治療師としての成長

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毎日かんかん照りが続いていてアジサイがなんだかしょんぼりみえますが、関西もようやく梅雨入りしたそうです。

先日、うちの従業員から、
自分の母親が足が痛いというので、治療したのだが、母親の痛いという訴えに共感を示す感情が全く湧いてこなくて、自分の感受性はここまで枯れ果ててしまったのかと、涙ながらに訴えてきました。

涙ながらに訴える彼女を見ながら、彼女に対して抱いていた私の心配の半分くらいは、飛んでいきました。

「良かったね。おめでとう🎉。あなたもようやく治療師の入り口にようやくたてたのよ」

自分がなんとかしなければということがなければ、無責任に、あーだこーだと心配そうに言うのは簡単ですが、自分がなんとかしなければという責任を感じた瞬間から、そんな簡単に共感や同情を示す余裕がなくなるものだと思います。

この真面目な責任感こそが、治療師を治療師に成長させる一番大切な要素なのだと思います。

彼女は目の前の今することに必死で、自分が果たさなければならない責任について考える余裕のなかった人だっただけに、この成長を本当に嬉しく受け止めました。

ですが、これは単なる入り口です。
ここからがまた苦しい闘いの始まりです。

今ならマッサージ施術で軽減できる膝の痛み、その痛みを軽減できるようになるまで、私は多分15年くらいの歳月を必要としたように思います。

いくら見てもわからない膝を皮膚の上から眺めては、その皮膚の下で起こっていることを理解したいと見続けました。

いくら見ても、痛い膝と痛くない膝の違いがみえてきませんでした。

仕方がないので、私の両の手で膝を包み込み、自動運動をしていただくことで、手のひらの下で動く皮膚や筋肉、関節の動きの違いを感じることができました。

初めてその違いを感じられた時は、うれしくてうれしくて、患者さんに何度も何度も繰り返し動かしていただいて、うんざりされたりしました。

それでも毎日毎日同じことを繰り返しながら、徐々に、その違いを見てわかるようになってきました。

これらの退屈で地味な作業を飽きずに、続けることが一番難しいのかなと思います。

プロフェッショナルになるのは、簡単なことではないように思いますし、これで十分というゴールに行き着くこともないからこそ、飽きることなく続けていけるとも言えますが、簡単に得られない結果に諦めてしまう人が多いのも事実です。

うちのワカイシュウの成長をビシバシお尻を叩きながらのんびり待ちたいと思います。

皆さまにご迷惑をおかけすることもありますが、真面目に一生懸命頑張っております。どうぞ暖かい眼で見てやって下さい。よろしくお願い申し上げます。

施術後に、体力が低下して思うように水分補給が出来ない独居の方に水分補給の援助をするのは大切な役割の一つになっています。
元介護士の彼女は水分補給の介助がとても上手です。
画像は肖像権に配慮し一部加工しています。

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