かく大きな心に包んでもらいながら癒やされ続けてきたのだと思います。本当に本当にありがとうございました。

患者さん、最後まで自費治療をさせて下さったご家族、それから私の訪問をこころよく受け入れて下さった施設の方々に心よりお礼申し上げます。

体圧分散クッション。
仕事で使いたいといただいて来ましたが、私のものになりそうです。

救急搬送の判断について

先日訪問した時に、患者さんの様子がおかしく、結局救急搬送をすることになりました。

何度目かの経験ですが、なかなかなれません😭

呼吸数、脈拍、血圧、血中酸素濃度、体温のバイタルチェックの他、意識レベルも大切な観察ポイントです。

私は普段、血中酸素濃度を測定する器械だけ持ち歩いています。3×2cmくらいの小さなもので、持ち運びに便利だし、手指の先に挟むだけで呼吸状態が測れるので、緊急か否かの指標にとても便利なのです。またこれは脈拍も測れます。

パルスオキシメーター

ただ、この器械は、手が冷たいと正確な数値が出ないことがあります。脈拍は自分の手でも測れるので、この器械の脈拍と触診による脈拍の数値が近ければ血中酸素濃度も正確に測定できていると考えるようにしています。

この方は、訪問時、呼吸が苦しそうに見えたものの、呼びかけに反応があり、眼も合い、ちゃんといつも通りの反応がありました。
血中酸素濃度を測ると95%〜93%でした。これは、少し低いものの、許容範囲です。90%を切ると危険,正常値は95%以上です。

しかし、胸郭が動いていなくて、呼吸が出来ていないようにみえました。口の中を見ると、飲みものと痰が絡んだようなものが引っかかっていました。
痰が気道に絡んでいて息苦しいのかなと、とりあえず口の中を口腔ケア用のスポンジで拭き取りましたが、様子は変わらず、ますます苦しそうな様子に見えました。そして、血中酸素濃度は、90%を切ってしまいました。
そうこうするうちに発語もできなくなってこられたのです。

一刻を争う状態になってきたことはわかっていても、救急車を呼ばなくても、引っかかっている痰さえ動けばなんとかなるんじゃないかと考えました。そういうことが度々あるからです。

痰がでるように、胸郭を動かしますが、血中酸素濃度はあがりません。

だんだんと私も冷静さを失い始めました。上のフロアにはご家族がいらっしゃいましたが、呼んでも聞こえないのか返事がありません。呼びに上がる前に訪問看護師さんに電話をしました。
ご家族と相談して、必要なら訪問すると言われたので、ご家族を呼びに行きました。

ご家族は、看護師さんに見てもらってから救急車を呼びたいと言われます。

みんながこんな風に考えるのは、普段から呼吸状態が良くないこともあり、反応が低いこともあります。それでいつもと違うと断言出来ないからなのです。

そうこうするうちにどんどん顔色が悪くなって、唇は真っ白です。ご家族も普通ではないとわかってはいても、決断するのをとまどわれているようにみえました、
もう猶予はないように見えました。「救急車を呼びましょう」とご家族に言いました。

それから5分足らずで救急車が来てくれました。

救急隊員さんは、酸素マスクをつけた後次々とバイタルチェックをしていかれます。
患者さんは、酸素マスクをした後、息を吹き返したように声を出されました。

血中酸素濃度は91%。呼吸数18。体温36.2分。
眼は光に反応あり。
握手して「わかったら握って下さい」と左右で確認。「握り返せてます。麻痺なし」

バイタルチェックは全て正常範囲でした。意識レベルも呼びかけに応じることが出来るレベルでした。

酸素マスクのおかげで、正常範囲に戻ったように見えました。わたしは、見た感じ、眼も合わないし、血中酸素濃度を測っていた手も指が曲がり測れなくなったので、脳がどうにかなってしまったのかと思いましたが、苦しかっただけだったのです。

救急車を呼べて良かったとホッとしました。

その後、病院での診断は、肺炎という事でした。

私は、患者さんの身体が触った感じが、少し熱いなと思いながらも、高熱ではなかったので、肺炎を全く疑いませんでした。だからとにかく痰が詰まっていると思い込み、これさえ動けば病院に行く必要はないという考えから、救急車より痰を動かすことばかり考えていたように思います。

でも、きちんと数値を測ることで他の状態についても客観的なデータとして看護師さんに伝えることも出来たのに、ほとんど家族さんと同じレベルでうろたえていた自分を情けなく思いました。

ただ、結果的にはもう少し遅ければ亡くなられていたかも知れないので、「でかした」と友人の看護師さんからは褒めていただきましたが、今回は、最初の状態から、次第に悪化していったことが私の混乱を大きくしてしまったように思います。

こういう時は、本当に怖くて焦ります。
しなければならないことを紙に書いていつでも取り出せるようにしておけば、もう少し冷静に対応できるかなと思いました。

何はともあれ良かったです。
早くお元気になって退院されることをお祈りしています。

治療院をプチプチリニューアル

治療院をプチプチリニューアルしました。

20年前に、専門学校を卒業する時に頂いた鍼灸経絡経穴図。壁に貼るスペースもないままとってありました。せっかくだから額を購入。治療院に置きました。

額に入れるという緻密さが要求されることは男性スタッフにお願いしたので、綺麗にシワなく額に収まりました😊

並べてみると、あっという間に、治療院が東洋療法の空間になりました。
この図を見ながら治療すれば私の治療ももっと深みが出てくるといいな。

治療院では自費治療も行っております。

治療している間だけでなく、本当の効果を実感していただけるのは治療後です。身体の変化にあれっ⁈と言っていただけた時に、ちゃんと治療できなかなとうれしくなります。

完全予約制です。
ご予約お待ちしております。
https://www.yukicure.com/contact/

#鍼灸経絡経穴図 #マッサージ #悠生治療院 #訪問マッサージ #京都

90歳、五十肩の施術

月に一度、祇園まで伺う90歳の患者さんがいらっしゃいます。
昨年の京都マラソンマッサージのテレビ中継がきっかけとなって訪問させていただくようになり一年が経ちました。

一番お困りだったのは、右肩の痛みでした。整形外科に痛み止めの注射に通われていましたが、なかなかすっきりしないようでした。

五十肩は、正式な名前を肩関節周囲炎と言いますが、その名前の通り、肩関節を支持し動かしている筋肉に炎症が生じ痛みがおきます。50歳くらいに多いのでこういう名前になったのでしょう。

私は、これは老化に伴い体幹が衰え、脊柱の彎曲に変化が起きてきた結果、肩関節の可動範囲に制限が加わることで発症すると考えてきました。

ですから、肩の治療の基本は、足腰の調整にあると考えています。
この方は、足腰にも年相応のトラブルをお持ちでしたので、全身の調整をしながら、肩関節の痛みの軽減をはかりました。

かなりの程度改善してきたようにも思いましたが、月一度の施術でできる範囲は限られているようにも思いましたし、施術後にはそれなりに痛みも軽減していたのでキネシオテープ(※)で固定して効果を長持ちさせるしかないだろうかと考えていました。

(※)キネシオテープについては2/13ブログ記事に詳しく書いています

ところが、先日伺った時は、痛みが少し以前よりひどくなっているようです。以前の出来事から思い込みから入ってはいけない、なんとか出来ないか考え直して見ました。

鍼灸師の先生からは、五十肩はその場で確実に治せると聞いていました。治療ポイントも教えていただいていました。ただ一つ「絶対はずしてはいけない」ツボの場所がマッサージ的にあやふやでこれだ!という手ごたえがありませんでした。

というのも、私にとって治療ポイントとしてのツボは、本に書いてあるどこから何寸横とかいうようなあるかないかわからない場所にあるものではなく、身体の反応として指先に違和感を感じるところがツボとして名前があるものなので、そこだけは感覚として腑に落ちない場所だったのです。

それで今日はとにかくじっくりと探ってみることにしました。
鍼灸師の先生に教えてもらっていたのは、前腕と腋窩後面(脇の下を作る筋肉の背中側)です。多分五十肩の治療穴として一般的なツボなのだろうと思います。

肩貞(けんてい)という場所だろうと思います。その昔、この体系を考えた人は人体の全てを理解できていたのだろとしみじみ思いました。
その影には何千という人間の皮を剥いだんじゃないかな…皮を剥ぐ時に引っかかったところが重要なツボだと思う…👿

そうしてじっくり探っていくと、私が考えていた位置より下方外側に筋膜がよじれている場所を発見しました。
その瞬間私の中で自分の考えの間違いに気づき、肩の痛みと可動域制限の理由がわかりました。

腕の付け根で筋膜の調整がうまくできなくて、そこのよじれがより深いシワとなっていたのです。私の未熟さが症状を悪化させていたかもしれません。

私は自分のすべきことがすぐにわかりましたから、夢中で腕の付け根で引っかかっている筋膜という服を綺麗に着せ直すように戻していきました。
治療後、ご本人に聞くまでもなく、腕が元のように動くのがわかりましたが、念のため確認してもらいました。どの方向にも引っかかりなく動きました。患者さんは、あれ!と驚きながら感謝して下さいましたが、私は私の怠慢でこのような目に合わせたことを申し訳なく思いながら「すみません、早く気づかなくて。今日ようやく気がつきました」と言うのが精一杯でした。

思い込みや決めつけが、患者さん状況の改善に役に立たないどころか、症状を悪化させてしまうことがあることを、私たちは常にその可能性を心に留めておがなければならないとしみじみ感じました。
そしてそれは、治療だけでなく、様々な場面で誰かのせいにする前に自分のやり方や考え方に疑問を持ち続けることが大切だなと感じた週末でした。

齢50。ようやくこのような事に気づけるチャンスが巡って来ています。

衰え行く身体だからこそ、心の柔軟さを失わず歳を重ねていけたらこれほど幸せなことはないのだろうと思います。
どうぞよろしくお願い致します。

2018京都マラソンのマッサージボランティア

今年も京都マラソンにマッサージボランティアとして参加してきました😀

毎年参加させていただいていると、なんだかいっぱしの関係者のような気分になるのです。市長の労いの訪問も嬉しい気持ちになります。

会場準備中、桝本京都市長登場

ランナーがゴールされるまでの時間を顔馴染みになった鍼灸マッサージの先生方と雑談しながらまったり待つのが好きです。

それから第1号のランナーが受療に来られた時に、全員が緊張感を持つ瞬間も好きです。

6分という制約の中で来て良かったと思っていただけるようにと意識すると、普段の仕事とはまた違う緊張感があり、毎回が真剣で、手を抜けませんし、慣れる間もなく、自信も持てません。

「あー気持ち良かった」と言っていただけるとホッとします。

私が施術しているところ

今年は鍼灸マッサージを合わせ、900名の方の施術が出来たそうで、とにかく満席の待ち合い席を見ながら施術したからか、クタクタで、終わった時にテキパキ動くことが出来ませんでした。

歳には勝てないということかもしれません。とにかく疲れました。
ランナーと話すこともほとんどありませんでした。手は動いても口まで動かす気力がなかったことと、耳が少し遠くなってるように思います。ザワザワした中では顔を近づけないと聞き取り辛く、時間がもったいなくてなかなか話を振ることが出来ませんでした😩

それでも印象に残ったことが二つあります。

一つは、50歳のランナーの方のお話です。
特に辛いところをあらかじめ記入していただくのですが、その方は、背中だけしか、記していませんでした。
「マラソンは、背中だと思うんです。老化したら背中が丸くなるでしょう。マラソンも一緒だと思っています。背中を伸ばして走ったら脚は平気です。40からマラソンを始めて、体重が20キロ落ちて、健康になりました。今は年間15回くらいマラソンに参加します」
とおっしゃいました。脚は何の張りもなくつきたてのお餅のようでした❣️

もう一つは、中国から来られた32歳の男性のお話です。
日本が大好きで、何度も来られているそうです。どこがそんなに好きかお聞きしました。
どこのお店も店員さんの対応が丁寧で親切なところだそうです。
なんだか笑っちゃいました。
他のいろいろなところ、多分多くの日本人が世界に誇れると考えているところ、ではなくて、店員さんの丁寧な対応が日本をお気に入りに思う理由になるなんて!Heart to Heart が人間の基本なんですね。

この外国人の方との会話ですが、マッサージ専用に通訳ボランティアの方々の協力もあるのです。

最後に、今日最高に気分が良かった出来事は、尊敬する治療院の先生が、うちのスタッフを真面目で素晴らしい「うちに もらいたい」と言って下さったことです。

自分のスタッフを褒めていただけることがこれほど嬉しいとは!
もちろん当の本人も上機嫌で今日一日を自信たっぷりで施術に当たれたと思います😆

スタッフたちと

こんな風に、何かと楽しいマラソンマッサージボランティアですが、事前準備を緻密にこなして下さる京都府鍼灸マッサージ師会の先生方の御尽力のおかげです。
本当に様々ありがとうございます。

来年もまた楽しく参加出来たら嬉しく思います。

若い鍼灸マッサージ師の先生方!来年は是非とも助けに、楽しみに来てください。よろしくお願いします。

▼昨年2017年のブログ記事
京都マラソンボランティアマッサージ
https://www.yukicure.com/2017/02/21/kyotomarason/

嬉しい京都マラソンボランティアのアンケート
https://www.yukicure.com/2017/05/19/kyotomarason-2/

6分では足りないとだろうからと、セルフケアの道具を持って来られたマッサージ師の方もおられました。
木の道具は手作り。木の温かみがいいそうです。
帰りの景色がとてもキレイでした。

フィギュアスケート・長洲未来選手のキネシオテープ

酷寒の中で、平昌オリンピックが開催されていますが、アメリカでは、フィギュアスケートの長洲未来選手の「太もも」に貼られたキネシオテープがその演技以上に話題になっているそうです。

平昌五輪 宣伝効果抜群、フィギュア長洲未来の「太もも」 SNSに問い合わせの声続々
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180212-00000553-san-spo
2018/2/13 産経新聞より

——(ここから産経新聞記事の引用)

平昌冬季五輪のフィギュア団体女子フリーで、日本人を両親に持つ長洲未来(米国)がトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を成功させた。五輪の女子で伊藤みどり、浅田真央に次ぐ史上3人目の快挙となるが、米国内ではその演技以上に長洲の「太もも」に視線が集まった。

五輪をテレビ観戦していた視聴者が、次々にSNSに書き込んだ。「長洲は太ももに『USA』のタトゥー(入れ墨)をしているのか?」「内ももにあるのは青あざ? タトゥー?」「長洲の太ももに『USA』のロゴ? タトゥーだろ」…。演技中、長洲の右太ももの内側にちらついた「USA」の文字に関する質問が拡散された。

米紙ワシントン・ポスト(電子版)によると、この「ミステリー」の正体は「キネシオロジーテープ」。関節などを固定する従来のテーピングとは異なり、筋肉や関節、靱帯(じんたい)などを保護・サポートする目的で開発されたスポーツテープだ。

——(ここまで引用)

キネシオテープは、日本の加瀬建造先生が考え出された優れものです。

加瀬先生が書かれた『キネシオテーピング法』上下巻(医道の日本社)初版の発行は1987年まで遡ります。

 

そして今や、日本のスポーツ界ではキネシオテープを知らない人はいないだろうと思うくらいに有名で、素晴らしい効果を発揮してくれます。

一般の薬局にも必ず数種類のキネシオテープが並んでいます。

治療機序について、『キネシオテーピング法 上巻』では、
炎症部位など血液やリンパの流れるスペースが狭められた箇所に、一定の収縮率を兼ね備えたキネシオテープを貼ることで、皮膚と筋肉間の摩擦が減少し、スペースが確保され、血液やリンパの流れが活性化し痛みの軽減、消失がおこると説明されています。

しかしながら、その効果の大きさが先生の予想を超えたからか、『キネシオテーピング法 下巻』では、人体最大の臓器である肝臓より、その総量において勝る、皮膚を単なる一枚の皮でなく、生命の維持に欠くことの出来ない最も重要な臓器の一つと捉え、キネシオテープの効果が皮膚と筋肉間のスペースの確保というだけでは説明のつかない有効性について言及されています。

私的には、皮膚がその下にある筋肉の働きを守り助けていると考えていて、トラブルを抱えた筋肉の走行に沿ってキネシオテープを貼ることで、様々なトラブルを解決してくれるので、数年前から大変重宝して使わせていただいてきました。

そして、ここ最近の私の治療は、以前にも増して、筋膜リリースを中心とした治療に変化してきているので、キネシオテープを使うことがますます増えています。
というのも、キネシオテープがリリースした筋膜が元に戻るのを防ぎ、治療効果を長持ちさせてくれるからです。
数時間後に剥がしても痛みが消えたままだったという報告をしていただけることもよくあります。

皮膚や筋膜といった”周辺器官”の果たしている役割がとても大きい証なのだろうかと思います。

そう考えると、皮膚とその下の筋肉への働きかけを手技の中心とする按摩・マッサージ・指圧師の果たせる役割は、さらに深い広がりを持てるのかなと未来への期待も膨らみます。

以前ブログに書いたキネシオテープの記事は2つあります。

優れもの キネシオテープ
https://www.yukicure.com/2017/02/19/kineshio/

治療師として息子の身体をみる
https://www.yukicure.com/2017/01/31/kotengu/

ところで、こんなすごいキネシオテープですが、アメリカ人の中では、USAというタトゥーかもしれないと話題になるところがお国柄の違いなのかなと思います。

ちなみに英語ですがTIMEでの長洲さんの記事はこちら。長洲さん本人がタトゥーじゃないですよと否定しているツイートも引用されています。

No, That’s Not a Gigantic ‘USA’ Tattoo on Mirai Nagasu’s Leg
http://ti.me/2Elfwzr#ab1fc91c-4b8f-4322-9049-d2ed833b82d7

桜吹雪や登り竜のキネシオテープを作ったら日本のキネシオテープとして世界中が虜になるのかしら😆
🌸がんばれ日本🌸

今日のうれしかったこと

毎日ほんの少しのことで、浮いたり沈んだり。相変わらず、メンタルは豆腐(と若い人は言うらしいです笑笑)です。

が、今日はうれしいことがありました。

年末に訪問を始めた方が、
「治療後は、立ち上がる時に痛みがなくて、嬉しくて涙がでました」と言って下さいました。

痛みが和らぐということが、当人にとっては涙が出てくるくらい嬉しいと言われ、なんだかしみじみそんなもんかと考えさせられました。
そして、自分がそういう力になれたことや、そんな風にストレートに言っていただけたことが、うれしはずかしで、言われた私が嬉し涙でした。

治療をして、その対価を得ることが出来るということは、基本的には、相手の納得がないと成立しないことなのですが、自分はちゃんと出来ているのだろうか、という不安が消えることはありません。

治療は、目に見えないもので、仕上がりも、時間の経過とともに消えて行くものですから、治療後の、心のモヤモヤは、それなりのストレスです。
しかしながらこのモヤモヤが技術の向上を目指す一番の力になっているのだから、仕方がないことなのだろうと思います。

それで今日はこの有難いお言葉を素直に胸に刻んで明日への活力にしたいと思います。

I feel so happy❣️

患者さんからいただきました。
大笑い な 戌年になりますように。