気負いのない、「老人の日常」

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先日、患者さんのお孫さんから、
「ブログ見つけたよ。面白くて毎日見てしまう」と言っていただきました。
嬉しすぎて、他の全てが吹き飛んでしまうくらいハッピーな気持ちになりました。
読んで下さって本当にありがとうございます😊

私の仕事は、毎日毎日が、患者さんとそのご家族に支えられ、教えられることの連続です。
そのことが私に大きな気づきと成長をもたらしてくれています。
私のブログが面白いとしたら、それは本当に患者さんとご家族のおかげなのです。

仕事を始めた頃は、自分が誰かの役に立てることや、自分の技術を評価してもらえることが嬉しくて、大きな夢を抱いて仕事に臨んでいたように思います。

しかしながら、長年仕事をしていると、患者さんが入院されたり、亡くなられたり、訪問を断られたりと、仕事自体がなくなることも多く、仕事があるだけでありがたいと思えるようになりました。

こんな気持ちになってくると、成果を出すとか、治療師として尊敬を勝ち取りたいとか、そういうことは、二の次になります。ただ、仕事をさせていただくことがありがたいのです。

そうすると、私に気負いがないからか、相手も気負いのない、「老人の日常」を見せて下さるようになりました。

それは、仕事を始めた頃に考えていた、夢や希望のない絶望的な世界ではなく、全てを成し遂げた後の、自分と自分の築いてきたものにだけ囲まれた、穏やかな、ある意味完璧な世界なのではないかと思うようになったのです。

なぜなら、患者さんの話しは、とても興味深く魅力的で、また、どんな話も、自慢たらしくも自己卑下的な聞き辛さもありません。それは、患者さんの内面が全てを超えてきた成熟した豊かさの中にあるからではないかと思うのです。

私は、施術中の、寝物語的に聞く患者さんの話が大好きです。
私もその時代にタイムスリップして、横からこっそり覗いているような気持ちになります。

また、私の人生を気遣いして下さるアドバイスは、本当にしみじみと心に響き、私の心を軽くしてくれます。

施術しながら一緒にテレビをみていると、物の見方が一つではなくいくつもあることを教えてもらえます。

長い時間を生き抜いてきたこと自体が、その人の自信となり、そこから溢れた言葉だからこそ、私の心に響いてくるのではないかと思うのです。

最初にブログを褒めて下さった方の”ばあちゃん”も、ことある事に私を励まし、一緒にテレビを見ては世間を語り、苦労続きの昔話をして下さった一人です。

その”ばあちゃん”は残念ながら今、入院中です。

過酷な人生を生き抜いてきたその身体は、限界に近づいているようにも思います。
でも、家族みんなから愛されている”ばあちゃん”は、今までも何度も奇跡を起こして立ち上がって来られました。
今回もまた、奇跡を起こして、東京オリンピックを一緒に見て下さるに違いないと信じて、退院の日を楽しみに待ちたいと思います。

どこからも見える京都タワー。すごくないタワーだけど、京都タワーが見えるとほっこりします。
こういう存在になれたらいいなと思います。

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