10年間マッサージさせていただいた患者さん

この8月に、在宅から施設まで(施設入所後は保険が使えなくなり自費治療として)合わせて10年間、お付き合いさせて下さった患者さんが亡くなられました。

最初の訪問依頼は、徘徊ができなくなってしまったお母さんをもう一度歩かせて欲しいというものでした。

徘徊があった方の場合、その介護の大変さから、歩けなくなってホッとしたから、もう歩かないでほしいけど、寝たきりにはさせたくないという依頼を受けることが多い中(そんな上手くはなかなか行かないのですが)、こんな患者さん主体の家族さんもいらっしゃるんだと、どんな方かワクワクしながら面談に望んだように思います。

訪問してみると、わたしより10歳も若い娘さんが、若年性アルツハイマーのお母さんを介護されていました。

患者さんは、ロッキングチェアに座りニコニコされていたように思います。
しかしよく見ると、ロッキングチェアは改造してあり揺らすことが出来なくなっていて、代わりにコマがついて転がして移動出来るようになっていました。

いつも、おしゃれで清潔な洋服に、髪の毛は綺麗に整えられていて、日常的な全てにおいて、自分のことが自分ですることが出来ない、自分の口でうまく自分を表現することが出来ないということ以外は、常に周りの人間を気遣い、自分を気遣われないことには傷つき、そして、いつも娘を心配し、娘が母親に対するリスペクトが足りないと傷つき不機嫌になる、感受性が豊かで、心優しい人。

これが、最初から最後まで変わらないこの患者さんの印象です。

アルツハイマー病は、認知症状と合わせて、身体的には、パーキンソン病と同じような症状を表します。
バランス障害を伴うため、歩けば歩くほどに、重心位置がずれてきて、転倒しないように力を入れれば、入れるほどに、筋肉は固くなりスムーズな動きが出来なくなっていきます。

そしてある日全く歩けなくなるということが起きてしまうように思います。

それは症状の進行ではあるのですが、運動力学的に考えれば、重心位置のズレに伴う筋肉の緊張をその都度戻していけば同じような身体状況で過ごすことが出来、動き続けることで脳の萎縮の進行を最小限に食い止めることが出来るのではないかと考えています。

この方の最大の問題は、日常生活動作に結びつくことに関しては、自発的な動作が困難ということでした。手も足も動くのに、ご飯を自分では食べられない。立って足は動くのに、歩くことは出来ませんでした。

それでも、半ば強引に、室内外を歩いたり(歩かせたりです)、椅子から床に寝たり、床から立ったり、マッサージをしたりしてきました。ひきつれた筋肉を元に戻すのに、優しくないやり方をしたこともしばしばで、「いってぇー」と言わせてしまうこともしばしばでした。

自発的に出来ないことの一番は、気持ちを口から伝えられないことでしたが、思わず出る言葉、意識せず口から出る言葉、相槌や鼻歌は言えるけど、言いたいと思うことは多分ほとんど表現出来なかったのではないかと思います。

ですから、二人きりで、声をかけられ、返答を求められるのは、多分苦痛だったように思います。
そのかわり、私がマッサージをしながら、ご家族と取り留めなく話しているのがお気に入りで、そんな時は、一緒に笑ったり、「そうだよー」と、相槌で二人の会話に割って入って下さったりしていました。

そして、今年に入り、インフルエンザから肺炎になり、食事もうまく喉を通らなくなってしまいました。
少しずつ弱っておられましたが、その姿が最初の頃の様子とほとんどお変わりがないので、アルツハイマーの進行や終末期に入っているのではなく、別の疾患がないか検査してはどうかと施設の職員さんが考えて下さいました。

施設の薦めで検査をしたのは、亡くなられる1か月くらい前でした。

病院の先生も患者さんの様子で、その話に納得してレントゲン撮影をして下さったそうですが、その結果は、アルツハイマーの末期で、今まで口から食事が入っていたことが不思議なくらい。明日命が尽きてもおかしくないと言われたそうです。

私たちは、その事実を知り、患者さんの出来ないことを「責め」励まし続けてきたことに大きなショックを受けました。

脳の指令が途絶えていく中で、みんなの期待に応えようと必死で生きている姿を見せてもらっていたのでした。

もう誰も頑張れと口にしなくなりました。ただただ心地よく過ごしていただけるように関わることを大切にしました。
そして、しばらく後、施設の職員さんとご家族さんがベット周りで談笑するのを聞きながら、本当に眠るように苦しむことなく亡くなられたそうです。

亡くなられたお顔はあまりに美しく、またマッサージをしたくなるくらいでした。

この方もまた、まさに「生きたように死んで行かれた」と思います。

この10年を振り返る時、治療師としては、申し訳ないという気持ちでいっぱいです。
今ならもっと気持ちよく、もう少し機能を回復してあげられたのではないか、もっと楽に動かしてあげられたのではないかと思います。

本当に下手で未熟で申し訳ありませんでした。

それにもかかわらず、未熟な私を受け入れ、いつも気遣って下さったことに心から感謝です。

私は、治療をさせてもらい、暖かく大きな心に包んでもらいながら癒やされ続けてきたのだと思います。本当に本当にありがとうございました。

患者さん、最後まで自費治療をさせて下さったご家族、それから私の訪問をこころよく受け入れて下さった施設の方々に心よりお礼申し上げます。

体圧分散クッション。
仕事で使いたいといただいて来ましたが、私のものになりそうです。

自分の身体を通して考えること

㊗本庶佑先生 ノーベル医学・生理学賞受賞おめでとうございます🎉🎉

今回の研究は、
「感染症が大きな脅威でなくなったのと同じような日が、(がんでも)遅くとも今世紀中には訪れる」素晴らしい研究のようです。なんて素晴らしい!

私の毎日は、鍼治療を受けてすっかり元気になっていましたが、一週間の時間の経過とともに、少し体調不良が戻ってしまっているところがあります。

いつもは次の治療の便りが来る頃まで疲れ知らずで、そういえば疲れてきたかなと思うくらいなのですが、今回は少し違うように思います。
これは、鍼の効果が薄いということではなくて
私の体力がレベルダウンしていることだと思います。

この夏は、仕事で、遠方の移動が多かったため、自転車に乗ることがほとんどなく、車の移動に頼りきりでした。疲れ果て、ウオーキングレッスンもお休み…かなり筋力低下をきたしたみたいで、これが体調不良の根っこにあるように思います。

このような、耳の不調を、西洋医学的に、治療すれば、副鼻腔炎や上気道炎(いわゆる風邪)をこじらせたせいという考えのもとに炎症を治める治療がなされるかと思います。

また、鍼治療だと、気血の流れの滞りを改善するために、経絡に沿った治療を施すのかと思います。
今回の私の場合は、歯に問題があるという反応がでていると、その経絡に沿った治療をしてもらいました。

そのことを辻村先生には伝えていなかったのですが、実際に、歯磨きの時に膿(うみ)の味がしたので、虫歯かと思い緊急で受診していました(病院嫌いの私ですが、歯医者さんだけは、すぐに行きます)が、疲れからくる歯茎の炎症と言われて帰ってきていました。

辻村先生の鍼治療の後は、ウソみたいに、歯茎の炎症も、めまいも耳内圧の閉塞感も、少し耳の中が痛かったのもすっかり治っていました。

しかし、治療効果を長持ちさせていくには、筋力が衰えた身体には、さらにもう一つ、骨格バランスを整えることが大切な治療なんだろうと思います。

老化や障害による骨格の変化が身体に与える影響は、肩こりや腰痛だけではなく、内臓の働きを不十分にするとともに、耳などの器官を歪めたり引き吊れたりさせることで、その働きを阻害すると考えています。
ですから、根本的には身体の歪みを最小限にとどめることが、免疫力を高めることに繋がり、それは筋肉に直接働きかけるマッサージが一番得意とする分野ではないかと思います。

医学の進歩の中で、免疫の仕組みや臓器の機能について、より詳しく解明が進んでいます。
今までには、考えられなかったことがわかってきています。多くの常識が覆されているのです。

この流れのなかで、鍼の効果や、筋膜・筋肉の有機的な繋がりが科学的に明らかになっていくだろうと思います。
そして、近い将来、西洋医学的なアプローチと鍼灸マッサージ的なアプローチが、より総合的に施されるようになるのではないかと思っています。

私は、西洋医学的解剖学の世界で、陰陽論に依拠した身体のあり方を感じながら治療するのが大好きです。

決して、自慢出来ることではありませんが、私は、細分化された筋肉の働きや名前に、なかなか興味がもてず、一つ一つの働きを熟知していませんが、身体が有機的な一つらなりとして働く躍動的な生命の不思議を感じる瞬間が大好きです。
そこには、確かに経絡の流れとほぼ同じ繋がりが存在しているのを感じることが出来ます。

日進月歩に発展していく科学に取り残されないよう、古典からきちんと学びを得続けられるよう、日々精進を重ね、あまりに小さな力ではありますが、医療従事者として医療に貢献していきたいと思います。
どうぞよろしくお願い致します。

我が師 辻村先生はやっぱりすごい

なかなかブログが書き進めません😢
日常にないことが二つ以上起きると、生活に不自由がないものからおざなりになってしまいます。

私ごとですが、夏の疲れからか、持病のメニエール病が少し顔をだしています。生まれつき三半規管が弱く、平衡感覚を視覚で補っているので、歪んだ空間(遊園地や公園の造形による)に行くと立っていられなかったりします。

しかしながら、この数年、治療交換会をしてもらっている辻村先生の鍼のおかげで、平衡感覚が格段に向上しています。
今までは少し疲れてた時に、目を閉じると自分がぐるぐる回っていました。
遊具に乗ったみたいにぐるぐる回るので、目を閉じる時に起きるぐるぐる回りは秘かな楽しみなくらい日常でしたが、それが少なくなってきていました。

しかし、一週間くらい前に、圧が変化して耳抜きが出来ない状態になってしまいました。
朝起きて、立ち上がったら、そんな感じになり、仕事を始め汗をかいているうちに治っていくのです。が、数日繰り返しているうちに、治るまでの時間が少しずつ長くなってきたので、ネットで検索してみたら「耳管狭窄症」というのが一番近い症状で出てきました。

副鼻腔炎や風邪の後耳管の炎症で起きることが多いとありましたが、一度なると厄介なもののように書いてありました。

耳周辺のリンパの流れが滞っているために起きているだろうというのは、汗をかくと治るので予想がついていました。
それで、腕のセルフマッサージと頸部を温めてみました。いい方向に向いているようですが、あと少しって感じです。

辻村先生の治療を思い出しました。
翳風(えいふう)というツボを使って治療されていたので、そこにパイオネックスという小さな鍼がついたテープの、マッサージ師でも使える鍼なし玉だけのゼロというのがあるのでそこに貼ってみました。

なんだかスッキリしたような気がして、ツボの偉大さを感じました。
しかし、立ち上がった瞬間、立ち上がれないくらいのめまいに襲われました。
それは、単なる悪化ではなく、リンパが流れたけど、左右のバランスが良くないせいで起きたのではないかと感じました。

しばらく時間を置いてみましたが、頭が揺れるとかなり激しいめまいが起きます。が、その程度は少しずつ収まりつつあるようでした。
パイオネックスの左右の場所を確かめて、片側を貼り直してみました。少し場所が違うように感じたからです。

めまいはそのうち収まりました。
耳管の異常も8割型治った気がしましたが、そこはいつ悪化するかもしれないと思っているところに、辻村先生から
「今月の治療はいつしよう?」と連絡が来ました。

まさに天の助けです。

今の状態を報告すると、辻村先生先生は、
「翳風は正解。あと全身の代謝を上げるように水分(水分)にもパイオネックスをしておき。早くしないと治りにくくなるからすぐに行こうか」と言って下さいましたが、休みがとれず、治療交換会は一週間後の今日になりました。

けれど、言われた通りに、水分にパイオネックスを貼ると、おしっこがじゃんじゃん出て(笑)耳もめまいもかなりスッキリしてきました。まだ爆弾を抱えている不安はあります。

根本的には、休息が必要なのではないかとわかっています。

緩急上手に生きていきたいものですが、ツボはすごいし、我が師辻村先生はやっぱりすごいとしみじみ感じています。

辻村先生は、もう70を超えていらっしゃいます。先生の治療のおかげで、更年期も疲れも知らずにいられています。先生が治療して下さらなくなったらどうしたらよいのかととても心配です。
先生も自分を治療してくれる鍼灸師が欲しいと言われていて、自分に代わる方(後継者)を探していらっしゃいます。

志しのある方は是非ご連絡お待ちしております。

私の治療は、辻村先生との出会いのおかげで全く次元の違うものに進化を遂げたように思っています。
私自身、まだまだ人体の神秘をめぐる旅の途中です。
この旅をともに歩んで下さる方との出会いを楽しみにしています。
どうぞよろしくお願い致します。

パイオネックスゼロとの出会いは私の治療を変化させました。すごい効果はまたもう少ししてから🤫

災害お見舞い

おはようございます。

猛暑、大雨、巨大台風に、北海道地震。

あまりにどうにもならない災害続きで言葉もありません。
被災された方々には、心よりお見舞い申し上げます。

当たり前に使えている電気がこんなにいとも簡単に途絶えてしまうことを知りました。
そして、電気が来ないということは、電気とセットのお湯や水道まで止めてしまうこと、それらがないことが生活に及ぼす影響を、京都で言えば、ほんの数時間ではありますが、知ることができました。

ライフラインが途絶えたままの状態が長く続くということがどれほど大変か…

これからも起こりうるだろう災害を前に、私は、前向きな気持ちになれない時もありますが、10代の息子たちの何がなんでも生き延びてやると強い気持ちを持っているのを聞きながら、備えだけはちゃんとしておこうと強く思っています。

昨日行ったスーパーには、2リットルの水が、売り切れてありませんでした。誰もがそんな気持ちなんだなぁと思いながら、しばらくして落ち着いた頃に様々取り揃えておこうと思っています。

秋風が気持ちいい季節がやってきました。
夏の間、少し心がダウンしていましたが、臨床的には面白い新たな発見と挑戦を続けています。
少しずつご報告していこうと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

台風21号のため、公園の木々が風で倒れて、葉が舞い散っていました。
駆け足で行ってくれて助かりました。ゆっくり居座っていたら、被害はさらに拡大したに違いありません。

心は富士登山

仕事というのは本当に自分を映す鏡だとしみじみ思います。

私の心が仕事に向けて充実していると、当たり前のように仕事が頂けて、毎日が当たり前のように過ぎていきます。

反対に、他ごとに心を奪われたり、仕事の失敗を引きずって心がいじけたりしていると、どんどん仕事が減ってますます閉塞していくように思います。

私にとって目には見えない精神世界が、そこに確かに広がっているように感じるのは、こんな日々の営みがあるからです。

先日の話です。マッサージ施術をしながら、患者さんとお互いの昔話に花が咲きました。

私も患者さんもお互いに片親で育ったのでそんな苦労話をしたりしていました。

「幼い頃にジフテリアを患い、母親と離れたので、母親の顔も知らない。

父親は仕事をしていたので、あまり接することはなく、親しみが薄かったけれど、成人してからはあちこち旅行に連れて行ってもらった。

別府温泉に諏訪湖。いろんな温泉巡りをした。

でも旅行の一番最初は、富士山。
山小屋に泊まり、御来光も拝んだ。
五合目までバスで行っておしまいの人が多いやろ。
私が頂上まで登ったのは、人に自慢できるな?」と話してくださいました。

「今90歳で二十歳の頃に富士登山!すごいです。無茶苦茶に自慢できますよ。」

そんな話を繰り返して、施術を終えて帰ろうとした時です。
患者さんが咽び泣き始められたのです。
話しながら様々な気持ちが蘇ってきたのかと思います。

その涙は、悪いことばかりでなかった人生と今抑え込んでいる自分の事など、いつもは心に蓋をしていることを解き放った涙のように見えました。

私は何も特別なことはしていませんが、話を聞きながら、富士登山をするその方を空からこっそりと見ているような気持ちになりました。
そして、その後の患者さんの涙を含めて、このような時間を誰かと共有できる仕事をさせてもらっている事に心から感謝が湧いてきました。

夏の間、仕事がうまくいかないことも多くて、自らを省みなくてはと思いながらも、心の中で自分に言い訳ばかりしていました。

そんな時に患者さんと一緒にタイムトリップをして富士山に登ったような気持ちと、その後の患者さんの涙は、私の心まで解放してくれました。

長い間ブログを書く気持ちになれませんでしたが、ようやく心が前に向いてきたように思います。

また心新たに頑張ろうと思います。
どうぞよろしくお願い致します。

外国人観光客の増えた京都。なかでも一番私の目を惹きつけるのは車椅子の旅行客。オシャレで臆する様子が全く見受けられない。同伴の方々も手を出し過ぎず、大概は電動の操作を見守っている姿に惚れ惚れします。
脚に障害があることと人間としての価値には何ら関係がないということをあまりに自然に、気負いなく過ごせるのは、周囲の理解とサポートあってのことなんだと思います。
がんばろー。まだまだな日本。

嬉しい夏の便り/マッサージ師からの情報発信

千葉県から、「夏の便り」が届きました。

ブログを読んで私を応援してくださっている鍼灸マッサージ師の先生からです。

嬉し恥ずかし、うまく言い表す言葉もありませんが、私の経験や言葉が誰かの力になっているならこれ以上嬉しいことはありません。

私たちは、毎日の仕事の中で、他では決して得ることのできない貴重な経験をさせていただいています。

その一番大きなものは、高齢者の豊かな心や生活観や、障害者の深い悲しみ・絶望感に触れることが出来ることです。

介護保険制度が始まってからというもの、個々人の支援者の気持ちとは裏腹にパッケージ化されたサービスの提供に追われてしまう傾向が強くなっているように思います。
不正を防ぐための様々な手続きが煩雑になっていることがそれに拍車をかけているように見えます。

介護保険の充実により、サービスは充実して、一年以上お風呂に入ったこともないなんて人は本当に少なくなりましたが、その陰で心を置き去りにされた高齢者や障害者の気持ちに寄り添うチャンスが少なくなってしまっているように思います。

訪問マッサージは、とにかくその時間マッサージ施術を中心に関わるので、寝物語に聞く話が尽きることはありません。
私一人で独占するのは勿体ない話ばかりです。
この貴重な経験を知ってもらいたくてブログを発信しています。

それから、リハビリテーションや薬ではなく、マッサージ治療だからこそ出来る治療があることを知ってもらいたいと思っています。

先日聞いた話ですが、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の最新のリハビリテーションの考え方は、筋疲労を回復させることなのだそうです。

これは、ALSの患者さんに限らず、全ての方に有効なものであり、マッサージ師の専門分野です。
眼には見えない皮膚の下の筋肉を探っていくには、熟練を必要とします。机上の理論だけではわかることのできない深い世界が広がっているのです。この世界に到達するには我慢が必要です。
しかし我慢した先には確かなものがあることをまだ経験の浅いマッサージ師の先生方に知ってもらいたいと思っています。

そして最後に訪問マッサージの臨床の世界が本当は、超高齢社会の医療費の無駄遣いではなくて、安価で安全な方法であると知って欲しいと思っています。

鍼灸マッサージ師の医療保険の適応のために厚生労働省と交渉を続けて下さっている鍼灸マッサージ師の先生がこう仰っています。

「こんないい治療をしているという事実ではなく、政治家先生に動いてもらえる関係性が現実を左右するのが現実です。」

それが現実かもしれませんが、私たちは自分がどのような医療を受けて死んでいきたいのか自分で選べるはずなのです。
薬や医療処置よりも心地よいマッサージを受けながら最期を迎えたいと思っていただけるように、吹けば飛ぶ塵のような力ですが、諦めないで発信し続けたいと思っています。

皆様の「いいね」が何よりの力です。
読んでいただいて心の底から感謝しています。
これからもどうぞよろしくお願い致します。

自費治療:手指の痺れ

本当はうまくいったことより、うまくいかなかったことの中にこそ、次への大きな「飛躍」の鍵があるように思いますが、施術のこととなると、「失敗した話」を誤解を恐れずに伝えるのは難しいように思います。

でも、本当は、私の日常は、施術の内容も関係性もガッカリすることの連続です。

このブログに書いているのは、そんなガッカリした気持ちの中で、活路を見出したいと、もがいている私に起きたステキな出来事の話です。

(ですので私のリアル仕事を知っている人から、ブログ見たよとか声をかけていただくと、はずかしくてドキドキしていたりします)

治療の方法論に関してはこれでいいと思っても、次の瞬間には奈落の底に突き落とされるようなことの連続です。
そんな時は、自分の考えの足りなさ加減、手技の下手さに本当にガッカリしますが、仕事を続けていく限りは前を向いて進むより他に仕方がありません。

ことに、自費治療の方の場合には、見通しの立て方や説明の甘さが私の課題であることを強く実感する日々です。

保険治療に関しては、計画的な訪問が可能なので、方針の間違いをその都度修正しながら関わり続けることができます。毎日の仕事が即、患者さんの身体を「師」として、勉強させていただいているようなものなのです。

しかし自費治療はそういうわけにはいきません。一回のミスが次の仕事の機会に影響を及ぼしていきます。

自費治療も保険治療で得た経験を元に、主訴の改善を一番にし、リラクゼーション的要素やその満足は第二に考えるように自分の中で徹底していきたいと考えるようになりました。

自信のなさがそれをうまくいかせずにきましたが、どっちつかずの中途半端な結果のほうがよくないはずです。

そんな中で、先日治療させていただいた方は、手指の痺れを訴えておられました。

整形外科の医師からは、頚椎の変形からきていると説明を受けたとのことですが、今は手術の適応ではないようでした。

マッサージ師の習わしとして、つい肩や腰の「コリ」も楽にしてあげたいと考えてしまいます。
しかし、頚椎に問題がある場合、施術により緊張を緩めることで、自分で作っている肩背部のコルセット(つまりコリ)を緩めてしまい症状を悪化させてしまう危険性をはらんでいます。

骨盤・腰部脊柱の彎曲を改善することで、緩やかに時間をかけて頚部にまで影響を及ぼしていくことが肝要です。時間をかけることで、頚部の筋力が自ら正しい方向に進んでいくからです。

その日に症状を改善することが求められてしまうように思いますが、時間をかけていくことが大切なことであることを理解していただくように伝えなければなりません。

今までの私ならどっちつかずで、刺激量を調整できず、手の痺れの治療とともに、肩こりなどの疲労の回復にも手を出してしまっていたように思いますが、今回は手指の痺れというデリケートで、重症化させてしまう危険をはらむ症状だったこともあり、基本に忠実に下肢体幹の調整を中心に施術できました。

すると施術後は、一目でわかるほどに、脊柱の状態が改善し、自分でも驚くほどの変化となりました。

右が術前。左が術後。

もっとも、この方の場合は、日常的に肩こり疲労の回復にマッサージ治療院に通われていたようで、基本的に筋肉が凝り固まっていなかったため、深部の筋肉を整えることで、変化が現れやすかったのかなとは思います。
通われているマッサージ治療院は、この辺りの方には評判のよい治療院で、まさに評判通りだったわけです。

そして、患者さんは、症状の目的に合わせて、通う治療院を選択されているのだということもわかりました。この方は定期的に通われている治療院が嫌なわけでは決してないのです。

施術師としては、オールマイティに身体の問題を解決できる人という信頼を得たいと思いますが、それとこれとは同じではないと身をもって知ることができたのも大きな収穫でした。

治療は始まったところです。
痺れの改善は痛みの消失よりも難しいというのは、この業界の(西洋医学を含めて)の定説なように思います。

いただく対価に見合った仕事ができますように。
最後は神頼みですが、神様が微笑んで下さるのは、たゆまぬ努力の賜物だと思っています。

大往生

先日、この暑さで、106歳の患者さんがお亡くなりになりました。

先日の大きな地震の時から食も細くなってきていたので、暑さのせいというよりは、本当の大往生だったと思います。

それにしても今まで出会ってきたどの方の最期とも違う、本当に立派な逝き方だったように思います。

主治医の先生が仰るには、食べたり飲んだりできなくなり、枯れるように亡くなるのが一番楽な死に方なのだそうです。
極度の脱水で脳内モルヒネが出て、本人も苦しくなく、夢うつつを行ったり来たりしながら亡くなっていけるのだそうです。

この方はもう栄養を吸収できなくなってきていて、血中タンパクが正常値を大きく下回って来ていました。
ですから先生から、「近いうちです」と聞いていました。

そのとおりに、行くたびに衰弱していかれ、傾眠状態が長くなってきていました。

在宅で「枯れるように」逝かれる時は、誰しもこのような感じなのですが、私が経験したことのない凄さは、もういつ心臓が止まってしまうんだろう、大丈夫かなという雰囲気であっても、こちらの声かけに実にしっかりと、お元気な時のままの声で返事をして下さったということなのです。
声をかけたこちらが意外に感じる反応に驚かされ続けました。

そして、亡くなられる前の日、予定外でしたが、この暑さが心配で、休日の夕方様子を伺いに行きました。

4日ぶりの訪問でしたが、一段と痩せてもう長くはないと一目でわかるご様子でした。呼吸状態も少し痰が絡み、深く呼吸をさせてあげたくなるご様子でした。
それで、訪問看護師さんに連絡をしました。看護師さんは、1時間くらい後に訪問すると言って下さいました。

それまでの間、私ができることは、呼吸状態を少しでも楽にしてあげることだと思いました。
それで、呼吸を補助するようなマッサージをした後、ゆっくりと身体を横に向けて、背中をさすりました。
すると
「そこ!」と大きな声で言われました。
(ああ、ここか。はいはい。がんばりますよー。でもどこにこんな大きな声が出せる元気があるんやろー⁉️)

それから、あまりの酷暑でエアコンが効かず室内は30度になっていました。
フィルターを掃除したり扇風機をまわしたりしてみましたが、温度は下がりません。
暑さのせいでしんどいのか、命が尽きようとする状態なのか判別出来ずにいました。どうしたらようの困ってしまいました。
それで、暑い?と尋ねてみました。
するとまた大きな声で「暑い」と言われました。

(ひえー!暑いんや)
すぐにケアマネージャーさんに連絡して「暑いと言われています。エアコンが効きません」と言いました。ケアマネージャーさんはその後すぐに来て下さいました。

この反応には、本当に驚かされました。

きっと大きな疾病もなくただ大往生の末の命の尽きる様というのはこんな感じなのだろうと思いました。
もちろんこの逝き様は、ケアマネージャーさんを中心に、主治医の先生・訪問看護師・ヘルパーさんと私たち訪問マッサージのチームの支えがあってこその最期だったと思います。

また、その時は考える余裕もありませんでしたが、命が尽きようとするその時にマッサージをしてほしい「そこ」を教えてもらったのは初めてでした。

「そこ」は経穴で言えば、多分、「肺兪」「心兪」あたりなのかなと思います。

亡くなられる前に、「マッサージをしてもらうとその日は楽なんや」と言って下さっていました。
でも、それをポイントで教えていただいたことは、これからの私の治療にとても大きな力になると思います。

うまくは言えませんが、こうして106歳の患者さんは立派に「生きたように死んでいかれ」ました。
「生きたように死んで行く」というのは在宅で多くの看取りをされている秦診療所の秦先生の言葉です。

その後参列させていただいたお通夜の席で、御住職が、
「百歳を超えた命というのは、極限の中にあるそうです。
エベレストの登頂もまた極限の中にあるといいますが、その中で一番こわいのは咳やくしゃみで骨折をすることがあるということなのだそうです。

極限にあるということは、このような日常の行為さえも命取りになるということなのでしょう」
と言われていました。

極限を生きたこの方は、私に様々なことを教え、そしていくつもの忘れがたい記憶を残して下さいました。

鰻を見るたびに私の魂はきっとこの患者さんと過ごした時間にタイムスリップするだろうなと思います。そしてずっとお付き合いをしていけるに違いありません。

心よりご冥福をお祈りいたします。

記憶 魂の同化

「石けん使った時は私を思い出してや」

先日、小さくて履けなかった靴をもらっていただいた患者さんから、靴のお礼にとステキなハーブの石けんをいただきました。
その時にこう言って下さいました。

こんなチャーミングな台詞を言われたことも言ったこともありません。この石けんを使い終えてもハーブの石けんを見るたびに思い出すことになりそうです。
本当にありがとうございます。

記憶というのは、その体験した時の自分の魂が、時間と空間に支配されることなくずっとそこにいて、それを思い出す時、今の自分と、その体験した時の自分の魂が同化しているのだと、私に話して下さった方がいます。
全く荒唐無稽な感じで、その時は、その意味さえ理解できないように思いましたが、今ならなんとなくわかるような気がしています。

何かを思い出すとき、私はその時の私と同じ場所と時間と隔たりなくまさにその時の私なんだと感じるのです。
とりわけてもその記憶の相手が亡くなってしまっている時は、思い出す度に、一緒にいるような気になります。

随分と長い時間、訪問マッサージをしてきました。そして多くの方の別れを経験してきました。

自転車で家の前を通った時や、なにか関連するものを目にした時に思い出す記憶も増えてきました。

そんなこんなで、訪問マッサージの仕事は孤独だと思ってきましたが、いつも誰かの何かのことを思い出している時間が増えて、寂しい時間が少なくなってきたように思います。

記憶を近くに感じることで寂しさが紛れるなんて! 歳のなせる技なのかもしれませんね!

何はともあれ、仕事を続けさせていただいている全てに感謝です。

愛と尊厳の大切さ

「その靴いいなあ。どこで買ったん?」

安い靴ですが軽くてバラの模様が入っておしゃれだなと思って購入しました。
けれど、少し小さかったようで、履いていると足底腱が炎症を起こしたので、履くのをあきらめて、もしよければと患者さんにお見せしました。

いつも私の靴を褒めて下さるし、趣味が合うようだからです。良ければ履いてもらうつもりでした。患者さんは喜んでもらって下さいました。

そしてデイサービスに履いて行ったところ、他の利用者さんから、
「いいなぁどこで買ったん」
と聞かれたから

「私の一番大切な人がプレゼントしてくれたから、どこで売ってるかしらんで」

と答えて下さったそうです。

一番大切な人と言ってもらうとは、照れてしまいますが、そんな風に言っていただけるようなことはなにもしていません。

ただ、身体を楽にするということは、心も軽くなるということなのだろうと思います。
またもう一つ私がとても気をつけていることのおかげかなと思います。

それは、患者さんを、「障害者」や「老人」という枠に入れないように、人生を長く生き抜いた歴史を持つ唯一無二の存在として接するようにしていることです。

効率よく介護を受けやすいようにマネージメントを受け(点数や内容に縛りがあるから仕方ないのですが)、寝たきりにならないようリハビリをするべき対象ではなく、
例え、そうするしかないとしても、その心のうちにある気持ちをそのまま拝聴し、ジャッジしないようにしています。

それが、自分をありのままに受け止めてもらっているという安心感につながり、「一番大切な人」という表現をしてくださったのかなと思います。

人間が人間らしく生きるために必要なのは、美味しい食べ物と心地よい空間、清潔な環境だけではなく、やはり、愛と自分の尊厳が守られていると感じられることなのだろうとしみじみ思う今日この頃です。

ついつい自分の仕事がしやすいように相手を理解しがちですが、このお褒めの言葉を胸に刻み、いつも利用者主体でいられるよう頑張りたいと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。