一緒にご飯を食べること

金曜日は、治療院の新年会をしました。

ルーティーンな毎日が好きな私は、イベント事に腰が重くていけません。ついつい院内懇親会を先送りにしてしまいます。

でも、そんな時思い出して、えいやっと実行に移すことが出来る言葉があります。

「一緒にご飯を食べるのはものすごく大切やで。一緒にご飯を食べたら心がほぐれるから、機会を設けて、職場の人とは一緒にご飯を食べなあかんで」

これは、かつて叩き上げで敏腕刑事として有名だったという患者さんのご主人に言われた言葉です。一緒に夜勤をする時は、例えインスタントラーメンでも若い子に作ってあげて、一緒に食べるようにされたそうです。

もう10年くらい前に行かせていただいていた患者さんですが、思ったようにうまくいかない時はいつもこの言葉を思い出します。

悠生治療院のように小さな治療院であっても、それぞれに立場も年齢、考え方、経験など全てが違うので、小さなすれ違いは日々起きていて、小さな不満や不信感はお互いの心の中に沈殿しているのだろうと思います。
それに対しては、正しいやり方や考えというのはなくて、また、院長として従業員に期待することと、従業員として院長に希望することは違っています。

この違いを言葉で埋めることは到底できなくて、美味しいものをお腹いっぱい食べて、飲んで、たわいもない話をする時間を共有することが、そんな心のおりを流すのに、一番よいのだろうなぁと一緒にご飯をお腹いっぱい食べようと思うのです。

みんなが幸せな気持ちで過ごせてもらえていたらよいのですが…

至らないところもいっぱいあって、患者さんにも、関係各位様にも様々迷惑をかけることも多いと思いますが、みんなで補い合えるような治療院になるよう努力していきたいと思っています。どうぞよろしくお願い致します。

虹を見ると神さまから合格をもらってるみたいで安心します。

最上級の笑顔

先週末、年末から入院されていた方が、ご無事に退院されてこられました。
病院では、連休明けの退院を勧められたそうですが、マッサージを受けたいからと週末の退院を希望されたそうです。

週末からは、別のスタッフが訪問していたので、ご要望にお応えすることはできていましたが、年末年始を含む長いブランクの間どうなられているか気になって仕方ありませんでした。

私の悪い癖で、自分の目でみないと気が済まないところがあります。
スタッフを信用していないわけではないのですが、患者さんの出されているオーラというのでしょうか、生命力や幸せそうなお顔か苦悩されている雰囲気か、それを自分の目でみないとわからないという時があります。

これは、呼吸だったり、声のトーンだったり、顔つきだったりするのですが、言葉で表せるものでないので、とにかくこの目で確かたいと思ってしまいます。

それで、昨日ようやく訪問することができましたら、便の処置ということで、訪問看護さんと訪問介護さんが臨時に来られているところでした。

しばらく待って、もう終わりというところで、とりあえずご本人にご挨拶に行きました。予想以上にお元気そうなお顔で本当にホッとして、思わず私からも最上級の笑顔がこぼれたのではないかと思います。
患者さんもにっこりといい顔で笑い返して下さいました。

それを見ていた訪問看護さんから「古くからのお付き合いですか?」と尋ねられました。
いえいえ、みなさんと同じまだ浅い間柄ですと返事すると、
「あー! 別の患者さんでもものすごく待ってるって会議で話になっていた方ですね!」と別の場所でご一緒したことを思い出して下さり、
「この笑顔!みんなが待ってはるんですね!」と言って下さいました。

いやいやたまたまですが、患者さんの笑顔からこんなお褒めにあずかるとは、嬉し恥ずかし😊とてもハッピーな気持ちになりました。

でも、本当はこんな風な患者さんの表情からいろいろ読み取れる看護師さんの感受性が素晴らしいのではないかと思います。
こんな方と一緒のチームで仕事をさせていただける幸せを噛み締めて、期待に添えるよう、心をこめて一生懸命頑張りたいと思います。
どうぞよろしくお願い致します。

こんな風に最上級の褒め言葉をいただくこともありますが、役立たずの気やすめみたいに言われることもあります。様々な評価をいただくのは当たり前なのでしょうが、日常の仕事の中で、自分だけのダイヤモンドのような輝きを見つけていきたいと思っています。

大切な二つの気づき

今年のお正月は京都でのんびり布団を温めました。少し映画を見たり、本をよんではまどろみ、まどろんでは少しの家事をしたりおしゃべりをして、またまどろむを繰り返しました。

というのも、元旦の夜に喉の筋肉が引き攣れる痛みに手をやると、なんと小鳥の卵🥚のようなシコリを見つけてしまったからです。

リンパ節が腫れたにしては大きすぎて、感染症ならヤバすぎる感じです。

癌ならもうそろそろっていう大きさです。

とりあえずググッてみて、最悪の可能性から、大したことのない可能性までをサラリとチェックし、お正月だし、救急で行くほどじゃないし、寝ていたら小さくなってくれますようにと、大義をもって横になっていられたというわけです。

日頃の疲れがたまっているのに加え、風邪のひきかけだったようでとにかくよく眠れました。寝すぎて頭がいたいのか、「感染症」で頭が痛いのかわからなくなってきました。それでも喉の卵の大きさは変わりません。でも引き攣れた痛みはなくなってきたようにも思いましたが、とりあえず救急外来に行きました。
万が一のことを考えて、紹介状のない場合の5500円を支払い一番近くの総合病院に行きました。

研修医の若い先生が、いろいろな可能性を考えて、あらゆる角度から問診をして下さいました。上の先生とも相談をして、緊急性がないので、通常営業になってから再度受診するように言われました。

そうして、お正月休み開けの月曜日に、スタッフに仕事を交代してもらい朝から診察を受けに行きました。
まず、どこの科を受診するか見定めてもらえる総合外来を受診しました。

総合外来の先生はカルテを見て少し触診をして、甲状腺だから耳鼻咽喉科に行くように言って下さいました。また、癌の可能性はほぼないでしょうと言って下さったのでホッとして次に進みました。

しばらく待って診てくださった耳鼻咽喉科の先生も、確かに甲状腺ですね。と触診をしてエコーをかけて下さいました。
そして、黒く写っていたこれは、水か血が入っていて、大きくなって邪魔をしない限りなんの問題もないものだと説明をして下さいました。血液検査などの精密検査もせず、薬もなくお会計を済ませてお終いとなりました。

数日に渡り心配をしていた気持ちが軽やかに溶け、とても嬉しくて飛び跳ねるように帰り着きました。

今回の騒動でわかったことが二つあります。

一つは自分が考えているより、身体は休息を必要としている年齢になってきていることです。自分の身体が万全でないと満足な治療も出来ないのだろうと思います。今年はまずは自分を癒すことを大切に過ごそうと思います。

もう一つは、お医者様の触診の手が身体に触れた時に感じた安心感・信頼感です。優しいソフトな指先で探るその指先は、その後の先生の説明を信頼する気持ちが芽生えさせたように思います。

そう考えると今までも何度かこの指に触れられたことがあることを思い出しました。

「この指」は、全てのお医者様から感じたわけではありませんが、「この指」が医師あるいは治療師への信頼感の基礎になっていて、この安心感の後に行われる全てに信頼して身を任せられるような気がします。今回は「この指」のおかげで不安が取り除かれ何の検査もないことも全く気にならなかったように思います。

つまり私たちの仕事も最初のタッチで全てが決まるところがあるのだとわかったのです。
触れるということの大切さを改めて感じました。

お正月早々、少し騒がしい心で過ごしましたが、大切な二つの気づきを得たので幸先の良い始まりだったと思えます。

それから、確定するまでに私の身を案じてくれた全ての人にはもちろん感謝しかありません。
ありがとうございます❣

ネイルシール。ティーンエイジャーの雑誌の付録を患者さんからいただきました。少しカラフルな指で始めています。

書き初め

息子の書き初めついでに私も書き初めをしました。
初心というよりはなりたい私を文字化してみました。
「悠生治療院 関わる全てに豊かさと平安をもたらす」

あくまで願望ですが、ただ私一人のお金儲けと楽しい経験と技術の習得を願うのではなく、働いてくれているスタッフ、患者さんとして縁を頂いている方々、そして仕事を紹介して下さる方々、一緒のチームで私たちのワガママな時間を心よく受け入れて下さる心優しい方々、そして社会情勢を跳ね除け同意を下さる先生方、皆様に豊かで平安な暮らしがもたらされる一年になりますように願いを込めました。

どうぞ神様がわたしの願いを聞きいれてくださいますように。
私が自分のことだけでなく、広い大きな愛に気づき鷹の🦅眼で生きていけますように。
どうぞよろしくお願いします。

がんばります!

2020年 明けましておめでとうございます

🎍明けましておめでとうございます🎍

2020年が、皆様にとって素晴らしい歳になりますように。またそのきっかけとなるような治療ができますようにスタッフ一同、心を込めて頑張りますのでどうぞよろしくお願い致します。

悠生治療院において、昨年はスタッフの入れ替わりがありました。
新しく来てくれたスタッフは、“按摩が大好き、ホンモノの按摩さんを目指している”という新人です。

その姿に、マッサージの専門学校時代に、按摩術の流れるような手つき、身体の上で音楽を奏でるようなリズミカルな動きに魅力されたかつての私を思い出しました。
彼女の施術へこだわりが大きいことにとても期待しています。

私としては、私の学んできた全てを伝え、本人仕様にさらに昇華させて行って欲しいと心から望んでいます。それが未熟な私に身を任せ経験を積ませて下さったかつての患者さんたちや保険を使って治療させて下さっている社会への恩返しだと思っているからです。

しかしながら、ニューフェイスにとっては、右脳的・感覚的な私の説明はなかなかピンとこないようです。そんな時、別の男性スタッフが翻訳してくれると理解が進むようです。

このやり取りを見ながら、男性スタッフが長い時間をかけて私の言葉を自分仕様に組み立てて理解してくれていたことを知り、申し訳なさとありがたさが混じり合って、とても幸せな気持ちになりました。

按摩マッサージ指圧師に限らず、人間が手で施すことのできる手技に特別なことはないように思います。
気持ちいいと患者さんに感じてもらえることや痛みや機能の改善に、その差がでるのは、身体の中で起きていることへの理解にあるのだと思っています。
目には見えない、レントゲンにも写らない、本人の自覚を指先で起きていることを理解する力と、身体に対する信頼が大切なのかなと思っています。
身体は示す反応は全て必要があって起こしている、ただ、身体のバランスが崩れた時には身体の示す反応も過剰になってしまうので、バランスが取り戻せるように調整することが施術師の役割だと考えています。

理論的にはとてもシンプルなこの理屈も、実際は筋肉のつき方など個人差が大きく、施術師は、その循環を阻害している「石」を取り除き、あとは自力で転がる力を信用する方が、本人仕様の完璧なバランスに近くなるのですが、このさじ加減が難しく、毎日がチャレンジと発見の連続です。

このさじ加減や患者さんとの身体の対話が楽しめるようになると、もうやみつきで、時間にとらわれず、患者さんがもういいのにという気になっても、

ごめんなさい、もうちょっと、いいところなんですわー(・_・;

ってことになります。時間で終われないのは、プロとしては二流かもしれませんが、一流の按摩師を目指すなら大切なこだわりでもあると思います。

ただ、この技術へのこだわりが真の治療力に結びついていくには、患者さんへの共感力なしには不可能なように思います。
患者さんを置き去りにした技術は、独り善がりなもになるからです。
つまり患者さんへの共感力こそが本物の按摩さんへの道なのだと思います。

ニューフェイスには、すぐに手に入らないもどかしさを抱えながらも、自分を受け入れて施術させて下さる患者さんへの感謝を忘れずに前に進んでもらいたいと思います。

私は、人に伝えるために、もう少し他の方々の技術を学んでいきたいと思っています。本を読むのがゆっくりなので、読み進めなくて困っています…

そして願わくば、私の施術が、患者さん自身がそれぞれの治癒への道を歩いてくださるようサポート出来る力を身につけていきたいと思っています。

本年もどうぞよろしくお願い致します🤲🤲

患者さんとのお別れ

ブログを更新したいと思いながら、毎日何かと格闘していて、落ちついて心を整理することが出来ずにいました。

何かというのは、もちろん治療院がうまくいくように私自身の患者さんの治療についてや、スタッフの治療について考え続けているのは以前から変わらずなのですが、そんなこととは別に自分の中にあるものが本当にこれでいいのかしら、もっと大きくて広いものなんじゃないかと想いを巡らせているとなかなか文章にまとめることができなかったのです。

きっかけは様々ありますが、一番大きなきっかけとなったのは、私の仕事人生の大半をお付き合い下さった患者さんが亡くなられた時の体験が大きいかもしれません。

この患者さんから教わったことは、絶対に忘れることが出来ない、治療師として私の基礎をなすものとなりましたから、是非文章で残したいと思っているのですが、この方が亡くなられた時の体験が私の根幹を揺るがすようなものでしたから、心の様々を表現することがなかなか簡単ではなくなってしまったのです。

この方が亡くなられるほんの一時間前に訪問していました。

食事の量が減り、心臓の働きが落ちてきいたのでいつ何時なにがおきても不思議ではない状態が続いていましたが、ふつうに会話が出来て身体も自力で動かせるところがまだまだ残っていました。

それでも、その時が近いのはわかっていました。

この方とは、長きに渡る付き合いの中で、私なりにお役にたてるよう最大限の努力を重ねてきましたが、精神的には全く反対で、経験豊かなこの方はいつも私たちを励まし、問題解決の提案をして私を助けて下さっていました。

それで終わろうとしているこの方にお礼が言いたいけど、まだ話も出来るのに今までありがとうございますというのもどうかと思いながら、どうしてもちゃんとお礼を伝えたかったので、

「いろいろいつもありがとうです。これからもずっとおつきあいして下さいね」とお願いしました。それは肉体を離れても私を助けて下さいという意味を含んでいました。

すると少し意外そうな顔をされたようにも思いますが、とても嬉しそうな笑顔をして「そうか。こちらこそ頼むで」と言って下さいました。

そしてその方の家を後にして、20分以上車を走らせた次の場所に向かっていました。すると綿毛がフロントガラスに次々と飛んできます。

その時は7月でした。
タンポポがいっぱい咲いている季節ですら、フロントガラスめがけて綿毛が飛んでくることを経験したことがなかったので、近くに“花”がたくさんあるのかとキョロキョロしてもそれらしいものは見当たりません。

それでも次々と飛んでくるのを、不思議に思いながら車を走らせていました。

そして次の目的地に到着してしばらく後にその方の訃報の知らせをいただきました。

その時、私は、あの綿毛は、患者さんが別れを告げに、そしてこれからも付き合えることを知らせに来て下さったのだ確信しました。

わたしはいわゆるスピリチュアルな世界が好きな人間でしたが、一方で目に見えないものは、ないものにした方が治療がシンプルでうまくいくので、経絡の流れや気の運行ということより、目に見える筋肉や皮膚といった物質的なものを指標にした治療に重きを置いてきました。

ですから、見えない霊というものにもあまり興味がなく、「ここに来ると嫌な感じ」といったことも感じたこともありませんでした。

その私に、目に見えるように風に乗って魂が知らせに来てくれたのですから、否が応でも私の世界は半分しか開いてなかったのかも知れないと信じざるを得なくなってしまったのです。

そして、今まで物理的な作用で起きているに過ぎないと考えてきた様々なこと、例えば目の前に落ちる木の葉であったり、目の前を遮る蝶にもっと深い魂-スピリット-の働きを感じるようになりました。

だからといって私の日常がなにか変わったということはないのですが、患者さんの治療という意味では、私が気がつかなかったものがあるのではないか、もっと深く長い時間の中で考えることで、よりよいアプローチがあるのではないかと考えるようになりました。

それで文章にすることが困難になっていたのですが、グルリと一周回って、結局は相手を大切に思うことが最善の治療に結びつくのだから何ら間違いはなかったのではないかと思うに至っています。

ただスピリットの持つ力は気のせいではなく、ただ気がつかないだけではっきりと目に見えてあると言うことに確信するようには日々なっていますので、ますます愛のある治療の大切さを感じるようになりました。

魂の治療ができるよう頑張りたいと思っていますので、私に治療の機会が多くありますよう皆様の応援をよろしくお願いいたします。

この方から教わったことは次回に書こうと思っています。おしんよりすごい苦労を乗り越えて来られたお話です。

雲は風で形をかえます。

片眼で「見る」

金属加工する職人をされていた患者さんのお話です。

大阪城の天守閣の屋根についている金属を全て一人で納品したと言われるので、とてもしっかりとした腕で仕事をされていたのだろうと思います。

使い込んだ身体は、年齢とともにあちこちが悲鳴をあげていました。一番の問題は、めまいだと言われます。
脳梗塞後の不全麻痺(見た目はあまりわからないくらいだけれどやはり普通には動きにくい麻痺)もあるので、室内の移動は出来ても、めまいで室外の移動は困難だと言うことでした。

めまいというのは、脳の問題が隠れている場合もあるのですが、加齢に伴う骨格の変形から耳周辺のリンパの流れが滞ることで起きることもよくあります。そんな時はマッサージ施術によりリンパの流れをよくするだけで驚くほどに改善します。

ひどいめまいは、施術を始めてからある程度の改善はみえたのですが、どうにも頚部の筋緊張の左右差が大きく脳梗塞の後遺症のためかと考えていました。

が、実は若い頃に仕事中に体勢が崩れ、アルミ板で額から口元まで切る大怪我をされ、そのために左眼を失明されたのだそうです。

片眼になると遠近感がわからず、片眼による手元作業に慣れるまで3年くらいかかったそうです。
ほんの2、3㎝の違いがわからず、電車と車が並行して走っているところで、それらがすれ違う時に、その遠近感がわからず、あっぶつかる!と一人びっくりするそうです。

遠近感がつかめないのに、どうやって細かな作業をこなしてこられたのでしょうか?
しかも選りすぐりの腕前なのはなんとも不思議です。

片眼でもみているうちに慣れてくるのかと尋ねてみました。
すると意外な答えが返ってきました。
見ればみるほどわからなくなるので、パッと見てあとは見ないでする方がうまくいくとおっしゃいます。

両眼がきちんと働いていた時と同じように見える前提で必死に見ようとしないで、見えないことを受け入れて、片方の眼とあとは経験に裏打ちされた心の眼で見る方がうまくいくということなのかなと思います。

私たちの仕事も同じことが言えるのかなとしばらく片眼で「見る」ということについて考えてみました。

見えないもの、わからないことをわかる前提で考え続ければ続けるほどに迷いが生まれて、正解から遠ざかるということがあると言えるのでしょうか。それより、心の眼を鍛えていくことに時間を費やす方が正解に近づくのでしょうか。

まだ自分の中ではっきりとした答えは見えていません。
きっと頭の片隅に置いておくことで、ある日成熟し、ヒラメキとなってわかる日がくるんじゃないかと考えることを一旦おしまいにしました。

感じる心やカンというのを言葉で言い表したり、人に伝えるのはとても難しいのですが、思考を超える何かがあるのは多分確かなのだろうと思います。

9月7日土曜日の京都の空です。屋上から北のほうを見ていると、そこにだけ雨が降り注ぐ雲を見ることができました。初めて見る雲の様子にしばらくみとれていました。
雲の筋は少しずつ位置を変えていましたが、私の頭上では星が見えていました。

東洋医学を志した理由

この秋で、訪問マッサージの仕事に関わり始めて25年になります。

23歳の時に、バイク事故で意識不明となった友人の目を覚ますためにできることはないかと隣に住んでいらしたヨガの先生に相談し、西洋医学ではカバーできない世界に足をふみいれました。けれど、その友人は覚醒することなく事故から3年後の秋に亡くなりました。

この出来事をきっかけに東洋医学に関わりたいとこの道を目指しました。

専門学校に入学し、マッサージのアルバイトを探していたら、知り合いから訪問マッサージの仕事を紹介してもらいました。当時まだ多くは知られていないこの仕事の面接に行く前の日に、このバイク事故で亡くなった友人が夢に出てきました。

どこかの洞窟の中でこっそり二人きりで会っていました。ただそれだけの夢でしたが、面接の後、仕事見学に行った時、夢の理由を知りました。

在宅で、きちんと意思疎通出来ない寝たきりの人たちの身体を動かしたり、能動的な人生を送れるように働きかけたりする仕事だったのです。

病院で寝ていた友人にどう接したらいいいいのか、お見舞いに通いながらも戸惑いの方が大きい3年間でした。お見舞いに行っても何もできずに付き添いの人と話をして帰ってくるしかできなかったのです。

私は訪問マッサージに関わることで、その戸惑いを乗り越えて自分にできることを探して行く旅を始めたのでした。

それから25年。
寝ている人に必要なこと。
私にできること。
障害を背負って生きるということ。
そして死ぬということ。

まだまだ見えない答えもありますが、患者さんに支えてもらいながら一つ一つ答えを見つけてこれたように思います。

私にこの道を示してくれたこの友人には感謝しかありません。寝たきりでいるということは、逆説的ですが、必死に生きるということではないかと思うようになりました。

まだもう少しこの道を進んで行きたいと思っています。
どうぞよろしくお願い致します。

雲が神様からのメッセージだとしたら、見るのが楽しくなっちゃいます。

スタッフに伝えたい仕事の奥深さ、素晴らしさ

8月いっぱいで、うちの若手が退職し、9月からは新しいスタッフが加わって新体制をスタートすることになりました。

新体制が落ち着くまで、様々ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、全力でより良い体制が組めるよう取り組んでまいります。
どうぞよろしくお願いいたします。

プロフェッショナルを目指す限りはどのような仕事であっても、それぞれに深い経験を積むごとに、深い洞察や完璧さのレベルが深まるのは当たり前かもしれませんが、訪問マッサージという仕事の奥の深さもまた、底なし沼のごとくです。

それは時に施術者を苦しめるものであると同時に、この世を生きるヒントの全てを手に入れることのできる最上級の仕事の一つであると思っています。

それは、マッサージ師として、気持ちいいという時間の提供だけでは済まない状況にある方々の暮らしを支える一助となるような技術の習得を前提としていることがあります。
患者さん本人の感覚だけではない、他覚的な効果をつくりあげる過程は、とても大きな経験とそれに伴う自身の仕事への誇りを得ることが出来るからです。

そして、加齢や疾病による障害を持って生きることをサポートするということは、技術の提供以上に大切なものがあるということから目をそらすことはできません。

毎回の施術は心の交流なしには継続が困難で、癒すということの本質に近づかざるを得ないからです。

患者さんのホームに定期的・計画的に訪問するこの仕事は、そこに愛がなければ受け入れていただけずお断りを受けることがよくあります。

一度きりの関わりや、大きな期待をしない、切り取られたようなマッサージや、患者さん自身の治癒力から遠のいていくようなマッサージは、マッサージ治療の本質からどんどん遠ざかっていくように思います。

もちろんどのようなマッサージ施術であろうとその本質にせまることは出来るのですが、訪問マッサージの場合は、その本質から目をそらし続けることが困難で、そらし続けていると様々なしっぺ返しがやってきて現実に気づいていけるような気がしています。

私の訪問マッサージの関わりは、まさに、毎日山あり谷ありでした。
怒られては泣き、断られては憤慨し、医療保険の無駄遣いだと言われた日には、吐きそうになるまでおやつを食べ続けないと訪問に向かえない、そんな時をたくさん過ごしてきました。そのような経験の上に今があります。

今となっては、それら全てが、今の私を作ってくれた愛おしい経験となりました。

今では、患者さんの家が私のホームになってしまったようなところがあり、間違えて「ただいま」といいそうになる時があります。それくらいに訪問治療は、私をも癒してくれてきたのではないかと思っています。そして多分そんな時は、技術を超えた心地よい空間が私と患者さんを包んでいるのだろうと思います。

新しく加わってくれるスタッフにも是非この素晴らしさを伝えられるよう頑張ろうと思っています。

どうぞよろしくお願い致します🤲🤲🥺

心の揺らぎ

おはようございます。

ブログが更新できません。
仕事が忙しいというよりは、心が忙しいというか、満たされてしまったという方がぴったりくるかもしれません。

きっかけは、息子が好きな米津玄師さんの歌を聞いたことです。
脳が働く前に感情が揺り動かされ、気がついたら号泣していました。そして、ここ数年抑え込んでいた心の引っかかりが溢れてきて、頭の中で大混乱が起きました。

そのあとから、不思議な感覚になって、鳥🦅や虫🕷、木の葉やわた毛の風に舞う姿に目が奪われるようになりました。

公園で、これらを眺めていると時が経つのを忘れて、私がここにいないようなただ、蟻🐜に同化してしまったみたいな気持ちになるのです。

以前より、手に気が宿るようになったのか、ずっと関わっている患者さんから
「手が暖かい。気持ちいいわぁ」
と言っていただくことが増えました。

もう号泣したりすることはありませんが、自然と一体化しようとしているだろう自分を感じることで、今までにない心の平安を感じることがあるように思います。

これからは、心の揺らぎとその治療を少しずつ報告できたらと考えています。

元々スピリチュアルなことが大好きでしたが、ここ数年は遠ざかっていた世界でした。そして今、長い旅を経て、もう一度帰ってきたような気持ちになっています。この変遷は、わたしにはとても自然なことで、患者さんたちから大切なことを日々教えていただいて来たからじゃないかと思っています。