認知症の魅力を伝えたい

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認知症という病気があります。

単なる物忘れとは違う生活をしていくのに様々な困難を伴うようになる脳の細胞が変性して起こる疾患です。
「認知症だけにはなりたくない」
そう口にする方は多く、自分が自分でなくなってしまえば、生きている甲斐がないと思うのは当然のことのように思います。

こんなことに思い当たれば、認知症?
家族が作った「認知症」早期発見のめやす(認知症の人と家族の会作成)をご紹介します。

日常の暮らしの中で、認知症の始まりではないかと思われる言動を、「家族の会」の会員の経験からまとめたものです。医学的な診断基準ではありませんが、暮らしの中での目安として参考にしてください。

もの忘れがひどい
• 今切ったばかりなのに電話の相手の名前を忘れる
• 同じことを何度も言う・問う・する
• しまい忘れ置き忘れが増えいつも探し物をしている
• 財布・通帳・衣類などを盗まれたと人を疑う

判断・理解力が衰える
• 料理・片付け・計算・運転などのミスが多くなった
• 新しいことが覚えられない
• 話のつじつまが合わない
• テレビ番組の内容が理解できなくなった

場所・時聞がわからない
• 約束の日時や場所を間違えるようになった
• 慣れた道でも迷うことがある

人柄が変わる
• 些細なことで怒りっぽくなった
• 周りへの気づかいがなくなり頑固になった
• 自分の失敗を人のせいにする
• 「このごろ様子がおかしい」と周囲から言われた。

不安感が強い
• ひとりになるとこわがったり寂しがったりする
• 外出時持ち物を何度も確かめる
• 「頭が変になった」と本人が訴える

意欲がなくなる
• 下着を替えず身だしなみをかまわなくなった
• 趣味や好きなテレビ番組に興味を示さなくなった
• ふさぎ込んで何をするのも億劫がりいやがる

相談e-65.net
http://sodan.e-65.net/
より引用させていただきました。

仕事で関わっているときに、ここにあげられているようなことが見受けられると、ちょっと認知機能に問題があるかなと意識しています。

しかし、何年関わっても認知症の方の「出来ない」と「理解力・記憶力」のギャップに驚くことが多いくらい、認知症の方の豊かな感情表現や記憶力に接することがよくあります。

その度に本当に認知症って不思議な病気だなと思います。

スプーンを持っても使わずに見ているのに、食べ物だと手で弄んでみたり、スプーンはうまく使えないけど、顔が痒いと器用に手が動いたりします。
うまく発語や会話が成り立たないことが多いのですが、隣で話している会話はしっかり聞いていて、絶妙のタイミングで合いの手を入れることができたりします。
また、最近のことが記憶できないはずなのに、私の訪問が空くとしばらく来ないとわかり、不機嫌になられることがあります。

心の中はどうなっているのだろうといつも思います。

医療・介護の現場ではしてもらわなければいけないことが多いので、認知症の方を表現する時に「指示が通る人・指示が通らない人」という言い方で、生活の注意が守れるか、リハビリが出来るかを判断するのを耳にします。

この判断にいつも違和感があります。
「指示が通らない」のではなく、そのやり方に納得していないだけじゃないかなと思うことがよくあるからです。
マッサージは指示を出すことがそもそもありませんから、他の関係者のように困ることもほとんどありません。それで、出来るか出来ないかという判断以外で、認知症の方々の表現をクローズアップできる場面に多く恵まれているからかもしれません。

私にとっては、認知症の方への訪問ほど、気持ちをリラックスさせ、心地よい会話の中で治療できる時間はありません。
こんな風に心地よく感じる認知症の方の魅力について伝えたいとずっと考えてきましたが、うまく表す自信がありませんでした。
それでも、本当にこの人たちの寛容な心と鋭い感受性を知ってもらいたいという出来事が続いたので、ようやく重い腰をあげて書いてみようという気持ちになりました。

とはいえ、今回は書こうと思う気持ちになったという前置きだけになります。
次回から少しずつ、頑張って書きたいと思っています。読んでいただけたら幸いです。

認知症は神様からのプレゼントではと思うのです。辛さからの解放ではと。ものすごく人間らしくて、私のようなストレートな人間とは相性がいいように思います。

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