受領委任払い制度の運用がスタート

京都市でも、受領委任払い制度の運用が始まりました。

今までは、患者さんが請求すべき療養費(鍼灸マッサージは医療費ではなく療養費という枠組みに入るのです)を、代理で請求するという制度だったのが、マッサージ師に直接療養費が振り込まれる、つまり保険者が治療院に委任する制度になったのです。ですから、この制度に参加しない保険者は従来どおりの請求ということになっています。

実際のレセプトには、大きな変化はないのですが、医療保険の不正使用を防ぐために添付書類が増え、また請求に関しては、治療院の施術者が誰であっても、管理者(国家資格を有するもの)が全ての責任を負うようになったことが大きな変化かと思います。今までは、請求をする施術者個人が責任を負う形となっていて、施術者ではない経営者の場合その経営者に不正請求があった場合でも全くお咎めがない状態でした。

ただ、提出すべき書類が増えたので、今までのやり方に慣れていた私たちにとっては、大きなストレスとなりました。

具体的には、往療の際、どこから来たかを記入する往療順位表の添付と、医師への報告書が加算対象となり(6か月に一度300円)、領収書の発行が義務づけられました。

求められることがあまりに細かいので、マッサージ師の保険使用を阻止するための嫌がらせじゃないかと言いたくなるものですが、公的保険を使用するということを考えると、実は当たり前のことなんだと思うようになりました。

それは、知り合いの訪問看護師さんの事業所に入った実地指導の話を聞いたからなのです。

介護保険事業所は、提出書類は電算化されていて、その請求内訳だけでよいようですが、記録に残すべき書類は大変細かなことを求めらるそうです。

例えば、関連機関と連携をとっていることを証明するために各事業所にサインをもらうようになっているのですが、それが実際にやり取りしているという証拠として、FAXの送付状や切手の使用記録などを残す必要があるといいます。記録に残らない行動はないことと同じという理屈なのだそうです。

カルテへの添付義務はないようですが、実地指導は数年に一度は必ずあり、おかしいと監査になり、全額返金になるそうです。

これに比べたら我が業界は、そもそも取り組み自体の記録・科学的根拠の提示が困難で、薬品や道具の仕入れを必要としないマッサージは仕入れなど関連を表せるものもないので、その実際のところを客観的に示すのは難しく、今までがゆるゆるに来たとも言えるのかなと思うようになりました。

たた、どんなに仕組みをきちんとしても、その網の目を潜り抜け、いかにお金を稼ぐかを考える人はどこの業界にもあるので、国家としては、取り締まりを強化するしかないのが現実なのだと思います。

もっとも、そのお役人さんが記録を残さず公的資金を喰いものにしている現実もまたあるわけですが、真面目なだけが取り柄な私は、お役所の通達のままに、真面目に資料を揃え、真面目に仕事に取り組んで人生を終えたいと考えています。それが私の性に合っているようです。

頭を使い抜け道を歩く人たちのことを考えると真面目にしていることがバカバカしくなることももちろんありますが、
日本の医療保険は、本当に多くの人のお金でまかなわれている素晴らしいシステムであることに間違いはなく、その使用に際しては、心して無駄のない施術になるよう、また自分たちの施術を記録として証明していけるよう取り組んでいきたいと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

寝たきりの方はマッサージの後座ってもいただきます。マッサージでほぐれた後、座位をとるとしない時と比べて楽に座る事が出来て、飲み込みも楽に。呼吸も深く出来るようになります。

理学療法とマッサージ

「今度、担当が変わって僕が関わることになりました。マッサージの先生とも協力していきたいのでよろしくお願いします。」

今年の3月に、訪問リハビリの先生からこんな電話をいただきました。
関わる患者さんとはもう5年以上のお付き合いで、私たちが関わった時にはすでに訪問リハビリも行っていましたが具体的な連携をすることはなくきていました。

この患者さんにかかわらず、訪問リハビリの先生から連携をとろうと連絡をいただいたのは長年訪問マッサージをしていますが、初めてのことでした。

ずっと理学療法士の先生たちと具体的に協力して仕事がしたいと考えてきましたから、このチャンスを大切にしたいと考え、私のしようとしていること、出来ていないこと、悠生治療院の体制としての弱点をつまびらかに説明しました。
先生は、私の話を丁寧に聞いてくださり、今後も細やかな連携を取っていこうと話して下さいました。

その後も、定期的に様子を尋ねる電話を下さるようになり、また、自分たちの出来ていること、出来なかったこと、これからしようとしていること、私たちのしていることへの疑問なども話して下さるようになりました。

私は本当にうれしくて、それから少しあつかましくなって、この患者さんの話から外れた、自分のマッサージの到達点とその中で出来ていないこと、リハビリの先生と連携したい具体的な点まで話をしたり、全く別の患者さんのことまで相談させていただいたりしました。(本当にあつかましい!)

そんな中で、リハビリの先生は、

「マッサージという手技に関しては、開業されている鍼灸マッサージの先生の方が病院勤めの私たちよりはるかに優れている方がたくさんいらっしゃると思っています。
運動療法に関しても、理学療法士より工夫をこらし、素晴らしいものを持つマッサージ師の先生がいっぱいいらっしゃると思っています。

僕は、そういう腕がないので、患者さんの生活の中で出来る訓練メニューを作り、実行してもらうことで生活を変えていってもらうというスタンスで訪問リハビリをしています。

僕たちが行った時に訓練をするよりその方がよほど大きな変化に繋がると考えています。」

と話して下さいました。

こんな事を考えている理学療法士の先生がいらっしゃるなんて本当に心の底から驚きました。

そして、

「また時間が合えば、マッサージ施術を見学しに行ってもいいですか」と尋ねて下さいました。

もちろんです。見ていただいてご意見をいただきたいのはこちらのほうです。

それからしばらくして、私の訪問時間は、リハビリの先生のご都合がつかず、お互いの都合がついて患者さんの予定もあう時間を別に設定すること(訪問日を振り替えて)になりました。

きちんと日時が決まってからは、とにかく説明が下手な私は、どう伝えれば、いまの自分の考えをうまく伝えられるかずっと考えました。

私のマッサージは筋膜療法を基本として成り立っています。
筋膜療法というのは、
ものすごく乱暴な説明ですが一言で言うと

偏った使い方を続けると筋膜は、ねじれて肥厚していく、この部分をゆっくりとした持続圧で解かしていき、正常な状態にしていく療法です。

アメリカで提唱されたこの療法を私は一から学んだわけではなく、自分なりの仕事の中で到達した先にこの療法があったという感じだし、アメリカの筋膜療法は、寝たきりや中枢性疾患の症例の記載がなく(私が読んだ限りの中ではという意味)、私よりも知識も経験も多いと思われるこのリハビリの先生に伝わる言葉を探しながら仕事をしていました。

もちろんこれまでも、いろんな人に伝える努力をしてきましたが、
うまく伝える言葉を見つけることが出来ませんでした。
でも、伝えたい相手がリハビリの先生であるということは、基礎的な理解は一致しているのですから、その先の私のしていることを伝えるだけで伝わるのだと思うと私の中にシンプルな言葉が浮かんできました。

筋膜が捻れるのは、重力に逆らうための筋力が足りないために生じるアンバランスからです。ですから、手足の重みを他力的(つまり施術者の力で)取り払い、正確な関節運動が出来れば筋膜の捻れが矯正されていく。と考えているので、マッサージという手技を中心にするよりは、自動介助運動(自分で動かしていただきながら足りない部分を補いながら運動をすること)を中心に施術を組み立てていること。

また、その引き攣れた部分を少し揉みほぐす時は、その動きの始まりと終わり(手で言えば肩と手指)を近づけることで、平面的なマッサージでなく立体的な動きを作ることが出来ると考えていること。平面的なマッサージをすると深層の筋が揉めず表層の筋だけ緩めることになり、返って動きを悪くすることがあると考えていることなど説明しました。

その患者さんに関わっていらっしゃる二人のリハビリの先生が見に来てくださって、私の説明を熱心に聞き、そして細かなところを見て質問して下さいました。

その上に、患者さんはとてもよく状況を理解出来る方だったので、普段説明が不足していることもあり、私が何を考えてマッサージをしているか一緒に聞いてもらうようお願いしたので、心おきなく説明が出来ました。

私の説明が終わった後に、リハビリの先生が、私の始まりと終わりを近づけたポジションでほぐすやり方は理学療法のテクニックの中の一つにあること。
深層の筋は単関節筋(つまり筋肉が一つの関節しか超えない)であること。
それから私の関節の動かす方向がバッチリ正しいと教えて下さいました。

その後、リハビリの先生に介助で歩行練習をしてもらいました。大きな患者さんをわたしよりずっと細い小柄な身体で上手に誘導し、軽く歩行を介助されていました。歩行前の座位姿勢は傾きがあったのに、歩行後はまっすぐ(見たことがないくらい真っ直ぐに!)座ることが出来るようになっていらっしゃいました。

「マッサージの後に機能訓練をすればパーフェクトですね。患者さんからマッサージの後は動きやすいと聞いていましたが今日その理由がわかりました」
と言って下さいました。

そしてその翌日、リハビリの先生からメールが届きました。

「この患者さんの障害と生活スタイルに比して機能レベルが高い理由がわかりました。安井先生のマッサージがあるからです」

と言って下さったのです。

本当にうれしくてうれしくて、これから本当の意味で、一緒に仕事が出来たら最高に幸せだと思いました。

マッサージと理学療法は、本来は一つの体系の中にあるはずのものが、歴史的な経緯から二つに分かれ、その上少し対立的な立場になってしまっているだけだと考えています。

さあ、いざ、ともに歩まん❣️

よろしくお願いします。

患者さんの手作りシュウマイ。美味しくいただきました。
この方の場合はうまく連携が取れていません。
私はどうしたら一歩が踏み出せるか思案中です。

ワクワクできる未来にむけて

先日、ある患者さんのことで、病院の訪問リハビリの先生から問い合わせのお電話がかかってきました。
「どんなことをされていますか?」

訪問看護師さんからの紹介の患者さんで、もう5年くらい訪問させていただいています。
年齢が若く、お一人暮らしなので、リハビリがとても大切な要素になっている方でした。

今回お電話をいただいた訪問リハビリの事業所さんも、私たちより長いお付き合いだと聞いています。

ところが、訪問リハビリと訪問看護、そしてマッサージがうまく連携できずに今に至っていました。

大きな理由の一つは、介護保険ではなくて障害者の自立支援によるサポートの中では、介護保険のような細かな縛りがなく、ケアマネジャーがはっきりと舵取りをしなくとも、本人がしっかりと自己主張できるため、多職種の横のつながりが薄くても物事が進行するということだろうと思います。

ここの訪問リハビリの先生は若い女性だったので、経験年数からしてこちらから声をかけて連携を取れたらよかったのですが、マッサージ師という私の立場を考えるとなかなか声をかけにくいものがあり、うまく連携が取れていませんでした。

マッサージ師から、リハビリの先生に何か言うのは難しく、私の意図や考えを正確に伝える自信もなく、こじらすくらいなら黙っている方がまだいいと長い間この状況をそのままにしていたところ、電話をいただいたのでした。

リハビリの先生が交代されて、新たに方針を再確認して仕切り直そうというお考えのようでした。

私の方でもちょうどこの方への関わりは行き詰まってました。
立ち上がり・立位保持は安定してきたのですがこの先の歩行の可能性をどうするか、リハビリの先生と連携をしないと難しいのではないかと考えていたところでした。

新たな出発でどちらに向かうかはまだわかりませんが、少なくとも今よりは前に進んでいくように連携をとっていきたいと思います。

今日その患者さんを訪問し、お電話をいただいた話をしました。

するとその新しい先生は、この患者さんが15年前の発症直後に入院されている時に、見て知っていたということでした。
そして、その時の姿からは、今のように機能が回復しているとは考えられなかった、想像を上回る回復だと言って下さったそうです。

服薬、リハビリ、マッサージ。それから生活の何が回復の力か定かではないとご本人は言われましたが、とにかく

「すご〜い!」と思います。

そして、そんな評価をしてくださる方がチームに加わってもらえるとはとても嬉しいことです。

失われた機能の回復は簡単なことではありません。
多分回復への一番のエネルギーは、この方自身の気持ちの強さに違いありません。

そして、これからも、少し遠い先に少しでもワクワクできる未来が思い描けたら、それだけでもまた、更なる生きるエネルギーになるんじゃないかなと思います。
思い通りの回復が手に入らなくても、その関わり自体が楽しい時間になることで、大きな生きるエネルギーの源になると思います。

私自身もリハビリの先生に伝える言葉をもっと勉強して、一緒にワクワクを作って行きたいと思います。
どうぞよろしくお願い致します。

途中障害の方との関わり

治療院の患者さんの多くは、70歳以上の方ですが、中には働き盛りになんらかの理由で障害者になられた若い方もいらっしゃいます。

私が歳を重ねてきたこともあり、自分と同世代という方も増えてきました。
そのような途中障害の方を紹介していただいた時の最初の面談は本当に緊張します。

その心のうちはいかばかりか、毎日仕事をしている私には理解することが困難な気持ちを抱えて生きていらっしゃるだろうし、不用意な発言で傷つけてしまわないだろうかと思うからです。

自分の身体が思うように動かないということは、いくつであろうと辛いものだと思いますが、人生これからって時に突然襲われる障害を受け入れるのは本当に大変なことなのだろうと思います。

多くの人にとって、生活とは自分のもので、仕事などの社会的な拘束の時間が終わり、家に帰れば、自分の都合で食事を取り、気分に合わせてお風呂に入り、眠くなったら眠る。来客は非日常というのが一般的なんじゃないかと思うのです。

ところが、在宅でケアを受けるということは、自分の生活が来客(訪問介護・看護師・マッサージ・医師など)の都合でコントロールされていくことになるのですから、自分の家にいながら集団生活に放り込まれるようなことではないかと思います。

一人の力では生活がままならないので、支援を受け入れていくしかないのだとは思いますが、自分の身体に慣れていくのも簡単ではないところに、四六時中気が抜けない毎日を過ごすとなると、それ自体に慣れるまでのストレスも相当なものじゃないかと思うのです。

障害者になり、このような生活の細部に起きる変化は、多分実際に体験してみないとわからないのではないかと思います。
仕事をする側としては、当たり前になってしまった日常で、患者さんの中に積もっていくわだかまりや違和感を忘れがちで、患者さんと私の感覚のズレに耳を澄まし眼を見開きながら関わらせていただかないと、気がついた時には大きな溝があるという事になってしまうことを多く経験してきました。

障害者と一括りにはできない、それぞれに違う受け止め方、こだわり、マッサージへの希望などがあり、わかったような気になったつもりでも、本当のところは、長い時間をかけて少しずつしか理解に近づいていくしかないのだとようやく思えるようになってきました。

今年一年は、この人はこうなんだろうと「決めて」いたことが、患者さんの何気ない会話や行動の中で、自分の理解がズレていたことにようやく気がつくということがいくつかありました。

そして、今年の新たな「発見」は、私の中で決めつけていた「大変な暮らし」だけではなく、毎日を楽しく過ごされている姿をようやく私が感じることができましたことです。今までも見せて下さっていたのだと思いますが、私の決めつけがその事を感じなくさせてきたように思います。

自分が相手に対して失礼で傲慢な気持ちでいたのだと反省しながら、でも楽しそうに生きていらっしゃる一面がある事が本当に嬉しくて、ホッとしました。

途中障害の方に関わることは、まだまたわからないことだらけで、治療的にも精神的な関わりにおいてもいつも迷いの中にいます。

それでも、人生を生き延びてお迎えを待ちながら過ごしている「老人」に関わる仕事と同じに考えること自体が、途中障害の患者さんの心を傷つけ、心の架け橋を外してしまうのではないかと思います。
その上で、自分の中で患者さんののゴール設定が見つけられず、迷いながら仕事をする姿勢自体が心の架け橋の始まりになるのではないかと思っています。

二十代の頃は、仕事とプライベートを明確にわけ、仕事の顔で接しなければならないと信じ込んでいました。
五十代になった私は、患者さんと同世代だったり、孫と一緒の世代だったのが子どもと一緒の世代になり、人間とは多面的なものであることを理解し、仕事とプライベートの顔を分けることなくお付き合いさせていただけるようになりました。

愚痴も聞くけど愚痴も言います。
励ましてあげられる時もありますが、励ましてもらう方が多いかもしれません。
仕事ばかりしているので、気の合う友人に会う時間より、気の合う患者さんに会う時間の方が長かったりするので、なんだか遠くの親戚みたいな感じになることもあります(友達でもなく、仕事以外の関わりでお役に立つこともないけれど、縁があるので心配する感じでしょうか)。

治療させてもらうことでお役に立ちたいとは思っていますが、そのおかげでお金を得ることができ、精神的にもいろいろ教えられることが多く、私の方が助けてもらってるなと思えるようになりました。

感謝の心で毎日を過せますように。来年もまた今以上に多くの気づきがありますように、日々精進したいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

患者さんからいただいたクリスマスプレゼント🎁来年はこの手帳でがんばりまーす。

自然治癒力を最大限引き出せるのが上医

「鍼灸師マッサージ師の上手下手は、患者の自然治癒力を最大限引き出せるのが上医、引き出せ無いのは下医。相手の病人に合わせられる技量の差なんやね。今夜思い至った。」

鍼灸師の辻村先生から送られてきたメールです。

『黄帝内経』という現存する中国最古の医学書があるのですが、そこには「上工は未病を治す」と書かれているそうで、本当の上手い医者というのは、病気を治すことではなくて、病気になる前に患者の自然治療力を引き出し、その体質にあう治療を施し、病気に至ることを防ぐという考え方です。

この考え方はよく知られてもいるので、「患者の自然治療力を最大限引き出せるのが上医」というのは東洋医学において当たり前のように思いますが、辻村先生からのメールでしみじみ、治療師というのは、自分の技術の誇示という欲がある間は、上工には決してなれないのだろうと思い至りました。

何故って辻村先生の鍼治療のおかげで、私は更年期も肉体労働の疲れによる痛みも気にならなくなってしまいまうくらいの腕前を三年前に既に持っていらっしゃったのです。

先生から治療を受ける三年前までは、枯渇してきた女性ホルモンを出せと脳が命令するせいで、筋肉が絞られるように身体中が痛くて、とりわけ耳の後ろ辺りが痛くて目が覚めることもありました。
またマッサージで使い過ぎる腕は、月曜から金曜に近づいてくにつれ、肩甲骨周りが痛くて、土日の休養を身体が欲していました。

でも辻村先生の鍼治療を受けるようになり、そんなことがあったこともすっかり忘れてしまったくらい、私の身体は軽く変身してしまったのです。

こんな治療効果が出せる辻村先生が、今更ながら「思い至った」と言われるのには、私が未だ到達できない深い境地からさらに思い至ったということなのだろうと思うわけです。

それは、多分、単純に自然治癒力を引き出す治療を心がけるということではなくて、治療の主人公はやっぱり患者本人であり、治療師はほんの少しの手伝いをするに過ぎないと脇役になれる力なのかなと思います。

若い治療師の先生方を見ていると、かつての私もそうであったように、自分の技術力でなんとかしたいという欲からはなかなか自由になれないで、患者さんの身体ではなく、患者さんの身体に投影してる自分自身を見ているのだろうと思うことがよくあります。

私自身は今年、51歳になりましたが、私のこの一年は、患者さんの身体に寄り添うことを少し深く覚えることが出来た年になりました。

まだまだ自分勝手な治療ですが、その中でもうまくいかないことを患者さんに指摘される前に、ようやく自分で気がつけるようになってきました。そして、自分の影響力を加減するということを少しずつ学んでいるところです。

こういうわけで、治療師としての成長は、その内面的な成長抜きにはやはり難しいのかと思い至ってきたところですが、その熟成には、懐の計算や自己顕示欲の枯れる年齢まで待つしかない面があるのかもしれないと辻村先生のメールでしみじみと考えました。

それでも、向かう先が少しずつはっきり見えてきたので、澄みきった穏やかな心持ちで治療出来る世界に向けて歩みを進めていきたいと思います。
そのような境地に達することが出来るとすれば、何よりも幸せなんだろうなぁとうっとり想像します。

先日90歳を迎えた患者さんが、

「今振り返ると、50歳からが第二の人生の始まりだと思う。今からやで」
と言って下さいました。

第二の人生を穏やかに泳いで行きたいと思います。まだまだ必死の形相かなとは思いますが、この思いは確かです。どうぞよろしくお願い致します。

寒い朝の空気が好き。気持ちが引き締まる感じがとてもいい。

「大脳皮質基底核変性症」の臨床にチームの一員で関わること

大脳皮質基底核変性症という病気があります。

ググッてみても、難しくて具体的に他の神経難病との違いがわかりません。

臨床経験のない初めての疾患の時は、いつもお世話になっている秦診療所の秦先生にどういう病気かを尋ねます。

秦先生は、福祉関係者や私たちマッサージ師のために月に一度無料で勉強会を開き、医療の基礎知識を教えて下さっています。

もう10年以上続けて下さっていて、わたしの仕事を「特別」にしてくれているのは、この勉強会の果たしている役割がとても大きいと思います。

とてもわかりやすく身体に起きる変化や気にするべきポイントを教えて下さるのです。

それでこの神経難病のことも尋ねてみました。

「パーキンソン病とよく似ているけれど、抗パーキンソン薬が効きにくく、進行が早い。そして、転倒が多いのは、後頚部が硬くなり、足元が見えないから。」と教えて下さいました。

そう教えていただいてから5年。
脳の進行性の病変には、なかなか太刀打ちできません。転倒、骨折、怪我を繰り返すたびに症状も進行してきました。が、とりあえず後頚部が硬くなることを少しでも軽減すべく施術を続けてきました。

後頚部の硬直は、筋萎縮が進行すると、まっすぐ硬くなるというだけでなく、顎が上がって首が後ろに反ってしまいます。
そうなると、顔の筋肉もますます硬直・緊張するので、食べたり飲んだり話したりという機能も一気に奪われてしまいます。

それでもなんとかギリギリ飲み込みが保てていましたが、徐々に嚥下に障害が出てきたので、訪問看護師さんが新しくチームに加わることになりました。

この方は、自分でベッドに臥床したままお水を飲まれていました。
食事はベッドから起きてベッドの端に座り、倒れないように、紐でサポートしながら(つまり紐で縛って固定して)ご家族の介助で食べていらっしゃったのです。
どちらも医療の常識から考えると、誤嚥を誘発するようなやり方ですが、それでなんとかうまく生活出来ていたので、ケアマネジャーさんやヘルパーさん、リハビリの先生も何も言わずそのまま続いてきていました。

が、これを見たあらたに加わった看護師さんは、改善指導されたのです。リハビリの先生も合意され正生活の改善が一気になされました。

水分は寝たまま飲まない。手元に届くところに水分を置くと寝たまま飲まれるので、だれか援助者が来た時に(定期的にだれかが入るので)ベッドをギャッジアップして水分補給をする。
食事もベッドをギャッジアップして行うことになりました。

誤嚥を防ぐためには、当たり前のことです。

ところが、これを実行するようになりすぐに、嚥下が困難になり、むせて入らなくなってしまったのです。

私は、この方が大脳皮質基底核変性症だったからなのだと思いました。
首が後ろに反る症状に対して、ギャッジアップで後頭部を押し上げる形になり、その反作用で後傾が一気に進んだのだと思いました。

また、ずっと臥床して水分補給をしている場合、気道も食道もそれに合わせて変化しているので、必ずしもそれが誤嚥に結びつくわけではないのではないか、いきなりやり方を変えることの方が誤嚥を誘発するのではないかと考えました。

こういう時はマッサージ師である身は本当に困ります。私以上のスペシャリストであるリハビリの先生も訪問看護師さんも関わっていらっしゃっることに異をとなえるのはなかなか困難です。
頚部硬直は、ググッても出てきません。もしかしたら秦先生の臨床から得られたことかも知れませんが、私は秦先生のおかげでより詳しい症状を知っているのです。

ケアマネジャーさんに現状を報告させて頂きましたが、ケアマネジャーさんも看護師とリハビリの先生の方針だから誤嚥防止のためだしと言われたので私もそれ以上は言えませんでした。

それで、仕方がないので、秦先生に尋ねました。先生はそういうことは考えられるから、指示書を出している医師に報告してみるのがいいのではないかと助言して下さいました。

それでちょうど同意書を再同意をいただく時期でしたから、私の考えと現状を報告しました。

しばらく様子を見ていましたが、方針は変わらず、患者さんの状態は徐々に悪化傾向に見えましたから、訪問看護師さんにFAXで尋ねてみることにしました。

少し意見を言うだけでも反発にあい、仕事がうまくいかなくなることもよくあるので、ヒヤヒヤしながらいましたが、訪問看護師さんが、とてもいい方で、リハビリの先生にも話をして下さり、方針を考え直して下さったのです。

リハビリの先生がきちんと評価をして、むせなければ、寝たままの水分補給も大丈夫ということに方針が変更になりました。
食事はご家族の介助がしやすいようにする事を基本に、もとのやり方に戻ったのでした。

やり方の変更が一気に症状を加速させた面はありますが、根底には病気自体の進行があり、将来的なことを考えれば、徐々に介護・看護のやり方を変えていかなければならない時期に入っていたのでした。

それで、そうこうしているうちにこの患者さんは、誤嚥性肺炎で入院になってしまわれました。

しかしながら、これらのやり取りは全く無駄にならず、退院される前のカンファレンスで顔を合わせた時は、お互いが信頼し合えるチームの中に私も入れてもらえているように感じられ、とても嬉しくなりました。

患者さんのレベルはかなり落ちてしまいましたが、少しでも「楽に、心地よい」毎日が続くようチームの一員として関われたらと思っています。

そして、この話にはもう一つとても嬉しいおまけがありました。

退院カンファレンスの時に、病院のリハビリの先生が、
「この患者さんの問題は、頚部の筋緊張です。これは、リハビリだけの取り組みでなく、他職種連携の中で取り組む必要があります」
と何度も言って下さったのです。

私の報告書を読んで言って下さったという証拠はないのだけれど、リハビリの先生がこんなことを言われたのを聞いたことがないので、私の報告書を先生もリハビリの先生もちゃんと読んで下さったのかなぁと嬉し恥ずかし、とてもいい気持ちになりました😊

何が一番難しいって、自分の意見を人に伝えることほど難しいことはありません。
コミニケーション能力を磨きつつ、多くの人に支えられていることを忘れずチームの人を信じて取り組んでいけたらと思っています。

こういうことが、私を保険治療の一員でありたいと強く思わせるのです。
どうぞよろしくお願い致します。

これは、南禅寺の紅葉🍁
うまくいってるときはこんな気持ちになれます🍁

生きる場に必要な「リハビリ」

先週の金曜日のミーティングは、久しぶりにマッサージの実技の練習をしました。

わたしは、他の人が施術した患者さんの身体を触ると、ある程度はその人の”腕前”がわかります。
スタッフそれぞれに個性があり、その施術もそれぞれの個性が出てきますが、よくないクセが目立つようになってきたのでマッサージをしてもらったのです。

すると意外なことに(笑)前より指のあたりも探り方も上手になっているではありませんか!

それでも、患者さんの身体がうまく調整できないいくつかの点を指導しましたが、
「こんなうまくなってるのに、なんで患者さんにもっと返せないのかな?」
と尋ねると、一人のスタッフが
「患者さんは、正常な身体じゃないからです」
と教えてくれました。

とてもシンプルな答えだけど、なんだかそうなんだとしみじみ実感しました。

私は、この仕事をして24年目になりました。
この24年という歳月の中で、私は、簡単には経験できない、とても恵まれた環境の中で、臨床を積んでくることが出来ました。

この24年を知るお医者さんからも、こう言われました。

「安井さんは特別。安井さんみたいな経験をしている人はいない。」

特別な経験とは、介護保険導入前の医療と福祉が連携を必要とした自主的な取り組みの中で、私が訪問マッサージの仕事をスタートすることが出来たことです。

その中でチームで患者さんを支えることを学ばせていただきました。

それは、「在宅医療」を模索しながら、看護をサポートするために医師が動くという取り組みの一員に入れてもらい、個々の患者さんの神経内科的な説明から起こりうる症状の説明を受けながら訪問マッサージに関わるといった具合でした。

私の周りには、いつも様々な職種の大先輩がいらして、経験のない私の疑問や困り事の全てを受け入れて、そして助言して下さったように思います。(実際には、患者さんの困り事や愚痴を長い目で見ることも出来ず、騒ぎ立てた私を傷つけることなく、説いて大切な視点を教えて下さったのだと思います)

この中で、慢性期のリハビリテーションに必要なものは何か。マッサージ師の私に出来ることは何なのかを問い続けてきました。

半年後・一年後・三年後・五年後のゴール設定において最も大切なことは何なのか。

辛くて痛いのがリハビリという考えのもと、必死に取り組み、力尽きて寝たきりになった方を数多くみてきました。

また、全く機能訓練的な取り組みがなく、身体が小さく固まってしまい、寝返りやオムツ交換すらままならくなった方々も見てきました。

その中で、私の一番長い付き合いの患者さんは20年に及びます。
私の果たした役割は全く大きくありませんでした。しかし、僭越ながら私の存在なしには無理だったかもしれないとも思っています。

私がしたことは、本人が行う動作がしにくくならないよう出来る限りトレーナーとしての役割を果たすことでした。本人の意思がとても強く、こちらの考えや計画を受け入れられなかったのです。
私はこの方のやり方に合わすしかなかったのです。

ご本人の意思に沿って、優しく筋肉を整え、出来る動作を少し手伝って、一人でするより難易度の高いことをしてもらうを施術の基本にしてきました。

その結果、20年に渡る在宅生活を送っていらっしゃるのです。

もちろん私だけでなく、ヘルパー、訪問看護、デイサービス、往診、福祉用具、ケアマネジャー、それからご家族の熱心な介護があってのことですが、全ては、ご本人の意思を中心に動いてきたように思います、
私はこのケースから本当に大切なことをたくさん学びました。

筋肉を整えるということは、動作が軽く出来るようにするということです。
いつもの動作がより軽く出来ることで、自信が湧いて少し難しいことも出来ます。介助することでより安心な動作に繋がり、意欲が高まるし、また繰り返しすることで関節の状態がよりよくなり、施術後の日常生活動作により繋がっていくのです。

筋力を測ることも関節可動域を測ることもできませんが、筋肉をベストに保つことは、マッサージ師として何より大切なことです。
これが全てのリハビリの基本に繋がると信じています。

これは、私が、病院ではない、生きる場に必要な「リハビリ」として見つけてきたやり方です。

疾患や個々人の体型によりベストに保つべきポイントは、違ってきます。このポイントは、お医者さんや看護師さん、ケースワーカーさんなどに教わりながら覚えてきました。
ここが、私を「特別」にしている点かなと思います。

この「特別」を誰かに伝えていきたいといつも思ってはいますが、なかなかチャンスがありません。いつかこのチャンスがめぐってきて、私を育てて下さった全ての方にご恩返しが出来る日が来るといいなと思っています。

が、まずは自分の仕事をより良く取り組んで行きたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。

今日は気持ちの良い秋晴れになりました。

ごまめは力をつけても歯ぎしりをする

昨夜は、いろいろいつも助けて頂いているお医者さんと看護師さんと食事を楽しみました。

おしゃべりな私はついつい一人でいろいろ話すぎたことを思い出し、今頃になって自己嫌悪に陥いっています。

それでも、お医者さんが「いろんな思いがいっぱい溜まっているんやろなぁ」と言って下さったのを思い出し少し救われた気分にもなっています。

自分では、ただただ仕事がいただけるように、日々真剣にやっているにすぎないのですが、訪問マッサージの置かれている状況が厳しすぎて、「なんとなく」仕事をしていられないのです。

マッサージ治療院も飽和状態にあり、また、訪問リハビリもどんどん増え、その上に、マッサージの同意書を書かないように医師会からも締め付けが厳しくなっていると聞きます。

実際のところ、経験の少ない若い理学療法士の訪問リハビリは、マッサージ施術以上の効果を本当に発揮しているとは限らないように思います。時代の要請で訪問リハビリの仕事は多く、その結果、研鑽や反省することが少なくないような話を耳にすることもよくあるからです。

また、喜ばしい事ではありませんが、マッサージの保険点数は、訪問リハビリの3分の1程度ではないか、つまり医療費の節約になるのになとも思います。

いろいろ言ってもごまめの歯ぎしりのようなものですが、この数年の厳しさの中で、おかげ様で、私だけでなく我が治療院全員のレベルは少しずつ向上してきているように思います。

圧倒的な臨床経験と技術力、医療人としての確たる倫理観だけが生き残る力の元になると考えています。

「ゴマメ」は力をつけて歯ぎしりしながら、頑張ります❣️

どうぞよろしくお願い致します。

気持ちいい天気です🍁🍁

いつもの会話を繰り返すこと

「私はアホの見本。私みたいなアホを相手してくれるおかげで、私は幸せに暮らせます」

と言って私を迎えて下さる患者さんがいらっしゃいます。

「アホの見本」⁇
どんなのをアホの見本というのだろうと思い描きます。総合的に考えて、
「あー。私のことですやん」と返事します。

「なんで~。よう言わはるわ。先生は賢いから、こんなアホの世話が出来るんですよ」

「みなさんの優しさのおかげで働けてるんですよ。ほんまにアホは私ですねん」

この方とは、こんな会話を行くたびごとに繰り返します。

認知症の人と話す時は、定番の会話を繰り返すのが本当に大切なのです。出来るだけ相槌がぞんざいにならないように工夫しながら、繰り返す会話は、患者さんに安心感を与えるように思います。

たまに患者さんのことが知りたくて、余計な質問をするとうまく答えられなくて、追い込んでしまい、イライラさせてしまうという失敗をします。

それでいつも安定の繰り返しになるように心がけています。

これは、繰り返しの会話の一部ですが、私は本当にそう思っています。

こんな風に上手に褒めて人と付き合えるこの方を本当に頭のいい方だと思っています。私はとてもこんな風に上手に人に挨拶ししたり、褒めたり出来ません。
話をしながら、こんな風に謙遜される、この方の人生の苦労に思いを馳せます。

この仕事を始めて、24年目になりました。

この24年間は、世間の常識も人との付き合い方も何も知らなかった私が、患者さんに一つ一つ教わりながら、数々の失敗を許してもらいながら過ごしてきた時間でした。

マッサージをしながらする話は、本当に徒然なるままで、今夜のおかずの話から、幼少期の話、人との付き合いの困難さなど多岐にわたりますが、どんな会話にも人生の重みを感じることができて、とても興味深いのです。

二十代からこのような話に触れることで、私の心はかつてない成長を遂げたように思っています。

そして、世間知らずの様々の無礼を許して下さる患者さんの寛大な心のおかげでここまで仕事を続けてくることが出来ました。

おかげで技術の向上・研鑽も出来てきたと思っています。
ですから、私の持てる技術を精一杯次の患者さんに生かすことが一番の恩返しだと思っています。

患者さんの話を聞きながら施術する時間が大好きです。この幸せな時間が続きますように。
精一杯頑張りたいと思います。
どうぞよろしくお願い致します。

患者さんからのおすそ分け。カリフォルニアから来たザクロです。日本のと違って甘くて美味しかったです。

自分の身体を通して考えること

㊗本庶佑先生 ノーベル医学・生理学賞受賞おめでとうございます🎉🎉

今回の研究は、
「感染症が大きな脅威でなくなったのと同じような日が、(がんでも)遅くとも今世紀中には訪れる」素晴らしい研究のようです。なんて素晴らしい!

私の毎日は、鍼治療を受けてすっかり元気になっていましたが、一週間の時間の経過とともに、少し体調不良が戻ってしまっているところがあります。

いつもは次の治療の便りが来る頃まで疲れ知らずで、そういえば疲れてきたかなと思うくらいなのですが、今回は少し違うように思います。
これは、鍼の効果が薄いということではなくて
私の体力がレベルダウンしていることだと思います。

この夏は、仕事で、遠方の移動が多かったため、自転車に乗ることがほとんどなく、車の移動に頼りきりでした。疲れ果て、ウオーキングレッスンもお休み…かなり筋力低下をきたしたみたいで、これが体調不良の根っこにあるように思います。

このような、耳の不調を、西洋医学的に、治療すれば、副鼻腔炎や上気道炎(いわゆる風邪)をこじらせたせいという考えのもとに炎症を治める治療がなされるかと思います。

また、鍼治療だと、気血の流れの滞りを改善するために、経絡に沿った治療を施すのかと思います。
今回の私の場合は、歯に問題があるという反応がでていると、その経絡に沿った治療をしてもらいました。

そのことを辻村先生には伝えていなかったのですが、実際に、歯磨きの時に膿(うみ)の味がしたので、虫歯かと思い緊急で受診していました(病院嫌いの私ですが、歯医者さんだけは、すぐに行きます)が、疲れからくる歯茎の炎症と言われて帰ってきていました。

辻村先生の鍼治療の後は、ウソみたいに、歯茎の炎症も、めまいも耳内圧の閉塞感も、少し耳の中が痛かったのもすっかり治っていました。

しかし、治療効果を長持ちさせていくには、筋力が衰えた身体には、さらにもう一つ、骨格バランスを整えることが大切な治療なんだろうと思います。

老化や障害による骨格の変化が身体に与える影響は、肩こりや腰痛だけではなく、内臓の働きを不十分にするとともに、耳などの器官を歪めたり引き吊れたりさせることで、その働きを阻害すると考えています。
ですから、根本的には身体の歪みを最小限にとどめることが、免疫力を高めることに繋がり、それは筋肉に直接働きかけるマッサージが一番得意とする分野ではないかと思います。

医学の進歩の中で、免疫の仕組みや臓器の機能について、より詳しく解明が進んでいます。
今までには、考えられなかったことがわかってきています。多くの常識が覆されているのです。

この流れのなかで、鍼の効果や、筋膜・筋肉の有機的な繋がりが科学的に明らかになっていくだろうと思います。
そして、近い将来、西洋医学的なアプローチと鍼灸マッサージ的なアプローチが、より総合的に施されるようになるのではないかと思っています。

私は、西洋医学的解剖学の世界で、陰陽論に依拠した身体のあり方を感じながら治療するのが大好きです。

決して、自慢出来ることではありませんが、私は、細分化された筋肉の働きや名前に、なかなか興味がもてず、一つ一つの働きを熟知していませんが、身体が有機的な一つらなりとして働く躍動的な生命の不思議を感じる瞬間が大好きです。
そこには、確かに経絡の流れとほぼ同じ繋がりが存在しているのを感じることが出来ます。

日進月歩に発展していく科学に取り残されないよう、古典からきちんと学びを得続けられるよう、日々精進を重ね、あまりに小さな力ではありますが、医療従事者として医療に貢献していきたいと思います。
どうぞよろしくお願い致します。