一生懸命真面目に働く

「人に働かせて、自分は動かんと金儲けする人は嫌いや。」

この間の私のトラブルを見ていたように患者さんがこうおっしゃいます。

「私のお父さんは、山口県の萩の出身で、ちょっと頭が良かったんや。
けど、頭がいい人というのは、自分が働かんと、人をアゴで使って金儲けしようとするんやなぁ。
私は、自分がしんどい目して稼ぐのが好きやわ。」

(えー!社長夫人なのに、楽してお金儲けする人が嫌いなんだ‼と私は意外な発言にびっくりしました)

「私は、75まで働いたで。

若い子もいっぱい使った。京大を出たような子も働きに来たけど、そういう頭のいい子は時間が来たら、片付けもしないでサッサと帰っていく。あんなんでは何のための勉強かわからへんなぁ。一生懸命真面目に働いて親を楽にさせてあげようってそんな気がないんやなぁ。

あんたは、75までは働ける。あんたなら出来る。頑張りや」

と言って下さるこの患者さんは、大正15年生まれで、京都の中央市場の卸会社の社長の奥様として会社を切り盛りしてこられた方です。

この方は大正生まれとは思えない自由な生き方をしてこられたようです。

まだ一ドル360円の時代に家族でハワイで年越しをしたり、(夫ではなく)旅行仲間と世界中を旅行して回ったといいます。

また、まだ二十代のころには、

富山県は日本で一番お金持ちが多いと聞いて、日本一のお金持ちの多いところを見に行きたくなって一人で行ったんだそうです。行ってみるとそこは、大きな区画整理をした田んぼが一面に広がっていて、お金を貯めるためには一番大切なお米を育てているからなんだと得心して帰って来たのだそうです。

私は、この方の「古さ」と「自由」が絶妙に組み合わさった考え方や生き方に惹かれてきました。

なので、その方から、まるで私の楽してお金儲けがしたいという失敗を見透かされたようなことを言われて、一人心の中で苦笑してしまいました。

もしかして今までにも同じことを言われていたかもしれないけれど、今回はグサリと私の心に突き刺ささりました。

自分が懸命に働き、重い荷物も若い子に任さず、担いできた頚椎は、変形し手足が痺れてしまいました。
それでも、93になる今も、自分のことはほとんどを自分でするように努力を続けるこの方は、
痺れからくる手足の痛みがひどくて、薬もない、マッサージが一番の薬だと私たちの訪問を楽しみに待って下さっているのです。

この方には恥ずかしくて言えないような考えに取り憑かれた自分が本当に恥ずかしくなりました。

よこしまな考えは捨てて一生懸命真面目に働き続けようとしみじみ思いました。

額に汗するということは、楽して稼ぐということにはない尊いものがあるのかもしれません。
まだこの最中にいる私にはそれが何かあるのかないのかもはっきりとは見えていませんが、いつかこの答えを知る日が来るのでしょうか。

あと20年以上働くなんて!気が遠くなりそうですが…75歳まで現役で働けるかな?

働きたくないけど、働いてるかもしれないし、働きたいと願うようになるかもしれないし、働かざるを得ないかもしれないですね(~_~;)

息長く働かせてもらえますように、どうぞよろしくお願い致します。

この方から聞く下関の話がステキで下関旅行に行って来ました。萩には行けなかったけれど、大好きな萩焼のコーヒーカップを購入。

泡の話に疲弊したこと

2月の終わりに新しい仕事の話が舞い込んでいて、浮かれ、そしてその話は泡と消え、落ち込んでいる間に、時が過ぎ、もう4月も半ばになり桜が散ろうとしています。

泡の話は、蓋を開ければ詐欺まがいのものだったので、お断りしたのですが、楽なお金儲けに吸い寄せられ、夢見心地になった自分自身に、ガッカリすると同時に、気がつかなかったけれどいつもギリギリの緊張感で治療院を続けてきたんだなと、なんだか自分自身が少しかわいそうだったり、感心したりと思えた出来事となりました。

それは、マッサージの専門学校の同級生で大阪で働いている友人が、自分の治療院の社長が、京都の有料老人ホームで訪問マッサージに行けるところを探しているので、私のところで対応できないかと問い合わせてくれたものでした。

彼は、大阪の生活保護の方ばかりを入所させている老人ホームへの訪問マッサージをしている治療院に勤めています。

彼の仕事先の老人ホームは、なんだか少しヤバい匂いがすると思っていましたし、その社長が探していると考えると、少しヤバい繋がりかも知れないと不安な気持ちにもなりましたが、在宅の仕事が厳しさを増している折です。老人ホームへの仕事はとても有難い仕事先となるので、有り難く引き受けようと考えました。

それで場所や規模など詳しく内容を聞いているうちに、私の今の仕事のエリアから少し遠いこと、患者さんの数がある程度あることなどから、私の治療院だけでは対応しきれそうになく、一緒に入れる治療院の先生方と協力して展開していけたら、楽しい仕事になるのではないかと頭の中で展開を巡らせていました。

有料老人ホームに多く入っている大手チェーン治療院は、施術の内容より、作り上げた制度や数での対応、もしかしたら収入の何割かのキックバックなど、患者サイドではなく、経営者にとって都合の良いことが一番のメリットとなっているのではないかと考えてきましたので、私たち個人経営の治療院に、中身で勝負出来るチャンスが巡ってきたのではないかなど少し夢を膨らませてもいました。

ところが、さて、実際に訪問についての具体的な話をするという段になり、老人ホームではなく、仲介業者と話をしてほしいという事になりました。

やっぱり、そんないい話はないんだなぁとガッカリしましたが、仲介業者の仕組みを知ることができるのはラッキーな気もしましたし、少しのキックバックなら、在宅での訪問マッサージが立ち行かなくなった時の担保に、いい話かもしれないと考え、その業者さんと会う約束をしました。

約束に現れたその人は、大阪に本社をおく薬局チェーン店の若い営業の方でした。

その会社が訪問鍼灸治療院と、人材派遣事業も営んでいて、その上に鍼灸マッサージ治療院を対象とした会員制のネットワークを全国で800件組織していて、老人ホームの訪問鍼灸・マッサージの仲介業務を行っているということでした。

有料の会員登録をすると、人材派遣事業の信頼関係を使い、必ず同意書を書いてくれる医院を紹介することが出来る。一枚1万円(6か月有効)の手数料を取るが、医師は、会社の信頼関係があるので、お金のやりとりはなく、一般的な受診をすることで同意書を書いてくれる関係を築いていると言います。

また、今回の老人ホームへの訪問の話も、このネットワーク内の治療院が他地域への進出に伴い訪問ができなくなるため、代わりに訪問してくれる治療院を探しているということでした。

つまり、ネットワーク内の他の会員治療院から仕事を紹介してもらい、紹介手数料として、施術代の4割をその治療院にバックすること。
その代わり、私の仕事に問題が生じた時も、他の治療院を紹介してもらえて、施術代の4割をバックしてもらえるというシステムになっている。人材派遣会社のような制度で成り立っていることでした。

キックバックの4割は、小さくはありませんが、従業員の立場からすれば、私が仕事を作れないので他所の治療院に働きに行くと考えれば、従業員にとっては悪い話ではないように思いました。
その上、スタッフが立ち行かなくなった時に、従業員の心配をすることもなくなり、雇うより「お手軽に」「儲け」が出るのです。

その上に、同意書問題は、一挙解決です。
少なくない治療院が医師と提携を結び、地域も離れ、主治医でもない医院から同意書を得ている事実を見聞きしてきましたし、またそれを厚労省は問題にしていて倫理上よくないということも知っていましたが、私が望んで手に入れようと努力したわけではなく、期せずして「奥の手」が転がり込んできたそんな気持ちになりました。

目の前の営業マンは、マッサージや鍼灸の技術や患者さんのことなど大きな問題ではなく、大切なことは、如何にお金を儲けるかそれだけが大事というオーラを全身から出しています。

私は、今まで、自分の労力より技術や患者さんのことばかりを考えて、茨の道を歩いてきたことがなんだかバカらしく思えて来ました。

こんな楽なお金儲けがあるなら、もう頑張れないかもしれないし、もう頑張る必要もないかもしれないという気になりました。
全身から力が抜けてしまったのが自分でもわかりました。

それでも、こういう大事な話を即断してはいけないという理性は残っていたので、その場で考えられるリスクや疑問を質問し、なお少し考えてから返事がしたいと言いました。

お金儲けが一番というオーラ全開の営業マンは、今日に契約まで持ち込みたいというオーラをさりげなく出して来ました。

これは明らかに赤信号です。頭の中で、この営業マンと話しながらチェックして来た赤信号のサインを思い返しながら、詐欺師の手口だなと思いましたが、私を包み込んだ多幸感は大きく、まあいいかという気で仮契約にサインをしました。まだ少し残る理性で、お金さえ払わなければ問題はないという計算が働いていました。

仮契約を結び、話が終わった後、お金儲けが一番というオーラ全開の営業マンは、出会いの縁の素晴らしさを何度も口にしました。急にお金より人生を語り、出会いの縁や私の人生に興味のあるフリを始めたのです。

それは、わたしの赤信号をさらに点滅をさせました。
ますますあやしい。
契約に漕ぎ着けた後、優しいフリをするのはまさに詐欺師そのものだと思いました。

その上に、お金の支払いは、現金を用意するように指示されました。
現金ということは証拠が残らないという、まさにヤバいやり方です。

しかしながら、私を包み込んでいた多幸感は本当に大きかったので、その時は全ての赤信号を無視してしまいました。

治療院を出て、すぐに、夕飯中の家族に事の次第を報告ました。本質を見抜く能力に優れている長男が
「クソみたいなやり方やな」と吐き捨てるように言いましたが、まだまだ多幸感いっぱいの私は、必要な理由を話して彼の意見を制しました。

それから、全ての用事を済ませ、寝床に入って、ようやく冷静さを取り戻しました。

一番気がかりだったのは、自分のやり方を曲げて患者さんと関わることや医師の倫理観を無視し、医療保険制度の悪用に足を踏み入れる自分を、私は受け入れられるのだろうかということでした。

あったはずの多幸感はすっかり消えていました。

最初の電話の応対から全てを思い起こし、チェックした赤信号を冷静に思い起こしてみました。

本当にいい話なら、詐欺師まがいなことをする必要はないのに、詐欺師のやりそうなことを次々としていたことを思い出しました。
だんだんと会社自体が実在するかどうかも不安になってきました。

次の日の朝一番の仕事は、私の指南役の患者さんへの訪問からでした。
最初から、この人に相談して、やめるように言われたらやめようと決めていましたが、果たして、事業内容を話した時点で

「詐欺ね」

と言われしまいました。

詐欺師もどきな態度などと言う些末なことではなく、話し自体がねずみ講的なネットワークビジネスだし、それは
「美香ちゃんの本道ではないでしょう」と言われました。

本当にそうです。

今までの自分の歩みを自分で踏みにじるようなことを受け入れようとした自分自身をとても恥ずかしく思いました。

すぐに営業マンに電話をしました。

せっかくですが、やはり自分のやり方を曲げることは出来ません。茨の道を歩きますので、今回のお話はなかった事にしてください

という私の断りに、
その営業マンは、

「4割が多いならなんとかしてくれと正直に言ったらどうですか」

と、相変わらず私の茨の道とはまるで接点のない返答をしながらも、とりあえず四の五の言わず、仮契約を破棄してくれました。

今となっては、あの営業マンは、詐欺師でなく、実在する会社で、私に話したことのいくつかは本当のことで、いくつかは会員にするための大風呂敷だったのかなと思います。

しかし、訪問マッサージというビジネスに鍼灸マッサージ師の資格者以外が参入し、営業力のない鍼灸マッサージ師を食い尽くすという今起きている現実を目の当たりにしたのかなと思います。

「あんたも丸いなぁ。そんなおいしい金儲けがあるなら、なんで人に勧めるんや。あるわけないやろ」
私のもう一人の指南役の患者さんに事の顛末を話したら、鼻で笑われしまいました。

お金儲けの道は茨の道で当たり前ということですね。お仕事を頂けて、毎日働けていることに感謝したいと思います。

そして、ケアマネジャーさんや医師、保険者、老人ホームの経営されている方々には、私たち個人経営の小さな治療院の持つ治療力は、小さなコストで患者さんの心身の健康を保障する大きなパフォーマンスを示すため日夜努力していると言うことを知っていただきたいと思います。
お金第一主義の治療院とはまるで違う発想で生きているのだと思います。

その上で私たちに仕事をいただければこれ以上の幸せはないと思っております。

本当にバカで、バカな自分にうんざりしますが、ますます精進し、茨の道を邁進する所存です。
どうぞよろしくお願い致します。

心に大きな根を生やしたい。

チームケア

「なんとかしてあげてほしいんや。時間がかかってもいいから、信頼関係を作って、なんとか人への信頼が戻るような支援をしてほしい。頼むわ。まだ力を持っているので、なんとかもう一度歩けたらと思う」

今年の1月にケアマネジャーさんからこんな依頼をいただきました。

不信の原因は、長年住みなれた家が立ち退きにあったことなのだそうです。
後見人に決定を委ねている85歳の本人の納得のないところで引っ越しが決まってしまったため「どうせ勝手にするんやろ」とみんなに心を閉ざしてしまわれたそうなのです。

ホテル建設ラッシュの京都では、借家を追い出されたという話を耳にすることが増えてきましたが、この方もその一人のようです。

80歳を超え、生まれた時からずっと住んできた家を離れ、新しい環境に適応することは簡単なことではありません。
それが本人に望んだことでなければ尚更のことでしょう。
その上に、畳ではなくフローリングの部屋に変わり、布団からベッドへの変化がこの方の機能低下に追い打ちをかけたようでした。

筋力が低下した時に、小さな力で立ち上がりが可能になったり、介護のしやすさのために、畳からベッドに変えることはとても一般的ですが、一方で、その高さに慣れず、怖くて身体を思うように動かせず、寝返りさえも難しくなることもよくあります。

この方は、引っ越しという住環境の変化を伴う寝具の変化、意欲低下のダブルパンチで、ベッドの上で身体を小さく丸めて眠り、自分で動くことがなくなり、寝たきりになってしまわれていました。そして、すでに関節拘縮が始まっていました。

「時間がかかってもいいから」という言葉から介護拒否の状態だろうと想像がつきます。
こういう時は本当に丁寧にお姫様に接するような態度でのぞみます。

――すみません。すこし脚を伸ばしてもらえますか?

「なんでや?自分で伸ばせる。あとでする」

――お手伝いさせていただけますか?

「いらん」

ちょっと伸ばしましょうか?とそーっと脚を伸ばそうとすると、
「いたいー!勝手にさわらんといてー!」

を何度か繰り返していると、
少しくらいは寝返りが痛みなく出来るようになって下さっているような、
拒否がエスカレートしているような……。

何時間もじっとしていれば誰だって動かす時に痛いのは当たり前です。なんとか突破しないと痛みはひどくなっても良くなることは考えられません。

それでもあまりに拒否が強く、難しいかもとあきらめそうになっていたある日、
少し遅れて行った私は、早めに来られたヘルパーさんとお会いすることがありました。

そこで、ヘルパーさんに、なかなか受け入れていただけないようので、私がダメなら他のスタッフに交代も考えていますが、とたずねました。

すると
「マッサージの先生は気に入ってはるみたいですよ。私が代わりに言ってあげるけど、代わらなくていいです。先生のこと好きですよ」
と言って下さったのです!

心が傷ついている時には、人は真っ直ぐに表す時ばかりではないのでしょうが、そうなんだ、これは気に入っている態度なんだ! 全く気がつきませんでした。

この助言のおかげで、少し強引に「いたい!こわい!」壁を越えていけるなと思えることができました。

そして、この日から「いたい、やめてー」の言葉を、自分の中では「優しくしてね」の言葉に置き換え、動かしたり、起こしたりしていると、車椅子にすわり、おやつを食べていただけるようになりました。

元々大きな疾患があるわけではないので、怖さ・痛さが薄らぐことで、動きがスムーズに、日常生活においても介護拒否が減ってきたようでした。

ヘルパーさんも丁寧に介護を続けて下さるおかげで、私が訪問する間にも、表情が和らぎ、穏やかで元気な声で挨拶をして下さるようになり、動きも少しずつ良くなって来られました。

いまは、まだ寝たきりという範疇に入る暮らしですが、ベッドに支えなく座ることが出来るようになられました。
座って足を動かして運動もして下さいます。
「やめてー」という言葉はまだありますが。

近い将来、歩ける日が迎えられるように、私も粘り強く関わりたいと思います。

このケースはチームケアがうまく流れたケースなのかなと思います。
その第1番は、ケアマネジャーさんが、この患者さんの心の傷をなんとかしてあげたいと考えたプランを立てられたことです。

そのプランのもと、介護拒否の強い方に対して、その傷を無視することなく、ヘルパーさんも粘り強く関わっていらっしゃったことも機能を向上させた大きな要因になったと思います。

繊細に心を感じるヘルパーさんの助言がなければ私も頑張れなかったと思います。

心の傷は誰かの愛によってしか癒えることはないのだろうとしみじみ感じるケースです。こんなケースに参加させていただけることが私の幸せの元です。

じっと丸まって寝てらした膝は今はこれ以上伸びません。伸ばすと靭帯が伸びて痛いようです。体幹に力をつけて自然に伸びていくように身体の動きを作っていく予定です。
こんな風に何にももたれずに座れるのは、立ち上がりの前の一番大切な力です。こわくて後ろにのけぞっていたり、自分で頭を支える力がないようでは絶対に自分で立ち上がることは出来ません。

13年間の勉強会に深い感謝を

13年間、毎月第3土曜日に、続いてきた医療の基礎知識の勉強会が昨日で最後となりました。

南区の内科医である秦診療所の秦先生がずっと無料で続けて来て下さいました。

13年はとても長い時間です。

13年前に先生が勉強会を始められた時、私の息子はまだ保育園児でした。
勉強会に参加するために、土曜保育をお願いしたのを覚えています。
それから、 息子が小学生、中学生、高校生と成長し、私自身のライフスタイルが変化していく中できちんと参加できないことも多くありました。

このような参加者の変化は私だけではなくて、他の多く方々も様々な事情で毎回参加というわけにいかない中でも、秦先生は、毎月変わることなく勉強会を続けてきて下さいました。

参加の確認も、連絡先の確認もせず、参加費もとらず、レジメを準備し継続して下さる姿勢は、秦先生の人柄をよく表しているのかなと思います。

医師という大きな責任を背負う立場でありながら、在宅を支える医療従事者のみならず、福祉関係者や私たちマッサージ師に対してもフラットに「患者ファースト(利用者主体)」の姿勢で付き合って下さる秦先生のもとに、参加者は、自身の抱える個々のケースの相談から自身の問題まで様々なことを、繰り返し(何度聞いても覚えられない)質問をさせていただき、先生は、嫌な顔をせずに何度も答えて下さいました。

この勉強会には、いろいろな人が参加され、この継続の中で、秦先生の周りに集う人たちと在宅チームを組むこともよくあり、そんな時は、いつも以上にエキサイティングな気持ちで仕事をすることができました。

それは、医療の知識だけではなく、在宅を支えるチームの一員として利用者のために、立場を超えて連携していく、そんな気持ちを学び、鼓舞していくことができた場となって来たからだと思います。

この場が終わることはとてもさみしいことですが、学んだこと、繋がれた仲間は私の宝物です。これからも大切に大切にしていけたらと思います。

秦先生、長い間本当にありがとうございました。
でも、これからもよろしくお願いいたします。

器用な手

「いつも思うんですけど、この手は器用な手ですなぁ」

今年還暦を迎えられる患者さんが、私の手を握りながら言って下さいました。

私は、とにかく几帳面とは正反対の性格で大雑把、細かいことが気になりません。だから、器用などと言われたことがありません。

この患者さんに言われるとなんだか特別に器用な手を持っているような気になれます。

というのも、この方は、10歳から家業の真鍮製品の製造を手伝い、85歳で引退されるまで75年に渡り、素晴らしい作品を作り続けてこられた方です。まさに特別器用な手を持っていらっしゃる方だからです。

この方に器用とお褒めいただけるとは、光栄至極です。
この言葉を励みに精進を重ねたいと思います。

i am so happy.

今日も一日頑張ります。

写真はこの方の作品。
私の写真が下手なのが残念すぎますが、全ての工程が手作業で、本当に几帳面で器用な手を持っていらっしゃると感嘆するばかりです。

ワクワクできる未来にむけて

先日、ある患者さんのことで、病院の訪問リハビリの先生から問い合わせのお電話がかかってきました。
「どんなことをされていますか?」

訪問看護師さんからの紹介の患者さんで、もう5年くらい訪問させていただいています。
年齢が若く、お一人暮らしなので、リハビリがとても大切な要素になっている方でした。

今回お電話をいただいた訪問リハビリの事業所さんも、私たちより長いお付き合いだと聞いています。

ところが、訪問リハビリと訪問看護、そしてマッサージがうまく連携できずに今に至っていました。

大きな理由の一つは、介護保険ではなくて障害者の自立支援によるサポートの中では、介護保険のような細かな縛りがなく、ケアマネジャーがはっきりと舵取りをしなくとも、本人がしっかりと自己主張できるため、多職種の横のつながりが薄くても物事が進行するということだろうと思います。

ここの訪問リハビリの先生は若い女性だったので、経験年数からしてこちらから声をかけて連携を取れたらよかったのですが、マッサージ師という私の立場を考えるとなかなか声をかけにくいものがあり、うまく連携が取れていませんでした。

マッサージ師から、リハビリの先生に何か言うのは難しく、私の意図や考えを正確に伝える自信もなく、こじらすくらいなら黙っている方がまだいいと長い間この状況をそのままにしていたところ、電話をいただいたのでした。

リハビリの先生が交代されて、新たに方針を再確認して仕切り直そうというお考えのようでした。

私の方でもちょうどこの方への関わりは行き詰まってました。
立ち上がり・立位保持は安定してきたのですがこの先の歩行の可能性をどうするか、リハビリの先生と連携をしないと難しいのではないかと考えていたところでした。

新たな出発でどちらに向かうかはまだわかりませんが、少なくとも今よりは前に進んでいくように連携をとっていきたいと思います。

今日その患者さんを訪問し、お電話をいただいた話をしました。

するとその新しい先生は、この患者さんが15年前の発症直後に入院されている時に、見て知っていたということでした。
そして、その時の姿からは、今のように機能が回復しているとは考えられなかった、想像を上回る回復だと言って下さったそうです。

服薬、リハビリ、マッサージ。それから生活の何が回復の力か定かではないとご本人は言われましたが、とにかく

「すご〜い!」と思います。

そして、そんな評価をしてくださる方がチームに加わってもらえるとはとても嬉しいことです。

失われた機能の回復は簡単なことではありません。
多分回復への一番のエネルギーは、この方自身の気持ちの強さに違いありません。

そして、これからも、少し遠い先に少しでもワクワクできる未来が思い描けたら、それだけでもまた、更なる生きるエネルギーになるんじゃないかなと思います。
思い通りの回復が手に入らなくても、その関わり自体が楽しい時間になることで、大きな生きるエネルギーの源になると思います。

私自身もリハビリの先生に伝える言葉をもっと勉強して、一緒にワクワクを作って行きたいと思います。
どうぞよろしくお願い致します。

【募集】治療院で一緒にチームを組んで働く人を求む!

2019年ももう3月に入ってしまいました。

私の時間は日々時間泥棒に盗まれているようで、キラキラした子ども時間に戻ることは出来ないのだろうと思います。カナシイ。日々短くなっていく毎日😭

でも、大人は、そんなことは言っていられない。とにかく光陰矢の如しです。なすべきことをやるしかありません。

私は今51歳で、還暦を迎える60まではなんとか今の仕事を続けて行きたいと考えています。

無事に還暦を迎えることが出来たら、その頃には子育ても一段落しているので、あとは小さく、お金や我が身のためでなく、本当に世間様に恩返しできるようなことのために働けたらという夢を持っています。

それまであと9年。
先を思うとまだ少し長い時間です。

長いけれど、ここまで来た道のりで、私自身の客観性のなさ、第三者への説明する言葉を持たない感覚的な思考。チームで仕事をする上でのリーダーシップの薄さ、管理能力の小ささなど、院長としての至らなさばかりが目につき、今いるスタッフがいなくなって、最終一人でいいから、なんとか生き延びていけたらいいかというような気持ちが私の中でどんどん大きくなってきていました。

しかしながら、現実的に9年先を思い描く時、やはり、一人で出来る仕事ではないし、チームで在宅ケアに関わりたいという思いが強くあることに気がつきました。

確かに私の課題は様々あるのですが、失敗をした経験を成功の元に出来るのではないか、そうは言ってもどこかに一緒にチームを支えたいと思って下さる誰かとの出会いがまだあるのじゃないかと前向きに考えてみることにしました。

この度、家庭の事情で、スタッフの一人が仕事への関わりを短くすることになりました。

小さな治療院ですから、大きなチェーン店のように、大きな保証はありませんが、社会保障を充実させています。
それは、人材こそが治療院の宝であると考えているからです。

それから、営業は得意ではありませんが、仕事の実績を評価してくださる幾つかの事業所の方々のおかげで仕事をいただけています。

もちろんパーフェクトというわけにはいきませんから、今も、スタッフそれぞれの個性でわたしの至らない点を補ってもらい、治療院全体で日々の様々を乗り越えています。

毎日、愛のある治療を目指していると、10年くらい過ぎた頃に、人生で一番大切なものが何なのか、かけがえのないものに触れることが出来るような気がします。

それは、訪問マッサージだからこそ見えてくる大切なものではないかと思うのです。

働き方はそれぞれの事情に合わせた形態が可能です。興味を持ってくださった方は是非ご連絡お待ちしております。

春まであと少し

読書感想、高齢者の心象風景

2月は久しぶりに本に取り憑かれて、数冊の本を読みました。

そのなかで、内館牧子さんの『終わった人』と『すぐ死ぬんだから』は新聞広告で見て、すぐ購入して読んだ2冊です。
高齢者の方からの感想が載っていたので、私の知らない高齢者の心象の世界があるかも知れないと思ったからです。

毎日寝不足になるまで読み続けたのですから、相当面白かったように思いますが、実際の高齢者の心象風景は、もっと奥深く、例えベッドの上がその世界の中心であっても、もっと広いような気がするなぁと思いながら読ませて頂きました。

それは、時には見渡す限り草一本生えない砂漠のような孤独であり、また時にはジャングルのような豊かな思い出の中にあり、あるいは風でさえも壊れそうな繊細な感受性に震えているかと思えば、幹線道路沿いの雑草のように排気ガスをかけられても、誰かに踏み付けられてもへこたれないタフさを持っている――何度聞いても飽きることない世界が広がっているように思います。

これらの本の中では、高齢者になってどう生きるかという問いに対して一つの答えが描かれているのですが、元気な高齢者と、身体の自由がきかなくなった高齢者では、心象風景の深さが違うのではないかと感じました。

元気でいる間は、当然興味の対象が外の世界に向かうので自分の心の奥を深く見つめることはあまりなく、身体の自由の効かなくなった高齢者は、何もできない諦めの中で自分を深くみつめ、それが心の奥深さにつながっていくのではと思ったのです。

もしかすると、作家先生は、出来ることを一つ一つ奪われていった境地にはまだたどり着いていないのかしらんと、僭越ながら感じた次第です。

不自由な肉体を被り、心はますます自由になっていく先に、肉体と別れて魂の世界に旅立てるのかもしれません。

歳を重ねるのは簡単じゃない。見られてると思う自分との闘いをとてもうまく痛快に小説にされているのかなと思いました。

前章・辻村先生の鍼治療

先日のNHKのためしてガッテンは、鍼治療についての放送だったようです。
私は見逃してしまったのですが。

「筋膜についてしていたね。いつも(わたしから)聞いてるから復習みたいに見たよ。驚きもなく、あーそうかって感じだったよ。」

とか

「鍼治療で逆子が治っていったのでびっくり!やっぱり鍼ってすごいんですね」

など番組をみた患者さんが、感想を言って下さいました。

でもわたしの鍼の先生の辻村先生は、その中の鍼のやり方を心良く思わなかったようで

「あんなにたくさん刺激しなくても身体は少しの手助けで不思議なほどに働くようになる。鍼治療の真髄が伝わらない」
と不満そうでした。

そうは言っても、私はテレビを見ていませんが、辻村先生と出会うまでは、「鍼の響き」こそが鍼治療の真髄であると思っていましたから、テレビでそれを取り上げるのはうなずけます。

「鍼の響き」とは、鍼を刺した時に、神経に沿ってビーンと挿入部位から他に広がっていく感覚のことです(多分)。
これこそが、鍼とマッサージを分ける、マッサージには真似のできない鍼治療の神秘だと私は考えてきたので――つまりそういう治療を受けたり見たりしてきたので、辻村先生の不満に対して、それは仕方ないんじゃいと思うのですが、その一方で辻村先生の言いたいこともよくわかるのです。

なぜなら、辻村先生の鍼を初めて受けた時に、ほんの1ミリくらいの深さにちょんちょんと入れていくだけの鍼で、全く響かせることなく、鍼の痛みもほとんど感じることもなかったのです。

とても意外で、
「初めての治療だから、軽くしてるのかしら?」
など心の中で思っている間に、まるで催眠術にかかったように、瞼が重くなり、身体中が脱力していくのが自分でもわかりました。

そして、治療が終わった後では、使いすぎで悲鳴をあげていた身体の痛みは消え去っていたのです。

「鍼の響き」をマッサージで出せないものか、深く先鋭な刺激なら鍼のような効果を出せるのか、鍼はどこに向けて刺激をしているのか、筋肉か、神経の近くに到達させるのか、マッサージは明らかに筋肉の中まで指を入れているのに、何が違うのか、私の中でずっと疑問だった数々は、辻村先生の治療を受けるようになり、解けていきました。

歯の治療、耳や目など深いところのリンパの流れを良くしたり、知覚神経に働きかける治療では、深い鍼をされることはあっても、「筋膜のよじれ」の修復は皮膚表面の軽い刺激で充分であり、この皮膚表面の筋膜への働きかけはマッサージでも近い効果を出すことのできる刺激だとわかるようになってきたのです。

それでも知覚神経に働きかけ、経絡の流れの中で治療をされる辻村先生の鍼と、筋肉の動きや働きを考えながら症状の改善を計る私のマッサージでは、全体のバランスの取り方や刺激の与え方が違うことや、何より私の未熟な部分が大きすぎて、同じような効果を出すにはまだまだです。

それでも、私の施術は、以前より全体のバランス、自然治癒力の働きを向上させることを考えられるようになった分、施術後の患者さんの身体の状態が長く保てるようになったように思います。

そして、ありがたいことに辻村先生もまた、私のマッサージを受けるようになり、(なぜかはよくわかりませんが)より効果の高い結果を出せるようになったと言って下さっています。

そこで、この2人の施術の流れや考えを発信していければ、この治療に興味を持ち参加してくださる鍼師の誰かと出会えるのではないかと考えました。

この大きな理由は、辻村先生は6回目の歳男を迎えて、引退を考える歳が近づいているので鍼の経験を伝えられたらという考えをお持ちであること、また自分自身の鍼治療をしてもらいたいというお気持ちがあるからです。
私自身もまた、この鍼の調整がなくなると困るので、ぜひご縁探しに協力したいと思っています。

施術しながらいろいろな話を聞いたりするのですが、私の頭が未熟でわからないことも多く、全てを発信するには理解が追いついていませんが、文章にするために勉強もするだろうという期待も込めて、辻村先生の鍼治療について、不定期になるとは思いますが、報告していこうと思っております。

我こそはというお気持ちがある方はいつでも連絡お待ちしております。ご質問ご意見もいつでもお待ちしております。
どうぞよろしくお願い致します。

すっかり春めいてきた京都です。心も軽やかに春らしく生きたいですわ。

京都マラソンのマッサージボランティア

2月17日(日)は、京都マラソンのマッサージボランティアに参加してきました。

翌日、月曜の私は、クタクタでした。

17日は、3時間くらいの間に17名の方を施術させていただきました。

施術時間は6分と決まりがあるのですが、全国各地からあるいは海外から京都マラソンのために足を運ばれ、42㎞を走り、足を引きずりながら、マッサージの順番を数十分待ってきて下さったと思うと、ついついタイマーの音を止めてからも手が止まらないのです。

「靴が合わず、足の裏が激痛です。今も痛い。少しでも楽になるかと思ってきました。」

「来週もマラソンなんです。マッサージしてもらったら走れるかと思ってきました。」

「京都のおもてなしがすごい。最後にマッサージまでしてもらえて感激です。」

「とにかく沿道の声援がすごくて、ずっと応援してもらえることなんて普段ないでしょう。すごく気持ちよかったんです。」

「日本が大好き。何回も来ています。安全で、安くても美味しいものがたくさんあるから。」

「いつも最後にゴールして、マッサージに間に合わないのだけど、今日は間に合って良かったです。地元に帰ってマッサージ治療院を探して通います。」

いろいろな思いを抱えて、42㎞を走ろうとやって来られた方々の一人一人の生の声を聞きながら施術していると、なんだか私も主催者側の人間のような、ホストとしておもてなししているようなそんな気持ちになって、
「来年もまたいらして下さいね。お疲れ様でした」
などという気持ちになるのです。

ほんのわずかすれ違うだけの縁なのですが、この10分足らずの時間で、マッサージを受けて良かった。またマッサージを受けたいと思っていただけるように全力で取り組みます。
そして、今もまだ疲労が回復しなくても、施術中の会話を思い出しては、楽しかったなぁと思えるのはすごいことなんじゃないかと思います。

マラソンはどうやら中毒性の高いスポーツらしいです。どのレベルになっても30㎞からのスポーツというそうです。しんどくなってからが本番ということなんでしょうか?

私のマラソンマッサージボランティアもクタクタになってからが本当の醍醐味に突入するのか⁉︎
来年もまた参加しよーっと😅