汗をかいて、頭を使って働くこと

「男やったら、頭使うか、汗かくかして、お金もうけなあかんやん。そう思わへんか?」

百戦錬磨の患者さんがこうおっしゃいます。

「いやー、私は見る目がないし、そんな風に男をみたことがないから…」と答えました。

「男やったら夢やロマンをもって必死に汗かくか頭使うかして仕事しなあかんと思うで」と続きます。

この方は訪問マッサージと訪問リハビリを同時に受けられていて、いつも私に

「なんでこんなしんどい仕事選んだん?あんたみたいに一生懸命する人は少ないと思うけど。」
と言って下さいます。

そして私と訪問リハビリを比べて

「リハビリは楽な仕事やで。足持ち上げるのにちょっと力いるけど、ほんま楽な金儲けやと思う。汗もかかない、同じことを繰り返すばかりで頭も使わない、こんな仕事では、夢やロマンを持つのは難しいと思うわ」
と言われます。

この方の言われていることが、全て正しいとは、もちろん思いません。
こちらの工夫や考えの全てを患者さんに伝えるのはとてもむつかしく、表面的な理解で誤解を招くことがよくあるからです。

しかし患者さんにこのように思われているということに自覚がないのはよくないと思います。「こちらはなんとかよくなりたいとマッサージも受けリハビリもお願いしているのに、頭も身体も使ってない」と患者さんに思われては、実際マッサージが良くしている力になっていてもそのおかげだと感じてもらえません。

今回はリハビリの先生に対する言葉ですが、これは私たちマッサージに対しても同じで、
「なんとかしよう」と工夫する姿勢がなければ、同じように思われてしまうのでしょう。
ですから、相手に伝える努力がやはり大切なのかなと思います。(必死で工夫していると自ずと伝わるものであるように思いますが)

この方は女であって仕事一筋に生きてこられた方なので、男なら尚更という意味で言われているように思いますし、この言葉の本質は、男子とは、ということではなくて、仕事に向き合う姿勢について言われているのかと思います。(とはいえ、魅力的な男とはという極めてパーソナルな問なので、男とはと言っても問題はないように思いますが)

また、職種による優劣より、仕事に向き合う姿勢で判断をされているのだと思いますが、これは私たち訪問マッサージ師にとってとても大きなヒントになるように思います。

患者さんの依頼目的を達成するために、必死の工夫を凝らすことが大切なのであり、理学療法的なアプローチであっても、結果にコミットしているという実感がなければ評価は高くならないのでしょう。

マッサージだから評価が低く、理学療法的なアプローチをしているから安心というような訪問マッサージの宣伝を見たり聞いたりすることがありますが、そうではなくて、結果にコミットしていく姿勢が何より大切だと言われたように思います。

「汗をかいて、頭を使って」頑張っていきましょう❣

雲はあっという間に形を変えてしまいます。だから、撮りたい時に撮らないとすぐに変わってしまう。今しかない!のです。

2019初仕事

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

営業は明日(4日)からの予定でしたが、患者さんから

「背中が痛いし来てほしい」と電話がかかって来ましたので、初仕事に行ってきました。

訪問マッサージの仕事は、ヘルパーさんや訪問看護師さんのように、なければ毎日の生活が立ちゆかなくなるというものではありませんし、お医者さんのように命の危機に直面しているかどうかを判断するという緊急性のあるものでもありません。

定期的計画的に施術している身体がお休みでどう変化するか、あるいはその変化に気付けるかという、お休みの間の患者さんの身体を知り、これからの仕事に生かすことも大切なことだという思いもあり、カレンダー通りのお休みをいただくことは大切な時間だと思っています。

それでも、定期訪問だからこそ、一週間のお休みで、身体が変わり、転倒の危険性が高まるのじゃないか、身体が硬くなり、循環が滞ることで、肺炎や尿路感染症になるのではないかとか心配になり、ギリギリの状態で維持されていると考える時は、お休み中に訪問することもあります。

また、そう考えている一方で、この考え自体は傲慢なんじゃないかとう悩みを常に抱えてもいます。
大した存在じゃないのに、自分を誇大に評価しているのではないか、単に金儲けしたいだけと思われているんじゃないかと後ろ向きな考えが湧いてくるのです。

ですから「緊急コール」をいただいた時は、都合がつく限り、ありがたく伺いたいと考えています。

今日電話を下さった方は、慢性閉塞性肺疾患で、在宅酸素をされており、緊張が高まると十分な酸素交換ができず、肺炎になりやすいように思います。

背中の痛みは、十分な呼吸ができず、緊張が抜けない時に起きるようで、呼吸補助筋の緊張を緩めることで、「マッサージしてもろたら楽になるから」と電話を下さいました。

この方は、11月の連休の時も訪問日に重なり、お休みを頂きましたら、すぐ肺炎、入院になってしまったのです。軽くて済んだのですぐに退院してこられたのは幸いでした。

マッサージがどれくらいの力を発揮するのか、本当のところはわからないのですが、患者さん本人がマッサージがないとつらいと感じて下さるのが答えなのかなと思います。

数字に現れないかもしれないし、エビデンスとやらで追試できないかもしれないけれど、患者さんから必要とされるように頑張っていきたいと思います。

本年も精進して取り組んでいきたいと思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。

今年もお世話になりました

今年はいろいろ発見、つまりいろいろな出来事があった一年でした。

治療的にも、人間としても、人様の網の目に救われている私を発見し、これこそが本当のセーフティーネットではないかと何度も感じました。

こうしてブログを綴り、そして読んで下さることも私にとっては、大きなセーフティーネットとなっています。
今年中に、ブログで発信したい内容がありましたが、スケジュールの都合でかないませんでした。でも実はまだまだ私の中で成熟させていかなければならないモノなのかもしれません。

50歳という年齢は、人生の急流は過ぎて、河口近く大海に流れ込む大河の時期に入ったのだと実感する一年でした。

それは終わりに近いゆったりと揺蕩う流れということでもありますが、自分の力でどうにかすることより、大きな流れの中では、ただただ身をまかせるしかないのだと、自分の小ささを自覚したというような感じです。

治療のなかでは、自分がなんとかお力になりたいとギラギラしていたものが、患者さんの力こそが治癒力であり、その大きな流れには逆わない手伝いこそが、患者さんの力を大きく発揮させる力であり、その塩梅がピタリと合致したとき、「本当に気持ちいい」という言葉に結びつくのだと実感するようになりました。

人間関係においても、シャカリキになっても、どうすることも出来ない、ただただ自分がベストを尽くすしかないのだと、長い目で物事を見る芽がようやく、出てきたように思います。

本当の意味で豊かな人生は60歳から始まるのだと、多くの患者さんに「まだまだ私の半分やろー」と、励ましてもらいました。

訪問マッサージの保険使用がどんどん厳しくなってきましたが、そんな中でも、
「リハビリよりもマッサージを」とマッサージを推薦して下さるお医者さんやケアマネージャーさん、看護師さんがいて下さるおかげでなんとか仕事を続けていられます。

癒すということは、自分もまた癒されることだとますます実感出来たこの一年。
本当に多くの患者さんを始め、全ての方から支えていただいて過ごすことができました。

心からお礼申し上げます。

おかげ様で来年もまた、癒すということの「真理」を求める旅を続けていけると思います。本当に嬉しいことです。

どうぞよろしくお願い致します。

♪♪ああ川の流れのように おだやかに
この身をまかせていたい♪♪

ブログの編集人

文章を書くのがうまいと褒めていただく事もある私のブログですが、実は林さかなさんの編集をへてアップロードされています。

林さかなさんは、遠く離れた福島県在住の30年来の友人です。

その林さかなさんが、『本の雑誌』に新刊紹介コーナーの連載をすることになりました👏👏

この雑誌は知る人ぞ知る業界の雑誌だそうです。

さかなさんの文章は、その選書から、紹介に至るまでさかなさんらしくて、本当に文章の上手い人なのだと改めて感心しました。そして、こんな人に編集をしてもらっている私は本当に幸運な人間だなと思いブログの更新に励まねばと思っています。

子どもの頃から、私は文章がうまいと言われた事は一度もなくて、自分の考えや仕事の体験を誰かに知ってもらいたいとは思っていても、文章で発信する自信など全くありませんでしたが、自分の治療院の宣伝をするためにフェイスブックで少しずつ発信していました。

するとさかなさんが、
「美香ちゃんの文章は、マッサージの話に特化して、とてもいい」と言ってくれました。

編集や書評を書くことを仕事にしていたこともあるさかなさんに褒めてもらったことが私の大きな支えになり、ブログに文章を書こうと思えるようになりました。

実際には、なかなかうまくまとめられず、伝わるのだろうかと不安な時もあるのですが、さかなさんの手を経て「世に出る」ということが大きな大きな安心感になっていて、あとはお願い〜って気持ちでさかなさんに送信しています。

そのまま通ることもありますが、「てにをは」に魔法の粉が振りかけられキラリと光る文章に変身していることも、それから大幅に手直ししないと世に出せないという時もあります。

いそがしいさかなさんの時間を割いてもらうのは本当に心苦しく、文章自体が上達するよう頑張ってはいますが…さかなさんの魔法の粉があまりにステキですっかり甘えています。

文章が上手になるには、読書をすることだとよく耳にしますが、私はものすごく遅読で、本が嫌いなわけではありませんが、読み終えるのに大変な労力を必要とします。
さかなさんは本が大、大、大好きで読むのも本当に早くて、さかなさんの家は小さな図書館よりも充実しているのではないかというくらいの多読家です。

でも文章が上手いということは、単にたくさん本を読み、正しい文章が書けるということではなくて、その感受性の豊かさが大切なのだということにようやく気づきました。

起きた出来事を丁寧に、読む人がみているように丁寧に伝えられる眼なのかなと。

まだうら若き二十代前半の頃の私は自分と世間の折り合いをつけるのがとても下手でハリネズミみたいにしか自分の心を守ることしかできない人間でした。さかなさんは、22歳の私のトゲトゲバリアをいとも簡単に超えて話しかけてくれました。

さかなさんにはわたしのトゲの奥に広がる心の中が見えたようで、
「ここにそっくりな人がいる」と思ったそうです。

私の感受性に反応し、私の文章から私の心を読み解くことが、多分私以上にできるのじゃないかと思うのです。

それで私の文章が、みなさんにわかりやすく届くことが出来ているというわけなのです。

良ければ是非『本の雑誌』を手にとって下さいまし。

さかなさんの支えのおかげで「書くぞ〜」と思えるのに加え、読んでくださる皆さまのおかげでがんばれています。

本当にありがとうございます。
年内にまだもう少し頑張ろうと思っています。どうぞよろしくお願いします。

途中障害の方との関わり

治療院の患者さんの多くは、70歳以上の方ですが、中には働き盛りになんらかの理由で障害者になられた若い方もいらっしゃいます。

私が歳を重ねてきたこともあり、自分と同世代という方も増えてきました。
そのような途中障害の方を紹介していただいた時の最初の面談は本当に緊張します。

その心のうちはいかばかりか、毎日仕事をしている私には理解することが困難な気持ちを抱えて生きていらっしゃるだろうし、不用意な発言で傷つけてしまわないだろうかと思うからです。

自分の身体が思うように動かないということは、いくつであろうと辛いものだと思いますが、人生これからって時に突然襲われる障害を受け入れるのは本当に大変なことなのだろうと思います。

多くの人にとって、生活とは自分のもので、仕事などの社会的な拘束の時間が終わり、家に帰れば、自分の都合で食事を取り、気分に合わせてお風呂に入り、眠くなったら眠る。来客は非日常というのが一般的なんじゃないかと思うのです。

ところが、在宅でケアを受けるということは、自分の生活が来客(訪問介護・看護師・マッサージ・医師など)の都合でコントロールされていくことになるのですから、自分の家にいながら集団生活に放り込まれるようなことではないかと思います。

一人の力では生活がままならないので、支援を受け入れていくしかないのだとは思いますが、自分の身体に慣れていくのも簡単ではないところに、四六時中気が抜けない毎日を過ごすとなると、それ自体に慣れるまでのストレスも相当なものじゃないかと思うのです。

障害者になり、このような生活の細部に起きる変化は、多分実際に体験してみないとわからないのではないかと思います。
仕事をする側としては、当たり前になってしまった日常で、患者さんの中に積もっていくわだかまりや違和感を忘れがちで、患者さんと私の感覚のズレに耳を澄まし眼を見開きながら関わらせていただかないと、気がついた時には大きな溝があるという事になってしまうことを多く経験してきました。

障害者と一括りにはできない、それぞれに違う受け止め方、こだわり、マッサージへの希望などがあり、わかったような気になったつもりでも、本当のところは、長い時間をかけて少しずつしか理解に近づいていくしかないのだとようやく思えるようになってきました。

今年一年は、この人はこうなんだろうと「決めて」いたことが、患者さんの何気ない会話や行動の中で、自分の理解がズレていたことにようやく気がつくということがいくつかありました。

そして、今年の新たな「発見」は、私の中で決めつけていた「大変な暮らし」だけではなく、毎日を楽しく過ごされている姿をようやく私が感じることができましたことです。今までも見せて下さっていたのだと思いますが、私の決めつけがその事を感じなくさせてきたように思います。

自分が相手に対して失礼で傲慢な気持ちでいたのだと反省しながら、でも楽しそうに生きていらっしゃる一面がある事が本当に嬉しくて、ホッとしました。

途中障害の方に関わることは、まだまたわからないことだらけで、治療的にも精神的な関わりにおいてもいつも迷いの中にいます。

それでも、人生を生き延びてお迎えを待ちながら過ごしている「老人」に関わる仕事と同じに考えること自体が、途中障害の患者さんの心を傷つけ、心の架け橋を外してしまうのではないかと思います。
その上で、自分の中で患者さんののゴール設定が見つけられず、迷いながら仕事をする姿勢自体が心の架け橋の始まりになるのではないかと思っています。

二十代の頃は、仕事とプライベートを明確にわけ、仕事の顔で接しなければならないと信じ込んでいました。
五十代になった私は、患者さんと同世代だったり、孫と一緒の世代だったのが子どもと一緒の世代になり、人間とは多面的なものであることを理解し、仕事とプライベートの顔を分けることなくお付き合いさせていただけるようになりました。

愚痴も聞くけど愚痴も言います。
励ましてあげられる時もありますが、励ましてもらう方が多いかもしれません。
仕事ばかりしているので、気の合う友人に会う時間より、気の合う患者さんに会う時間の方が長かったりするので、なんだか遠くの親戚みたいな感じになることもあります(友達でもなく、仕事以外の関わりでお役に立つこともないけれど、縁があるので心配する感じでしょうか)。

治療させてもらうことでお役に立ちたいとは思っていますが、そのおかげでお金を得ることができ、精神的にもいろいろ教えられることが多く、私の方が助けてもらってるなと思えるようになりました。

感謝の心で毎日を過せますように。来年もまた今以上に多くの気づきがありますように、日々精進したいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

患者さんからいただいたクリスマスプレゼント🎁来年はこの手帳でがんばりまーす。

自然治癒力を最大限引き出せるのが上医

「鍼灸師マッサージ師の上手下手は、患者の自然治癒力を最大限引き出せるのが上医、引き出せ無いのは下医。相手の病人に合わせられる技量の差なんやね。今夜思い至った。」

鍼灸師の辻村先生から送られてきたメールです。

『黄帝内経』という現存する中国最古の医学書があるのですが、そこには「上工は未病を治す」と書かれているそうで、本当の上手い医者というのは、病気を治すことではなくて、病気になる前に患者の自然治療力を引き出し、その体質にあう治療を施し、病気に至ることを防ぐという考え方です。

この考え方はよく知られてもいるので、「患者の自然治療力を最大限引き出せるのが上医」というのは東洋医学において当たり前のように思いますが、辻村先生からのメールでしみじみ、治療師というのは、自分の技術の誇示という欲がある間は、上工には決してなれないのだろうと思い至りました。

何故って辻村先生の鍼治療のおかげで、私は更年期も肉体労働の疲れによる痛みも気にならなくなってしまいまうくらいの腕前を三年前に既に持っていらっしゃったのです。

先生から治療を受ける三年前までは、枯渇してきた女性ホルモンを出せと脳が命令するせいで、筋肉が絞られるように身体中が痛くて、とりわけ耳の後ろ辺りが痛くて目が覚めることもありました。
またマッサージで使い過ぎる腕は、月曜から金曜に近づいてくにつれ、肩甲骨周りが痛くて、土日の休養を身体が欲していました。

でも辻村先生の鍼治療を受けるようになり、そんなことがあったこともすっかり忘れてしまったくらい、私の身体は軽く変身してしまったのです。

こんな治療効果が出せる辻村先生が、今更ながら「思い至った」と言われるのには、私が未だ到達できない深い境地からさらに思い至ったということなのだろうと思うわけです。

それは、多分、単純に自然治癒力を引き出す治療を心がけるということではなくて、治療の主人公はやっぱり患者本人であり、治療師はほんの少しの手伝いをするに過ぎないと脇役になれる力なのかなと思います。

若い治療師の先生方を見ていると、かつての私もそうであったように、自分の技術力でなんとかしたいという欲からはなかなか自由になれないで、患者さんの身体ではなく、患者さんの身体に投影してる自分自身を見ているのだろうと思うことがよくあります。

私自身は今年、51歳になりましたが、私のこの一年は、患者さんの身体に寄り添うことを少し深く覚えることが出来た年になりました。

まだまだ自分勝手な治療ですが、その中でもうまくいかないことを患者さんに指摘される前に、ようやく自分で気がつけるようになってきました。そして、自分の影響力を加減するということを少しずつ学んでいるところです。

こういうわけで、治療師としての成長は、その内面的な成長抜きにはやはり難しいのかと思い至ってきたところですが、その熟成には、懐の計算や自己顕示欲の枯れる年齢まで待つしかない面があるのかもしれないと辻村先生のメールでしみじみと考えました。

それでも、向かう先が少しずつはっきり見えてきたので、澄みきった穏やかな心持ちで治療出来る世界に向けて歩みを進めていきたいと思います。
そのような境地に達することが出来るとすれば、何よりも幸せなんだろうなぁとうっとり想像します。

先日90歳を迎えた患者さんが、

「今振り返ると、50歳からが第二の人生の始まりだと思う。今からやで」
と言って下さいました。

第二の人生を穏やかに泳いで行きたいと思います。まだまだ必死の形相かなとは思いますが、この思いは確かです。どうぞよろしくお願い致します。

寒い朝の空気が好き。気持ちが引き締まる感じがとてもいい。

人の優しさが身に沁みました

昨日は、中学生の息子と愛宕山に登ってきました。

11月の初めに高校生の息子と行った時は山頂がちょうど紅葉の見頃でした。
今回は、山の裾野が紅葉の見頃で、観光客で賑わっていました。
どちらもとても美しく心あらわれる時間が過ごせましたが、それ以上の素晴らしい出来事がありました。

前回はお財布をザックに入れ忘れ、ようやく登山口までついたのに、駐車代が払えません。朝早く起きて車で一時間。取りに帰ることもできましたが、駐車場の方に頼むと、帰宅してから振り込むことでいいと駐車させて下さいました。一文無しでしたから、愛宕神社に着いても、お賽銭も出来ず、それでも見知らぬ他人を信じて下さる駐車場の方の優しい心に、暖かい気持ちになりながら帰途に着きました。

今回は、前日から、お財布をザックに入れて万端の準備を整えて向かいました。

登山口へ向かう清滝道は美しい紅葉の見頃でした。温度計は4度となっていて、風は冷たく、すこしだけ着込んで愛宕山を登り始めました。

登り始めたら、すぐにポカポカ暖かくなり、息子は次々と服を脱ぎます。全体の行程は頂上まで一時間半くらいです。五合目に休憩所があり、そこで少し休んで、カバンの中を整理して、再び頂上に向かいました。

部活現役の次男は疲れ知らずで、どんどん登って行くので、あっという間に山頂に着きました。

前回果たせなかったお賽銭を入れてお参りしようと財布を出そうとしたら、見つかりません。

さっきすぐに出せるようにザックのポケットにいれたように思うけど、ザックの一番下に入れちゃったかな。お賽銭はもうやめにしよう、すぐに見つからないと息子に言いましたが、息子が納得しません。仕方ないから下まで手を入れて探しましたが見つかりません…ザックの中に入れなかったかな?車に置いてきたかな。さっき荷物の整理をした時にあった気がするけど、気のせいかな?

とりあえずベンチに座りザックの中身を全部出して調べました。

ありません!車の中か先ほどの休憩所か…休憩所に置き忘れたかもしれないと息子に言っていると

「財布を忘れましたか」
と横を通った方が聞いてくださいました。
「五合目の休憩所にありましたよ。置いておいて大丈夫かなと他の人が言ってましたが、その後はわかりません」

と教えて下さいました。

息子は、誰かが取る前に走って休憩所に向かってくれました。

私は下りは膝にこたえるのでゆっくりしか歩けません。息子に望みを託して、わたしは、親切な誰かが持って上がって来て下さるかもと思い、行き違いににならないよう、すれ違う方に
「すみません。お財布を置き忘れたんですが、ご存知ないですか」と尋ねながら下りました。

何人かの方が、「ありました」と教えて下さり、また、次の方が「5人連れの男の方が神社の社務所に預けようと持って上がってこられてます」と教えて下さいました!

誰かが持っていく心配はなくなりました😭後は5人連れのグループとすれ違わないようにしなければなりません。
5人連れは、バラバラに歩いているかもしれないので男の人をみると財布のことを尋ねてまわりました。

一人の方が「田中さんですか?」と答えてくださいました。「5人連れのグループはすぐ近くです」と教えて下さいました。

財布の中にある私の免許証の名前は田中です。

そしてすぐに下から登ってこられた方が
手のひらに見えるように私の財布をのせて歩いて下さっていました😭😭

本当に感謝の言葉が出てこないくらい嬉しくて思い出しても涙が出てきます。声をかけて下さった方々みなさんが優しくて、こんな優しい人たちがいっぱいいる日本が大好きになりました❣️本当にありがとうございました。

財布がなくなっていたら、昨日の私はどん底な気持ちになっていたと思うと、人の優しさが生きる力になるのだと心の底から感じた一日となりました。

こんな気持ちを、毎日の仕事で患者さんに分けてあげられたら、それが何よりの力になるのかもと思いながら、五合目まで走っている息子が財布が無くて落胆している姿が目に浮かび、痛む足を引きずりながら私もまた走りました。

休憩所で息子と合流でき、お財布を渡して下さった優しい人たちの話をして、二人でゆっくり山を下りました。

走れメロスみたいに走って下山した息子は、今年一番の疲れだったと、もう立つのもようやっとな様子でした。

本当にとても素晴らしい一日となりました。ありがとうございました😊😊

愛宕山の神様に人を信じる心、お金を大切にする心を試されているのかと思うくらいの日でした。どちらも大切にしてまじめに正直に生きていきたいと思います。

「大脳皮質基底核変性症」の臨床にチームの一員で関わること

大脳皮質基底核変性症という病気があります。

ググッてみても、難しくて具体的に他の神経難病との違いがわかりません。

臨床経験のない初めての疾患の時は、いつもお世話になっている秦診療所の秦先生にどういう病気かを尋ねます。

秦先生は、福祉関係者や私たちマッサージ師のために月に一度無料で勉強会を開き、医療の基礎知識を教えて下さっています。

もう10年以上続けて下さっていて、わたしの仕事を「特別」にしてくれているのは、この勉強会の果たしている役割がとても大きいと思います。

とてもわかりやすく身体に起きる変化や気にするべきポイントを教えて下さるのです。

それでこの神経難病のことも尋ねてみました。

「パーキンソン病とよく似ているけれど、抗パーキンソン薬が効きにくく、進行が早い。そして、転倒が多いのは、後頚部が硬くなり、足元が見えないから。」と教えて下さいました。

そう教えていただいてから5年。
脳の進行性の病変には、なかなか太刀打ちできません。転倒、骨折、怪我を繰り返すたびに症状も進行してきました。が、とりあえず後頚部が硬くなることを少しでも軽減すべく施術を続けてきました。

後頚部の硬直は、筋萎縮が進行すると、まっすぐ硬くなるというだけでなく、顎が上がって首が後ろに反ってしまいます。
そうなると、顔の筋肉もますます硬直・緊張するので、食べたり飲んだり話したりという機能も一気に奪われてしまいます。

それでもなんとかギリギリ飲み込みが保てていましたが、徐々に嚥下に障害が出てきたので、訪問看護師さんが新しくチームに加わることになりました。

この方は、自分でベッドに臥床したままお水を飲まれていました。
食事はベッドから起きてベッドの端に座り、倒れないように、紐でサポートしながら(つまり紐で縛って固定して)ご家族の介助で食べていらっしゃったのです。
どちらも医療の常識から考えると、誤嚥を誘発するようなやり方ですが、それでなんとかうまく生活出来ていたので、ケアマネジャーさんやヘルパーさん、リハビリの先生も何も言わずそのまま続いてきていました。

が、これを見たあらたに加わった看護師さんは、改善指導されたのです。リハビリの先生も合意され正生活の改善が一気になされました。

水分は寝たまま飲まない。手元に届くところに水分を置くと寝たまま飲まれるので、だれか援助者が来た時に(定期的にだれかが入るので)ベッドをギャッジアップして水分補給をする。
食事もベッドをギャッジアップして行うことになりました。

誤嚥を防ぐためには、当たり前のことです。

ところが、これを実行するようになりすぐに、嚥下が困難になり、むせて入らなくなってしまったのです。

私は、この方が大脳皮質基底核変性症だったからなのだと思いました。
首が後ろに反る症状に対して、ギャッジアップで後頭部を押し上げる形になり、その反作用で後傾が一気に進んだのだと思いました。

また、ずっと臥床して水分補給をしている場合、気道も食道もそれに合わせて変化しているので、必ずしもそれが誤嚥に結びつくわけではないのではないか、いきなりやり方を変えることの方が誤嚥を誘発するのではないかと考えました。

こういう時はマッサージ師である身は本当に困ります。私以上のスペシャリストであるリハビリの先生も訪問看護師さんも関わっていらっしゃっることに異をとなえるのはなかなか困難です。
頚部硬直は、ググッても出てきません。もしかしたら秦先生の臨床から得られたことかも知れませんが、私は秦先生のおかげでより詳しい症状を知っているのです。

ケアマネジャーさんに現状を報告させて頂きましたが、ケアマネジャーさんも看護師とリハビリの先生の方針だから誤嚥防止のためだしと言われたので私もそれ以上は言えませんでした。

それで、仕方がないので、秦先生に尋ねました。先生はそういうことは考えられるから、指示書を出している医師に報告してみるのがいいのではないかと助言して下さいました。

それでちょうど同意書を再同意をいただく時期でしたから、私の考えと現状を報告しました。

しばらく様子を見ていましたが、方針は変わらず、患者さんの状態は徐々に悪化傾向に見えましたから、訪問看護師さんにFAXで尋ねてみることにしました。

少し意見を言うだけでも反発にあい、仕事がうまくいかなくなることもよくあるので、ヒヤヒヤしながらいましたが、訪問看護師さんが、とてもいい方で、リハビリの先生にも話をして下さり、方針を考え直して下さったのです。

リハビリの先生がきちんと評価をして、むせなければ、寝たままの水分補給も大丈夫ということに方針が変更になりました。
食事はご家族の介助がしやすいようにする事を基本に、もとのやり方に戻ったのでした。

やり方の変更が一気に症状を加速させた面はありますが、根底には病気自体の進行があり、将来的なことを考えれば、徐々に介護・看護のやり方を変えていかなければならない時期に入っていたのでした。

それで、そうこうしているうちにこの患者さんは、誤嚥性肺炎で入院になってしまわれました。

しかしながら、これらのやり取りは全く無駄にならず、退院される前のカンファレンスで顔を合わせた時は、お互いが信頼し合えるチームの中に私も入れてもらえているように感じられ、とても嬉しくなりました。

患者さんのレベルはかなり落ちてしまいましたが、少しでも「楽に、心地よい」毎日が続くようチームの一員として関われたらと思っています。

そして、この話にはもう一つとても嬉しいおまけがありました。

退院カンファレンスの時に、病院のリハビリの先生が、
「この患者さんの問題は、頚部の筋緊張です。これは、リハビリだけの取り組みでなく、他職種連携の中で取り組む必要があります」
と何度も言って下さったのです。

私の報告書を読んで言って下さったという証拠はないのだけれど、リハビリの先生がこんなことを言われたのを聞いたことがないので、私の報告書を先生もリハビリの先生もちゃんと読んで下さったのかなぁと嬉し恥ずかし、とてもいい気持ちになりました😊

何が一番難しいって、自分の意見を人に伝えることほど難しいことはありません。
コミニケーション能力を磨きつつ、多くの人に支えられていることを忘れずチームの人を信じて取り組んでいけたらと思っています。

こういうことが、私を保険治療の一員でありたいと強く思わせるのです。
どうぞよろしくお願い致します。

これは、南禅寺の紅葉🍁
うまくいってるときはこんな気持ちになれます🍁

生きる場に必要な「リハビリ」

先週の金曜日のミーティングは、久しぶりにマッサージの実技の練習をしました。

わたしは、他の人が施術した患者さんの身体を触ると、ある程度はその人の”腕前”がわかります。
スタッフそれぞれに個性があり、その施術もそれぞれの個性が出てきますが、よくないクセが目立つようになってきたのでマッサージをしてもらったのです。

すると意外なことに(笑)前より指のあたりも探り方も上手になっているではありませんか!

それでも、患者さんの身体がうまく調整できないいくつかの点を指導しましたが、
「こんなうまくなってるのに、なんで患者さんにもっと返せないのかな?」
と尋ねると、一人のスタッフが
「患者さんは、正常な身体じゃないからです」
と教えてくれました。

とてもシンプルな答えだけど、なんだかそうなんだとしみじみ実感しました。

私は、この仕事をして24年目になりました。
この24年という歳月の中で、私は、簡単には経験できない、とても恵まれた環境の中で、臨床を積んでくることが出来ました。

この24年を知るお医者さんからも、こう言われました。

「安井さんは特別。安井さんみたいな経験をしている人はいない。」

特別な経験とは、介護保険導入前の医療と福祉が連携を必要とした自主的な取り組みの中で、私が訪問マッサージの仕事をスタートすることが出来たことです。

その中でチームで患者さんを支えることを学ばせていただきました。

それは、「在宅医療」を模索しながら、看護をサポートするために医師が動くという取り組みの一員に入れてもらい、個々の患者さんの神経内科的な説明から起こりうる症状の説明を受けながら訪問マッサージに関わるといった具合でした。

私の周りには、いつも様々な職種の大先輩がいらして、経験のない私の疑問や困り事の全てを受け入れて、そして助言して下さったように思います。(実際には、患者さんの困り事や愚痴を長い目で見ることも出来ず、騒ぎ立てた私を傷つけることなく、説いて大切な視点を教えて下さったのだと思います)

この中で、慢性期のリハビリテーションに必要なものは何か。マッサージ師の私に出来ることは何なのかを問い続けてきました。

半年後・一年後・三年後・五年後のゴール設定において最も大切なことは何なのか。

辛くて痛いのがリハビリという考えのもと、必死に取り組み、力尽きて寝たきりになった方を数多くみてきました。

また、全く機能訓練的な取り組みがなく、身体が小さく固まってしまい、寝返りやオムツ交換すらままならくなった方々も見てきました。

その中で、私の一番長い付き合いの患者さんは20年に及びます。
私の果たした役割は全く大きくありませんでした。しかし、僭越ながら私の存在なしには無理だったかもしれないとも思っています。

私がしたことは、本人が行う動作がしにくくならないよう出来る限りトレーナーとしての役割を果たすことでした。本人の意思がとても強く、こちらの考えや計画を受け入れられなかったのです。
私はこの方のやり方に合わすしかなかったのです。

ご本人の意思に沿って、優しく筋肉を整え、出来る動作を少し手伝って、一人でするより難易度の高いことをしてもらうを施術の基本にしてきました。

その結果、20年に渡る在宅生活を送っていらっしゃるのです。

もちろん私だけでなく、ヘルパー、訪問看護、デイサービス、往診、福祉用具、ケアマネジャー、それからご家族の熱心な介護があってのことですが、全ては、ご本人の意思を中心に動いてきたように思います、
私はこのケースから本当に大切なことをたくさん学びました。

筋肉を整えるということは、動作が軽く出来るようにするということです。
いつもの動作がより軽く出来ることで、自信が湧いて少し難しいことも出来ます。介助することでより安心な動作に繋がり、意欲が高まるし、また繰り返しすることで関節の状態がよりよくなり、施術後の日常生活動作により繋がっていくのです。

筋力を測ることも関節可動域を測ることもできませんが、筋肉をベストに保つことは、マッサージ師として何より大切なことです。
これが全てのリハビリの基本に繋がると信じています。

これは、私が、病院ではない、生きる場に必要な「リハビリ」として見つけてきたやり方です。

疾患や個々人の体型によりベストに保つべきポイントは、違ってきます。このポイントは、お医者さんや看護師さん、ケースワーカーさんなどに教わりながら覚えてきました。
ここが、私を「特別」にしている点かなと思います。

この「特別」を誰かに伝えていきたいといつも思ってはいますが、なかなかチャンスがありません。いつかこのチャンスがめぐってきて、私を育てて下さった全ての方にご恩返しが出来る日が来るといいなと思っています。

が、まずは自分の仕事をより良く取り組んで行きたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。

今日は気持ちの良い秋晴れになりました。

ごまめは力をつけても歯ぎしりをする

昨夜は、いろいろいつも助けて頂いているお医者さんと看護師さんと食事を楽しみました。

おしゃべりな私はついつい一人でいろいろ話すぎたことを思い出し、今頃になって自己嫌悪に陥いっています。

それでも、お医者さんが「いろんな思いがいっぱい溜まっているんやろなぁ」と言って下さったのを思い出し少し救われた気分にもなっています。

自分では、ただただ仕事がいただけるように、日々真剣にやっているにすぎないのですが、訪問マッサージの置かれている状況が厳しすぎて、「なんとなく」仕事をしていられないのです。

マッサージ治療院も飽和状態にあり、また、訪問リハビリもどんどん増え、その上に、マッサージの同意書を書かないように医師会からも締め付けが厳しくなっていると聞きます。

実際のところ、経験の少ない若い理学療法士の訪問リハビリは、マッサージ施術以上の効果を本当に発揮しているとは限らないように思います。時代の要請で訪問リハビリの仕事は多く、その結果、研鑽や反省することが少なくないような話を耳にすることもよくあるからです。

また、喜ばしい事ではありませんが、マッサージの保険点数は、訪問リハビリの3分の1程度ではないか、つまり医療費の節約になるのになとも思います。

いろいろ言ってもごまめの歯ぎしりのようなものですが、この数年の厳しさの中で、おかげ様で、私だけでなく我が治療院全員のレベルは少しずつ向上してきているように思います。

圧倒的な臨床経験と技術力、医療人としての確たる倫理観だけが生き残る力の元になると考えています。

「ゴマメ」は力をつけて歯ぎしりしながら、頑張ります❣️

どうぞよろしくお願い致します。

気持ちいい天気です🍁🍁