保険治療と自費治療

医療保険による治療が日々厳しくなるのを心配して、友人の医師やケアマネジャーは、保険治療から自費治療に切り替えていくように勧めてくれます。
自費治療で生計が立てられたら、理解を得られない悔しさはなくなるし、レセプトの煩わしさからも解放されるし言うことはありません。

でも自費治療で生計を立てるのは、それはそれで本当に大変で、自費治療しかしていない治療師は心の底からリスペクトです。

収入のほとんどが保険治療なので、自費治療でお金をいただくことに慣れません。私ごときの治療にこんなにお金をいただいていいのだろうかという気持ちがなかなか抜けません。

なんらかの疾病を抱えた方だと、保険でも自費でも症状を軽減することができれば、相応の対価をいただくことに遠慮はありません。

しかしながら肩こりや疲労に対する治療は、全身の調整だけでは済まないものがあるように思います。
肩こりが完璧になくなるというのはなかなかイメージしづらく、私の治療でいいのかなっていう自信のなさがつきまといます。

疾病に対する治療と、リラクゼーション的な治療だと、リラクゼーションの方が容易いように思う方もあるかと思いますが、実際はリラクゼーションの方が不確定要素が多いので難しいと思います。そんな効果のほどが確かにわからないことに少なくない人がお金をかけていらっしゃるということは、働く皆さんのストレスはとても大きいということなのでしょうか。
そう考えるとリラクゼーションが提供できる治療への憧れは小さくありません。

しかしながら、マッサージの技術だけでなく、雰囲気・会話・部屋の様子全てにおいて心地よさを味わっていただかなくてはと思うと、そんな仕事の後は、自信のなさと精神的な疲労でぐったりしてしまいます😓

私自信の性格からくるのでしょうが、そんなこんなで、認知症で会話や発語が困難な方や寝たきりで身体が動かない方や、ガン末のターミナルケアの治療が、本当に好きです。
文字通り死ぬか生きるかという肉体を、少しでも軽く、息が深く出来るように手助けさせてもらえることはこの上ない喜びです。
ただただ、患者さんの肉体に溶けていくように自分の手を走らせ、生命活動を滞らせている筋肉を助けたり、解いたりしていると時間も何もかも忘れてしまうことがあります。

そんな時コミュニケーションもままならない方から、お礼の言葉をいただいたり、なんとなく心が通じているような気持ちになれたりして、肉体の解放が精神的な解放に繋がるのを実感したりします。

こういう治療は自費ではなかなか難しいのですよね。医療保険だからこそ可能なんだと思います。

認知症の患者さんの口コミから仕事が拡がったら私も安泰なのに、それがないのが残念です😅

訪問マッサージについての新聞記事についたブログに何人かの方から励ましの言葉をいただき、本当にありがとうございました。そう思って下さる人がいると思うだけで、前を向いて頑張れます。

あきらめない気持ちを大切に。

後縦靱帯骨化症術後、四肢不全麻痺があるのに絶対に寝たきりになりたくないと、どんなこともあきらめないで工夫を重ねやり遂げはります。
伺う度にリスペクトです。見習わねば。

マッサージ療養費について

2017/2/20付け京都新聞に鍼灸マッサージ師の保険請求についての記事が載りました。

ニュースのポイント「知ってナットク」――マッサージ療養費の不正請求って?と題された、時事問題をわかりやすく解説する2人の会話調で書かれた記事です。

記事そのものは京都新聞のサイトで掲載されていないので、興味のある方は図書館で実際に読んでみてください。

私はあまりにひどい内容に悔しくて涙が出て来ました。

マッサージ施術が本当に医療保険として意義のあるものかと考える医師が多いのは残念ながら事実です。

しかしそれでも、この記事はあまりにも悪意に満ちているように思います。

見出しはこうです。
『高齢者訪問施術で荒稼ぎ 』
マッサージ師は本当に、高齢者訪問施術で荒稼ぎしているのでしょうか?

記事には『一定の条件を満たせば保険が使える』とあり、マッサージ師が保険を使うこと自体、何か問題があるように、私には読めます。

一定の条件も何も、医師が医療マッサージが必要という判断がない限り同意を得ることはできませんし、保険治療をすることは出来ません。マッサージ師は自由に保険を使える資格はないのです。

また、私たちの請求できる金額は、
一局所 285円。
左右上下肢・体幹の5局所が最高金額。

何局所請求できるかは、医師の判断によりますから、285円〜1425円。
これは患者さんの自己負担ではありません。10割の金額です。

私たちの保険は療養費払いと言って、普通の医療保険とは違い直接保険者に請求できる権利がありませんが、患者さんの便宜のために施術者が代わりに請求する方法がとられています。

この記事によると、
『その際、患者にわからないように金額を水増しするなどの不正があるのです』
とあります。

患者にわからないように不正する施術者がいるのは確かです。

しかし、これは療養費払いだからでしょうか?

医療保険の不正請求は私たちマッサージ師だけではありません。医師や薬剤師の不正使用のニュースを耳にすることもよくありますし、金額は桁違いで、療養費払いは関係ないように思います。そうではなく、個人の倫理観の欠落からくるものではないかと思います。

また『具体的な手口』については、『患者は 高齢者が大半を占めます。老人ホームへ出向いて施術する際の出張料を狙う手口です。』と書かれています。

ここまで読むと、老人ホームへ出向くこと自体が詐欺を働いているかのように受け取るのは私だけでしょうか?

老人ホームに入所した老人に訪問マッサージをすることはいけないことではないはずです。

そして実際の『手口』については
2キロ未満は1800円からの算定(2キロ増すごとに800円の加算なのです)になることは書かず、
『6キロから16キロが4000円余り』とわざと大きい数字に書き換えて、『悪質』でない業者も訪問施術自体が『公金を食い物に』していると読めるように書かれているように思います。

そして実際の不正の額ですが、『9年間で、5万5千件、約9億5千万』とかかれています。

9億と聞けばとても多いように思いますが、一年あたり1億円。

一件あたり約1万7千円の不正額です。不正はもちろんいけませんが、個人の倫理観を持たない悪質な業者があら稼ぎしている金額は、一件あたり1万7千円となります。

これが他の医療保険、介護保険サービス提供者と比べて突出した悪質さといえるのでしょうか?

また何を根拠に『氷山の一角』なのかこの記事には書かれていません。

悪質な業者がいるのは確かですが、往療費でしか請求できない施術料の低さがその温床になっているので、それを変えてもらいたいのは、誰よりも私たち自身です。施術費を適正な金額にし、往療費の加算をなくせば、マッサージ師の不正使用の可能性は限りなくゼロに近づくと思います。
最後に参考までに私たちの療養費が高いか安いかを比較していただきたいと思います。

私たちには、時間の制約はありません。個人個人の考えでしていますから、『悪質な』場合は10分というところもあるかもしれませんね。

私は30分を目安に施術しています。局所数、距離数により請求できる金額が違いますが、一件あたり、2085円〜4825円の間で請求をしています。

ちなみに、医師の訪問管理料は月二回で58600円。
月一回で12600円。

訪問看護師は一回9620円(訪問時間、疾病により加算されていきます)。

薬剤師の訪問管理料6500円。

訪問介護(ヘルパー)30分未満2540円。30分〜60分4020円。

時間や患者の状態で様々細かい取り決めがあり、この数字は参考程度と考えて下さい。
こういう記事の根底にはマッサージ施術は医療にとって不要であるという考えがあるのかと思います。

でも、自分が老人になったとき、不自由な身体を抱えて生きざるを得ないとき、一番欲しいものは何か考えてみて下さい。

私の個人的な考えですが、人は歳をとればお迎えが来るのは自然なことです。長生きが必ずしもいいわけではないと思います。人工透析や胃ろう、ガンの治療などの方が、立派な医療であっても無駄なお金になることもあるのではないかと思います。
ターミナルに入った方の多くが、どんな訪問よりもマッサージを待っていると言って下さいます。

また、血行を良くすることは感染症の危険性を遠ざけます。床擦れや尿路感染症、肺炎の治療代に比べれば、それを未然に防げれば、医療費の軽減に結びつくでしょう。
リハビリが医療費の高騰を防ぐ一番の方法であることは明らかであるにも関わらず、私たちはいつも【悪質な業者】扱いです。

高齢者の増加とともに、在宅サービスの業者も増加しています。増加に伴い、サービスの質がピンからキリまでなのは、私たちだけではないように思います。

本当に現場で起きていることを取材に来て欲しいです。

在宅生活を送る老人たちの本音は何処にあるか、私たちがこれほど、医師や保険者から厳しい対応を受けても消え去らないにはワケがあると思います。
身体に触れながら、30分の時間をともに過ごすことがする側にもされる側にも、他にはないものを生み出すように思います。

医師は長い時間をかけ、専門的な勉強をし、全ての責任を負う身で診療にあたられています。それは一番多くの診療報酬を得るに相応しいことだと思います。しかしわずかの時間でわかることには限りがあることもあります。

もちろん私たち自身が襟を正し、医師と連携の取れる体制を強化することや、倫理観を確かに持ち合わせていくことなど、様々な課題を抱えていることは確かです。

けれど、聴診器も当てない、触診もほとんどない医療の中に、薬やリハビリ・体操以外のマッサージという選択肢があることは、全ての人にとってステキな未来じゃないかと思います。

寝たきりで、寝返りさえままならなかった方。訪問を始め、座位が安定し、発語も増えた。喜ぶご主人の誉め殺しにあいながら期待に添えるよう全力で治療してます。

京都マラソンボランティアマッサージ

おはようございます☀

一昨日(19日)は京都マラソンボランティアマッサージで一日が終わりました。今朝は全身筋肉痛です😩

個人的には6分間施術の決まりを守ることで、マラソンによる疲労の回復を一番の目的に施術することを心がけました。というのも、痛みの出た箇所や元々ある故障の箇所の治療までしたくなってしまうのを避けるためです。わかってはいても日常的な仕事とは違うので、ついつい手が反応してしまうのです。

そして、今回は、施術場所をスポーツケアを中心にされている先生の向かい側に取りました。その先生方のリズミカルで軽快な施術を見ることで、自分のすべきことを再確認し施術にあたることができました。

一番最初にケアさせていただいた方が「途中から脚が痛くて、終わったらマッサージしてもらうことだけ考えて走りました。すぐにしてもらいたかったので着替えずに来ました。すみません」と言って来て下さいました。タイムは3時間を少しきったと言われていたように思います。

限界に挑戦した身体は張り詰めて切れる寸前の糸のようです。
糸(筋繊維)を切らないよう傷つけないように優しく優しく緊張を取り除くように施術しましたが、いつもの仕事で触る身体とは正反対です。細心の注意をはらいながらの施術です。

その間に「ああぁ」「ううっ」と声を出して施術に反応して下さいます。その声に上手く誘導されて、6分では終われませんでした。が、終わった後は「ありがとう」と握手して下さり帰って行かれました。

おかげさまでその後は、その施術を基本に6分を組み立てて取り組めたように思います。

「極楽でした」
「明日、仕事休まずにいけそうです」
「妻がマッサージ、マッサージと言って金をくれと言うんだけど、その理由がわかりました」
などと言葉をいただけたのは私には何よりの御褒美となりました😊

マラソン参加者1万7000人に対して、私たち京都府鍼灸マッサージ師会で、約1000人の方のケアをすることができました。
昨日の京都市長が、京都三大祭りに次ぐ4番目の祭りとして、広く国内外からの参加者を募ることが出来ているとおっしゃっていました。
その一大イベントに公式ケアとして、広いスペースをいただき、施術に参加出来ることは、マッサージ師として本当に誇らしく思います。

今年は私もスポーツケア部の委員としてほんの少しだけ事前の準備に関わらせていただきましたが、委員長を始めとして多く方方の準備、打ち合わせから、物品の購入などの御尽力のおかげで、私たちは当日のまたとない経験をさせてもらうことができるのです。

医療保険の締め付けや、国家資格のない治療家の存在など、厳しい状況にある鍼灸マッサージ師業界ですが、このような機会を通じて、自分たちの業が他にはない技術を持った仕事であると実感することができるように思います。

未だ参加されていない多くの施術師の人たちがもっと参加していただけば、もっと多くのランナーをケアすることが出来るし、業界としての存在を多くの方に理解していただける機会になると思います。
そのことが、自分たちの業に自信を持って技を磨いて行く大きなきっかけになり、業界全体の大きな光になるのだろうと思います。

最後に書いておきますが、京都市としても私たちのブースは高く評価してくれていて、昨日は生中継でも我がブースが映されました。で、ランナーとともに私もインタビューを受け、生中継に出してもらいました。走り終えた感想と、マッサージしている気持ちを話すことになっていましたが、恥ずかしながら緊張して、しどろもどろになりました😓人生初テレビに出ました😵オハズカシイ…

準備中、顔を出してくださった京都市長。
二位の選手!
インタビューされてるランナーとマッサージしてる私。

優れもの キネシオテープ

おはようございます。

最近は訪問マッサージの患者様にもキネシオテープをよく使います。

痛みを起こしている箇所の炎症が治るまでの間、足りない筋肉を補う筋トレと併用しながらでないと貼っているだけではすぐに効果が現れないと考えていたからです。その上お年寄りはテープで痒くなったりかぶれたりするので継続的に使えず、皮膚トラブルを起こすわりに効果的でないと考えていたからです。

しかし施術後のキネシオテープ固定は施術で整えた状態を長持ちさせることができていて、マッサージだけの治療より身体の状態をよくするように思えて来ました。確証はないのですが…

なぜって、「貼った後は少し楽だった」との問いには、「楽みたいです」と答えるわりに、湿布みたいに数時間で剥がす人が多いのです😂

ところが、今週の火曜日に訪問した患者様が、その方は心肥大からくる全身の倦怠感が強く、廃用性筋萎縮の他は大きな疾患のない方ですが、肩の内側鎖骨端の関節包がピンポン玉みたいに腫れて熱を持っています。聞くと2日前に、高いところの窓を閉めた時に痛みを感じ、手が挙がらなくなったと言います。

肩は生活で動かすことも多いので、こんなに腫れると長引くことも多いところです。

少しでも楽になってもらえるようにとりあえず周辺の緊張をほぐしました。

膝の腫脹も同じですが、関節包の腫脹がある場合、周辺の筋肉を丁寧にほぐす事で関節の状態がベストな状態になれば、血の流れもリンパの流れもよくなり、それだけで腫脹は軽減します。

施術後、心持ち腫れが引いたように思いましたが、「全然挙がらへん」と言われます。仕方がないから慰めのつもりでテーピング固定をして帰りました。

そして、金曜日にもう一度伺うと、なんと‼️腫れは引き、手は普通に挙がっていました❣️テーピングはすでに貼ってありませんでした😂

身体に備わる治癒力は単純な足し算引き算ではないのだとしみじみ驚きました。「先生のおかげや、ありがとう」と言っては下さいましたが、私自身もすごいな😲びっくりでした😲

キネシオテープありがとう😊です。

今日はいまから、京都マラソンマッサージボランティアです。ただ今準備に入る準備中。

肋骨ぺこぺこ

今週は風邪でお休みの患者様がいっぱいです。皆様も風邪🤧にお気をつけ下さい。

こんな風に時間が出来て、身体が動くときは(ヘトヘトでお尻に根が生えて動けないことも^^;) 出来るだけスタッフと二人で訪問し、お互いの仕事を見るようにしています。

今週月曜日、ある患者様が転倒され、肋骨を強打されたので、どれくらいの痛みか確認してほしいと、ケアマネジャーより連絡をいただきました。

訪問してみると、痛々しそうな表情で、普段温和な方が「あかん、やめや。しばらくお休みや。ずっと待ってるけど、全然よくならへん」と怖い顔で言われます。痛いと訴えのあるところを手で触ると、ビードロみたいに手の下でペコペコと肋骨が動いているのがわかります。「咳しても痛い、熱い気がする」とも言われます。

私は、血圧計を携帯していなくて、パルスオキシメーターという、血中酸素濃度を測る器械だけ携帯しています。運動してもいいか、救急搬送の必要があるかなど施術中の事故を防ぐ指標にするのにとても役に立つからです。でもこの機器の欠点は指が冷たいと測れないし、正確な数値が出ないことです。

肋骨がペコペコ動いていることで、私はかなり動揺してしまいました。パルスオキシメーターは指が冷たいせいであり得ない数値を示しています。血中酸素濃度85%、脈25回/分…救急搬送の必要な数値です。

この役立たずめと思いながら、脈をみました。少し速いけど、しっかり打っています。

肋骨が折れても安静にするしかありません。肋骨が折れた方たちを見ていると、動いたり、咳や息を深くしなければそう痛くないように思います。

でもペコペコ動くのを触ったのは初めてでした。骨が折れて内臓にちょっと刺さるなんて事あったらどうしようかと心配になって来ました。

すっかり焦って、痛々しそうだし、骨は動くし、訪看さんに来てもらってバイタルチェックをしてもらいたいとケアマネジャーに連絡をしました。

結局、医師が往診に来て下さり、骨に異常はないと言われました。看護士からは、肋骨骨折で、内臓に刺さることはあるけど、そんなことになれば顔色が悪くて呼吸も苦しそうになるから、大丈夫だと言われました。

お騒がせして申し訳ないやら、お恥ずかしいやら…バイタルチェックをきちんと自分でしないからこういうことになるのです😓ごめんなさい🙏

で、あのペコペコは一体何?

翌日、スタッフと二人で訪問しました。

ペコペコは前日より、ずっと少なく小さくなっています。そして、痛みの箇所と違う場所です。痛いのは、みぞおちの左上部、肋軟骨の上です。ペコペコは心臓の下あたりです。
つまり、肋軟骨の強打で、肋骨の付け根が捻挫のようになり、肋骨の固定が緩んだんじゃないかという、結論に達しました。

それで、痛みの箇所にテーピングをしました。「トイレに行きたい」と言われるので、二人介助で歩いてもらいトイレにお連れしました。間に合わず、オムツ交換をして、また二人介助で、歩いてトイレからベッドに戻りました。

痛みで身体が硬くなっているので、二人介助は、ご本人に与える安心感が大きく、身体をリラックスさせ、歩きやすくすることができます。
またオムツ交換や衣類の着脱になれていないから二人だと心丈夫です。

訪問の仕事は、基本的には、一人で考え対応しなければなりません。いい加減な対応は、今回のように、関係者の皆様にご迷惑をおかけすることになります。

こんな失敗の後は、二人で一緒に行って、一人では出来ない仕事が出来た時は、一緒に働ける人がいる幸せをしみじみ感じます😊

肋骨骨折でなくて本当によかったし、また歩いてトイレに行けてよかったです。早く良くなって下さることをお祈りします。

それに肋骨がペコペコ動いても、もう動揺したりなんかしないと思います😉

今日の夕焼けはとても綺麗だった。夕焼けは秒速で変化するからなかなか写真におさめられない。旬な心を大切に頑張りたい。

交換治療会

今日は午後から鍼とマッサージの交換治療会の日でした。

一緒にネパールの治療ボランティアに行った辻村猛先生と月一の治療交換会をしています。

最初はネパールに行くまでにお互いの治療をわかり合う必要があるからという理由でした。

ネパールが終わってからも続けて下さっていて、頚椎が良くなかったり、三半規管が弱かったり、胃腸が丈夫じゃないとケアしてもらっています。

今では長い時間治療しないと、頚椎からの痺れが顔を出してきます。知らない間に私の身体は不調な箇所がどんどん少なくなってきているように思います。

治療の間、普段治療について迷いのあることについて質問したり、自分の考えを聞いていただいたりもします。

私の方がものすごく徳をしているなと思って申し訳ない気持ちもありますが、お言葉に甘えています。

これだけ書くのがようやっとです。鍼治療のあとはおそろしい睡魔に襲われます。

これで、またあと1ヶ月がんばれます。

おやすみなさい🌙

ちくわの燻製おみやげ付き。いろんなおみやげまで持って来て下さいます。ありがとうございます。

老人福祉に関わるということ

今日は土曜日の祭日です。
昔は、紀元節と言い、お休みだけど学校に行き、お祝いをして紅白饅頭をもらって帰ったそうです。

私の子どもの頃には、もうそんな事はなかったけれど、何かの機会にもらえた紅白饅頭は、とても好きでした。あんこが多すぎて食べるのに難儀してたにもかかわらずですが。

祝日は、訪問の仕事はお休みさせていただいていますが今日は一人だけ自費治療をさせていただきました。訪問マッサージに伺っていた患者様のご家族樣です。

この方は、お母様がいつまでも元気でいられるようにと、歩けないお母様の機能維持のために、介助歩行・トイレ誘導・車での外出など、丁寧な介護を続けておられたため、慢性的な腰痛に悩まされておられました。そのため、お母様の施術の後、一緒に治療させていただくようになりました。

あまり運動が好きでなかったらしいこの方の身体の筋肉は、それほど強くなく、持続的で長期にわたる介護は、自分の持てる筋肉以上の仕事量を自分の身体に課すことになり、脊椎の正常な弯曲をいびつなものにしてしまっていました。

介護が続いているうちは、その疲労に治療が追いつかず、介護が終わった今も、なかなかスッキリとした身体に戻るには、私の力量が足りません😢が、飽きることなくマッサージに通って下さっていて、申し訳ない気持ちになりながら施術させていただいています。

訪問マッサージに伺うようになり、ご家族樣の治療を依頼していただくことも増えました。訪問マッサージの患者樣が亡くなられたり、施設に入所された後も、ご家族樣のマッサージが続くこともあります。

マッサージすることで、外から見てるだけではわからない介護者の疲労や、心の中がわかることもあります。

夜間のトイレ介助やオムツ交換は、介護者の睡眠リズムとは無関係に行われ、疲労を倍増させてしまいます。そして疲労は筋肉の弾力性を失わせ、身体の芯まで疲労を蓄積させて行きます。その疲労は、心の余裕を失わせ、優しい気持ちを奪い取って行きます。個人の性格の問題じゃないと言っても、多くの方は自分の至らなさにその原因を求め、さらに辛い気持ちになられるのです。

そんな疲れ果てた上での、被介護者の施設入所であったり、お迎えであったりするのですが、介護が終わった後も、もっとしてあげられたんじゃないかとか、自分のやり方が悪かったんじゃないかと自分を責め続ける方も少なくありません。

そんな方に私が出来ることはありませんが、長い時間、介護する側もされる側にも関わることで見えてくることもあります。

今日マッサージに来て下さった方は、お母様を施設に預けてもう2年になるのだけれど、今も、お母様が辛いのではないかとずっと罪悪感を抱いていらっしゃいます。こんなに身を粉にして介護をされて来たのだから、罪悪感を抱くことは全くないのだけれど…
私たち老人福祉・介護に関わる人間は、こんな複雑なご家族の心の内に想いを馳せながら、人生の最後の時間に関わらせていただいていることの重要性を理解しなければいけないと思います。

ついつい忘れがちですが、今はボケていたり、自力排泄が困難で、排泄にまで世話にならなければならない方々も、少し前まではフツウの人生を送られていて、その人生の中で自分を介護してくれる誰かと関わって生きてこられたのです。

今という時間は、眼の前のお年寄りだけでなく、その過去から続くご家族樣の心にまで繋がっているということなのだと思います。

ですから、眼の前のお年寄りが笑顔で過ごせるということは、介護されてきたご家族の心まで笑顔にできるし、お年寄りの心に響かないルーティーンな決まりきった仕事としての関わりはそのご家族の心の苦しみまで大きくしてしまうのだと思います。

「人生の最後が台無しだと、それまでの人生が全て台無しになってしまいます。老人福祉に関わるということは、その最後の一番大切な時間を、長い人生からするとほんの短い時間だけれども、その大切な時間に関わるということなのです。」

これは、私の尊敬するソーシャルワーカーの方がこれから老人福祉に関わる方に必ず話す言葉なのだそうでしす。

私も日々の仕事に流されず、最後の時間に関わらせていただいている事を心して毎日を送りたいと思います。

心の闇は見えない。
本当に大切なことは目には見えないものなんだよっていう星の王子様の言葉が好きです。

シモヤケでした

また、雪の舞う寒い日になりましたが、うちの息子の指の赤みはすっかり治りました。実はやっぱりただのシモヤケだったみたいです😣

前回こうなった時に、突き指でどんどん腫れて痛いと言う訴えから始まったので、ついついオソロシイ病気に結びつけてしまいました😅

でも姿勢の悪さが指のシモヤケの原因になることは間違いなかったようです。
息子の学校に同じような指をした子がいたそうです。尋ねてみたら親が心配して、病院を受診したそうで、その医師が言うには、猫背だと、腕に行く動脈が折れ曲がるので血流が阻害され、シモヤケになりやすいのだそうです。

勝手な判断ではありましたが、漏斗胸による姿勢の悪さが原因なのは当たっていたようで、テーピングと筋肉のバランスを整えている間に、指も足首の不具合もすっかり治りました。😌

忙しさにかまけてついつい治療を後回しにしちゃいますが、育ち盛りの身体を少しでも整えてやりたいなと思います。

身体が整ってくれば、歪んだ頭も少しは整うんだろうと思っています。

治療する時は、ある程度こうしたら、こうなるだろうという予測をたててあたります。経験的に予測できる時もあれば、予想以上に患者さんの身体が弱っていて、過剰な刺激で失敗することもあります。逆に自分の力量では無理だと慰めのつもりでしたことが予想を超えた結果に結びつくこともあります。患者さんに感謝してもらえる喜び以上に、自分のした失敗で今すぐ仕事をやめたくなることもよくあります。

いろんなことがありますが、私の場合、治療に向かうエネルギーの本当のところは、身体の営みのすごさに囚われていると言うのが一番正しい言い方かもしれません😅😅

外回りの仕事は寒くて、暑いけど。毎日見ても見飽きない景色に出会います。京都タワーはその一つ。そんなに高くないけど、小さな京都の街にぴったりな存在感です

施術 リラックス

進行性の神経難病の患者様で、自律神経の働きが悪く在宅生活を継続することが困難なため、数ヶ月に数日間だけ在宅生活を送られる方がいらっしゃいます。

自律神経の働きが悪いと、気温の変化に合わせて体温調整をすることがうまく行かず、すぐに高熱を出したり、、唾液の分泌や胃腸の動きもうまく行かない。また便秘でふくあつがあがるだけで高熱を出すということが起きたりします。自力での排尿も困難になります。

また、神経難病の多くは飲み込み・発語を司る神経もうまく働かないため食べる・話すことも困難になります。
その上に、四肢体幹の麻痺もあるので思うように体を動かすことも困難で、しだいに廃用的に手足が縮み、固まってしまいます。またバランス障害もあると寝返りだけでもめまいがしてしまうことになってしまいます。

闘病が長く続くと身体を横たえることすら大変なので、この状態に高熱など、内科的問題まで起きると在宅生活は本当に厳しいものになります。

私の治療院の患者様は、在宅生活を送られている時からの関わりで、病状の進行とともに在宅生活が困難になられ、今に至ります。

数日間の退院にあたり、病院のスタッフと在宅で関わる関係者が集まりカンファレンスが開かれます。細かな打ち合わせをしないと、安定している容体が急変することもあるからです。私は介護保険サービス提供者ではありませんが、参加させてもらっています。

私の仕事は、入院中にリハビリで確保されている機能を維持することと、もう一つは、過緊張状態にある身体を少しでもリラックスしていただくことです。

廃用症候群で、関節運動がほとんど不可能なほど関節拘縮が進んでいるとき、改善をはかるのは容易ではありません。

しかし、患者様の可動域を拡げようと施術者が関節と力比べをしてしまっている時、関節を支持する靭帯が伸びてしまい、それを守るためにますます緊張が高まり関節の余裕が全くなくなるということがあります。

そういう時は、関節可動域を拡げず、関節を包み込むように優しく触れると、筋緊張が抜けるのです。

緊張の抜けた関節からは、やせ細った筋肉、伸びきった靭帯、グラグラの関節を感じることができます。

この状態から、次にようやく本当の意味での可動域訓練を行うことが出来ると考えています。ただし、関節は屈曲・進展という二方向でなく、内転・外転、内旋・外旋、伸びる・縮むという8方向の動きがあり、また全ての関節にわたり拘縮は”完成"していくので、一つ一つの動き、筋肉を薄皮を剥がすように、拘縮の状態を見極め緩めていかなくてはなりません。決まった型通りのことをしたらほぐれていくという単純なものではありません。

こんなふうにして、私はこの患者様に数回だけ、施術する事が出来るので、この数回で、少しでも緊張状態を少なくし、全体の関節に緩みを作っておくように努力しています。

私の施術がどこまで効果を発揮しているかは、本当のところはわかりません。しかし、患者様から、入院先まで来て欲しいと言っていただけるので(実際はいけません)窮屈な服を一枚脱いだようなリラックス感を味わっていただけていると思っています。

今回の退院カンファレンスでは、ナースコールを押せないため、肩関節を外転させ肘でナースコールを押すようにしているので、その確保が出来ればありがたいとお話をいただきました。が、今日、口元が痒いとご自分の手で掻かれていたのを見て、安心しました。外転じゃなくて内転動作ですが…

意思疎通もますます困難になってこられていますが、今回はもう数回訪問させていただけそうです。昨夜は呼吸困難になり、訪問看護さんに緊急訪問して、大事に至らずに済んだそうです。あと数日、無事に在宅生活を過ごしていただけますように。

動かせない手足は枯れ枝みたいに細く硬くなってしまいます。以前は硬い手足は伸ばすべき打倒対象でしたが、今は頑張っている手足自体が愛おしく感じるようになってきました

マッサージ師を志した理由

ブログの毎日更新を目標にして、一か月がすぎました。毎日はさすがに無理ですが、なんとか続いています。

20代のころ、専門的な技術で、誰かの役に立てたらと、マッサージ師を志しました。社会の矛盾や不平等について頭で考えるより、自分の技術力で役に立てたらと考えたからです。

マッサージ師になる前、内戦が終わった直後のカンボジアを訪れました。日本の援助で送られた自動車が故障すれば、修理出来る技術がなく、ガラクタ同然になるため、日本の自動車修理工の方が技術指導のボランティアをされていました。1年のつもりがもう5年目になると言われていたように思います。技術が架け橋になる援助ってすごいなとマッサージの学校に行きました。

そして、マッサージの専門学校に入学してから、医療保険を使った訪問マッサージというのがあることを知りました。障害老人や寝たきりの人を目にすること自体初めてで、曲がって伸びない枯れ枝のような手足、鼻腔栄養のチューブ、唾液すら思うように飲み込めない方などを見て、大きなショックを受けたのを覚えています。
そして、その生活を支えようと活躍される人たちの存在を知り、私もその一員になりたいと強く願いました。

それから、20年。

在宅介護は普通になり、マッサージ師による訪問マッサージも数多く行われるようになりました。訪問マッサージのチェーン店もいくつも出来ました。その結果、増え続ける医療費を背景に、マッサージ師の保険治療は年々厳しさを増しています。

しかしながら私の中では、時にマッサージというのは、薬よりもリハビリよりも人の生きる力になることがあるとても大切なものだという想いが年々強くなっています。

それは、マッサージが、障害者や老人、神経難病を抱える人にとって、足し算ではなく、ただ一つの引き算になるのではないかと考えているからです。

痩せた、麻痺した筋肉であっても、生命の営みとは、身体を守るために必死に働いているものです。もうこれ以上は頑張れないギリギリの筋肉といのは、全身を強張らせ、結果、血流が阻害され、血液の還流を滞らせます。
そうして、寝たきりや、起居動作困難な方の手足の多くは浮腫んでしまうのです。浮腫んだ皮膚は、治癒力が落ちるので、床ずれなどの皮膚トラブルの原因になりやすいのです。

そういう状態に対して、関節可動域が足りない、筋力が足りないとリハビリを行います。あるいは利尿剤で浮腫を取り除いたり、筋肉の過緊張を和らげるための薬が処方されます。最近の流行りはボトックス注射です。これは、過緊張を和らげるのに、ボツリヌス菌から抽出したタンパク質を注射し、筋肉を麻痺させるものです。
これら全ては足りない状態に対する足し算です。

でも、本当は足りない結果ではなく、働きすぎて状態を悪化させてしまっていることの方が多いように思います。
例えば、力ない手足がダラリと力が抜けてぶら下がっていれば骨折の危険に常に脅かされることになるから、身を固めている方が安全で、そのために手足を縮めているのではないかと思います。ただ、それが度を超え様々な困難な状態になってしまっているのです。

このような状態に対して、マッサージによるゆったりとした刺激は、過緊張を状態にある皮膚・筋膜・筋肉から、緊張を取り除くことができます。緊張を取り除くだけで、伸びない手足は力が抜けるのです。力が抜ければ、関節可動域を拡げることも浮腫を軽減することもそう難しいことではありません。

これには少し熟練した感覚を必要とするかもしれませんが、生命の営みの在りようやマッサージの可能性を常識として知っていれば必ず到達できる技術です。

このような技術の担い手である私たちが、超高齢化社会で活躍できないのは、私たちマッサージ師にとっての損失のみならず、高齢者、そして保険者にとっても大きな損失なのではないかと考えています。

私の声はあまりに小さく、いつ消えるかわからないものです。でも黙って消えたくないという思いで、ブログを書いています。

私の20年の歩みを一番に支えて下さったのは、今いる患者様であり、亡くなられたりご縁の切れた患者様です。数多くの失敗の上に知り得たこれらを、これから高齢者になる方々や、展望を持てないマッサージ師の方々に伝えることが、一番のご恩返しになるのではないかという思いも持っています。

また同意書を書いてくださる医師だけでなく、相談業務をされているケアマネジャー始め関係者の方々や、保険者(つまり行政)の方にもこの声が届いたらと願っています。

こんな想いを持ちながら毎日仕事をし、ブログを書いています。文章を書き続けることは、予想以上に大変ですが、楽しみにしているよと言って下さることが書き続けるエネルギーになります。読んでもらえると本当に嬉しく思っています。どうぞこれからもよろしくお願いします。

うっすらみえる虹。毎日空をながめながら仕事しています