患者さんとのお別れ

ブログを更新したいと思いながら、毎日何かと格闘していて、落ちついて心を整理することが出来ずにいました。

何かというのは、もちろん治療院がうまくいくように私自身の患者さんの治療についてや、スタッフの治療について考え続けているのは以前から変わらずなのですが、そんなこととは別に自分の中にあるものが本当にこれでいいのかしら、もっと大きくて広いものなんじゃないかと想いを巡らせているとなかなか文章にまとめることができなかったのです。

きっかけは様々ありますが、一番大きなきっかけとなったのは、私の仕事人生の大半をお付き合い下さった患者さんが亡くなられた時の体験が大きいかもしれません。

この患者さんから教わったことは、絶対に忘れることが出来ない、治療師として私の基礎をなすものとなりましたから、是非文章で残したいと思っているのですが、この方が亡くなられた時の体験が私の根幹を揺るがすようなものでしたから、心の様々を表現することがなかなか簡単ではなくなってしまったのです。

この方が亡くなられるほんの一時間前に訪問していました。

食事の量が減り、心臓の働きが落ちてきいたのでいつ何時なにがおきても不思議ではない状態が続いていましたが、ふつうに会話が出来て身体も自力で動かせるところがまだまだ残っていました。

それでも、その時が近いのはわかっていました。

この方とは、長きに渡る付き合いの中で、私なりにお役にたてるよう最大限の努力を重ねてきましたが、精神的には全く反対で、経験豊かなこの方はいつも私たちを励まし、問題解決の提案をして私を助けて下さっていました。

それで終わろうとしているこの方にお礼が言いたいけど、まだ話も出来るのに今までありがとうございますというのもどうかと思いながら、どうしてもちゃんとお礼を伝えたかったので、

「いろいろいつもありがとうです。これからもずっとおつきあいして下さいね」とお願いしました。それは肉体を離れても私を助けて下さいという意味を含んでいました。

すると少し意外そうな顔をされたようにも思いますが、とても嬉しそうな笑顔をして「そうか。こちらこそ頼むで」と言って下さいました。

そしてその方の家を後にして、20分以上車を走らせた次の場所に向かっていました。すると綿毛がフロントガラスに次々と飛んできます。

その時は7月でした。
タンポポがいっぱい咲いている季節ですら、フロントガラスめがけて綿毛が飛んでくることを経験したことがなかったので、近くに“花”がたくさんあるのかとキョロキョロしてもそれらしいものは見当たりません。

それでも次々と飛んでくるのを、不思議に思いながら車を走らせていました。

そして次の目的地に到着してしばらく後にその方の訃報の知らせをいただきました。

その時、私は、あの綿毛は、患者さんが別れを告げに、そしてこれからも付き合えることを知らせに来て下さったのだ確信しました。

わたしはいわゆるスピリチュアルな世界が好きな人間でしたが、一方で目に見えないものは、ないものにした方が治療がシンプルでうまくいくので、経絡の流れや気の運行ということより、目に見える筋肉や皮膚といった物質的なものを指標にした治療に重きを置いてきました。

ですから、見えない霊というものにもあまり興味がなく、「ここに来ると嫌な感じ」といったことも感じたこともありませんでした。

その私に、目に見えるように風に乗って魂が知らせに来てくれたのですから、否が応でも私の世界は半分しか開いてなかったのかも知れないと信じざるを得なくなってしまったのです。

そして、今まで物理的な作用で起きているに過ぎないと考えてきた様々なこと、例えば目の前に落ちる木の葉であったり、目の前を遮る蝶にもっと深い魂-スピリット-の働きを感じるようになりました。

だからといって私の日常がなにか変わったということはないのですが、患者さんの治療という意味では、私が気がつかなかったものがあるのではないか、もっと深く長い時間の中で考えることで、よりよいアプローチがあるのではないかと考えるようになりました。

それで文章にすることが困難になっていたのですが、グルリと一周回って、結局は相手を大切に思うことが最善の治療に結びつくのだから何ら間違いはなかったのではないかと思うに至っています。

ただスピリットの持つ力は気のせいではなく、ただ気がつかないだけではっきりと目に見えてあると言うことに確信するようには日々なっていますので、ますます愛のある治療の大切さを感じるようになりました。

魂の治療ができるよう頑張りたいと思っていますので、私に治療の機会が多くありますよう皆様の応援をよろしくお願いいたします。

この方から教わったことは次回に書こうと思っています。おしんよりすごい苦労を乗り越えて来られたお話です。

雲は風で形をかえます。

片眼で「見る」

金属加工する職人をされていた患者さんのお話です。

大阪城の天守閣の屋根についている金属を全て一人で納品したと言われるので、とてもしっかりとした腕で仕事をされていたのだろうと思います。

使い込んだ身体は、年齢とともにあちこちが悲鳴をあげていました。一番の問題は、めまいだと言われます。
脳梗塞後の不全麻痺(見た目はあまりわからないくらいだけれどやはり普通には動きにくい麻痺)もあるので、室内の移動は出来ても、めまいで室外の移動は困難だと言うことでした。

めまいというのは、脳の問題が隠れている場合もあるのですが、加齢に伴う骨格の変形から耳周辺のリンパの流れが滞ることで起きることもよくあります。そんな時はマッサージ施術によりリンパの流れをよくするだけで驚くほどに改善します。

ひどいめまいは、施術を始めてからある程度の改善はみえたのですが、どうにも頚部の筋緊張の左右差が大きく脳梗塞の後遺症のためかと考えていました。

が、実は若い頃に仕事中に体勢が崩れ、アルミ板で額から口元まで切る大怪我をされ、そのために左眼を失明されたのだそうです。

片眼になると遠近感がわからず、片眼による手元作業に慣れるまで3年くらいかかったそうです。
ほんの2、3㎝の違いがわからず、電車と車が並行して走っているところで、それらがすれ違う時に、その遠近感がわからず、あっぶつかる!と一人びっくりするそうです。

遠近感がつかめないのに、どうやって細かな作業をこなしてこられたのでしょうか?
しかも選りすぐりの腕前なのはなんとも不思議です。

片眼でもみているうちに慣れてくるのかと尋ねてみました。
すると意外な答えが返ってきました。
見ればみるほどわからなくなるので、パッと見てあとは見ないでする方がうまくいくとおっしゃいます。

両眼がきちんと働いていた時と同じように見える前提で必死に見ようとしないで、見えないことを受け入れて、片方の眼とあとは経験に裏打ちされた心の眼で見る方がうまくいくということなのかなと思います。

私たちの仕事も同じことが言えるのかなとしばらく片眼で「見る」ということについて考えてみました。

見えないもの、わからないことをわかる前提で考え続ければ続けるほどに迷いが生まれて、正解から遠ざかるということがあると言えるのでしょうか。それより、心の眼を鍛えていくことに時間を費やす方が正解に近づくのでしょうか。

まだ自分の中ではっきりとした答えは見えていません。
きっと頭の片隅に置いておくことで、ある日成熟し、ヒラメキとなってわかる日がくるんじゃないかと考えることを一旦おしまいにしました。

感じる心やカンというのを言葉で言い表したり、人に伝えるのはとても難しいのですが、思考を超える何かがあるのは多分確かなのだろうと思います。

9月7日土曜日の京都の空です。屋上から北のほうを見ていると、そこにだけ雨が降り注ぐ雲を見ることができました。初めて見る雲の様子にしばらくみとれていました。
雲の筋は少しずつ位置を変えていましたが、私の頭上では星が見えていました。

東洋医学を志した理由

この秋で、訪問マッサージの仕事に関わり始めて25年になります。

23歳の時に、バイク事故で意識不明となった友人の目を覚ますためにできることはないかと隣に住んでいらしたヨガの先生に相談し、西洋医学ではカバーできない世界に足をふみいれました。けれど、その友人は覚醒することなく事故から3年後の秋に亡くなりました。

この出来事をきっかけに東洋医学に関わりたいとこの道を目指しました。

専門学校に入学し、マッサージのアルバイトを探していたら、知り合いから訪問マッサージの仕事を紹介してもらいました。当時まだ多くは知られていないこの仕事の面接に行く前の日に、このバイク事故で亡くなった友人が夢に出てきました。

どこかの洞窟の中でこっそり二人きりで会っていました。ただそれだけの夢でしたが、面接の後、仕事見学に行った時、夢の理由を知りました。

在宅で、きちんと意思疎通出来ない寝たきりの人たちの身体を動かしたり、能動的な人生を送れるように働きかけたりする仕事だったのです。

病院で寝ていた友人にどう接したらいいいいのか、お見舞いに通いながらも戸惑いの方が大きい3年間でした。お見舞いに行っても何もできずに付き添いの人と話をして帰ってくるしかできなかったのです。

私は訪問マッサージに関わることで、その戸惑いを乗り越えて自分にできることを探して行く旅を始めたのでした。

それから25年。
寝ている人に必要なこと。
私にできること。
障害を背負って生きるということ。
そして死ぬということ。

まだまだ見えない答えもありますが、患者さんに支えてもらいながら一つ一つ答えを見つけてこれたように思います。

私にこの道を示してくれたこの友人には感謝しかありません。寝たきりでいるということは、逆説的ですが、必死に生きるということではないかと思うようになりました。

まだもう少しこの道を進んで行きたいと思っています。
どうぞよろしくお願い致します。

雲が神様からのメッセージだとしたら、見るのが楽しくなっちゃいます。

スタッフに伝えたい仕事の奥深さ、素晴らしさ

8月いっぱいで、うちの若手が退職し、9月からは新しいスタッフが加わって新体制をスタートすることになりました。

新体制が落ち着くまで、様々ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、全力でより良い体制が組めるよう取り組んでまいります。
どうぞよろしくお願いいたします。

プロフェッショナルを目指す限りはどのような仕事であっても、それぞれに深い経験を積むごとに、深い洞察や完璧さのレベルが深まるのは当たり前かもしれませんが、訪問マッサージという仕事の奥の深さもまた、底なし沼のごとくです。

それは時に施術者を苦しめるものであると同時に、この世を生きるヒントの全てを手に入れることのできる最上級の仕事の一つであると思っています。

それは、マッサージ師として、気持ちいいという時間の提供だけでは済まない状況にある方々の暮らしを支える一助となるような技術の習得を前提としていることがあります。
患者さん本人の感覚だけではない、他覚的な効果をつくりあげる過程は、とても大きな経験とそれに伴う自身の仕事への誇りを得ることが出来るからです。

そして、加齢や疾病による障害を持って生きることをサポートするということは、技術の提供以上に大切なものがあるということから目をそらすことはできません。

毎回の施術は心の交流なしには継続が困難で、癒すということの本質に近づかざるを得ないからです。

患者さんのホームに定期的・計画的に訪問するこの仕事は、そこに愛がなければ受け入れていただけずお断りを受けることがよくあります。

一度きりの関わりや、大きな期待をしない、切り取られたようなマッサージや、患者さん自身の治癒力から遠のいていくようなマッサージは、マッサージ治療の本質からどんどん遠ざかっていくように思います。

もちろんどのようなマッサージ施術であろうとその本質にせまることは出来るのですが、訪問マッサージの場合は、その本質から目をそらし続けることが困難で、そらし続けていると様々なしっぺ返しがやってきて現実に気づいていけるような気がしています。

私の訪問マッサージの関わりは、まさに、毎日山あり谷ありでした。
怒られては泣き、断られては憤慨し、医療保険の無駄遣いだと言われた日には、吐きそうになるまでおやつを食べ続けないと訪問に向かえない、そんな時をたくさん過ごしてきました。そのような経験の上に今があります。

今となっては、それら全てが、今の私を作ってくれた愛おしい経験となりました。

今では、患者さんの家が私のホームになってしまったようなところがあり、間違えて「ただいま」といいそうになる時があります。それくらいに訪問治療は、私をも癒してくれてきたのではないかと思っています。そして多分そんな時は、技術を超えた心地よい空間が私と患者さんを包んでいるのだろうと思います。

新しく加わってくれるスタッフにも是非この素晴らしさを伝えられるよう頑張ろうと思っています。

どうぞよろしくお願い致します🤲🤲🥺

心の揺らぎ

おはようございます。

ブログが更新できません。
仕事が忙しいというよりは、心が忙しいというか、満たされてしまったという方がぴったりくるかもしれません。

きっかけは、息子が好きな米津玄師さんの歌を聞いたことです。
脳が働く前に感情が揺り動かされ、気がついたら号泣していました。そして、ここ数年抑え込んでいた心の引っかかりが溢れてきて、頭の中で大混乱が起きました。

そのあとから、不思議な感覚になって、鳥🦅や虫🕷、木の葉やわた毛の風に舞う姿に目が奪われるようになりました。

公園で、これらを眺めていると時が経つのを忘れて、私がここにいないようなただ、蟻🐜に同化してしまったみたいな気持ちになるのです。

以前より、手に気が宿るようになったのか、ずっと関わっている患者さんから
「手が暖かい。気持ちいいわぁ」
と言っていただくことが増えました。

もう号泣したりすることはありませんが、自然と一体化しようとしているだろう自分を感じることで、今までにない心の平安を感じることがあるように思います。

これからは、心の揺らぎとその治療を少しずつ報告できたらと考えています。

元々スピリチュアルなことが大好きでしたが、ここ数年は遠ざかっていた世界でした。そして今、長い旅を経て、もう一度帰ってきたような気持ちになっています。この変遷は、わたしにはとても自然なことで、患者さんたちから大切なことを日々教えていただいて来たからじゃないかと思っています。

癒すということの本質

なかなかブログが更新できませんが、心の中が目まぐるしく動いていて心が落ち着かないからかなと思います。

仕事に追われてくると、ついつい次の訪問の約束の時間が気になってバタバタとしてしまいます。

施術にこだわるがあまり、施術時間が押してしまったり、話の流れで途中でやめることができなかったりという理由で、どんどん時間に追われてしまうということが大半なのですが、

患者さんやご家族さんからは、
バタバタしてる
とか
本当に忙しそう
と言われてしまいます。

トレーナーとしては、限られた条件の中でベストコンディションに近づけるために懸命の努力をしているつもりなので、こんな風に言われると本当にがっかりしてしまいます。

けれど、身体状況の改善ということではなくて、広く癒すということから考えると、どんな素晴らしい治療をしたとしても、次の時間を気にする様子が、癒されていた気持ちまでを消してしまい、全てを台無しにしてしまうということがあるのだろうと思うのです。

老化や障害に伴う症状の場合、治療による完治ということではなくて、身体が少し軽く感じるとか、手から伝わる熱の心地よさが明日に生きる心の糧の一つになることの方が、本当はずっと大切なのかもしれないということかなと思います。

昔、まだ私が前の治療院に勤めていた時のことです。もう10年以上前のことです。

老人ホームに入所するとても元気で朗らかな方が、ある時入居者同士のトラブルから笑うことを忘れてしまうということが起きました。
認知症があるものの自立歩行が可能なレベルでしたが、歩行もどんどんおぼつかなくなっていきました。
人が変わったようになってしまったこの方に私が出来ることはなんなのか答えが見つからないまま数ヶ月が過ぎました。

ある時私は、歩く事よりもう一度笑ってもらいたいそれが一番大切だと気がつきました。とにかく今度訪問した時は笑顔が少しでも出てくるそんな関わりをしようと思いました。
そして、次の訪問ではどんな風にしようかと様々考えを巡らせて訪問しました。

すると不思議なことですが、その方が私を笑って迎えて下さったのです。

たまたまかもしれませんが、あまりにもタイムリー過ぎました。私の心が伝わり、ようやくわかってくれたかという風に思われたのかなと思いました。

私としては、以心伝心を眼で見た初めての体験として強く記憶に残っています。

そして、この方は、お亡くなりになるまで、心が病的に沈むことはありませんでした。

これが癒すということの本質で、自分中心の治療に夢中になる私に、神さまが私にそのことを見せて下さったのではないかと思っています。

にもかかわらず、ついつい自分の力でなんとかしたいということに夢中になってしまい、本質からずれていくことを今なお、何度も繰り返しています。

患者さんからの
忙しそうやねの一言で、あー😩って気持ちにはなるのですが…

ゆったりすることの大切さを教わりながら、私自身もまた癒していただいているのだろうと思います。

ついついバタバタしていますが、どうぞ懲りずによろしくお願いします。

ネコくらい癒されることを私に教えてくれるものはありません。

マッサージ施術のおかげで今がある

もう7年近くお付き合いのある87歳の患者さんがいらっしゃいます。

主治医の先生が同意書を書いて下さらないので、自費治療です。

年相応に関節が変形しているので、筋肉の状態を調整しても、なかなか長持ちしません。自費治療ということもあり、なんとか2週間くらいもって欲しいと治療をさせていただいてきました。

だんだんと転倒するなど歩きにくいことも出てきましたが、歳のなせる技には抗えないところもあると自分自身を納得させてきました。

しかしながら、先日、この頃の転倒・腰痛続きで、ほおっておけないということになり、関係各位より整形外科の受診を勧められ通院されました。

その結果、ご家族様からのご報告では、

膝の変形は言うほどのことはない。
脊柱管狭窄症があるものの、87歳という年齢からすると、100人中20人以内に入る機能レベルの高さを維持できている。

と言われたそうです。

家族様からは、マッサージ施術のおかげで今がある。していなければ、もっと悪くなっていたに違いないと感謝していただけました♪( ´θ`)ノ

医療保険を使った仕事も使わない仕事も基本的にすることは同じです。医療費の無駄遣いとマッサージ施術の同意書をいただけないことも増えてきましたが、
アメニモマケズ カゼニモマケズ
信じた道を歩いて行きたいと思います。

また、マッサージを信じて自費を払って続けて下さった患者様には本当に心から感謝申し上げたいと思います。

本当にうれしいです😊😊😊

仕事に行こうとしたら、
白・黒2匹の鳩がいました。飛び立つことなくずっといたので、なんだかすごく縁起がよいようで、仕事に遅れるのも厭わず写真をとりました。
この世は全て陰陽の二層を一対として成り立っているというのが東洋医学思想の基本です。
近頃は経験とともにこの理解が深まりつつあるように思っています。

片麻痺の改善方法

この異常な気象に天気予報が外れてばかりです。

7月というのに、なんだか肌寒い風で過ごしやすくて良いのですが心配になってきます。

私のほうは、この1ヶ月の間に脳梗塞後の片麻痺の患者さんを新規で数名紹介していただきました。

患者さんたちは、突然の身体の変化に、早くよくなって発症前の暮らしに戻りたい、でも麻痺した手足が思うように動かないことを受け入れるしかないという気持ちと諦めたくない気持ちの葛藤自体が本当にお辛そうでなんとかお力になれればと思っていますが、そう簡単にはいかないのが現実です。

ただ、今までは、私が施術することで、その改善の手助けをすることをメインにしてきましたから、回数・時間などなかなか超えられない壁があり、少しの改善をしながら、生活を維持できたらいいのではという風に私もまたあきらめてきたように思います。

しかしながら、理屈的に片麻痺の改善方法はわかってきましたから、それを御本人に伝えることで、もしかしたら私の予想を超える結果が得られるのではないかと考えるようになりました。

麻痺した手足がうまく動かないのは、単純に神経がやられたからではないと考えています。
もちろん最初はそうなのですが、よほどのひどい麻痺でない限り神経は再生され指令をきちんと出しています。

しかし、重力に抗い重い手足を動かせるほどには再生されていないこと。
身体の動きは螺旋状の動きを基本としていて、この神経の異常事態に、直線的な動きを作ることで、とりあえずの回復を図ろうとすること。これが痙性麻痺というきちんと動かず硬くなるだけという状態を作り出してしまうのですが、このことを理解すれば、元どおりとはいかなくても少しずつですが、回復することが出来ると考えています。

そして、この新しい患者さんたちにこのことを出来るだけ丁寧に伝えるよう努力してきました。

すると、一人の方が、2回目の訪問時に、

この間まで動かなかったのに、麻痺した足が動くようになりました

と言って下さったのです。わずか一回の施術で!こちらがビックリしました。

動きにくい筋肉もまだうごいているよと伝えること、実際に動きを誘導することで、動く感覚を本人の身体に実感してもらうことで、こんなことも可能になるのだと知り、これから先微力ながらますます尽力したいと思っています。

そこで、これらに興味を持たれた方はご連絡いただきましたら、その実際をお伝えできたらと考えています。

どうぞよろしくお願いいたします。

決めつけないでよく見ること。
これが全ての始まりだと思っています。

治療師としての成長

毎日かんかん照りが続いていてアジサイがなんだかしょんぼりみえますが、関西もようやく梅雨入りしたそうです。

先日、うちの従業員から、
自分の母親が足が痛いというので、治療したのだが、母親の痛いという訴えに共感を示す感情が全く湧いてこなくて、自分の感受性はここまで枯れ果ててしまったのかと、涙ながらに訴えてきました。

涙ながらに訴える彼女を見ながら、彼女に対して抱いていた私の心配の半分くらいは、飛んでいきました。

「良かったね。おめでとう🎉。あなたもようやく治療師の入り口にようやくたてたのよ」

自分がなんとかしなければということがなければ、無責任に、あーだこーだと心配そうに言うのは簡単ですが、自分がなんとかしなければという責任を感じた瞬間から、そんな簡単に共感や同情を示す余裕がなくなるものだと思います。

この真面目な責任感こそが、治療師を治療師に成長させる一番大切な要素なのだと思います。

彼女は目の前の今することに必死で、自分が果たさなければならない責任について考える余裕のなかった人だっただけに、この成長を本当に嬉しく受け止めました。

ですが、これは単なる入り口です。
ここからがまた苦しい闘いの始まりです。

今ならマッサージ施術で軽減できる膝の痛み、その痛みを軽減できるようになるまで、私は多分15年くらいの歳月を必要としたように思います。

いくら見てもわからない膝を皮膚の上から眺めては、その皮膚の下で起こっていることを理解したいと見続けました。

いくら見ても、痛い膝と痛くない膝の違いがみえてきませんでした。

仕方がないので、私の両の手で膝を包み込み、自動運動をしていただくことで、手のひらの下で動く皮膚や筋肉、関節の動きの違いを感じることができました。

初めてその違いを感じられた時は、うれしくてうれしくて、患者さんに何度も何度も繰り返し動かしていただいて、うんざりされたりしました。

それでも毎日毎日同じことを繰り返しながら、徐々に、その違いを見てわかるようになってきました。

これらの退屈で地味な作業を飽きずに、続けることが一番難しいのかなと思います。

プロフェッショナルになるのは、簡単なことではないように思いますし、これで十分というゴールに行き着くこともないからこそ、飽きることなく続けていけるとも言えますが、簡単に得られない結果に諦めてしまう人が多いのも事実です。

うちのワカイシュウの成長をビシバシお尻を叩きながらのんびり待ちたいと思います。

皆さまにご迷惑をおかけすることもありますが、真面目に一生懸命頑張っております。どうぞ暖かい眼で見てやって下さい。よろしくお願い申し上げます。

施術後に、体力が低下して思うように水分補給が出来ない独居の方に水分補給の援助をするのは大切な役割の一つになっています。
元介護士の彼女は水分補給の介助がとても上手です。
画像は肖像権に配慮し一部加工しています。

受領委任払い制度の運用がスタート

京都市でも、受領委任払い制度の運用が始まりました。

今までは、患者さんが請求すべき療養費(鍼灸マッサージは医療費ではなく療養費という枠組みに入るのです)を、代理で請求するという制度だったのが、マッサージ師に直接療養費が振り込まれる、つまり保険者が治療院に委任する制度になったのです。ですから、この制度に参加しない保険者は従来どおりの請求ということになっています。

実際のレセプトには、大きな変化はないのですが、医療保険の不正使用を防ぐために添付書類が増え、また請求に関しては、治療院の施術者が誰であっても、管理者(国家資格を有するもの)が全ての責任を負うようになったことが大きな変化かと思います。今までは、請求をする施術者個人が責任を負う形となっていて、施術者ではない経営者の場合その経営者に不正請求があった場合でも全くお咎めがない状態でした。

ただ、提出すべき書類が増えたので、今までのやり方に慣れていた私たちにとっては、大きなストレスとなりました。

具体的には、往療の際、どこから来たかを記入する往療順位表の添付と、医師への報告書が加算対象となり(6か月に一度300円)、領収書の発行が義務づけられました。

求められることがあまりに細かいので、マッサージ師の保険使用を阻止するための嫌がらせじゃないかと言いたくなるものですが、公的保険を使用するということを考えると、実は当たり前のことなんだと思うようになりました。

それは、知り合いの訪問看護師さんの事業所に入った実地指導の話を聞いたからなのです。

介護保険事業所は、提出書類は電算化されていて、その請求内訳だけでよいようですが、記録に残すべき書類は大変細かなことを求めらるそうです。

例えば、関連機関と連携をとっていることを証明するために各事業所にサインをもらうようになっているのですが、それが実際にやり取りしているという証拠として、FAXの送付状や切手の使用記録などを残す必要があるといいます。記録に残らない行動はないことと同じという理屈なのだそうです。

カルテへの添付義務はないようですが、実地指導は数年に一度は必ずあり、おかしいと監査になり、全額返金になるそうです。

これに比べたら我が業界は、そもそも取り組み自体の記録・科学的根拠の提示が困難で、薬品や道具の仕入れを必要としないマッサージは仕入れなど関連を表せるものもないので、その実際のところを客観的に示すのは難しく、今までがゆるゆるに来たとも言えるのかなと思うようになりました。

たた、どんなに仕組みをきちんとしても、その網の目を潜り抜け、いかにお金を稼ぐかを考える人はどこの業界にもあるので、国家としては、取り締まりを強化するしかないのが現実なのだと思います。

もっとも、そのお役人さんが記録を残さず公的資金を喰いものにしている現実もまたあるわけですが、真面目なだけが取り柄な私は、お役所の通達のままに、真面目に資料を揃え、真面目に仕事に取り組んで人生を終えたいと考えています。それが私の性に合っているようです。

頭を使い抜け道を歩く人たちのことを考えると真面目にしていることがバカバカしくなることももちろんありますが、
日本の医療保険は、本当に多くの人のお金でまかなわれている素晴らしいシステムであることに間違いはなく、その使用に際しては、心して無駄のない施術になるよう、また自分たちの施術を記録として証明していけるよう取り組んでいきたいと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

寝たきりの方はマッサージの後座ってもいただきます。マッサージでほぐれた後、座位をとるとしない時と比べて楽に座る事が出来て、飲み込みも楽に。呼吸も深く出来るようになります。