呪縛からの解放3〜コリはほぐすもの・関節は伸ばすもの、リハビリはゴールを設定して近づくもの⁉️⁉️

呪縛その2 何のために関節は拘縮する?

寝たきりになると、関節が硬くなり、手足が曲がり、オムツ交換も更衣も大変になってしまいます。動かなくなると関節が硬くなるのは骨折後のギブス固定で関節が固まってしまうのと同じことです。

ところが、寝たきりの患者さんがみんな同じような形で関節拘縮が進むかといえば必ずしもそうとも言えないのです。

麻痺のあるなしだけではなく、元気な時の筋肉のつき方、性格、寝る時の姿勢などが関係しているのかなと考えていますが、本当のところの科学的客観的データはないのではと思っています。

因みに脳卒中などの後遺症の痙性麻痺(ケイセイマヒ、硬く力が入って意図的に動かすのが難しい状態)の関節拘縮の形も、多くの人は曲がってしまう形に力が入るのですが、中には突っ張ってしまう形になる人もいらっしゃいます。不思議に思ってお医者さんに尋ねたことがありますが、理由はわからないとおっしゃっていました。

人体というのは、身体の中で何か起きても、二重、三重に張り巡らされた防衛策があり、少々のことでは異変をきたさないシステムを持っていることを考えると、廃用性の関節拘縮や痙性麻痺にもその害だけではなく、身体の深淵な考えがあるのではないかと私は思うのです。

この関節拘縮や痙性麻痺というのは正常な筋肉運動ができないから起きているわけですから、正常な筋肉運動をするというのが、一番の治療法であることに間違いはありません。

しかしその正常な筋肉運動が不可能という前提で、関節が硬くならなかったらどうなるかを考えてみます。

手や脚というのは相当に重くて、片麻痺の人はその重みを支えきれず肩が抜けそうになることもよくあるのですが、長くぶら下がってしまえば、抜けそうではなくて、本当に抜けてしまうように思います。また脚が曲がらずに力も入らなくてブラブラしていると寝返りをさせたくらいで足が絡まり頸部(付け根)が骨折したとう例が実際にあります。
また、力のない長い手脚が垂れ下がっている状態では、体幹もその重みのために呼吸・消化・排泄などの内臓の機能にもより大きな負担を与えるのではないかと考えます。

こう考えると寝たきりになり、関節が拘縮するのは身体がそれを必要としているのですから、無理に伸ばそうとすると、身体は必死になって緊張を増大させ、身を守ろうとするのは自然なことのように思えます。

それでも関節拘縮が、どんどん進むと、オムツ交換や更衣も容易にできなくなり、呼吸・消化・排泄といった生命活動にも支障をきたしてきますから、身体の防御反応(手足を縮める)が、生命活動に支障をきたさないところに落ちつくようにコンディショニングするのが、機能訓練の大切なところかなと考えています。

私の経験では、手も足も出ない状態(つまり寝たきり)に優しくない力で、関節を伸ばされたり、車椅子への移乗時に乱暴に持ち運ばれるなど恐怖心を抱かせることは、筋緊張を増大させ関節拘縮を加速させていくように考えます。

ですから、介護する人が無理やりな力で介護しなくてもいいような柔らかさを保つこともまた大切な指標かと考えています。

介護するのに、困難が伴うまでに硬くなってしまうと毎日のオムツ交換や車椅子への移乗のたびに緊張されるので、関節拘縮の改善以前に緊張を緩和することしかできず、その改善はとても困難になってしまいます。

この関節拘縮の状態と身体が緊張して力が抜けない状態とは明らかに違うのですが、この違いをわからないで、とにかく関節を伸ばしてしまうということもあるのかと思います。

例えば、

何度かの脳梗塞の後、寝たきりになり、在宅生活を送ってきたけれど、四肢の拘縮が進み、唾液をむせるようになり、床ずれや巻き爪からの感染症を起こすようになってきたので、マッサージに入って欲しいという依頼を頂いた仕事があります。

皮膚の緊張を取り、筋膜の緊張を改善し、萎縮した筋肉を少しずつ伸ばしていけば、普通の手足のようにはなりませんが、リラックスして寝ていただけるようになっていました。

依頼を頂いた理由もクリアして、唾液でむせることもほぼなく、皮膚トラブルもなく、楽々とはいきませんが更衣もそれほど困難を伴わずにできるようになりました。
こうなると後は日々進む小さな筋萎縮を改善し、緊張を緩和してあげれば大きく変化することなく過ごしていただけます。

ところでこの方は、家族さんの休息のために、年二回、二週間くらい入院されます。その病院はリハビリにとても熱心な病院ですから、毎日リハビリをしていただけるように聞いています。

私の在宅での訪問は週に2回ですから、さぞかし関節拘縮が改善されるかと思うのがフツウではないかと思いますが、足はそうでもないのですが、肩は指を入れることも難しいくらいにカチカチになって帰って来られます。

在宅と違って、オムツ交換などがソフトでなく恐怖心を与えているのかもしれませんが、全体的な緊張がさほど強くなく、上肢帯(肩まわり)の緊張が特に強いことを考えると、多分曲がった手を毎日のリハビリで伸ばしてもらった結果なのかなと考えています。

わずか二週間の入院で、入院前より退院時の方が身体が緊張でカチカチになってしまっているのですが、関節拘縮が進んだというより、筋緊張が高まっているのです。

それで、退院された後にまず私がすることは、「もう大丈夫、嫌なことはしませんよ」と話しかけながらリラックスしていただくことです。

すると、すーっと緊張が抜けて身体全体が柔らかくなっていくのです。

科学的客観的なデータがないマッサージ師の、主観的直観的考えに基づいた考えなのですが、リハビリの先生が、必要な柔らかさの確保ということではなく、関節は伸ばさなければならないという呪いにかかっていらっしゃるのではないでしょうか。

この病院のリハビリの先生は本当に一生懸命で評判もいいのです。だから一生懸命に関節拘縮を伸ばされているのではないかと思うのです。

機能訓練やリハビリテーションというのは一体何のために誰のためのものなのかを考えざるを得ない出来事なのかなと思います。

次回は関節拘縮だけじゃなく、慢性期老人・障害者の機能訓練全般にについて考えたいと思います。

ご意見お待ちしております。


筋緊張が高いと呼吸すら思うようにできません。そんな時、手の重みだけで呼吸を助けるくらいの弱い力で十分なのです、

呪縛からの解放2〜コリはほぐすもの・関節は伸ばすもの、リハビリはゴールを設定して近づくもの⁉️⁉️

呪縛その1 過剰な刺激は弊害の方が大きいという確信を得た出来事

寝たきりで手も足も関節が縮んでうまく動かない、身体も弓なりに歪んでしまった患者さんがいらっしゃいました。
それでも、話しかけるとなんとも上品な受け答えをして下さるので、ベッド から起こして座っていただきながらしばらく話をするのを楽しみにしていました。
ところがある時から、ぎゅっと力を入れて腕がちっとも伸びなくなり、手はむくんでパンパンになり、話も出来なくなり、食事も進まず、ついには浮腫みのため、点滴すら入らない状態で入院となってしまいました。

あんなに腕が浮腫んで入院になったのだから、相当悪い状態に違いないと思っていたら、しばらくしてから、元気になって帰って来られたのです。しかも入院前にはぎゅーと力が入って伸びなかった腕が、曲がってはいますが、力が抜けて楽そうなのです。

入院中はリハビリどころではなく、機能訓練はほとんどなかったようでした。それなのに入院前より力が抜けているとは! 私の衝撃は、口では表せないくらいでした。

縮んだ関節を無理な力で引っ張って伸ばされたら、患者さんは身を守るために必死に抵抗し、そういうことが継続すると最後には力の抜き方がわからなくなってしまうので、全体的な緊張を緩和しつつ、緩んだところを無理のない範囲で自動介助運動を行うというのが私の考え方でしたが、時には刺激量が強く余計に緊張を生むこともあり、常に患者さんの状態をチェックしながら施術を続けてきたつもりでした。

ですから徐々に緊張が増えて、身体が硬く閉じていった時に、体調を崩されているのかとか他の理由を考えていたのです。しかしながら、リハビリのない入院中に、こんなに力が抜けたということは、関わりが強刺激だったことに間違いはないように思いました。

私のやり方で長い間、問題なく緩んで来ていたように記憶していました。ですから、もしかしたら、私ではない誰かが引っ張っていたのかもしれないと考えました。私以外にこの方の機能訓練で関わっていたのは、私の交代で行ってもらった、うちのスタッフとデイサービスのマッサージでした。もちろん、私自身が気がつかないうちに強い力になっていた可能性も捨てきれません。

状態が改善しているので「犯人探し」の必要はもうないのですが、私は以前にも増して注意深く施術するようにしました。
入院前より弓なりの身体はますます弓なりになっていましたが、力が抜けてまた話ができるようになってきています。懸命に介護されるご家族のためにも誤嚥や尿路感染を起こさないよう、床ずれにならないように身体の柔軟性を高め、循環がよくなるよう施術を続けました。

ところが2カ月が過ぎた頃に、再び、身体に力を入り、ほんの少しも動かすこともできないくらいになってしまいました。

私の都合がつかない時に代わりに行ってもらったスタッフに腕を無理に伸ばしていないか確認をしました。
たまの代わりなので、患者さんの身体がよくわからないだろうから、無理に腕は伸ばさず、寝返りや座位をとってもらいながら優しく軽擦(なでること)してくるように言っていましたが、縮んだ肘をみると伸ばさなくてはと、本人としては「無理のない範囲で」伸ばしたと言いましたが、明らかに身体に緊張が増したので、そのやり方は、緊張を生むだけでいいことは一つもないと強く注意をして、代わりに行ってもらうことをやめました。
しかし、それでも緊張が抜けるどころかどんどん強くなっていきました。腕を伸ばす以前になんとか身体中の緊張を抜いてもらうので精一杯です。

うちのスタッフ以外に機能訓練に関わっているのは、デイサービスです。デイサービスのノートを見ても何も書いてありません。ご家族に尋ねてもご存知ありませんでした。どうしたものかと考えあぐねていたある日、家族さんが

「昨日看護師さんが来て、少し強引だけど腕がいっぱい伸びましたと言ってくれたんですが、だいぶ痛そうにしていたんですけどね」と困った顔をして話して下さいました。

看護師さん! 訪問看護さんはずっと関わって下さっています。

私から話してトラブルになりたくありませんし、家族さんから言ってもらうのがいいかなと思いましたが、うまく言えるわけもなく、何より患者さんのことを考えるときちんと話をした方がいいと考え、訪問看護の所長さんとは良好な関係だったこともあり、 直接電話をかけました。

「すみません。腕の緊張が高まっている件ですが、実はうちのスタッフがまだ不慣れな面があり、強く注意しておりましたところ、家族さんからそちらの看護師さんがいっぱい伸びたと報告されたそうで、無理に伸ばすと防衛的に余計に力を入れてしまわれるのではないかと考えていまして…」

と切り出しました。人の話をきちんと聞いてくださる所長さんであったこと、身体の緊張が高まったと感じた時期や患者さんの症状の理解が同じだったことなどから、お互いにしばらくは腕の可動域訓練はしないで様子を見て、改善が見られないようなら、別の理由を考えて対策を練り直すということになりました。

この後、この患者さんは、緊張が抜けてきて少し改善が見られてきたかなというところで再入院になってしまいました😢

理解のレベルは様々であっても医療知識を学んできたはずの医療従事者がどうしてこういうことをしてしまうのでしょうか。

それは多分、一つには、廃用的に筋萎縮・関節拘縮をした身体というのは、健康な状態からはどんどんと離れていってしまうからなのだと思います。簡単にいうと、元々あった場所に、違う筋肉があり、動く方向も変わってしまうので、健康人の腕を伸ばすように伸びるという単純なものではないからじゃないかと思います。

その結果、肘の関節拘縮を改善したくて、力づくで伸ばしてしまうと、肘の関節拘縮はほとんど改善せず、その先の肩の靭帯を伸ばしてしまい、肩が亜脱臼してしまうことも珍しくありません。

文章ではとてもうまく説明できませんが、関節というのは全て螺旋状に動くようになっているので、関節拘縮が進むとき、雑巾を絞るように、腕がねじれていくのです。ですからその改善は、螺旋を戻すように関節を伸ばしていく必要があります。
それで、単純に肘を伸ばすように引っ張ると、その始まりの肩関節が外れるように「作ってある」からなのです。
この患者さんの腕がパンパンにむくんだのは、靭帯が伸びてしまったことと防衛的に過剰な力が入ったため腕の循環が悪くなってしまったからじゃないかと思っています。

これは、長年にわたり、廃用性関節拘縮と格闘してきたからわかったことであり、多分教科書にも書いてないのではないかと思うのです。

ただ、患者さんの苦痛、伸ばしたあとの「成果」をきちんと観察していたら、自分の間違いにすぐ気がつくはずではないかと思うのですが、
関節は伸ばすもの・硬いコリはほぐすもの
という呪いにかかっていて、科学的客観的判断が出来なくなってしまうのかなと思っています。

経験の少ないマッサージ師だから、
機能訓練に専門的な関わりの少ない看護師だから、
間違えたと考える方もあるでしょうか?

そうかもしれませんが、そうだとも言えないくらい、無理やり伸ばすとこうなる一例に確信を得てしまうと、他の症例においても過剰な緊張の原因は単なる廃用性ではなく「人為的なもの」ではないかと考えられることが見えてきました。

次回はリハビリの専門家理学療法士の先生との関わりの話をしたいと思います。

個人を非難するために書いているわけではなく、多くの人が似たような呪いにかかっているとわかってもらい、その呪いから解き放たれて欲しく書いております。ご理解のほどよろしくお願いいたします。そして批判・反論お待ちしております。

山肌に映る雲の影って本当にステキ。いつも山が身近に見える京都の景色は訪問仕事中の心の清涼剤です。

呪縛からの解放1〜コリはほぐすもの・関節は伸ばすもの、リハビリはゴールを設定して近づくもの⁉️⁉️

夢枕獏著「陰陽師」シリーズに登場する安部晴明と、その友・源博雅朝臣との会話に「呪(しゅ)」とは何かというのがあり、「呪とはな、ようするに、ものを縛ることよ」「ものの根本的な在様(ありよう)を縛るというのは、名だぞ」と安部晴明が応えるくだりがあります。

知らず知らずにある考えを前提に物事を進めてしまう態度自体が「呪い」というものかと思うのです。

最近、一人の患者さんに他の職種の方と「機能訓練」を共に担うという仕事が増えてきました。しかし残念ながら、連携がなかなかうまくいかないことの方が多いように感じています。

先日も、患者さんから、「安井さんは、障害者の気持ちをよくわかっている。マッサージが一番役に立っている」というようなことを言っていただきました。とてもうれしく有り難い言葉ですが、マッサージだけが独立して一番と思われるよりも、共に担う職種の方々の連携があってこそと思っていただけるほうがいいのです。それぞれの仕事において同じ方向を向き、協力しながら関わることができたら、患者さんは百倍お得になるのだと思います。

うまく連携が取れない理由に、マッサージ師は医療知識が少なく、コリを揉んでほぐしているばかりで、リハビリ的な関わりができないからと考えることが多いかもしれません。これは「呪い」のようなものかも、と考えるようになりました。

揉んで貰えば気持ちよくて、リハビリはしんどくて痛いこともあるので、患者さんがマッサージを好むのは当たり前だけれど、それを医療として認められない。故に保険適応外で、チームを組めないと考えている人もいるかもしれません。

なぜマッサージ師が医療保険から締め出されて、理学療法士や看護師、機能訓練指導員の関わりは大切だと思うのか、実際のところは、私にはわかりません。

反論したいことはいっぱいありますが、話が噛み合うのか、私の言うことを聞いてくれるのか、言うだけ無駄な気がして、いままでは話すことを諦めてきました。

患者さんの私への評価が、「どうやら、マッサージがうまいらしい。人との関わりがソフトだから、関係を作りにくい患者さんを任せてもなんとかやってくれる」となれば、そこを評価されて、仕事を紹介していただけているなら、もうそれで十分だと思ってきました。しかし、この頃増えてきた、他職種の方と機能訓練を共有することで、マッサージ師はもちろん、他の職種の方の多くがこの「呪い」にとらわれているのではないか、この呪いから解き放たれないと、高齢者や障害者といった「治る」ことのない状態に関わることは、その効果より弊害が大きいのではないと思うようになりました。

できましたら、わたしの拙い文章、考えを批判し、私を新たなステージに導いてくださる意見をいただけることを期待して、私の考えを発信してみようと思います。

一面的で傲慢な理解である場合もあるかもしれません。是非とも批判していただけることをお待ちしております。

長いので、シリーズにしようと思います。今回は導入だけ。

この患者さんは、膝を伸ばす方向が悪く靭帯が伸ばされたせいで、膝が伸びなくなっていたので、キネシオテープで保護。それだけで、膝が動き出しました。
ここが伸びてると見たらわかります。

続編:カーテンの端切れ

今朝は、朝から大張り切りで、昨日繕ったカーテンを持って仕事に出かけました。

まずはケアマネジャーさんに電話をかけました。寒くて仕事にならないので、カーテンを吊るしたいのだけど、ご家族に了承を取って欲しいとお願いするためです。

在宅ケアはチームケアですから、うまく出来ないことや特別に何かする時も、ケアマネジャーさんと話し合って決めることが大切です。

特別サービス的な事をする時は、ケアマネジャーさんに間に入ってもらうことで、ケアマネジャーさんと患者さんの信頼関係がより強くなり、その中に自分も入れてもらえる形になると、もっと仕事がしやすくなります。

ケアマネジャーさんを飛び越して、自分が前面に出てしまうと、私一人が抜けがけしたような形になり、チーム全体のバランスを崩してしまい、結果的にはいいケアができず、私の仕事もうまくいかなくなるのです。
悪気はなくても配慮のないこのような行動で失敗したことも何度かあります。

ケアマネジャーさんは、突然の話にも関わらず、私の意図を組んで下さり、すぐにご家族に連絡をして下さいました。

このケアマネジャーさんは、日頃からご家族さんとの信頼関係も厚いので、すぐに了承を得て下さいました。

私は、訪問してすぐ真っ先にカーテンを取り付け、部屋の温度がどうなるか楽しみにしながら、施術を始めました。

今日の昼間は日差しが暖かかったのですが、それでも、いつもは、「強」の風がエアコンから吹き出し続けているのが、サーモスタットが効いて、風がしばらく止まったりしていました。私自身も施術をしながら汗をかきました(暖かな部屋で施術すればすぐに汗が出て来ます)
そして患者さんの口から「寒いからもういらん」という言葉が出ることはありませんでした。

カーテン効果は十分かなと一人で悦に入っているところに、弟さんが仕事の合間を縫って、家に帰って来て下さいました。

弟さんは、お礼を言うために帰って来てくださったのでした。

それで、二人でもう一度、カーテンの重みで外れてこないことを確かめ、部屋がいつもより暖かな事を感じながら家を出ました。

家にあったカーテンの端切れをお持ちしただけなのですが、やり過ぎてはいけないこともあるので、こういう時に思いついたことを実行するのは少し「勇気」が必要です。
トラブルが起きることなく、お部屋が暖かくなって本当に良かったです😌

このワンちゃんのためのこの戸一枚分が寒かったのですよ。
ワンちゃんは、私たちにはちっとも吠えないのに、知らない人が来たらちゃんと吠えたりしています。すごいかしこいワンコ🐶

カーテンの端切れを縫う理由

カーテンの端切れを縫いました。下手くそですが…。

お一人暮らしで、寝たきりの患者さんがいらっしゃっいます。お隣に弟さんがお住まいで介護されているのですが、昼間はお一人です。
それからおウチには、かわいいシーズの老犬が一匹います。

このワンちゃんが、患者さんの部屋からお勝手に自由に出入りできるように戸が閉めてなくて、入り口には、薄いのれんがかかっています。

それでお部屋は、エアコンをいれてもなかなか温まりません。換気が良すぎるのです。

患者さんは、お布団をかぶって寝ていらっしゃるので、寝ていらっしゃる時は、寝汗をかかれることもあり、それほど寒くはないようです。
しかし、マッサージを始めるには、まず、お布団をめくらなければなりません。

元気な方のマッサージなら、お布団の中に手を入れて揉むこともできなくもないのですが、寝たきりの方となると、手足を動かしたり、寝返りをしたりということが、基本的には必須となるので、お布団をめくらないわけにはいかないのです。

それで、身体に毛布をかけたりしながら施術するのですが、

しばらくすると、

「寒い!もういいわ」

と言われてしまいます。

そうですよね。寒いですよね…

毎回毎回、こんな風に途中で終わっていては、仕事の使命がまっとう出来ません。

それで、薄いのれんが遮光カーテンなら少しは違うかと、家にあった遮光カーテンの端切れをチクチク縫ってみました。

明日、弟さんのお許しがいただけたら、部屋の入り口にかけてみようと思います。

これで少しは暖かくなるかなー。

ミシンをかけてみましたが、分厚いためか糸がちゃんと通らずぐちゃぐちゃになってしまったので、手縫いでかがりました。
うちのニャンコは気に入ってくれたようです😌

豊かな心が広がる世界をお互いに共有したい

「デイサービス行っても、することないから、ほとんどの人が机に突っ伏して寝てるか、上むいて寝たはるえ。

お金はろて、来てるのに、もったいないと思わへんのやろか。若い頃、汗水垂らして稼いだお金をあんな風に無駄にして。わたしはかなんから、自分で習字道具買って、そこで練習するようにしたんやで。

90にもなって生きがいのない人生を過ごすなんて、うちはいやや。もう先が短いのがわかってるやろ。時間がもったいないねん」

マッサージしながら患者さんが話してくださったことです。

90歳を超えた人の心がこんなにも豊かで、前向きで力強いことに驚きました。
その方が「老人らしくない」ことに気づいてはいたつもりでしたが、
知らず知らずに、「老人らしさ」をステレオタイプに考えていたことを反省しました。

歳を重ねると、どうしても、出来ないことも増えてきますが、くじけず自分を失わず、自分らしく生きていたら、多くを経験してきた世界というのは、本当に豊かな心が広がる世界なのかもしれませんね。

ただ、この豊かさを理解されず、「老人らしい世界」に追いやられることが悲しみの元なのかも知れないとも感じました。

施術しながら、私はただただ拝聴するだけなのですが、私が行くと元気になると言って下さいます。
それは、マッサージで身体が軽くなることだけでなく、自分のありのままを出せるということなのかなと思うのです。

つまり、豊かな心が広がっていても、それをわかってくれる人がいるということが、大いなる勇気の源となるのではないかと思うのです。

全く「老人らしく」なく、諦めないこの方の日常は、「老人らしい世界」を当てはめようとする「社会」との軋轢だらけなのは想像に難くありませんが、負けずに豊かな生を全うしてもらいたいと思います。

これは、別の方からの頂き物。the 京都のお土産として、最近売り出された老舗和菓子屋さんの商品だそうです。

生きる気持ちに応える施術

日曜日の夕方、お正月休みに「背中が痛い」と緊急コールをいただいた患者さんから、再び「背中が痛い」と電話がかかってきました。

緊急コールで1月3日に訪問し、翌4日は定期訪問の日でしたから、2日連続伺っていました。4日に伺った時は、3日より痛みがやわらいでいるようだったに、と思いながら話を伺いました。

痛みの様子、種類、場所は、ご本人に聴きながら状態を特定し、次に考えられる原因や対処法を考えていきます。

しかし、本人の訴えというのは、例え痛みが改善していても、痛みは変わらないと言われることも多いので、動くことで痛みが悪化するような時は、どの動きの時に、どれくらいの痛みを口にされるか、あるいは表情が変わるかなど細かな観察をしておくことで、痛みが治癒の途中にあるのか、あるいは悪化をたどっているのかを判断する必要があります。

治癒の途中であれば、治療方針に間違いはないと判断しますが、悪化をしていたら、方針を変更しなければなりません。

それで、この方の場合、私から見た痛みは、確かに、軽減していたので、多分骨折の心配はないだろう、呼吸困難からくる筋緊張と考えて間違いないかなと、呼吸補助筋を緩め4日の治療後は、さらに痛みは小さくなっていたように記憶していました。

それで、話を伺うと耐えられない激痛ではなく、鈍痛のようです。月曜日が、定期訪問日なので、待てそうな感じですが、日曜日とわかってわざわざ電話してこられたのですから、きっと不安なのだろうなと思ってやりかけの用事を済ませたら、伺うことにしました。

行ってみると、痛みの様子は、さらに小さくなっているようでしたが、長引く痛みに肺炎を疑っていらっしゃるようでした。
又、痛みの場所は、背中から、お腹側、胸骨下端に変わっていました。

血中酸素濃度は95%前後ありました。ですから、例え肺炎であってもすぐすぐ入院しなければならないということはないかなと思いながらも、月曜日にはレントゲン撮影をすることになっているとおっしゃるので、呼吸による痛みが少しでも楽になるように、肋骨弓にそい、キネシオテープをはり、治療を終えました。

月曜日のレントゲン撮影では、大きな問題はなく、痛み止めの坐薬を処方されたそうです。

大きな問題がなくて、私もホッとしました。
私の考えは全て推論であり、確かなことは、お医者さんの診断を待たないとわからないので、診察を受けて下さると本当に安心します。

どこまでお力になれるか、そういう意味では自信はないのですが、パルスオキシメーターという機械で簡単に血中酸素濃度が測れるので、数値を確認しながら、施術後には正常値になるような施術をするようにしています。

パルスオキシメーターです。小さくて医療用品のわりには安価なので、バイタルチェックにとても便利です。95%以上が正常。90%以下になると心配です。

この患者さんは、TVに出られる方が亡くなられる時に愛の言葉を口にして亡くなられたというニュースを聞きながら、「うちやったら、そんなん言わへんわ。死にたないー!って言って死ぬわ。次のオリンピックまでは死にたくないでー」と仰るくらい、生きる気持ちがしっかりとあります。
この思いに応えられるようしっかりと施術したいなと思います。

うれしい返信

賀状の返事をいただきました❣️

誰からとは言えませんが、その昔、マッサージの同意書は書けないと断られたことがある方で、今回はケアマネジャーさんの熱い思いが届いて同意していただいたお医者様です。

嬉しすぎて😢。

期待に応えられるように精進したいと思います。ヽ(´▽`)/ヽ(´▽`)/

汗をかいて、頭を使って働くこと

「男やったら、頭使うか、汗かくかして、お金もうけなあかんやん。そう思わへんか?」

百戦錬磨の患者さんがこうおっしゃいます。

「いやー、私は見る目がないし、そんな風に男をみたことがないから…」と答えました。

「男やったら夢やロマンをもって必死に汗かくか頭使うかして仕事しなあかんと思うで」と続きます。

この方は訪問マッサージと訪問リハビリを同時に受けられていて、いつも私に

「なんでこんなしんどい仕事選んだん?あんたみたいに一生懸命する人は少ないと思うけど。」
と言って下さいます。

そして私と訪問リハビリを比べて

「リハビリは楽な仕事やで。足持ち上げるのにちょっと力いるけど、ほんま楽な金儲けやと思う。汗もかかない、同じことを繰り返すばかりで頭も使わない、こんな仕事では、夢やロマンを持つのは難しいと思うわ」
と言われます。

この方の言われていることが、全て正しいとは、もちろん思いません。
こちらの工夫や考えの全てを患者さんに伝えるのはとてもむつかしく、表面的な理解で誤解を招くことがよくあるからです。

しかし患者さんにこのように思われているということに自覚がないのはよくないと思います。「こちらはなんとかよくなりたいとマッサージも受けリハビリもお願いしているのに、頭も身体も使ってない」と患者さんに思われては、実際マッサージが良くしている力になっていてもそのおかげだと感じてもらえません。

今回はリハビリの先生に対する言葉ですが、これは私たちマッサージに対しても同じで、
「なんとかしよう」と工夫する姿勢がなければ、同じように思われてしまうのでしょう。
ですから、相手に伝える努力がやはり大切なのかなと思います。(必死で工夫していると自ずと伝わるものであるように思いますが)

この方は女であって仕事一筋に生きてこられた方なので、男なら尚更という意味で言われているように思いますし、この言葉の本質は、男子とは、ということではなくて、仕事に向き合う姿勢について言われているのかと思います。(とはいえ、魅力的な男とはという極めてパーソナルな問なので、男とはと言っても問題はないように思いますが)

また、職種による優劣より、仕事に向き合う姿勢で判断をされているのだと思いますが、これは私たち訪問マッサージ師にとってとても大きなヒントになるように思います。

患者さんの依頼目的を達成するために、必死の工夫を凝らすことが大切なのであり、理学療法的なアプローチであっても、結果にコミットしているという実感がなければ評価は高くならないのでしょう。

マッサージだから評価が低く、理学療法的なアプローチをしているから安心というような訪問マッサージの宣伝を見たり聞いたりすることがありますが、そうではなくて、結果にコミットしていく姿勢が何より大切だと言われたように思います。

「汗をかいて、頭を使って」頑張っていきましょう❣

雲はあっという間に形を変えてしまいます。だから、撮りたい時に撮らないとすぐに変わってしまう。今しかない!のです。

2019初仕事

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

営業は明日(4日)からの予定でしたが、患者さんから

「背中が痛いし来てほしい」と電話がかかって来ましたので、初仕事に行ってきました。

訪問マッサージの仕事は、ヘルパーさんや訪問看護師さんのように、なければ毎日の生活が立ちゆかなくなるというものではありませんし、お医者さんのように命の危機に直面しているかどうかを判断するという緊急性のあるものでもありません。

定期的計画的に施術している身体がお休みでどう変化するか、あるいはその変化に気付けるかという、お休みの間の患者さんの身体を知り、これからの仕事に生かすことも大切なことだという思いもあり、カレンダー通りのお休みをいただくことは大切な時間だと思っています。

それでも、定期訪問だからこそ、一週間のお休みで、身体が変わり、転倒の危険性が高まるのじゃないか、身体が硬くなり、循環が滞ることで、肺炎や尿路感染症になるのではないかとか心配になり、ギリギリの状態で維持されていると考える時は、お休み中に訪問することもあります。

また、そう考えている一方で、この考え自体は傲慢なんじゃないかとう悩みを常に抱えてもいます。
大した存在じゃないのに、自分を誇大に評価しているのではないか、単に金儲けしたいだけと思われているんじゃないかと後ろ向きな考えが湧いてくるのです。

ですから「緊急コール」をいただいた時は、都合がつく限り、ありがたく伺いたいと考えています。

今日電話を下さった方は、慢性閉塞性肺疾患で、在宅酸素をされており、緊張が高まると十分な酸素交換ができず、肺炎になりやすいように思います。

背中の痛みは、十分な呼吸ができず、緊張が抜けない時に起きるようで、呼吸補助筋の緊張を緩めることで、「マッサージしてもろたら楽になるから」と電話を下さいました。

この方は、11月の連休の時も訪問日に重なり、お休みを頂きましたら、すぐ肺炎、入院になってしまったのです。軽くて済んだのですぐに退院してこられたのは幸いでした。

マッサージがどれくらいの力を発揮するのか、本当のところはわからないのですが、患者さん本人がマッサージがないとつらいと感じて下さるのが答えなのかなと思います。

数字に現れないかもしれないし、エビデンスとやらで追試できないかもしれないけれど、患者さんから必要とされるように頑張っていきたいと思います。

本年も精進して取り組んでいきたいと思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。