息子は天狗の生まれ変わり

俺は天狗の生まれ変わりやと思ってるからええねん。

息子の頭はちょっと歪んでいます。産まれた時はとても歪んでいて、周りの人から気にしなくても治ると言われたけど、15歳になる今も、結局ちょっと歪んだままになってしまっています。

あんまり気にしすぎないようにしてきたけど、先日、息子の手の指の付け根が赤く腫れて痛がるので、マッサージしていました。するとやっぱり頭が歪んで、首まで歪んで、その傾きから、脚の腓骨という外くるぶしにジョイントしている骨も、足関節も変形しかかっています。

今までは、ここまでではなかったのだけれど、部活で、基礎トレに励んでいる間にどんどん筋肉のバランスが崩れ、頭蓋骨の歪みが全身に影響を及ぼしているように思いました。

そんな頭を触りながら息子に気にしてるかと尋ねたら、「誰もそんなこと見てないから気づかないけど、一人だけ、気づいて、どうしたかと聞かれた。生まれつきだって答えたら、へぇー。天狗みたい。天狗って頭がでこぼこなんやろって言われたから、俺は天狗の生まれ変わりやと思うことにしてる」と、あっけらかんと答えてくれたので、ホッとしました。

この子は小さい頃から漏斗胸と言われていました。みぞおちの上の胸骨がくぼんでいる胸郭のことをいうのだけれど、実害はないと聞かされてきました。が、その後の成長を見ていると、他の子に比べて、腹圧が弱かったように思います。だからみぞおちのところで、身体が折れてしまい、姿勢が悪く、走ったり飛んだりがあまり得意ではないように思いました。

その子が中学になり部活で身体を鍛え、腰筋始め全身を鍛えることで、腹圧も強くなり、姿勢も良くなって来ました。

しかしやはり、生まれつき関節を結ぶ靭帯が弱いようで、冬の寒い時期に疲労が蓄積すると、筋肉や骨格器の異常(つまりオーバーユースによる怪我)になる前に、指の付け根の関節あたりの皮膚が炎症を起こし突き指のような痛みが出て来てしまいます。

初めてこのような状態になった時は、ググってみると、恐ろしい難病名に行き当たり先行き真っ暗みたいな気持ちになりました。しかし、疲労と寒さから起きるものなら、血行を改善するマッサージが有効に違いないと考え、朝晩マッサージを始めると一週間足らずで症状がなくなり、大変安堵しました。

で、今回の寒波でまた、指が腫れてしまい、よくよくみると、全身に関節の変形が現れていたのです。

頭の形や関節が生まれつき奇形であることは、そう珍しいことではありません。身体を触る仕事をしていると、大なり小なりおかしなところがある人をよく見かけます。

奇形は見た目の問題だけではありません。人間の身体は、地球の重量に逆らい二本足で立ち歩くために、最も合理的で無駄のない進化を遂げて来ているので、その骨格器に異常があるということは、重量に抗う構造に弱点を抱えて人生を出発するということになります。

骨格期の異常や中枢の命令系統の異常を筋肉で補いきれない時に、先天的な障害となります。

少しの奇形であれば、筋肉でその弱点を補って問題なく生活できる場合が多くあるのです。
筋肉は弱点を補ってくれる最強の武器です。ですから、構造に問題がある時は、アンバランスな筋肉を手入れした方がその歪みが大きくならなくて済むことが多いように思います。だから適切なマッサージは障害、特に子どもの場合は、大変有効な治療となると考えています。

息子のあちこち変形しかかった身体を触りながら、この身体でよくも飛んだり跳ねたり頑張ってやっているのだと思い、関節の変形が不可逆的にならないよう成長期が終わるまでは小まめな手入れをしてやろうと思いました。

薬指の付け根が赤く腫れています。前回腫れた時は、熱がなかったので、内分泌的な疾患でなく、皮膚の炎症を考えると医師から言われました。治ったしそれ以上は調べませんでした。
中指。赤く腫れて痛いようです。部活後は皮がパンパンに張ってしまいます。
マッサージすると赤みが引きます。
今回も無事治りますように。

笑いすぎる笑い話

書き出すと、ややこしい心のウチですが、毎日の多くの時間を患者さんに笑わせてもらいながら仕事しています。

笑いすぎて、鏡に写る笑いジワに、目の前のご老人よりシワが深いやんと、よる年波にがっかりしたりしています。“シワシワになるしあんまり笑わんとこ”と思うのに、ついつい話に引き込まれお腹が痛くなるくらい笑っていることもよくあります。

「あんたなぁ、昨日おかしかったで。息子がなんか欲しいもんあるか?ってめずらしく聞くから、そらうちかて聞かれたら欲しいもんあるやろ。もうすぐバレンタインやし、伊勢丹にチョコレート売ってるやん。チョコレート食べたい言うたら、そんなん違うおかずややて。おかずはヘルパーさんがこうてくれはるしいらん言うたら、何にもこうてきてくれへんかったわ」

――伊勢丹よるん大変やったんちゃいますか。スーパーでもいいって言ったらどうですか?

「なんでや、すぐやん。伊勢丹には駐車場もあるえ。ほんでなぁ、手ぶらで来て、コーヒーとパン食べて、ずっとメールして、すぐ帰っていったわ。ウチ、わかったわ。あれはオンナや。オンナに会いに行くのに嫁の手前オカンに会う言うて出て来てんねんや」

きっと息子さんは一人暮らしのお母さんを気遣い、ご飯に困ってないか、顔だしたらそれだけでも母親が喜ぶやろという気持ちで顔を出されたのだと思います。まさかお母さんが探偵並みの洞察力で観察しているとは露ほども思ってないのでしょう。

少なくない人が、相手がお年寄りだと、自分の中の年寄り像に合わせて行動されているのに比して、お年寄りの多くは、頭の回転がゆっくりになったり、世間事情から疎くなっていたとしても、自分の知りうるあらゆることを総動員して考え、それまでの人生経験に基づいて考え、行動されます。
歳を重ねることは、見た目も中身も衰えて“いいこと何にもないわ”ってことになります。でも経験の多さとあきらめを超えたところにある達観したような態度は、若い人間の及ぶところではありません。

そのあきらめたフリをしている建前と、裏側の本音があまりにも違っていたり、よそ行きの態度と本音の差とを、どうこうしてもらいたいわけじゃなく、ただの話として、語るその口調に、私はお年寄りの懐の深さと悲しさ、優しさなど色々なものを感じます。そして、一方では、そんなことに全く気がついていない相手とのギャップを想像して、私は本当に面白くて笑ってしまうのです。

毎日いろいろな事があります。

どちらかというと、うまくいかない方が多いかもしれません。でも、お年寄りとつき合わせていただいていることで、私は、自分の歳の数よりはるかに多くの経験を見聞きし、考える力をもらっているように思います。また私の無礼を大きな心で許してもらえたり、マッサージしながら、話を聞いてるだけで、おかげで元気でたわと私のほうが元気をもらっていることも多いので、やっぱりお年寄りは大切にされる価値が十分にある存在なのだと思います。

パーキンソン病の患者様。細かいことは病状を悪化させるからあまり奨励されません。が、細かいことばかりされてますが、ずっと機能を維持されてます!

新年祝賀会

昨日、リーガロイヤルホテルで行われた、京都府鍼灸マッサージ師会(以後府師会)新年祝賀会に初めて参加させていただきました。

国会議員の先生や府知事・京都市長、鍼灸学校の校長や、介護支援専門員会会長、全国の鍼灸マッサージ師会の会長や理事の方々など普段お目にかかることのないご来賓の顔ぶれにちょっとミーハー(これはすでに死語⁈)気分で皆様からのお言葉を聞かせていただきました。

その後の御食事会では、介護支援専門員会の副会長や静岡の先生とお話しさせていただいたり、いつもお世話になっている先生方から声をかけていただいたりと、またとない経験となりました。

私は、自分で治療院を開業するまで、この府師会の活動に参加することはほとんどありませんでした。開業する際に、お世話になるのだから少しは顔を出そうと、何かの折には参加させていただくようになりました。正直、自分たちの会であっても、あまりいい印象がありませんでした。訪問マッサージに対する姿勢や会の運営に違和感を抱いていたからです。
ところが、久しぶりに顔を出した府師会は、自分たちの資格に誇りが持てるようにと熱心に取り組む若い先生方がたくさんおられました。

私は、深く知ろうともせずに、つまらないと思い込んでいた自分の傲慢をはずかしく思いました。
それから自分の出来る範囲ではありますが、少しだけ参加するようになりました。

そうして府師会に参加しようと考えた私の考えは、大当たり🎯でした。

この20年、私は自分の信じた道を進んできましたが、私の考え方はわかるけど、実際的でないとか、それは机上の空論だとか、青すぎるとか、そういう批判めいた感想を耳にすることが多く、治療上の相談であっても、他業種の方に聞いていただくのが、常でした。

ところが、一人の府師会の先生が、私の気持ちや考え方を理解し、手技交流会の講師にと声をかけて下さいました。私は声をかけていただけたことが嬉しくすぐ快諾しました。そのおかげで、他の先生方とも知り合いになり、励ましていただいたり、また勉強会の講師に声をかけていただくようになりました。
共に歩めると思える先生方と出会えたことや、それぞれの経験に裏打ちされたお話しをうかがえることが私の世界を一挙に広げてくれました。

また、いつもは小さな治療院の中にいて、自分の中に大きな力を感じることはありません。小さな小さな個人事業主にすぎません。しかし、府師会の一人になると、大きな組織の一員として、少し自分にも大きなことが出来るんじゃないかと思えるのも、いいことです。昨日の豪華な来賓を見てつくづくそう思いました。

御多分に洩れず、我が府師会も、参加される方々の高齢化が進んでいるように思います。若い息吹がもっと増え、私たちの業の未来を明るいものに出来たらと思います。

なかなか多くのことは、出来ませんが、府師会の活動に少しの力になれたらと考えています。

おそれおおい方々の中で私がうつっているのもまぎれさせました(^:-)

お断り

先週は、一人の患者様からお断りをいただきました。よくはあることでもありませんが、めずらしいことでもありません。

訪問マッサージはこちらから伺うので、理由がわからないまま仕事が消えるということは、ほとんどなくて、多くの場合にその理由を知ることができます。そのことに慣れることは、なかなかありません。毎回ガックリするし、相手を非難したくなります。

どこで間違ったんだろう、どうしたら良かったのか、自分なりの答えが見つかるまでそのことが頭から消えずに、頭の中をグルグル回っています。

 

そして時間の経過とともに、感情的な部分が薄れ、冷静になってくると、自分の足りなかった点や患者様の立場からの見方が理解できるようになってきます。やはり治療の本質は、一方的な技術の押し付けではなく、患者様に寄り添うことなのだろういう考えに至ります。

他にはない素晴らしい技術を持っていたとしても、その結果を出せるまでに断わられてしまってはその技術を振るうこともできないのですから技術がすべてというわけにはいきません。

患者様が、訪問を楽しみに待って下さることの中身は、マッサージの技術だけでなく、会話であったり、話し方やそのたたずまいがかもす雰囲気であることもあります。肌の合う合わないという理由で仕事が断わられることもままあります。

しかしながら、相手がそう感じる裏には患者様に対する共感や思いやりの気持ちが欠けていることがあるように思います。そのような気持ちの至らなさが、どのような施術や会話であろうとカンに触るという結果を招いてしまうのではないかと思い至ることがほとんどです。

それは命に関わる実際的な仕事ではなく、マッサージが単なる技術の提供でなく、触れるということ自体が癒すことも含まれる仕事なので、常にこちらの心がつたわってしまうのだと理解しています。

そうして日々患者様から鍛えていただいたおかげで、相手に寄り添うということを、少しずつ、より深く知ることが出来るようになってきたように思います。それでも、やっぱりうまくできないことがあり、しばらくはがっかりするしかありません。

今回は悠生治療院の4人のメンバーが全員順番にお断りをいただき、最終治療院の変更ということになりました😢理由はそれぞれ違いますが、根底には辛い患者様の毎日を変える力になれなかったことが一番の原因です。

なかなかうまくできませんが、今後も精進しますので懲りずにによろしくお願いいたしますとお伝えするばかりです。

患者様のお家で。自費のヘルパーさんが、体調の優れないご家族様のお昼ごはんを作り、私は残りを試食させていただきました。このおじやの中にほうれん草、かぼちゃ、白身魚、人参・しいたけ入りの卵焼きが入って栄養満点です。
自費のヘルパーさんと私たちマッサージ師は介護保険外のインフォーマルサービスです。介護保険にしばられない者同士相性がいいなと思います。
おかげで身体だけでなく心も満たしていただきました。ごちそうさまでした💕

筋膜

50代男性。神経難病により、末梢神経炎を発症、歩行不可、トランスファーなど起居動作自立。だが上下肢体幹のコントロール不良。上肢筋力低下顕著、巧緻性低下。独居。進行性らしいが、現在は落ち着いている様子。
三年前から訪問を始めました。とにかく肩が凝って辛い、手足が重い。鍼灸も試したけどどうにもならない。治ることは考えられないけどせめて楽にしてほしいという依頼でした。

力がうまく入らずある力を必死で使う場合、力を抜くことがうまく出来ず、手足はどんどん内旋位になります。皮膚がよじれて元に戻らなくなるのです。女性ならパンストがよじれたら足を動かしにくくなる感じを想像してもらったらわかると思います。(男性だとタイツ(?))。筋膜というのはパンストのように一つ一つの筋肉だけでなく全体をも包みこんでいます。そして、身体がスムーズに動いていると力の抜け具合に合わせて筋膜も元に戻るのですが、力が抜けないとどんどん戻らなくなるのです。同じ動作を繰り返す場合もこのようなことが起きやすいです。麻痺などがあり、伸筋と屈筋のバランスが崩れている場合は、ほぼ内旋位になってしまっています。

彼の場合もそうでした。これを健康に近い状態に戻すことはそう難しいことではありません。麻痺などの神経系の異常を治療するわけではないからです。

そして治療開始から数ヶ月後には、彼の口から「全く期待していなかったマッサージがこんなに効果があったなんて」という言葉をいただけるくらい身体がスムーズに動き、起き上がりや立ち上がり動作が安定するようになって下さいました。

それから彼自身はどんな姿でもいい、とにかく歩きたいと、プールに通ったり、訪問リハビリの先生に四点歩行器での歩行訓練を続けたりされています。が、独歩(介助なしで歩くこと)に一番必要な重心を定めることが出来ません。腰が左右にぶれたり、足が出過ぎたり、緊張すると無意識につま先立ちになったりしてしまうのです。

この先の道のりは私にはわからないことが多すぎて、リハビリの先生に任せてきました。しかし昨年、鈴木先生の講演会(1/8のブログ参照)で解剖学的に解決出来ることをきちんと積み重ねていけば、神経系統の疾患も効果が得られるという話を聞いて以来、私にも、もう少し出来ることがあるかもしれないと考え始めました。

長年の歩けない暮らしで、見た目以上に筋萎縮、関節拘縮が進行しているのは確かです。可動性を正常に近い状態まで作っていけば、もう少しコントロールが可能になるかもしれないと考えています。

ご本人にも伝え、立位訓練を増やしてもらいました。下肢後面から腰部に至る可動域を拡大するためです。座位でおじきをする訓練もお願いしました。
1か月足らずの時間ですが、少し光明が見えている部分もあります。まだまだ道のりは長い気がします。でも今年中にはなんとかならないかなと思っています。ここでいい報告が出来たらうれしいなと思います。

途中で投げ出さないようブログに書きました。

筋膜ってこんな感じ。人体で最も大量にある組織であり、未だ全容が明らかになっていない、未知の可能性を持つ組織です。
この本自体もとてもエキサイティングです。

職人技の手技療法

私たちの日々の治療はうまくいったりいかなかったりの繰り返しです。
高齢者になると不定愁訴や如何ともしがたい訴えが多く、歳のせいと諦めのつかない訴えに、お医者様であっても日々薬の調整に苦労されています。私たちの手技療法であればなおさらのことです。

私の治療が予想どおりあるいは予想以上の結果が出ても、「エビデンスが得られないから、一般化出来ない。職人技では医療として科学的根拠を得られない」と、在宅チームでよくご一緒する医師に言われます。私は医療とはそういうものか、仕方ないと考えてきました。

しかしながらアメリカの手技療法の本を読み、日本の理学療法の話を聞くにつれ、本当かなと思うようになってきました。アメリカからやってくる療法は誰でも出来ます的なプログラムは作ってありますが、その前提の評価の部分は繊細な指先の感覚から捉えて考えついたんだろうと思うことが多いからです。
なぜなら、私が筋膜療法で治療しているというのは、筋膜療法を学んだからでなく、全身を指先の感覚だけでみつづけたら、筋膜療法と同じ理解に至ったからなのです。こう表現するのは伝わり易いからに過ぎず、筋膜療法は特別なことでなく、誠実に経験を積んだ治療師が指先の感覚で身体を見ていけばわかることだと思っているからです。
あくまで私の見ている範囲のことですが、理学療法士は角度を図り、プログラムを作り、誰でも同じ治療が出来ることを前提に治療を組み立てていきます。しかし問題は患者の身体です。単純に角度計で現れない筋萎縮や、可動性の非常に少ない部分の関節拘縮(元々可動性が低いので可動域の測定が困難)の存在が滑らかな動きを阻害していることがよくあります。そこへの理解は患者の身体を嫌という程触り、正常と異常がわかることでしか、理解出来ないように思います。まさに職人の世界で、誰でもわかるとはとても思えません。そこへの理解なく、治療を施しても、いい結果が現れないのは当然のことです。

海外で考え出された療法が、理学療法士・作業療法士により、日本に輸入され、なかなかいい結果が出ないのはそういうことではないかと思います。もちろん熟練した理学療法士であれば結果を出されていると思います。

だから、本当に大切なのは、誰でも同じことが出来る治療ではなく、患者の身体を正確に把握できる力量を持った施術者ではないかと思います。

料理人や美容師、教師、写真家どんな職業も同じことをしたら同じ結果が出ないのは腕の差だと考えるのに、こと命にかかわる最も大切な医療保険における治療に関して、個人の腕より科学的根拠に重きを置き、資格者になれば同じことが出来ることが大切と考えるのはおかしなことではないかと思います。
医療保険を適用するのに必要な考え方かもしれませんが、それは必要条件であり、医療の評価を決める絶対条件になるのは本末転倒な気がします。

まあ、ここで吠えても仕方がないのですが。

本当は今日のブログには50代男性の患者様と私たちの今年の取り組みについて書こうと考えていました――これは、今年新たな気持ちで立ち向かおうとする話の前提です。みんなが歩行は無理だと考えている方の歩行の可能性に、昨年までは消極的に関わってきましたが、今年はもう少し積極的に関わるぞという決意を次回に書こうと思います。

いつも心に太陽を。
身体が動かなくても年寄りでも心の太陽が消えませんように。曇天の雲を吹き飛ばすほんの小さな風になれたら幸せ。

スタッフミーティング

金曜日はスタッフミーティングの日です。

一週間のカルテ整理と来週の予定の調整が主な内容です。あとはうまくいかないケースの話や小さな独裁者(私)の話なわけです😩

本当は患者さんのために独裁者はいてはいけないし、何を言われようとなんとかしたい気持ちでいっぱいになって患者さんの状況を訴えて私を困らせて欲しいです。

で、昨夜はうまくいかないケースについて話をしましたが、担当者の中で何が問題で何がマッサージ師の仕事なのかが整理できてないように思いました。そこで今日は訪問マッサージのプランのたて方について書こうと思います。

 

四年前から訪問している82歳の女性。

内科疾患による長期入院による廃用性筋力低下、関節拘縮、下肢の浮腫を改善してほしい。また室内歩行の安定という依頼理由で訪問開始。

廃用性筋力低下は退院により、在宅生活を再開し活動量が増えれば自ずから改善して行くことが多いのですが、高齢者や他に疾患を抱えている場合、自力では改善しきれない関節拘縮や機能低下があるため、入院前と同じに戻るのが難しい方が多いのが現状です。

そういう時、関節の状態を整えることで大きな改善をみることがあります。この方もそのうちの一人で、訪問開始時より、随分動作の安定性が出て、またそれに伴い下肢の浮腫も消失していただけた方でした。

改善後も、脳梗塞の後遺症、肥満、変形性腰椎症による下肢体幹機能低下、関節痛などの不安定要素を抱えておられたこと、ご本人が楽しみに待って下さっていたこともあり、室外歩行練習と組み合わせて訪問を継続していました。

そして、昨夜の話し合いでは、その患者様の円背の進行が気になると担当者から話がありました。

同じような暮らしをしていても、加齢による筋力低下は日々襲ってきます。高齢者や障害者の場合、現状の治療で機能を維持すること自体が目的の仕事も多くあります。
しかし、医療保険を使って訪問している以上、仕方ないでは済まされないと考えています。対策を考え、進行を極力緩やかなものにしなければいけません。

まず、円背の進行により今後どのような事が予想されるか考えてみます。

円背の進行自体が、下肢・体幹の筋肉低下の現れであり、今後は腰痛、膝関節痛の悪化→歩行時の痛みの増強→さらなる筋力低下→転倒・ADLの低下、他にも、肩関節の可動域の減少→痛みの出現、腰椎圧迫骨折、誤嚥性肺炎と様々なことが予想されます。

状況を悪化させないように食い止めることが何より大切で、日常生活を支える機能が一つ綻びると後は雪崩のようにガタガタと崩れてしまいます。

では、生活も施術も大きく変わったことはないのに、円背を進行させる筋力低下をきたす時どうすればいいでしょうか?

まず、今までの治療の見直しです。していても食い止められないなら、同じことをしていてはいけません。

漫然と全身治療をしてこなかったか、ご本人の訴え(腰、肩の疲労の軽減)を重視するあまり、全体のバランスを欠く治療をしてこなかったかを反省する必要があるでしょう。

下肢体幹の筋肉が活性化するよう、あるいは使いやすくなるよう、ストレッチとマッサージを今まで以上に丁寧に施すことが必要ではないかと思います。

それから、室外歩行時に、単なる散歩になっていなかったか、足りない筋力、バランス力を補う筋トレを組み合わせながら行えたか、あるいは歩容をチェックしながら進めてこれたか?

これはとても大切なことです。私たちマッサージ師はレントゲンや検査で評価することはできません。そのかわり視診・触診する力を持つことで的確な治療を可能にしていくからです。

またご本人やご家族に現状を説明し、今後起きるかもしれないことについて理解を求め、毎日の生活の中にトレーニング的要素を取り入れていただくことも必要でしょう。

 

今はまだ生活上の大きな変化が起きていません。今回の話し合いで、担当者が新たな気持ちで、日々の施術にのぞみ、予想されるどんな変化も起こさせないよう頑張ってくれることを願います。

私たち在宅医療に関わる人間は、ともすれば自分の技術の足りなさや怠慢を患者様のせいで、仕方のないことにしてしまいそうになります。しかし、誠実に向き合うことで、出来ることは考える以上にあると私は考えています。
寝たきりは口で言うよりずっと辛くて悲しいことです。私たちマッサージ師の訪問がそのような状況を遠ざける一因になれるよう日々誠実に仕事をしていきたいと考えています。

専門用語もある長文を読んでくださりありがとうございます。

雪が降る日もあるけど歩みを止めずがんばりたいなぁ。

 

寄る年波の筋肉痛

私は、毎日の仕事を自動車か、自転車で訪問しています。自転車で回るといろんな景色をみたり、ボーと考え事をしたり、気になるお店を覗いてみたり、季節がいい時はそれ自体が楽しかったりします。でも時間の制約が厳しい時や遠く離れた場所に行く時は仕方なく自動車で訪問することになります。

この頃は少し離れた場所の仕事が増えたため、自動車で訪問することが増えました。

おかげで筋肉がとても落ちてしまいました。先日患者さんと一緒に腹筋をしようとしたら、なんと一度も出来ないではありませんか💦焦ってスクワットを少ししました。もちろん腹筋もしました。きっちり、翌々日に筋肉痛が…

人にはさんざん筋トレの大切さや、急激な運動は害が大きいなど言っていますが、自分が身をもって知る歳になってきました。
仕事を始めた頃は、ほとんどの患者さんが、私の二倍、三倍歳上でした。今では中年になりそんな事を言える人は限られてきました。
私の最年長の患者さんは今年105歳を迎える方です。私の倍以上ですね〜♪久しぶりに言えたこのセリフに、自分の重ねた歳を感じると共に、50でこんなに寄る年波を感じることを考え、104年の歩みに心の底から尊敬の念が湧いてきました。104歳の人生は精神力がまるで違います。私は足元にも及びませんが、少しは負けずに頑張らないとと思います🤸‍♂️🤸‍♂️🤸‍♂️🤸‍♂️

102歳の方の靴下。カーディガンをリメイクして作ってあります。お袖だけでなく身衣からも作るそうです。先日はご自分で着物のリメイクをされてました‼︎

マスミさんのこと(脳卒中の後遺症)

マスミさんは息子と二人暮らしの80歳の女性。脳卒中の後遺症で左上下肢の不全麻痺があります。

歩く練習はするけど、左上肢の訓練はしないし、麻痺で浮腫がひどいので、せめて浮腫の改善をというケアマネジャーからの依頼で訪問を開始してから3年がたとうとしています。

脳卒中の後遺症の麻痺がある場合、多くは屈筋と伸筋のバランスが悪いせいで、筋膜が内旋し、結果浮腫が目立ち、それが余計に麻痺の回復を遅らせてしまいます。

マスミさんも例外ではなく、筋膜の内旋のリリースを行なった後浮腫はほぼ消失しました。それから彼女は、自分のことくらい自分でしたいとほとんど実用的ではなかった左手を使い洗濯物を干し、押さえることでなんとか食べていたヨーグルトを持って食べられるようにまで回復を勝ち取って来られました。

そんな彼女が、今日はなんとか親指と人差し指で物をつまめるように練習をしている。動かないから右手をみて、同じように動かすつもりでしていると、上手につまむ様子を見せて下さいました。

ミラーボックスというリハビリ(*)があります。箱のなかに斜めに鏡が入っていて、その中に手を入れて、麻痺のない手の動きを鏡に写すことで、脳が鏡にうつった麻痺のない手を、麻痺の手と勘違いして麻痺を回復させるやり方です。
彼女は自分でそのやり方と同じことを考え出してさらに麻痺を回復させていらっしゃるのです。

仕事なので、患者さんよりいろいろなことを知っていたり、経験を積んでいたりします。でも、そのことが自分の中で勝手なゴールを作り出したり、この人には無理と決めつけてしまったりすることがあります。

患者さんの諦めきれない気持ちに、応えきれない技術でどう応えていくか、生活に支障をきたさないようにどう関わるか、反省させられる出来事が続いています。
マスミさんの回復ぶりをみて、自分勝手なやり方をまた反省させられました。

できること、できないこと。できなくても共に努力して見る価値のあること。再考しながらまた明日も仕事をしようと思います。

 

(*)ミラーボックスが具体的にどんなものか、「ミラーボックス リハビリ」という言葉で画像を検索してみてください。どんなリハビリかわかります。

例えばこちらのサイトにも画像があります ↓

http://www.toyophysical.co.jp/21-mirror.html

『目醒める!大腰筋』読了!

『目醒める! 大腰筋  コアを鍛えて内面から身心を改善』
ジョアン・スタウガード ジョーンズ (著)/ 武田 淳也 (監修)(医道の日本社)

ようやく読み終えました。

上半身と下半身を繋げる唯一の筋肉である腰筋の働きは、肉体のみならず精神まで支配していて、身体中で最も酷使されるこの筋肉をリリースすることは身体とともに心に至るまでの解放をもたらす

ということを臨床例やヨガのポーズを交えて説明しています。

大腰筋とは今流行りの体幹力の基本となる筋肉です。体幹力はスポーツのみならず、アンチエイジングなどあらゆる面において最も大切な筋肉で、一言であらわすと、中心のバランスをとる筋肉です。

私の毎日の仕事である訪問マッサージは医師を中心に看護師、ケアマネジャー、介護士、そして理学療法士らとのチームの一員として仕事をすることが多いので、その中で与えられた役割を果たすようにしています。そのために西洋医学の言葉で考え、治療を行うようにしています。

身体に対する治療の分野では言葉を置き換えれば東洋医学のアプローチとそれほど変わることなくこのチームの一員として仕事をして行けると考えています。

しかしながらスピリチュアル的な部分についてはあまりに考え方が異なるため自分の考えを口にすることはほとんどありませんから、こういう研究をしている人がいて、翻訳されて私の目にふれること自体にちょっと驚きました。
けれども医学の常識というのはこの20年でさえ随分塗り替えられてきました。
例えば、床ずれ治療。かつては乾かすことが必要とされていたのですが、今ではサランラップで体液を蓄えることで傷の治癒を促進するという考えが主流となっています。ですから、これからの20年に身体の解放が心の解放に直結するということが常識になっていくかもしれません。

姿勢がいいことが、つまり体幹力がありかつ柔軟な状態、身体の動きだけではなく、脳の活性化だけでなく、心の平穏まで司ることが常識になる日も遠くないかもしれません。

自分自信の身体のケアも含めがんばろー🤸‍♂️