脳性麻痺患者様の発声

私の治療院に、脳性麻痺の患者様がいらっしゃいます。

とてもパワフルで、アクティブな方です。
小学校に行くことも出来なかったそうですが、ご両親の深い愛情に育まれ、障害をものともしない様々な経験をされたそうです。

60を超えた今も、買い物や旅行✈️に日々楽しく過ごされています。

そんな暮らしの中で、英語が話したくなったからと、英会話教室にも10年くらい通われていたそうで、海外旅行に行かれても、英語でのコミュニケーションに不自由はないそうです。

旅行先や外出先で、英語で話しかけても、相手にすぐ通じるとおっしゃいます。

けれど、私は、その方と話していて、話題が急に変わったりすると聞き取れない時があります。
申し訳ないのですが、何度か聞き返させていただくことも多々あります。

脳性麻痺の方は、緊張をうまく抜くことが出来ないために、発語するのにも力が入り過ぎて、発音が不明瞭になる方が多いのです。

それなのに、英語で話しかけて通じないことはないとおっしゃるのです。不思議に思って尋ねてみました。

「日本語と英語とどちらが話しやすいですか?」

「英語です。脳性麻痺の人は大概そうですよ」とおっしゃいました。

そうだったんです😵
脳性麻痺の方は日本語より、英語の発声に近い発声だったのです。

日本語は口の入り口近く、唇とその周辺で軽く発語する言語だと聞いたことがあります。

韓国語を習っていた時に先生が、韓国語や英語は発声自体に腹式呼吸があるので歌の上手い人が多いと教えて下さいました。

脳性麻痺の方は唇や舌を動かすことや呼吸に緊張を伴うので、いつも腹式呼吸になるので、英語の方が発語するのに近く、ネイティヴに近い発音になるらしいのです。

眼から鱗がおちるようでした。

日本人の多くは、街で突然、脳性麻痺の方に話しかけられたら、聞き取りにくくて、答えに窮するなんて場面は想像に難くありません。

なのに、英語で話したら、その場にいる外国人が難なく聞き取れちゃうなんて!

なんだかそんな場面を想像するだけで、楽しくなってきました。

パワフルなこの方は、今月末にも、介護のスタッフとともに、グアム旅行✈️に行かれます。

日本での話をしても聞き取ってもらえず、何度もいい直さなくてはならない日常のストレスから解放されて、ゆっくり楽しんで来られることをお祈りします。

ちなみに、脳性麻痺の方にリハビリをするのは、緊張を増強させ、症状を悪化させることもあるので、良くないと考える医師もおられます。
それほど、生まれついた時から、身体を動かすことに常に緊張を伴う方に、緊張をさせないように動作訓練をするのは困難なのです。

ですから、私の仕事は、いかに緊張を抜けるマッサージをすることが出来るかにかかっています。柔らかな刺激で全身の緊張を取り除き、リラックスした状態で四肢を他動的に動かすことで、四肢の拘縮の進行を食い止めるのが私の使命です。

まだまだ知らないことや、考えが至らないことがたくさんあります。
疾病や障害の身体に共感できる感受性をもっと育んでいくよう精進したいと思います。
どうぞよろしくお願い致します。

至らないことがあると、空を見上げています。形にならない雲の自由で、美しい空を見ると自然と元気が湧いてきます。

認知症の患者様にマッサージ師ができること

先日、患者様の認知症が進んで来たとご家族様からお話があった、とスタッフから報告がありました。

介護が長くなるとご家族様のライフスタイルも変化して来ます。その変化はダイレクトに患者様の生活にも影響します。
認知症の方の場合、自分の中で出来上がった生活リズムが変化することで、認知症が急に進んでしまうことがあるように思います。

こんな時こそ、少しでも患者様のお力になれるように、マッサージ師だからこそ出来る関わりを模索してもらいたいと思っています。

一番には、やはり身体が痛みや動きにくさがなく、ベストな状態でいていただけるように施術させていただくことじゃないかと思います。

足もとがおぼつかなくて歩くのに怖さを感じたり、痛みがあると身体は常に緊張状態にあり、頭の働きをますます低下させてしまうと考えています。
ですから、とりあえず、全身の緊張を取り除くことに全力を尽くすことが何より大切です。

その次には、座る・立つ・歩くという基本の動作を安心して行っていただけるように取り組みます。

怖さをどこで感じているのか、どこを助けてあげたら安心して座ったり歩けるのか、全くの私見ですが、大切なのは、頭なんだと考えています。頭の位置が身体に対してどこにあるのか、頭を支える力が安定的に働いているか、この二つが大きな要因ではないかと考えて、頚部がある程度自由に動くようにマッサージをし、頭を緊張が一番抜ける位置に支持できるように介助します。

また、なんとか歩ける方の場合は、痛みの原因を全て取り除くことが出来ないとしても、痛みの箇所に、体重がかからないように手助けしたり、足りない筋力を補うような介助をして、一緒に歩くようにしています。
部屋の中をほんの5分でもいいのです。
この先、一人で歩けるようになれないかも知れませんが、安心して歩けたという身体の記憶が脳に安心感を与えることが目的だからです。

このようにして、身体の安心・安定を施術中だけであっても感じていただけるように取り組んでいきます。
もちろん、施術中の動きがその後の転倒等のリスクに繋がることがあるので、ご家族様やケアマネジャーと話しながら進めていかなければなりません。

安心して動けない方に、マッサージ師が出来る関わりというのは、何かを勝ち取るためのリハビリ的関わりでなく、また、お元気な方に対するような、単なる揉み解しによるリラクゼーションでもなく、安心して動けることを目的に身体の緊張を取り除きながら安心して動ける時間の提供をすることではないかと考えています。

動くことに安心感が持てると、多くの場合に、認知症状に変化はなくても、穏やかになって下さる方が多いように思います。

そうなると、多くの方が、30分の施術時間に、嬉しそうに同じ話を何度も話して下さるようになります。
何年も訪問が続くときは、何百回も繰り返し聴くことになるのですが、それが、その方の人生で、一番聞いて欲しい、多分何回言っても言い足りない出来事なのだろうと思います。

ですから、何度も聴くそのエピソードではなくて、その奥にある気持ちに想いを馳せてうかがうように心がけています。
出来るだけ、「またか」と思わないように、初めて耳にする話のように聴くのは簡単なことではありませんが、多分この聴くことが、本当は、マッサージより何より一番の治療になっているような気がします。

長い人生の最後、多くの困難を超えた最後の時間を認知症であっても、笑顔で穏やかに過ごしていただけるお手伝いが少しでも出来たら、本当に幸せなことだと思っています。ですから、同じ話に、たまには違う返事や相槌が打てるよう心を込めて同じ話を伺いたいと思っています。

訪問させていただいている特養のディスプレイ。いつもセンスの良いディスプレイに入居者を大切にしようとされている愛を感じます。

マッサージ治療の効用を知ってほしい

お医者様の奥様で疲れが溜まるとマッサージを受けに来て下さる方がいらっしゃいます。

先日いらした折、お医者様はマッサージが好きではない方が多いように自分が感じている事を伝えてみました。
なぜなら、湿布や薬、後は自助努力でなんとかしたいと考えておられる方が多いからです。

奥様は、「確かに、他力本願はいけない、自分で努力しないといけない、マッサージに頼りっぱなしで癖になるのは良くないのではと思っているかもしれないですね」と仰っいました。

なるほど、
マッサージを単にリハビリの代用だと考えると、
自分で努力しないで、マッサージ施術を与えてもらうだけは他力本願になるかもしれません。
骨格器の疾患に対しては、
基礎的な筋力をきちんと維持していくことが何より大切なので
そうお考えになるのも当然です。

しかし、マッサージ治療は、
単なるリハビリの前座的な筋肉ほぐしの施術ではありません。

患者様の筋肉の弾力性に合わせて、
力強く張っている人は、張りを和らげ
力が弱くてオーバーワークの筋肉には、無理な緊張から解放し、
弱々しくはね返す力もない筋肉には優しく張りを与える
そういうことが可能な、
筋肉をベストコンディションに近づける事が出来る治療法です。

筋肉は、加齢や障害・オーバーユース(使い過ぎ)により、
筋肉を包んでいる筋膜に捻れを生じてしまいます。
これは、筋肉が、拮抗する2つの筋肉の収縮と弛緩により、
力の入らないゼロの状態に戻るように出来ているにもかかわらず、
そのバランスが崩れ、一方向の動きが、優位に働き続ける結果です。

ですから、そのバランスの崩れた状態のまま、
筋トレなどを続けるとバランスの崩れを強調してしまうことになります。

ジムのマシーントレーニングを続け、
素晴らしい筋肉を手に入れていらっしゃる方が
肩や腰の痛みを訴えることは
よくありますが、それはこのような理由からなのです。

また、脳卒中後遺症の方が、不自由な手足の克服のために、
傾いた姿勢のまま、長い時間、歩き続けた結果、
身体が元に戻らないくらいに歪んでしまうのも、
同じ理由がその発生機序だと私は考えています。

マッサージはこの筋膜の捻れに対して大変有効な治療法ですから、
全てを治療することが出来ないとしても、
バランスの崩れた状態をゼロに近づける事が出来るのです。

ですから、施術を終えたすぐ後より、
そこを起点に、身体を使っていただいた数日後のほうが、
状態がよくなっているということもよくあります。

そのとっかかりは他力本願かもしれませんが、
その後で身体の中で変化を起こすのは、自分自身の力です。

お医者が処方される抗生物質が、
その治療のとっかかりを与え身体を助けるのと同じです。

ただ、抗生物質と違うのは、
誰でもが誰にでも同じ結果を与えることが難しいことと、
手間暇かけた丁寧な時間を必要とすることが大きな違い、でしょうか。

多くのお医者様にも
心地いい、
それでいて身体が軽くて若返った気持ちになるようなマッサージを
体験していただけたらいいなぁと思います❣️

私は奥様にマッサージしながら、
上記のような話をさせていただきました。

術前
術後
頚椎のカーブが少しですが、柔らかくなっています。このわずかな変化が身体の中でダイナミックな変化を引き起こすのです。

マッサージの力

日曜日は、京都府鍼灸マッサージ師会の総会がありました。
会の活動に、多くの協力はできていませんが、せめて総会くらいは参加しようと思って参加してきました。

質疑応答の時に、会員の方から、訪問マッサージについての質問がありました。
現場で起きている困り事に、会としてどう対応してもらえるのかという質問でした。
その方が話の中で「昨年の田中美香先生のような訪問マッサージに力が湧いてくるような話をして欲しい」というような趣旨のことを言って下さっていました。

総会のような場で、私の名前が出てくるなんて思ってもみなかったので、うれしはずかし、びっくりでした。
私の言葉が、聴いてくださった方の、記憶にとどまり、何かしらの役に立てているなら、本当にうれしいことです。

こんな風に私の話が力強く感じるとすれば、それは、私がマッサージの力を信じているからじゃないかと思います。

マッサージが、本当に様々な力を持った素晴らしい手技だという思いは、年を追うごとに確信に近づいています。

マッサージは、痛いところに自然に手を当てるというような、何の道具も必要としない、誰でもが出来る手技であるが故に、また、コミュニケーションの大きな役割を果たすという側面があるが故に、身体の治療にかかわる様々な場面で、様々な職種の方が用いることが多く、特別な技術を必要としないと勘違いされることがあるように思います。

在宅医療に関して言えば、そこに関わる全ての職種の方が、なでる・さするを含め、マッサージ施術をされます。
理学療法士の先生はもちろん、看護師も、歯科衛生士も介護士さえも、目的を果たす手段にマッサージをされているのを目にします。

そんな中でマッサージを専門とする私たちは専門家にしか出来ないマッサージをしていかなければならないと思います。

まだマッサージを始めた頃、勤め先の院長から、
「鍼灸マッサージ師は、痛み治療に対し、鍼灸に逃げることが出来る。マッサージ師の資格しかない施術者は逃げ道がないからこそ、マッサージの腕が上がる」と言われました。

私はこの言葉を心の支えに、逃げずに、諦めずに、筋肉と向き合い続けてきました。

最初の頃は、変形したり、拘縮した膝の中や、その周囲でどんなことが起きているのかさっぱりわかりませんでした。本を読んでも全くわかりません。じっと観察しても、全くさっぱりわかりません。

ある時手を当てると、その下で動く筋肉の様子がわかることに気がつきました。
それからは、立ち上がりや自動運動をしてもらう時、両手で膝を包み込み、どの筋肉が働いているのかを”観る”ようになりました。

マッサージをした後の動きの変化や、どの部位をマッサージしたらどう変化するか、あるいは、立ち上がり方によってどの筋肉が動くのか、何度も何度も確認させてもらいました。
患者様は、うんざりだったかもしれませんが、私のあまりに必死な態度に、皆様嫌がらずにお付き合いして下さいました。

そんなことを始めて15年くらいが経ちました。そのおかげで、今では身体の動きと、筋肉の収縮の関連がある程度わかるようになりました。

身体の歪みを調べたり、病歴を聞かなくても、筋肉の状態からある程度のことがわかるようにもなりました。
まだまだ毎日発見の連続ですが、それもこれも、私にはマッサージしかないという覚悟のおかげじゃないかなと思います。

皮膚の下にあり、眼には見えない筋肉を治療するのは簡単なことではありませんが、私たちマッサージ師は、マッサージを業としてすることのできる唯一の国家資格者です。
諦めずに筋肉と向き合っていきたいと思います。

その先には、 必ず、単にマッサージを一つの手段として行う職種の人たちとは、一線を画する資格者の道が開かれていると思っています。

ネコ大好き。マッサージ。
指先の記憶は、脳の記憶よりはるかに優れています。そのために特別な訓練をしたわけではありません。毎日来る日も来る日もマッサージを続けた全てが指先に宿るだけなんです。地味な職人仕事です。

嬉しい京都マラソンボランティアのアンケート

京都マラソンボランティアのアンケート報告集が送られてきました。

鍼灸マッサージ体験者955名のアンケートを
京都府鍼灸マッサージ師会の事務局と実行委員の人が集計・編集して下さいました。

大変なご苦労だと思うのですが
中でも一番ありがたいのは体験者の一言を全て転記して下さっていることです。

その声の多くが、この取り組みを高く評価して下さっています。

これを読むと本当に嬉しくて、
自分たちの仕事を心から誇らしく思えると共に、
それぞれの施術師のみなさんの高い評価を目にして
私もより一層の努力を積み重ねていかなくてはと思うのです。

多くの仕事がコンピュータ化の波にのまれて消えていっている中で、
肌に触れ心に触れるこの仕事は、
健康サプリメントや電動マッサージ機や、
その他の治療機にはとって変えられないものだろうと思います。

巷には
経験の浅い無資格者による
安くて施術時間も短いクイックマッサージがあふれていますが、
需要があるから流行るのはどうしようもありません。

お寿司屋さんのお寿司が、
回転寿司やスーパーのお寿司とは比べようもなくても、
値段の安さには勝てないのと同じかなとも思います。

本当に必要とされるものは必ず残るだろうし、
自分たち自身が、
資格を持っているということに甘んじることなく、
本当に必要とされる技術を磨き続けていかないといけないのだと思います。

そして
自分たちの技術が
資格のないアルバイトのような技術とはまるで違うということを
アピールしていかないといけないのだろうと思います。

来年の京都マラソンではもっと多くの方が鍼灸マッサージ体験にきて下さいますように。

そしてもっともっと多くの施術者の参加がありますように。

京都マラソンボランティアの場を与えて下さった全ての方々に感謝申し上げます。
ありがと〜❣️

  

患者様とのご縁

先週はいろいろなことがありました。

一つめ
ケアマネジャーさんから新しく仕事を紹介していただきました。

訪問リハビリの先生が、その患者様の訪問リハビリは終了するからと、
マッサージに引き継いで下さいました。
主治医の先生も快く同意して下さったおかげです。

患者様は
円背(えんばい)、足腰に痛みがあるけれど
生活動作はほぼ自立されている方で、
その自立している生活が長く続くためのお手伝いです。
引き継ぎのために、
訪問リハビリの先生の治療を見せていただきました。
治療はとても丁寧、爽やかで若くて男前な先生です。
ストレッチと可動域訓練をしながら、
その患者様の問題点を的確にお話しして下さり、
その上で、必要なことを教えて下さいました。
長いお付き合いだったそうなので、
リハビリの先生のやり方を基本に関わらせて頂きたいと考えています。
これから、ご期待に添えますように。

二つめ
入院中の患者様の退院カンファレンスがありました。

神経難病を患われている方です。
意思疎通や嚥下(えんげ)もままならず、
起居動作(ききょどうさ)はほぼ全介助です。
認知レベルは全く問題ありません。
カンファレンスでは、
病院において
看護師・理学療法士・言語聴覚士・作業療法士
そして医師がチームを組んで、
機能の確保に取り組んでおられる様子を知ることができました。
在宅でも、
訪問リハビリ・訪問看護の方とともに関わることになります。
身体が楽になるように、
リラクゼーションをメインにした関わりになる予定です。
退院カンファレンスに参加させていただくと
医療従事者がどのようにリハビリやケアを進めておられるかを
知ることができ、いろいろ勉強になるのです。

三つめ
一番ショックだった出来事でした。
関わらせていただいて3年になる患者様の治療同意ができないと主治医から言われたことです。

治療効果が認められず、治らないから必要ないということでした。
その上に、関節拘縮がきついので、骨折の危険性があるからという理由でした。
脳梗塞を何度か繰り返されているため寝たきりの方です。
失語症があり言葉を発することが出来ませんが、アイコンタクトは出来ます。
イエス・ノーで会話をしていきますが
もちろん完璧に意思を汲み取ってあげることは出来ません。
ご家族は、
「治らないけど、スキンシップで関わってもらえるだけでもいいのに」と言って下さっていますが、
主治医の決断を覆すことは難しいようです。

マッサージの治療は
マッサージという手技に科学的根拠があるかどうか、
治療効果があるか、
計画的に関われているかなど、
様々なご指摘をいただきながら、
医師の同意のもとで治療をさせていただいています。

治療効果があるなと私が考えている場合も、
言語化できないと効果に入らないこともあります。
また、私が効果と判断していることが
医師には効果とは考えられないこともあります。

逆にこんなことで良いのだろうかと不安になる仕事であっても、
患者様の訴えが強い場合は医師が同意して下さるということもあります。

科学的根拠があり、治療が素晴らしいから訪問マッサージが認められているというより
患者様とご縁があったからと思う方がしっくり来ることが多くあります。
同意がいただけない時やお断りされた時は
ご縁のない方だったと思うことで心が落ち着きます。

ただご縁のあった患者様には全て愛のある治療を目指しています。
手から愛が溢れるような関わりを一番に考えています。

西洋医学においても
治療の中心をなす薬がすべて100%ということはないように思います。
そして、同意下さる医師が同じ教育を受けられたとしても、
先生によりお考えは様々です。

日々の仕事で
主治医の関わりが最期の看取りを大きく左右する現実を前にして
患者様の治療は縁のあるなしが大きいのかなと思ったりします。

私に患者様との縁を繋いで下さる関係者の方々のおかげで
毎日仕事をさせていただいていますから、
ご紹介して下さった方の想いも大切にしながら、仕事ができたら幸せです。

いろいろありますが、私に出来ることを誠実にするしかありません。

映画スターみたいな患者様の若かりし日の御姿。今も、男前の性格で女心を上手にくすぐって下さいます。
お話を傾聴しながらマッサージをする30分が患者様の心の栄養になり明日への活力になるなら医療として認めてもらえないかなぁ〜。

按摩について考える/コリの本質を捉える

「10年ごとに体力が落ちるから、施術のやり方を変え、最小の力で最大の成果を出すようにしていきや」と毎月治療し合っている鍼灸師の先生に助言いただいていましたが、本当に、寄る年波に疲れが取れません😢
昨夜も9時には眠くて眠くて…

マッサージ師は、基本全身を使って患者様の身体を治療していきます。私は、硬いコリを力で揉みほぐすことを技術の基本に考えてきましたから、先の先生からの助言は言われていることはわかるけど、その道筋が全く見えないものでした。
力でコリを揉みほぐすことが、マッサージ師の最大の課題だと考えてきたからです。

最初に働いた治療院の院長からは、硬いコリと向き合う姿勢を教わりました。「ジーンズの上からでもベルトの上からでもにっこり笑って、揉めなあかん」と教えられました。

マッサージ師になり始めた頃、硬いコリと格闘した指は、一人施術しだだけで、腫れて熱を持っていましたから、一日の終わりには、流水で手が痺れるまで、冷やさなくてはなりませんでした。

始めて一年くらい後には指が熱を持つこともなく、見た目は変形しているとわからないけど、親指の関節は、突き指状態に固まり、腕から続く一本の棒のようになりました。

おかげで、今では、小さな力でもぶれることなく、筋肉の奥まで指を入れることが出来ます。

その後、治療院の院長の師匠のところまで教えを請いに、しばらく通わせて頂きました。

院長の師匠という人は、15歳の頃から、按摩を始めた人でした。その先生の揉捏(じゅうねつ 、いわゆる揉みほぐす按摩の手技)はコンパスの針で刺しているように中心が全くぶれることなく筋肉の奥まで届いてくる素晴らしいものでした。後にも先にも先生の他にそのような揉捏(じゅうねつ)を味わったことはありません。

先生は、「按摩とは細かな筋肉を揉みほぐすことで五十肩も治療できる技術だ」と教えて下さいました。また、按摩術の中には、肉体を使ってできる治療の全てが含まれていて、全身を調整するために全身を揉みほぐす全てを教えて下さいました。

私は、先生のようになりたくて、先生のような技術を手に入れるためにずっとコリと格闘し続けてきました。

私たちの資格の正式名称は「按摩・指圧・マッサージ師」と言って、三つの手技からなっていますが、「あんま」という響きは、近代医療から離れた、慰安、肩凝りあんま、ホテルに出張みたいなマイナスイメージがあって、一般的にはあまり好まれず、「指圧」とか、「医療マッサージ」という表現が好まれる傾向にあるように思います。

しかしながら、按摩というのは、日本で江戸時代に完成したと言われている手技で、江戸時代には、全身調整の大きな役割を果たしていたのだろうと思います。

按摩は――あくまで私の個人的考えですが――
何の道具も使わず、指先の感覚だけを頼りに、身体の状態を探り調整していくには、かなりの経験を必要とするにも関わらず、
動かないために凝り固まる身体への対応、あるいは、医療の進歩により、不自由な状態に対する治療の必要性の高まりなどに対して、
技術改革を成し遂げてこなかったために、
西洋医学や、他の療法に主流の座を奪われたのではないかと思います。
肉体を頼りに生活を成り立たせていた時代とは違い、
熟練した施術師が少なくなった背景もあるかもしれません。

そんなこんなで、按摩はコリと格闘する手技という枠の中に押し込められ、治療師は毎日コリと格闘することを目的化してしまった側面があるのかなと思っています。

それでも私は、有り難い出会いの中で、按摩の技術のすごさに取り憑かれ、コリの正体はなにか?格闘すべきは何か?について考え続けてきました。

凝り固まったコリは力で格闘するものでなく、優しさで包み込むことなのかなというのが、今の私の答えです。そして、それは新しい技術ではなく、按摩の技術の基本に帰ることではないかと思っています。
最小の力で最大の成果を出すという考え自体が、コリの本質を捉えることの答えだったのです。

この続きは次回のブログで。

施術は全身使います。使えるものは手だけじゃなくて足も腰も使います。足りなかったら頭も使います。揉みほぐしたい筋肉が、手足や体の重みから解放される状態にするためです。

自分の課題を明確にし問題を解決していく

息子が小学校を卒業し、春休みで家にいるので、ついつい私も仕事より家庭モードで過ごしているうちにブログも更新できずに日が過ぎてしまいました。

ブログを書いていなくても、毎日毎日、当たり前に様々な問題が起きては解決の糸口を探すこともできないままに過ぎ去っていきます。

そんな問題の一つが、患者様の状態をスタッフ全体で、どうやって共有していくかということです。

ほとんどが患者様の家で一人でする仕事なので、可能な限り情報の共有をするようにしているのですが、患者様の身体状況を数値化することが難しく、スタッフ全員がいかに同じ眼でみるか、頭の痛いところです。

患者様の状態把握をどのように行うかというところからして慣れないと難しいのです。
それぞれの患者様の日常生活動作を中心に全体像を把握して、その上で、その患者様の在宅生活の生命線となる事柄にフォーカスして経過的に観察をおこなわなければなりません。

自費治療の場合は、患者様の訴えを中心に治療を進めて行けばよいのですが、訪問マッサージは、定期的で、計画的な治療を求められます。何より大切なのは、時系列的な患者様の経過観察と、早期にレベル低下を捉えて状態を維持していくことなのです。

例えば、廃用的に下肢の関節拘縮があるけれども、なんとか室内の歩行が出来ている、でも先々の身体状況に不安があるので、いつまでも動けるようにと、マッサージを依頼して下さった患者様に訪問をする場合のことを考えてみます。

日常生活動作の評価スケールは、自立・道具を使って自立・なんらかの助けがあれば自立・不可の4段階で評価していくことが一般的ではないかと思います。しかし、私たちがそれを維持することを目的とする場合、自立の中でも楽々自立から、なんとか危なっかしいけど自立という微細な変化を捉える必要があります。

起き上がりが楽々出来ているのに、歩行だけがスムーズに行かないなら、下肢の関節だけが大きな問題を抱えていると考えられます。
逆に起き上がりからしてぎこちない動作であれば、上肢や体幹にも問題を抱えていると考えます。

下肢の状態に問題がある場合は、立ち上がり動作のスムーズさや、そのための足関節の可動域、足趾の状態の把握がとても大切になります。

反対に上体に問題がある場合は、肩関節の状態や、脊椎の可動性などの状態もしっかり観察して置く必要があります。

大切なのは微細な変化を見逃さないこと、その変化と日常生活動作の状態との相関関係を把握し、状態を維持していくことなのです。変化を把握できるから、その改善の治療も可能になると考えています。

室内歩行の状態の観察、身体のパーツの状態の把握をしながら、老化や廃用的な身体状況の変化に抗い、状況を維持していくのです。

でも、その身体の中で起きている変化がわからなくて、転倒や痛み、足が出にくいなど患者様の訴えがあって初めて、身体の変化に気づくことがあります。

関節拘縮に傾きかけた身体は、浮腫がちになったり、皮膚トラブルや爪のトラブルが増えたり、一つ一つの動作に時間がかかるなど、指先で身体の中の変化を捉えたり記憶ができないとしても、視覚的にわかる変化を起こしてきます。
歩けなくなる前に様々な信号を見つけて治療することができます。

私の頭の中にはこれらが記憶の引き出しにしまわれていて、必要な時に自在に取り出せるようになっています。しかしながら、これらは、長年の訓練と経験の賜物です。この視覚、触覚に焼き付けた感覚を他の人と共有するということが、私に課せられた大きな課題だと考えています。

それでも、ついつい、自分の言葉足らずを棚に上げて、
「なんでわからへんのん? みたらわかるやん。ちゃんとみてる?!」
とうなってばかりいた先週の金曜日でした😭

子どもの部活がオフなので家族旅行。淡路島です。

好きなことは自立して生きる力になる

日曜日に久しぶりに、写真整理をしていたら、懐かしい患者様との写真が出てきました。

この写真の患者様は2年前に亡くなられました。
以前勤めていた治療院から、20年近く付き合わせていただいていました。

「若々しくて歳とらはらへんねー」と私が言うと、いつも最高の笑顔で応えて下さる患者様です。

軽い知的障害があり、水虫から感染症を起こし蜂窩織炎になられたのでしょう。処置が遅れて、病院に救急で運ばれ、右下肢を大腿から切断されていました。
体重が重かったためか、理解力が足りなかったためか、当時、まだ60代の若さにもかかわらず、義足を作ることさえなく、ほとんどリハビリもないまま退院、在宅生活を始めておられました。

ご主人と小さな長屋での二人暮らしでした。所狭しと物が置いてある部屋に介護用ベッドが導入されていましたが、ベッドから床に下りるのが大変で、それでも、なんとか下りたり、部屋の外のトイレに行ったり、いざっていうときは台所まで移動されていたように思います。

とりあえず最初はベッドからの移動が簡単にできるように。また台所に立ってご飯を作れるようになることを目標に訪問を始めました。

彼女の場合は、怖さが様々な動作の障害になっていましたので、それを取り除くことだけで、すぐに多くの動作が可能になりました。

彼女と出会った頃の私は、まだまだ未熟でしたが、怖さが半減するように介助するのはそう難しくありませんでした。

それは、立ち上がり、立位、移乗など、本人の行う全ての動作を、腰をキープして助けてあげればよいのです。
腰を中心とする体幹の動きが、こわばったり、筋肉が過緊張することがあれば、私の介助の方向や量が間違っているのです。

うまく安心感を与えてあげることができれば、日常生活動作は格段に広がります。
リハビリは本人が頑張るものではありますが、怖さを取り除くだけなら、こちらのやり方、努力次第でかなり改善がみられます。

自分の家での動作に自立された彼女は、台所でご飯を作ることができるようになられました。

その後は、マッサージをして残った足が痛まないようにしながら、車椅子で散歩に行ったり、4点歩行器という杖で歩行(?)練習をしたりしました。

しかし、そのうち、私は彼女の担当を離れてしまい、彼女との関係が薄くなってしまいました。

その間に、ご主人が亡くなられてお一人になられたり、家を引っ越すことになったり、内科的な疾患から発熱が続いたりと、最終的にはトイレや車椅子の移乗が出来なくなり施設に入所された後に亡くなられました。

それでも彼女のことは、とても印象に残っています。
食べるのが大好きだった彼女ですが、片脚に負担がかかりすぎると食事の制限がいつも課題になっていました。

様々制限をされても、彼女は、大きな体に小さな前掛けをして、お好み焼きを焼いて食べたりされていて、私はそういう自立した生き方が好きでしたし、好きなことにかける気持ちの大切さを見せていただいたように思います。

最後まできちんと関わることが出来なかったことが大きな後悔です。が、本当に楽しく仕事をさせていただいたことを感謝しています。

あの世でご主人と仲良くされてたらいいなと思います。

先生であることのこだわりがとけた時

仕事を始めた頃は、まだ二十代で、「先生」であることや、「与える側」でいるために、必死だったように思います。障害老人があきらめた人生に希望の光を見いだせる力になりたいと思っていたような気がします。

でも、五十歳になろうとする今は、マッサージという専門分野において私が「先生」であるのは変わらないですが、生きた時間の長さや人生経験において患者様から教わることが多く、「先生 ― 与える側」「患者様 ― 与えられる」という一方的な関係ではなく、お互いに様々な側面を出しながら付き合えるようになってきました。

こんな風に思えるようになったのは、ゆうこちゃんとの出会いが大きかったように思います。

ゆうこちゃんは、もう亡くなられた患者様の息子嫁だった人で、歳が近いことや、子育ての悩みが似てることなどから、患者様が亡くなられた後も、お付き合いが続いていて、一年に一度くらい、会って話をします。

先日がその日でゆうこちゃんと6時間も呑んで話していました。お互いの毎日の仕事のことや、家族のこと、友人の話をしているとあっと言う間に時が過ぎました。

患者であるゆうこちゃんのお義母様は、一代で会社をおこした社長で、アルツハイマーを発症され足腰が弱ってきたのでマッサージでもと依頼をして下さいました。この患者様とそのご家族との付き合いは、それまで経験してきたどんな仕事とも違いました。

例えば、患者様が人に物をあげることで自尊心を保ってきたからと毎回お菓子などのお土産をたくさん下さいます。こんなにいらないと断っても、ゆうこちゃんは「お義母さんがないと落ち着かないからもらって」と、お持たせ用の袋まで下さるのです。

一般的な考えややり方とは違うのだけれど、なるほどとも思えるのでそれ以上言えなくなりました。

「先生」として何か与えられないかと考えるものの、ゆうこちゃんのアルツハイマーのお義母様との付き合いや、私に対する気遣い、他の関係者との付き合い方など全てが、私の経験や考えを超えていました。日々、お義母様が穏やかに過ごせるように、考えられる最善の方法を自分の労も惜しまずにこなされていて、私は「ゆうこちゃんの世界」の一登場人物だったように思います。そのうち、不要な気負いがなくなって、知らないうちにただ「ゆうこちゃんの世界」を楽しませてもらうようになりました。

おそらく、その楽しんだ時間が、私の中の「先生」であることへのこだわりを吹き飛ばしてくれたような気がします。

その患者様とは5年ばかりの付き合いでしたが、その間に、息子様が先立たれ、患者様は施設入所されました。その大きな環境の変化の中でもゆうこちゃんは、誰も想像できないやり方で、お義母様や関係者と付き合いを続けていかれました。

そんなこんなで、ゆうこちゃんのおかげで、訪問マッサージ師とそのご家族という垣根も、超えたことすら気付かない間にするりと超えてしまっていました。

それで、患者様が亡くなられた後もたまにお会いして話をします。

ゆうこちゃんとの話は、たとえていうなら――お醤油みたいに馴染みの深い調味料の中に見たことも聞いたこともない異国のスパイスが混じってる――感じで、教えてもらうことばかり。少し年下の私ですが、苦労の多いゆうこちゃんの幸せをいつも願っています。

ゆうこちゃんにもらった東京土産。
みんなで美味しく頂きました。ごちそうさま。