一生懸命真面目に働く

「人に働かせて、自分は動かんと金儲けする人は嫌いや。」

この間の私のトラブルを見ていたように患者さんがこうおっしゃいます。

「私のお父さんは、山口県の萩の出身で、ちょっと頭が良かったんや。
けど、頭がいい人というのは、自分が働かんと、人をアゴで使って金儲けしようとするんやなぁ。
私は、自分がしんどい目して稼ぐのが好きやわ。」

(えー!社長夫人なのに、楽してお金儲けする人が嫌いなんだ‼と私は意外な発言にびっくりしました)

「私は、75まで働いたで。

若い子もいっぱい使った。京大を出たような子も働きに来たけど、そういう頭のいい子は時間が来たら、片付けもしないでサッサと帰っていく。あんなんでは何のための勉強かわからへんなぁ。一生懸命真面目に働いて親を楽にさせてあげようってそんな気がないんやなぁ。

あんたは、75までは働ける。あんたなら出来る。頑張りや」

と言って下さるこの患者さんは、大正15年生まれで、京都の中央市場の卸会社の社長の奥様として会社を切り盛りしてこられた方です。

この方は大正生まれとは思えない自由な生き方をしてこられたようです。

まだ一ドル360円の時代に家族でハワイで年越しをしたり、(夫ではなく)旅行仲間と世界中を旅行して回ったといいます。

また、まだ二十代のころには、

富山県は日本で一番お金持ちが多いと聞いて、日本一のお金持ちの多いところを見に行きたくなって一人で行ったんだそうです。行ってみるとそこは、大きな区画整理をした田んぼが一面に広がっていて、お金を貯めるためには一番大切なお米を育てているからなんだと得心して帰って来たのだそうです。

私は、この方の「古さ」と「自由」が絶妙に組み合わさった考え方や生き方に惹かれてきました。

なので、その方から、まるで私の楽してお金儲けがしたいという失敗を見透かされたようなことを言われて、一人心の中で苦笑してしまいました。

もしかして今までにも同じことを言われていたかもしれないけれど、今回はグサリと私の心に突き刺ささりました。

自分が懸命に働き、重い荷物も若い子に任さず、担いできた頚椎は、変形し手足が痺れてしまいました。
それでも、93になる今も、自分のことはほとんどを自分でするように努力を続けるこの方は、
痺れからくる手足の痛みがひどくて、薬もない、マッサージが一番の薬だと私たちの訪問を楽しみに待って下さっているのです。

この方には恥ずかしくて言えないような考えに取り憑かれた自分が本当に恥ずかしくなりました。

よこしまな考えは捨てて一生懸命真面目に働き続けようとしみじみ思いました。

額に汗するということは、楽して稼ぐということにはない尊いものがあるのかもしれません。
まだこの最中にいる私にはそれが何かあるのかないのかもはっきりとは見えていませんが、いつかこの答えを知る日が来るのでしょうか。

あと20年以上働くなんて!気が遠くなりそうですが…75歳まで現役で働けるかな?

働きたくないけど、働いてるかもしれないし、働きたいと願うようになるかもしれないし、働かざるを得ないかもしれないですね(~_~;)

息長く働かせてもらえますように、どうぞよろしくお願い致します。

この方から聞く下関の話がステキで下関旅行に行って来ました。萩には行けなかったけれど、大好きな萩焼のコーヒーカップを購入。

泡の話に疲弊したこと

2月の終わりに新しい仕事の話が舞い込んでいて、浮かれ、そしてその話は泡と消え、落ち込んでいる間に、時が過ぎ、もう4月も半ばになり桜が散ろうとしています。

泡の話は、蓋を開ければ詐欺まがいのものだったので、お断りしたのですが、楽なお金儲けに吸い寄せられ、夢見心地になった自分自身に、ガッカリすると同時に、気がつかなかったけれどいつもギリギリの緊張感で治療院を続けてきたんだなと、なんだか自分自身が少しかわいそうだったり、感心したりと思えた出来事となりました。

それは、マッサージの専門学校の同級生で大阪で働いている友人が、自分の治療院の社長が、京都の有料老人ホームで訪問マッサージに行けるところを探しているので、私のところで対応できないかと問い合わせてくれたものでした。

彼は、大阪の生活保護の方ばかりを入所させている老人ホームへの訪問マッサージをしている治療院に勤めています。

彼の仕事先の老人ホームは、なんだか少しヤバい匂いがすると思っていましたし、その社長が探していると考えると、少しヤバい繋がりかも知れないと不安な気持ちにもなりましたが、在宅の仕事が厳しさを増している折です。老人ホームへの仕事はとても有難い仕事先となるので、有り難く引き受けようと考えました。

それで場所や規模など詳しく内容を聞いているうちに、私の今の仕事のエリアから少し遠いこと、患者さんの数がある程度あることなどから、私の治療院だけでは対応しきれそうになく、一緒に入れる治療院の先生方と協力して展開していけたら、楽しい仕事になるのではないかと頭の中で展開を巡らせていました。

有料老人ホームに多く入っている大手チェーン治療院は、施術の内容より、作り上げた制度や数での対応、もしかしたら収入の何割かのキックバックなど、患者サイドではなく、経営者にとって都合の良いことが一番のメリットとなっているのではないかと考えてきましたので、私たち個人経営の治療院に、中身で勝負出来るチャンスが巡ってきたのではないかなど少し夢を膨らませてもいました。

ところが、さて、実際に訪問についての具体的な話をするという段になり、老人ホームではなく、仲介業者と話をしてほしいという事になりました。

やっぱり、そんないい話はないんだなぁとガッカリしましたが、仲介業者の仕組みを知ることができるのはラッキーな気もしましたし、少しのキックバックなら、在宅での訪問マッサージが立ち行かなくなった時の担保に、いい話かもしれないと考え、その業者さんと会う約束をしました。

約束に現れたその人は、大阪に本社をおく薬局チェーン店の若い営業の方でした。

その会社が訪問鍼灸治療院と、人材派遣事業も営んでいて、その上に鍼灸マッサージ治療院を対象とした会員制のネットワークを全国で800件組織していて、老人ホームの訪問鍼灸・マッサージの仲介業務を行っているということでした。

有料の会員登録をすると、人材派遣事業の信頼関係を使い、必ず同意書を書いてくれる医院を紹介することが出来る。一枚1万円(6か月有効)の手数料を取るが、医師は、会社の信頼関係があるので、お金のやりとりはなく、一般的な受診をすることで同意書を書いてくれる関係を築いていると言います。

また、今回の老人ホームへの訪問の話も、このネットワーク内の治療院が他地域への進出に伴い訪問ができなくなるため、代わりに訪問してくれる治療院を探しているということでした。

つまり、ネットワーク内の他の会員治療院から仕事を紹介してもらい、紹介手数料として、施術代の4割をその治療院にバックすること。
その代わり、私の仕事に問題が生じた時も、他の治療院を紹介してもらえて、施術代の4割をバックしてもらえるというシステムになっている。人材派遣会社のような制度で成り立っていることでした。

キックバックの4割は、小さくはありませんが、従業員の立場からすれば、私が仕事を作れないので他所の治療院に働きに行くと考えれば、従業員にとっては悪い話ではないように思いました。
その上、スタッフが立ち行かなくなった時に、従業員の心配をすることもなくなり、雇うより「お手軽に」「儲け」が出るのです。

その上に、同意書問題は、一挙解決です。
少なくない治療院が医師と提携を結び、地域も離れ、主治医でもない医院から同意書を得ている事実を見聞きしてきましたし、またそれを厚労省は問題にしていて倫理上よくないということも知っていましたが、私が望んで手に入れようと努力したわけではなく、期せずして「奥の手」が転がり込んできたそんな気持ちになりました。

目の前の営業マンは、マッサージや鍼灸の技術や患者さんのことなど大きな問題ではなく、大切なことは、如何にお金を儲けるかそれだけが大事というオーラを全身から出しています。

私は、今まで、自分の労力より技術や患者さんのことばかりを考えて、茨の道を歩いてきたことがなんだかバカらしく思えて来ました。

こんな楽なお金儲けがあるなら、もう頑張れないかもしれないし、もう頑張る必要もないかもしれないという気になりました。
全身から力が抜けてしまったのが自分でもわかりました。

それでも、こういう大事な話を即断してはいけないという理性は残っていたので、その場で考えられるリスクや疑問を質問し、なお少し考えてから返事がしたいと言いました。

お金儲けが一番というオーラ全開の営業マンは、今日に契約まで持ち込みたいというオーラをさりげなく出して来ました。

これは明らかに赤信号です。頭の中で、この営業マンと話しながらチェックして来た赤信号のサインを思い返しながら、詐欺師の手口だなと思いましたが、私を包み込んだ多幸感は大きく、まあいいかという気で仮契約にサインをしました。まだ少し残る理性で、お金さえ払わなければ問題はないという計算が働いていました。

仮契約を結び、話が終わった後、お金儲けが一番というオーラ全開の営業マンは、出会いの縁の素晴らしさを何度も口にしました。急にお金より人生を語り、出会いの縁や私の人生に興味のあるフリを始めたのです。

それは、わたしの赤信号をさらに点滅をさせました。
ますますあやしい。
契約に漕ぎ着けた後、優しいフリをするのはまさに詐欺師そのものだと思いました。

その上に、お金の支払いは、現金を用意するように指示されました。
現金ということは証拠が残らないという、まさにヤバいやり方です。

しかしながら、私を包み込んでいた多幸感は本当に大きかったので、その時は全ての赤信号を無視してしまいました。

治療院を出て、すぐに、夕飯中の家族に事の次第を報告ました。本質を見抜く能力に優れている長男が
「クソみたいなやり方やな」と吐き捨てるように言いましたが、まだまだ多幸感いっぱいの私は、必要な理由を話して彼の意見を制しました。

それから、全ての用事を済ませ、寝床に入って、ようやく冷静さを取り戻しました。

一番気がかりだったのは、自分のやり方を曲げて患者さんと関わることや医師の倫理観を無視し、医療保険制度の悪用に足を踏み入れる自分を、私は受け入れられるのだろうかということでした。

あったはずの多幸感はすっかり消えていました。

最初の電話の応対から全てを思い起こし、チェックした赤信号を冷静に思い起こしてみました。

本当にいい話なら、詐欺師まがいなことをする必要はないのに、詐欺師のやりそうなことを次々としていたことを思い出しました。
だんだんと会社自体が実在するかどうかも不安になってきました。

次の日の朝一番の仕事は、私の指南役の患者さんへの訪問からでした。
最初から、この人に相談して、やめるように言われたらやめようと決めていましたが、果たして、事業内容を話した時点で

「詐欺ね」

と言われしまいました。

詐欺師もどきな態度などと言う些末なことではなく、話し自体がねずみ講的なネットワークビジネスだし、それは
「美香ちゃんの本道ではないでしょう」と言われました。

本当にそうです。

今までの自分の歩みを自分で踏みにじるようなことを受け入れようとした自分自身をとても恥ずかしく思いました。

すぐに営業マンに電話をしました。

せっかくですが、やはり自分のやり方を曲げることは出来ません。茨の道を歩きますので、今回のお話はなかった事にしてください

という私の断りに、
その営業マンは、

「4割が多いならなんとかしてくれと正直に言ったらどうですか」

と、相変わらず私の茨の道とはまるで接点のない返答をしながらも、とりあえず四の五の言わず、仮契約を破棄してくれました。

今となっては、あの営業マンは、詐欺師でなく、実在する会社で、私に話したことのいくつかは本当のことで、いくつかは会員にするための大風呂敷だったのかなと思います。

しかし、訪問マッサージというビジネスに鍼灸マッサージ師の資格者以外が参入し、営業力のない鍼灸マッサージ師を食い尽くすという今起きている現実を目の当たりにしたのかなと思います。

「あんたも丸いなぁ。そんなおいしい金儲けがあるなら、なんで人に勧めるんや。あるわけないやろ」
私のもう一人の指南役の患者さんに事の顛末を話したら、鼻で笑われしまいました。

お金儲けの道は茨の道で当たり前ということですね。お仕事を頂けて、毎日働けていることに感謝したいと思います。

そして、ケアマネジャーさんや医師、保険者、老人ホームの経営されている方々には、私たち個人経営の小さな治療院の持つ治療力は、小さなコストで患者さんの心身の健康を保障する大きなパフォーマンスを示すため日夜努力していると言うことを知っていただきたいと思います。
お金第一主義の治療院とはまるで違う発想で生きているのだと思います。

その上で私たちに仕事をいただければこれ以上の幸せはないと思っております。

本当にバカで、バカな自分にうんざりしますが、ますます精進し、茨の道を邁進する所存です。
どうぞよろしくお願い致します。

心に大きな根を生やしたい。

器用な手

「いつも思うんですけど、この手は器用な手ですなぁ」

今年還暦を迎えられる患者さんが、私の手を握りながら言って下さいました。

私は、とにかく几帳面とは正反対の性格で大雑把、細かいことが気になりません。だから、器用などと言われたことがありません。

この患者さんに言われるとなんだか特別に器用な手を持っているような気になれます。

というのも、この方は、10歳から家業の真鍮製品の製造を手伝い、85歳で引退されるまで75年に渡り、素晴らしい作品を作り続けてこられた方です。まさに特別器用な手を持っていらっしゃる方だからです。

この方に器用とお褒めいただけるとは、光栄至極です。
この言葉を励みに精進を重ねたいと思います。

i am so happy.

今日も一日頑張ります。

写真はこの方の作品。
私の写真が下手なのが残念すぎますが、全ての工程が手作業で、本当に几帳面で器用な手を持っていらっしゃると感嘆するばかりです。

読書感想、高齢者の心象風景

2月は久しぶりに本に取り憑かれて、数冊の本を読みました。

そのなかで、内館牧子さんの『終わった人』と『すぐ死ぬんだから』は新聞広告で見て、すぐ購入して読んだ2冊です。
高齢者の方からの感想が載っていたので、私の知らない高齢者の心象の世界があるかも知れないと思ったからです。

毎日寝不足になるまで読み続けたのですから、相当面白かったように思いますが、実際の高齢者の心象風景は、もっと奥深く、例えベッドの上がその世界の中心であっても、もっと広いような気がするなぁと思いながら読ませて頂きました。

それは、時には見渡す限り草一本生えない砂漠のような孤独であり、また時にはジャングルのような豊かな思い出の中にあり、あるいは風でさえも壊れそうな繊細な感受性に震えているかと思えば、幹線道路沿いの雑草のように排気ガスをかけられても、誰かに踏み付けられてもへこたれないタフさを持っている――何度聞いても飽きることない世界が広がっているように思います。

これらの本の中では、高齢者になってどう生きるかという問いに対して一つの答えが描かれているのですが、元気な高齢者と、身体の自由がきかなくなった高齢者では、心象風景の深さが違うのではないかと感じました。

元気でいる間は、当然興味の対象が外の世界に向かうので自分の心の奥を深く見つめることはあまりなく、身体の自由の効かなくなった高齢者は、何もできない諦めの中で自分を深くみつめ、それが心の奥深さにつながっていくのではと思ったのです。

もしかすると、作家先生は、出来ることを一つ一つ奪われていった境地にはまだたどり着いていないのかしらんと、僭越ながら感じた次第です。

不自由な肉体を被り、心はますます自由になっていく先に、肉体と別れて魂の世界に旅立てるのかもしれません。

歳を重ねるのは簡単じゃない。見られてると思う自分との闘いをとてもうまく痛快に小説にされているのかなと思いました。

京都マラソンのマッサージボランティア

2月17日(日)は、京都マラソンのマッサージボランティアに参加してきました。

翌日、月曜の私は、クタクタでした。

17日は、3時間くらいの間に17名の方を施術させていただきました。

施術時間は6分と決まりがあるのですが、全国各地からあるいは海外から京都マラソンのために足を運ばれ、42㎞を走り、足を引きずりながら、マッサージの順番を数十分待ってきて下さったと思うと、ついついタイマーの音を止めてからも手が止まらないのです。

「靴が合わず、足の裏が激痛です。今も痛い。少しでも楽になるかと思ってきました。」

「来週もマラソンなんです。マッサージしてもらったら走れるかと思ってきました。」

「京都のおもてなしがすごい。最後にマッサージまでしてもらえて感激です。」

「とにかく沿道の声援がすごくて、ずっと応援してもらえることなんて普段ないでしょう。すごく気持ちよかったんです。」

「日本が大好き。何回も来ています。安全で、安くても美味しいものがたくさんあるから。」

「いつも最後にゴールして、マッサージに間に合わないのだけど、今日は間に合って良かったです。地元に帰ってマッサージ治療院を探して通います。」

いろいろな思いを抱えて、42㎞を走ろうとやって来られた方々の一人一人の生の声を聞きながら施術していると、なんだか私も主催者側の人間のような、ホストとしておもてなししているようなそんな気持ちになって、
「来年もまたいらして下さいね。お疲れ様でした」
などという気持ちになるのです。

ほんのわずかすれ違うだけの縁なのですが、この10分足らずの時間で、マッサージを受けて良かった。またマッサージを受けたいと思っていただけるように全力で取り組みます。
そして、今もまだ疲労が回復しなくても、施術中の会話を思い出しては、楽しかったなぁと思えるのはすごいことなんじゃないかと思います。

マラソンはどうやら中毒性の高いスポーツらしいです。どのレベルになっても30㎞からのスポーツというそうです。しんどくなってからが本番ということなんでしょうか?

私のマラソンマッサージボランティアもクタクタになってからが本当の醍醐味に突入するのか⁉︎
来年もまた参加しよーっと😅

豊かな心が広がる世界をお互いに共有したい

「デイサービス行っても、することないから、ほとんどの人が机に突っ伏して寝てるか、上むいて寝たはるえ。

お金はろて、来てるのに、もったいないと思わへんのやろか。若い頃、汗水垂らして稼いだお金をあんな風に無駄にして。わたしはかなんから、自分で習字道具買って、そこで練習するようにしたんやで。

90にもなって生きがいのない人生を過ごすなんて、うちはいやや。もう先が短いのがわかってるやろ。時間がもったいないねん」

マッサージしながら患者さんが話してくださったことです。

90歳を超えた人の心がこんなにも豊かで、前向きで力強いことに驚きました。
その方が「老人らしくない」ことに気づいてはいたつもりでしたが、
知らず知らずに、「老人らしさ」をステレオタイプに考えていたことを反省しました。

歳を重ねると、どうしても、出来ないことも増えてきますが、くじけず自分を失わず、自分らしく生きていたら、多くを経験してきた世界というのは、本当に豊かな心が広がる世界なのかもしれませんね。

ただ、この豊かさを理解されず、「老人らしい世界」に追いやられることが悲しみの元なのかも知れないとも感じました。

施術しながら、私はただただ拝聴するだけなのですが、私が行くと元気になると言って下さいます。
それは、マッサージで身体が軽くなることだけでなく、自分のありのままを出せるということなのかなと思うのです。

つまり、豊かな心が広がっていても、それをわかってくれる人がいるということが、大いなる勇気の源となるのではないかと思うのです。

全く「老人らしく」なく、諦めないこの方の日常は、「老人らしい世界」を当てはめようとする「社会」との軋轢だらけなのは想像に難くありませんが、負けずに豊かな生を全うしてもらいたいと思います。

これは、別の方からの頂き物。the 京都のお土産として、最近売り出された老舗和菓子屋さんの商品だそうです。

うれしい返信

賀状の返事をいただきました❣️

誰からとは言えませんが、その昔、マッサージの同意書は書けないと断られたことがある方で、今回はケアマネジャーさんの熱い思いが届いて同意していただいたお医者様です。

嬉しすぎて😢。

期待に応えられるように精進したいと思います。ヽ(´▽`)/ヽ(´▽`)/

汗をかいて、頭を使って働くこと

「男やったら、頭使うか、汗かくかして、お金もうけなあかんやん。そう思わへんか?」

百戦錬磨の患者さんがこうおっしゃいます。

「いやー、私は見る目がないし、そんな風に男をみたことがないから…」と答えました。

「男やったら夢やロマンをもって必死に汗かくか頭使うかして仕事しなあかんと思うで」と続きます。

この方は訪問マッサージと訪問リハビリを同時に受けられていて、いつも私に

「なんでこんなしんどい仕事選んだん?あんたみたいに一生懸命する人は少ないと思うけど。」
と言って下さいます。

そして私と訪問リハビリを比べて

「リハビリは楽な仕事やで。足持ち上げるのにちょっと力いるけど、ほんま楽な金儲けやと思う。汗もかかない、同じことを繰り返すばかりで頭も使わない、こんな仕事では、夢やロマンを持つのは難しいと思うわ」
と言われます。

この方の言われていることが、全て正しいとは、もちろん思いません。
こちらの工夫や考えの全てを患者さんに伝えるのはとてもむつかしく、表面的な理解で誤解を招くことがよくあるからです。

しかし患者さんにこのように思われているということに自覚がないのはよくないと思います。「こちらはなんとかよくなりたいとマッサージも受けリハビリもお願いしているのに、頭も身体も使ってない」と患者さんに思われては、実際マッサージが良くしている力になっていてもそのおかげだと感じてもらえません。

今回はリハビリの先生に対する言葉ですが、これは私たちマッサージに対しても同じで、
「なんとかしよう」と工夫する姿勢がなければ、同じように思われてしまうのでしょう。
ですから、相手に伝える努力がやはり大切なのかなと思います。(必死で工夫していると自ずと伝わるものであるように思いますが)

この方は女であって仕事一筋に生きてこられた方なので、男なら尚更という意味で言われているように思いますし、この言葉の本質は、男子とは、ということではなくて、仕事に向き合う姿勢について言われているのかと思います。(とはいえ、魅力的な男とはという極めてパーソナルな問なので、男とはと言っても問題はないように思いますが)

また、職種による優劣より、仕事に向き合う姿勢で判断をされているのだと思いますが、これは私たち訪問マッサージ師にとってとても大きなヒントになるように思います。

患者さんの依頼目的を達成するために、必死の工夫を凝らすことが大切なのであり、理学療法的なアプローチであっても、結果にコミットしているという実感がなければ評価は高くならないのでしょう。

マッサージだから評価が低く、理学療法的なアプローチをしているから安心というような訪問マッサージの宣伝を見たり聞いたりすることがありますが、そうではなくて、結果にコミットしていく姿勢が何より大切だと言われたように思います。

「汗をかいて、頭を使って」頑張っていきましょう❣

雲はあっという間に形を変えてしまいます。だから、撮りたい時に撮らないとすぐに変わってしまう。今しかない!のです。

2019初仕事

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

営業は明日(4日)からの予定でしたが、患者さんから

「背中が痛いし来てほしい」と電話がかかって来ましたので、初仕事に行ってきました。

訪問マッサージの仕事は、ヘルパーさんや訪問看護師さんのように、なければ毎日の生活が立ちゆかなくなるというものではありませんし、お医者さんのように命の危機に直面しているかどうかを判断するという緊急性のあるものでもありません。

定期的計画的に施術している身体がお休みでどう変化するか、あるいはその変化に気付けるかという、お休みの間の患者さんの身体を知り、これからの仕事に生かすことも大切なことだという思いもあり、カレンダー通りのお休みをいただくことは大切な時間だと思っています。

それでも、定期訪問だからこそ、一週間のお休みで、身体が変わり、転倒の危険性が高まるのじゃないか、身体が硬くなり、循環が滞ることで、肺炎や尿路感染症になるのではないかとか心配になり、ギリギリの状態で維持されていると考える時は、お休み中に訪問することもあります。

また、そう考えている一方で、この考え自体は傲慢なんじゃないかとう悩みを常に抱えてもいます。
大した存在じゃないのに、自分を誇大に評価しているのではないか、単に金儲けしたいだけと思われているんじゃないかと後ろ向きな考えが湧いてくるのです。

ですから「緊急コール」をいただいた時は、都合がつく限り、ありがたく伺いたいと考えています。

今日電話を下さった方は、慢性閉塞性肺疾患で、在宅酸素をされており、緊張が高まると十分な酸素交換ができず、肺炎になりやすいように思います。

背中の痛みは、十分な呼吸ができず、緊張が抜けない時に起きるようで、呼吸補助筋の緊張を緩めることで、「マッサージしてもろたら楽になるから」と電話を下さいました。

この方は、11月の連休の時も訪問日に重なり、お休みを頂きましたら、すぐ肺炎、入院になってしまったのです。軽くて済んだのですぐに退院してこられたのは幸いでした。

マッサージがどれくらいの力を発揮するのか、本当のところはわからないのですが、患者さん本人がマッサージがないとつらいと感じて下さるのが答えなのかなと思います。

数字に現れないかもしれないし、エビデンスとやらで追試できないかもしれないけれど、患者さんから必要とされるように頑張っていきたいと思います。

本年も精進して取り組んでいきたいと思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。

ブログの編集人

文章を書くのがうまいと褒めていただく事もある私のブログですが、実は林さかなさんの編集をへてアップロードされています。

林さかなさんは、遠く離れた福島県在住の30年来の友人です。

その林さかなさんが、『本の雑誌』に新刊紹介コーナーの連載をすることになりました👏👏

この雑誌は知る人ぞ知る業界の雑誌だそうです。

さかなさんの文章は、その選書から、紹介に至るまでさかなさんらしくて、本当に文章の上手い人なのだと改めて感心しました。そして、こんな人に編集をしてもらっている私は本当に幸運な人間だなと思いブログの更新に励まねばと思っています。

子どもの頃から、私は文章がうまいと言われた事は一度もなくて、自分の考えや仕事の体験を誰かに知ってもらいたいとは思っていても、文章で発信する自信など全くありませんでしたが、自分の治療院の宣伝をするためにフェイスブックで少しずつ発信していました。

するとさかなさんが、
「美香ちゃんの文章は、マッサージの話に特化して、とてもいい」と言ってくれました。

編集や書評を書くことを仕事にしていたこともあるさかなさんに褒めてもらったことが私の大きな支えになり、ブログに文章を書こうと思えるようになりました。

実際には、なかなかうまくまとめられず、伝わるのだろうかと不安な時もあるのですが、さかなさんの手を経て「世に出る」ということが大きな大きな安心感になっていて、あとはお願い〜って気持ちでさかなさんに送信しています。

そのまま通ることもありますが、「てにをは」に魔法の粉が振りかけられキラリと光る文章に変身していることも、それから大幅に手直ししないと世に出せないという時もあります。

いそがしいさかなさんの時間を割いてもらうのは本当に心苦しく、文章自体が上達するよう頑張ってはいますが…さかなさんの魔法の粉があまりにステキですっかり甘えています。

文章が上手になるには、読書をすることだとよく耳にしますが、私はものすごく遅読で、本が嫌いなわけではありませんが、読み終えるのに大変な労力を必要とします。
さかなさんは本が大、大、大好きで読むのも本当に早くて、さかなさんの家は小さな図書館よりも充実しているのではないかというくらいの多読家です。

でも文章が上手いということは、単にたくさん本を読み、正しい文章が書けるということではなくて、その感受性の豊かさが大切なのだということにようやく気づきました。

起きた出来事を丁寧に、読む人がみているように丁寧に伝えられる眼なのかなと。

まだうら若き二十代前半の頃の私は自分と世間の折り合いをつけるのがとても下手でハリネズミみたいにしか自分の心を守ることしかできない人間でした。さかなさんは、22歳の私のトゲトゲバリアをいとも簡単に超えて話しかけてくれました。

さかなさんにはわたしのトゲの奥に広がる心の中が見えたようで、
「ここにそっくりな人がいる」と思ったそうです。

私の感受性に反応し、私の文章から私の心を読み解くことが、多分私以上にできるのじゃないかと思うのです。

それで私の文章が、みなさんにわかりやすく届くことが出来ているというわけなのです。

良ければ是非『本の雑誌』を手にとって下さいまし。

さかなさんの支えのおかげで「書くぞ〜」と思えるのに加え、読んでくださる皆さまのおかげでがんばれています。

本当にありがとうございます。
年内にまだもう少し頑張ろうと思っています。どうぞよろしくお願いします。