癒すということの本質

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なかなかブログが更新できませんが、心の中が目まぐるしく動いていて心が落ち着かないからかなと思います。

仕事に追われてくると、ついつい次の訪問の約束の時間が気になってバタバタとしてしまいます。

施術にこだわるがあまり、施術時間が押してしまったり、話の流れで途中でやめることができなかったりという理由で、どんどん時間に追われてしまうということが大半なのですが、

患者さんやご家族さんからは、
バタバタしてる
とか
本当に忙しそう
と言われてしまいます。

トレーナーとしては、限られた条件の中でベストコンディションに近づけるために懸命の努力をしているつもりなので、こんな風に言われると本当にがっかりしてしまいます。

けれど、身体状況の改善ということではなくて、広く癒すということから考えると、どんな素晴らしい治療をしたとしても、次の時間を気にする様子が、癒されていた気持ちまでを消してしまい、全てを台無しにしてしまうということがあるのだろうと思うのです。

老化や障害に伴う症状の場合、治療による完治ということではなくて、身体が少し軽く感じるとか、手から伝わる熱の心地よさが明日に生きる心の糧の一つになることの方が、本当はずっと大切なのかもしれないということかなと思います。

昔、まだ私が前の治療院に勤めていた時のことです。もう10年以上前のことです。

老人ホームに入所するとても元気で朗らかな方が、ある時入居者同士のトラブルから笑うことを忘れてしまうということが起きました。
認知症があるものの自立歩行が可能なレベルでしたが、歩行もどんどんおぼつかなくなっていきました。
人が変わったようになってしまったこの方に私が出来ることはなんなのか答えが見つからないまま数ヶ月が過ぎました。

ある時私は、歩く事よりもう一度笑ってもらいたいそれが一番大切だと気がつきました。とにかく今度訪問した時は笑顔が少しでも出てくるそんな関わりをしようと思いました。
そして、次の訪問ではどんな風にしようかと様々考えを巡らせて訪問しました。

すると不思議なことですが、その方が私を笑って迎えて下さったのです。

たまたまかもしれませんが、あまりにもタイムリー過ぎました。私の心が伝わり、ようやくわかってくれたかという風に思われたのかなと思いました。

私としては、以心伝心を眼で見た初めての体験として強く記憶に残っています。

そして、この方は、お亡くなりになるまで、心が病的に沈むことはありませんでした。

これが癒すということの本質で、自分中心の治療に夢中になる私に、神さまが私にそのことを見せて下さったのではないかと思っています。

にもかかわらず、ついつい自分の力でなんとかしたいということに夢中になってしまい、本質からずれていくことを今なお、何度も繰り返しています。

患者さんからの
忙しそうやねの一言で、あー😩って気持ちにはなるのですが…

ゆったりすることの大切さを教わりながら、私自身もまた癒していただいているのだろうと思います。

ついついバタバタしていますが、どうぞ懲りずによろしくお願いします。

ネコくらい癒されることを私に教えてくれるものはありません。

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