魂のスナップえんどう

今週のお弁当に3日連続顔を出しているスナップえんどうは、患者さんからの頂き物。

大きな心臓の手術をしているにもかかわらず、自家栽培の逸品です。

心臓疾患を患われている方の多くは、死と直結するその恐怖から、室内で過ごすことが多く、廃用性予防にと訪問マッサージに伺うことがよくありました。

スナップえんどうのつくり手である患者さんは、自分が死の恐怖を味わわない限り、自分の行動に制約を設けることなく生きていらっしゃいます。(見ていいるこちらはハラハラですが…)

魂のスナップえんどうは本当に美味しくて、今まで食べたスナップえんどうとはまるで違う美味しさでした。

私はこの方をサポートしたくて、循環を助けるために懸命の努力を重ねていますが、

「いつまで生かす気?マッサージいい加減でやめようかな」と言われしまいました😨😨😨

眼鏡

眼鏡👓作りました。

老眼がつらくなり、薬局で購入した老眼鏡を使い続けると眼が疲れて、
「きちんと眼に合ったものを処方してもらわないと」
と患者さんに叱られて、これまた別の患者さんから紹介していただいた「眼球フェチ」の眼鏡屋さんに行ってきたのです。(詳しくは前回ブログをお読み下さい)

私は老眼鏡を作りに行ったので、測定結果から「遠中両用眼鏡」を勧められても、中というのは、近くに焦点は合わさないけど、ゆるい老眼鏡だと信じて疑わずにいました。

どうやら近視と乱視のせいで、老眼の測定値よりは見にくくなっているらしい。だから本当に近くを見る時は、眼鏡に差し込み式の老眼ルーペを買い足しました。

このように、眼鏡屋さんを紹介してくれた患者さんに報告しました。

すると
「老眼の要素は1ミリもありませんよ。近視と乱視の矯正眼鏡ですよ。だから老眼ルーペ別付けなんですよ」

と言われました。

えー!私は老眼鏡を買いに来ましたと言ったんだけど…思い込んでちゃんと聞かなかったから。別に構わないのですが、素人判断で勝手に決め付けるのはあかんなぁと思いました。

近頃は、仕事中は、花粉・PM2.5・紫外線避けに伊達メガネをすることが多かったので、遠中両用眼鏡を日常的にすることで、プロテクトをしながら視界もスッキリ、眼の疲れともおさらばできる眼鏡生活になり、私としては、願ったりかなったりなのでした。

さて、この眼鏡をかけて、初めて自動車の運転をして帰った時は、今まで緊張して引き攣れていたのだろう耳の下あたりの筋肉が緩んで来たのでしょう。こそばゆい感じで、なんとも言えない違和感を覚えました。

えー!こんなに見るために筋肉を動員して一生懸命に見ていたんだ!

それは、眼鏡をかけている間にきっと引き攣れた顔の相も優しい顔に変わるんじゃないかなぁと思わせる違和感でした。

それから一週間すっかり眼鏡生活に慣れてきました。顔の歪みが直るといいなぁ。

眼球フェチのプロフェショナルなメガネ屋さん

今日は、齢を重ねたために近くが見えなくなる眼(つまりいわゆるところの老眼)のために眼鏡を作りにメガネ屋さんに行ってきました。

少し前に、患者さんが、
「眼球フェチでリーズナブルなお値段な」メガネ屋さんで、いつも眼鏡を作っていると話して下さいました。

その店のご主人は、眼の構造から語り始め、年齢やその形などの話を始めると止まらないと言うのです。

筋肉フェチの私としては、眼球フェチという響きだけで興味津々。既製の老眼鏡での眼精疲労が響いてきていたところなので、時間ができれば行きたいと考えていたのです。

ウワサに聞いた「眼球フェチ」の店主は、まず近眼というのを悪いことのようにとらえること自体がよくない。
眼球というのは、黒眼につくレンズを周りの筋肉が、そのレンズの厚さを調整していて、単に使いすぎたために、筋肉である白眼部分が肥厚し、眼球自体が肥大してしまう結果であり、悪いことのように受け止めるのは違うと話を始めて下さいました。

眼球は、10円硬貨大の径が正常な大きさなのだけれど、筋肉が引っ張りすぎて五百円硬貨大にまで肥大することで、大きくなった分が、レンズの像を結ぶ位置をずれさせてしまうと説明をして下さいました(私の理解の及ぶ範囲が正しければです)。

ただ、使いすぎ、引っ張りすぎた状態なので、眼にあった眼鏡をかけることで、白眼である筋肉を助けることができ、結果的に眼球の大きさを正常な大きさに近づけることができると言います(眼の状態でそう簡単ではないとはおっしゃっていましたが)。

また、老眼による状態は、筋肉が老化により弾力性を失い調整能力が落ちてしまった状態なのだそうです。
通常は、40歳くらいに、プラス1から始まり、70歳にはブラス3になると言われていました。

このプラス1というのは、1足すことで、10円硬貨の正常な大きさの位置で像を結ぶことができるという意味だそうです。
ですから、近眼の場合は、大きくなりすぎた眼球の結ぶ像の位置からマイナスしていく数字で正常な位置を表すのだそうです。
そして、老眼もまた、眼鏡で筋肉を助けることにより、疲労を軽減し、より若い状態を長く維持することができるとおっしゃっていました。

私は老眼だけでなく、近視と乱視も持っていたのです。乱視は、よく眼鏡検査にある放射状の線が濃い線と薄い線に見えるのが、これが乱視によるものだということでした(私は今回まで自分が乱視ということを知りませんでした)。そして、遠近の度を入れない、乱視を矯正するレンズをいれただけで、小さな字もよく見えたのでとても驚きました。

乱視というのは、水晶体が歪んだ状態にある時に生じるらしいのですが、それは生まれつきのものだということでした。

10代から20代には近視のために眼鏡を必要としてきましたが、乱視があることも知らず、このように詳しく説明をしてもらったのも初めてでした。

少しの近視と乱視、それから老眼のある私は、眼精疲労を助け、紫外線から眼球を守るために、いつも眼鏡をかけて生活することを勧められました。

その提案に従い、遠中(遠近ではなく、近場は困らない程度の度にする)両用眼鏡を購入することにしました。

最後に、仮レンズで店内を歩いてみるように言われました。
近視、乱視、老眼すべてあるにもかかわらずなんとか見ていたぼんやりの世界に慣れていた私の眼は、矯正レンズで世界を見たとき、床が盛り上がり、少し離れたところにある棚は長方形でなく、跳び箱のように台形に見えました。

それは、眼鏡が合わないからではなく、長年見えないことに慣れた眼が見せている「錯覚」でしばらくすると慣れていくのだそうです。

また、レンズを次々と変えながら見え方を検査している時に、私は見えていることを見えたままに言葉にしていたのですが、見えないことが続くと感じる力を脳が失ってしまうこともよくあるそうで、私は眼の感じ方が敏感だと言って下さいました。そのため、眼の錯覚がなくなるのも速いのではないかとも言って下さいました。

眼の感じ方に敏感とか鈍感というのがあるというのが、この日一番の驚きでした。ワガママな私は自分の感じにいつも素直なのかなと思い、これが私を私たらしめている大きな要素だという気もしますが、何はともあれ、眼についてこんなに詳しくなれるなんて! ウワサどうりのプロフェッショナルなメガネ屋さんでした。

10日後に出来てくる眼鏡を楽しみにしています。

これは小出光学という京都のメガネ屋さんに行ってきた話です。

70年目に到達した作品

「わたしもいつどうなるかわかりませんから」

と患者さんがご自分の作品を下さいました。

治療院男性スタッフがうまい具合に取り付けてくれました。

13歳から父親の仕事をならい、80半ばまで70年の間、様々な作品を作ってこられた患者さんです。

照明器具や社寺や庭園の飾りものなどその作品は多岐に渡っています。
デザインから電気のつなぎ方などその全てをご自分で生み出してこられたそうです。

その作品は、今も、日本全国の有名な施設や社寺に置かれていると聞いています。

絶妙なバランスがとれたそれらの作品は、造形の深くない私が言うのもなんですが、いわゆる黄金比というものというものではないかと思える見事なもので、見るものの心を暖かくするような作品です。

真鍮細工は力がいるにもかかわらず、精巧さを求められ、工程で火を使う作業があるなど、手脚はその仕事用に変形し、70年に及ぶ肉体労働の跡がはっきりとわかるほどです。ケアマネジャーさんが、その身体の手入れにマッサージはどうかと勧めてくださったおかげで、80を超えてから引退されるまでの3年足らずを関わらせていただきました。

今は「90歳までこの世においてもらいたいとおもてます」とマッサージのケアを必要として下さっています。

施術中に聞かせて下さるお話は、本物の職人気質とはこういうものなのかといつも興味深くうかがっています。

個性が売り物ではなく、どの商品も手作りだった時代から、大量生産の機械で作れる時代に変化する中で、手作りの商品で、この方にしか出来ない作品を生み出してこられたセンスと努力、仕事への向き合い方は、同じ職人として生きる私の心に深く響いてくるのです。

70年も一つのことを続けた先に見える世界はどんなものでしょうか。
私がその世界に到達するのは、物理的に無理があると思いますが(100歳まで現役で働かないと到達できないので)、覗けるものならのぞいてみたい世界です。
きっと余計なものは全て削げおち、シンプルで穏やかな世界ではないだろうか、作品からもそのようなものが伝わってくるので、そんな気がしています。

いただいた70年目に到達した作品は、治療院の玄関に飾らせていただきました。
大変光栄至極で、私の治療院にはもったいないものかと思いますが、治療院にお越しの際には是非ご覧になっていただけたらと思います。

穏やかな静寂の空間がそこにあるように思います。

書類作成の雑感

昨年の10月から鍼灸マッサージの保険取り扱いの制度が変更になり、京都市でもこの4月から3ヶ月の移行期間を経て、新たな制度に切り替わることになりました。

そんなに大きな変化はないような気もしますが、とにかく不正使用を防止するために細かな規定が設けられて、子細なことまでを書類に記入することが求められるようになりました。

それでも、医療マッサージを必要とする被保険者の権利は守られなければならず、保険者は、疑わしい事実もないのに、被保険者に対して、単にマッサージ施術の受療を圧迫するような調査をしてはならないとも書かれてあります。

つまり、マッサージ師の医療保険の不正使用はいけないけれど、医療マッサージの存在意義は認めていると解釈できるのかなとこの一文に少し勇気付けられました。(こういう理解でよいのか本当のところはわかりませんが)

様々な書類上に必要となった記載事項が、本当に必要なのか、単に嫌がらせ的な要素を含んでいるのかはわかりませんが、きちんと仕事をしているので恐れることはないと、思うようになりました。

(今まではほとんど一人で書類の作成をしてきましたが、もう一人では無理なので、治療院のスタッフの手を借りることにしましたが)

そんなこんなでなかなかブログを書こうという落ち着いた気持ちになれずにいます。
とりあえず近況報告まで。

がんばります。

いろんなことがやってきた時、抵抗するより受け入れる方が楽だと思うようになってきたのは年の功なのかな。いいことなのか悪いことなのかは死ぬ時にわかるかしらん。

一生懸命真面目に働く

「人に働かせて、自分は動かんと金儲けする人は嫌いや。」

この間の私のトラブルを見ていたように患者さんがこうおっしゃいます。

「私のお父さんは、山口県の萩の出身で、ちょっと頭が良かったんや。
けど、頭がいい人というのは、自分が働かんと、人をアゴで使って金儲けしようとするんやなぁ。
私は、自分がしんどい目して稼ぐのが好きやわ。」

(えー!社長夫人なのに、楽してお金儲けする人が嫌いなんだ‼と私は意外な発言にびっくりしました)

「私は、75まで働いたで。

若い子もいっぱい使った。京大を出たような子も働きに来たけど、そういう頭のいい子は時間が来たら、片付けもしないでサッサと帰っていく。あんなんでは何のための勉強かわからへんなぁ。一生懸命真面目に働いて親を楽にさせてあげようってそんな気がないんやなぁ。

あんたは、75までは働ける。あんたなら出来る。頑張りや」

と言って下さるこの患者さんは、大正15年生まれで、京都の中央市場の卸会社の社長の奥様として会社を切り盛りしてこられた方です。

この方は大正生まれとは思えない自由な生き方をしてこられたようです。

まだ一ドル360円の時代に家族でハワイで年越しをしたり、(夫ではなく)旅行仲間と世界中を旅行して回ったといいます。

また、まだ二十代のころには、

富山県は日本で一番お金持ちが多いと聞いて、日本一のお金持ちの多いところを見に行きたくなって一人で行ったんだそうです。行ってみるとそこは、大きな区画整理をした田んぼが一面に広がっていて、お金を貯めるためには一番大切なお米を育てているからなんだと得心して帰って来たのだそうです。

私は、この方の「古さ」と「自由」が絶妙に組み合わさった考え方や生き方に惹かれてきました。

なので、その方から、まるで私の楽してお金儲けがしたいという失敗を見透かされたようなことを言われて、一人心の中で苦笑してしまいました。

もしかして今までにも同じことを言われていたかもしれないけれど、今回はグサリと私の心に突き刺ささりました。

自分が懸命に働き、重い荷物も若い子に任さず、担いできた頚椎は、変形し手足が痺れてしまいました。
それでも、93になる今も、自分のことはほとんどを自分でするように努力を続けるこの方は、
痺れからくる手足の痛みがひどくて、薬もない、マッサージが一番の薬だと私たちの訪問を楽しみに待って下さっているのです。

この方には恥ずかしくて言えないような考えに取り憑かれた自分が本当に恥ずかしくなりました。

よこしまな考えは捨てて一生懸命真面目に働き続けようとしみじみ思いました。

額に汗するということは、楽して稼ぐということにはない尊いものがあるのかもしれません。
まだこの最中にいる私にはそれが何かあるのかないのかもはっきりとは見えていませんが、いつかこの答えを知る日が来るのでしょうか。

あと20年以上働くなんて!気が遠くなりそうですが…75歳まで現役で働けるかな?

働きたくないけど、働いてるかもしれないし、働きたいと願うようになるかもしれないし、働かざるを得ないかもしれないですね(~_~;)

息長く働かせてもらえますように、どうぞよろしくお願い致します。

この方から聞く下関の話がステキで下関旅行に行って来ました。萩には行けなかったけれど、大好きな萩焼のコーヒーカップを購入。

泡の話に疲弊したこと

2月の終わりに新しい仕事の話が舞い込んでいて、浮かれ、そしてその話は泡と消え、落ち込んでいる間に、時が過ぎ、もう4月も半ばになり桜が散ろうとしています。

泡の話は、蓋を開ければ詐欺まがいのものだったので、お断りしたのですが、楽なお金儲けに吸い寄せられ、夢見心地になった自分自身に、ガッカリすると同時に、気がつかなかったけれどいつもギリギリの緊張感で治療院を続けてきたんだなと、なんだか自分自身が少しかわいそうだったり、感心したりと思えた出来事となりました。

それは、マッサージの専門学校の同級生で大阪で働いている友人が、自分の治療院の社長が、京都の有料老人ホームで訪問マッサージに行けるところを探しているので、私のところで対応できないかと問い合わせてくれたものでした。

彼は、大阪の生活保護の方ばかりを入所させている老人ホームへの訪問マッサージをしている治療院に勤めています。

彼の仕事先の老人ホームは、なんだか少しヤバい匂いがすると思っていましたし、その社長が探していると考えると、少しヤバい繋がりかも知れないと不安な気持ちにもなりましたが、在宅の仕事が厳しさを増している折です。老人ホームへの仕事はとても有難い仕事先となるので、有り難く引き受けようと考えました。

それで場所や規模など詳しく内容を聞いているうちに、私の今の仕事のエリアから少し遠いこと、患者さんの数がある程度あることなどから、私の治療院だけでは対応しきれそうになく、一緒に入れる治療院の先生方と協力して展開していけたら、楽しい仕事になるのではないかと頭の中で展開を巡らせていました。

有料老人ホームに多く入っている大手チェーン治療院は、施術の内容より、作り上げた制度や数での対応、もしかしたら収入の何割かのキックバックなど、患者サイドではなく、経営者にとって都合の良いことが一番のメリットとなっているのではないかと考えてきましたので、私たち個人経営の治療院に、中身で勝負出来るチャンスが巡ってきたのではないかなど少し夢を膨らませてもいました。

ところが、さて、実際に訪問についての具体的な話をするという段になり、老人ホームではなく、仲介業者と話をしてほしいという事になりました。

やっぱり、そんないい話はないんだなぁとガッカリしましたが、仲介業者の仕組みを知ることができるのはラッキーな気もしましたし、少しのキックバックなら、在宅での訪問マッサージが立ち行かなくなった時の担保に、いい話かもしれないと考え、その業者さんと会う約束をしました。

約束に現れたその人は、大阪に本社をおく薬局チェーン店の若い営業の方でした。

その会社が訪問鍼灸治療院と、人材派遣事業も営んでいて、その上に鍼灸マッサージ治療院を対象とした会員制のネットワークを全国で800件組織していて、老人ホームの訪問鍼灸・マッサージの仲介業務を行っているということでした。

有料の会員登録をすると、人材派遣事業の信頼関係を使い、必ず同意書を書いてくれる医院を紹介することが出来る。一枚1万円(6か月有効)の手数料を取るが、医師は、会社の信頼関係があるので、お金のやりとりはなく、一般的な受診をすることで同意書を書いてくれる関係を築いていると言います。

また、今回の老人ホームへの訪問の話も、このネットワーク内の治療院が他地域への進出に伴い訪問ができなくなるため、代わりに訪問してくれる治療院を探しているということでした。

つまり、ネットワーク内の他の会員治療院から仕事を紹介してもらい、紹介手数料として、施術代の4割をその治療院にバックすること。
その代わり、私の仕事に問題が生じた時も、他の治療院を紹介してもらえて、施術代の4割をバックしてもらえるというシステムになっている。人材派遣会社のような制度で成り立っていることでした。

キックバックの4割は、小さくはありませんが、従業員の立場からすれば、私が仕事を作れないので他所の治療院に働きに行くと考えれば、従業員にとっては悪い話ではないように思いました。
その上、スタッフが立ち行かなくなった時に、従業員の心配をすることもなくなり、雇うより「お手軽に」「儲け」が出るのです。

その上に、同意書問題は、一挙解決です。
少なくない治療院が医師と提携を結び、地域も離れ、主治医でもない医院から同意書を得ている事実を見聞きしてきましたし、またそれを厚労省は問題にしていて倫理上よくないということも知っていましたが、私が望んで手に入れようと努力したわけではなく、期せずして「奥の手」が転がり込んできたそんな気持ちになりました。

目の前の営業マンは、マッサージや鍼灸の技術や患者さんのことなど大きな問題ではなく、大切なことは、如何にお金を儲けるかそれだけが大事というオーラを全身から出しています。

私は、今まで、自分の労力より技術や患者さんのことばかりを考えて、茨の道を歩いてきたことがなんだかバカらしく思えて来ました。

こんな楽なお金儲けがあるなら、もう頑張れないかもしれないし、もう頑張る必要もないかもしれないという気になりました。
全身から力が抜けてしまったのが自分でもわかりました。

それでも、こういう大事な話を即断してはいけないという理性は残っていたので、その場で考えられるリスクや疑問を質問し、なお少し考えてから返事がしたいと言いました。

お金儲けが一番というオーラ全開の営業マンは、今日に契約まで持ち込みたいというオーラをさりげなく出して来ました。

これは明らかに赤信号です。頭の中で、この営業マンと話しながらチェックして来た赤信号のサインを思い返しながら、詐欺師の手口だなと思いましたが、私を包み込んだ多幸感は大きく、まあいいかという気で仮契約にサインをしました。まだ少し残る理性で、お金さえ払わなければ問題はないという計算が働いていました。

仮契約を結び、話が終わった後、お金儲けが一番というオーラ全開の営業マンは、出会いの縁の素晴らしさを何度も口にしました。急にお金より人生を語り、出会いの縁や私の人生に興味のあるフリを始めたのです。

それは、わたしの赤信号をさらに点滅をさせました。
ますますあやしい。
契約に漕ぎ着けた後、優しいフリをするのはまさに詐欺師そのものだと思いました。

その上に、お金の支払いは、現金を用意するように指示されました。
現金ということは証拠が残らないという、まさにヤバいやり方です。

しかしながら、私を包み込んでいた多幸感は本当に大きかったので、その時は全ての赤信号を無視してしまいました。

治療院を出て、すぐに、夕飯中の家族に事の次第を報告ました。本質を見抜く能力に優れている長男が
「クソみたいなやり方やな」と吐き捨てるように言いましたが、まだまだ多幸感いっぱいの私は、必要な理由を話して彼の意見を制しました。

それから、全ての用事を済ませ、寝床に入って、ようやく冷静さを取り戻しました。

一番気がかりだったのは、自分のやり方を曲げて患者さんと関わることや医師の倫理観を無視し、医療保険制度の悪用に足を踏み入れる自分を、私は受け入れられるのだろうかということでした。

あったはずの多幸感はすっかり消えていました。

最初の電話の応対から全てを思い起こし、チェックした赤信号を冷静に思い起こしてみました。

本当にいい話なら、詐欺師まがいなことをする必要はないのに、詐欺師のやりそうなことを次々としていたことを思い出しました。
だんだんと会社自体が実在するかどうかも不安になってきました。

次の日の朝一番の仕事は、私の指南役の患者さんへの訪問からでした。
最初から、この人に相談して、やめるように言われたらやめようと決めていましたが、果たして、事業内容を話した時点で

「詐欺ね」

と言われしまいました。

詐欺師もどきな態度などと言う些末なことではなく、話し自体がねずみ講的なネットワークビジネスだし、それは
「美香ちゃんの本道ではないでしょう」と言われました。

本当にそうです。

今までの自分の歩みを自分で踏みにじるようなことを受け入れようとした自分自身をとても恥ずかしく思いました。

すぐに営業マンに電話をしました。

せっかくですが、やはり自分のやり方を曲げることは出来ません。茨の道を歩きますので、今回のお話はなかった事にしてください

という私の断りに、
その営業マンは、

「4割が多いならなんとかしてくれと正直に言ったらどうですか」

と、相変わらず私の茨の道とはまるで接点のない返答をしながらも、とりあえず四の五の言わず、仮契約を破棄してくれました。

今となっては、あの営業マンは、詐欺師でなく、実在する会社で、私に話したことのいくつかは本当のことで、いくつかは会員にするための大風呂敷だったのかなと思います。

しかし、訪問マッサージというビジネスに鍼灸マッサージ師の資格者以外が参入し、営業力のない鍼灸マッサージ師を食い尽くすという今起きている現実を目の当たりにしたのかなと思います。

「あんたも丸いなぁ。そんなおいしい金儲けがあるなら、なんで人に勧めるんや。あるわけないやろ」
私のもう一人の指南役の患者さんに事の顛末を話したら、鼻で笑われしまいました。

お金儲けの道は茨の道で当たり前ということですね。お仕事を頂けて、毎日働けていることに感謝したいと思います。

そして、ケアマネジャーさんや医師、保険者、老人ホームの経営されている方々には、私たち個人経営の小さな治療院の持つ治療力は、小さなコストで患者さんの心身の健康を保障する大きなパフォーマンスを示すため日夜努力していると言うことを知っていただきたいと思います。
お金第一主義の治療院とはまるで違う発想で生きているのだと思います。

その上で私たちに仕事をいただければこれ以上の幸せはないと思っております。

本当にバカで、バカな自分にうんざりしますが、ますます精進し、茨の道を邁進する所存です。
どうぞよろしくお願い致します。

心に大きな根を生やしたい。

器用な手

「いつも思うんですけど、この手は器用な手ですなぁ」

今年還暦を迎えられる患者さんが、私の手を握りながら言って下さいました。

私は、とにかく几帳面とは正反対の性格で大雑把、細かいことが気になりません。だから、器用などと言われたことがありません。

この患者さんに言われるとなんだか特別に器用な手を持っているような気になれます。

というのも、この方は、10歳から家業の真鍮製品の製造を手伝い、85歳で引退されるまで75年に渡り、素晴らしい作品を作り続けてこられた方です。まさに特別器用な手を持っていらっしゃる方だからです。

この方に器用とお褒めいただけるとは、光栄至極です。
この言葉を励みに精進を重ねたいと思います。

i am so happy.

今日も一日頑張ります。

写真はこの方の作品。
私の写真が下手なのが残念すぎますが、全ての工程が手作業で、本当に几帳面で器用な手を持っていらっしゃると感嘆するばかりです。

読書感想、高齢者の心象風景

2月は久しぶりに本に取り憑かれて、数冊の本を読みました。

そのなかで、内館牧子さんの『終わった人』と『すぐ死ぬんだから』は新聞広告で見て、すぐ購入して読んだ2冊です。
高齢者の方からの感想が載っていたので、私の知らない高齢者の心象の世界があるかも知れないと思ったからです。

毎日寝不足になるまで読み続けたのですから、相当面白かったように思いますが、実際の高齢者の心象風景は、もっと奥深く、例えベッドの上がその世界の中心であっても、もっと広いような気がするなぁと思いながら読ませて頂きました。

それは、時には見渡す限り草一本生えない砂漠のような孤独であり、また時にはジャングルのような豊かな思い出の中にあり、あるいは風でさえも壊れそうな繊細な感受性に震えているかと思えば、幹線道路沿いの雑草のように排気ガスをかけられても、誰かに踏み付けられてもへこたれないタフさを持っている――何度聞いても飽きることない世界が広がっているように思います。

これらの本の中では、高齢者になってどう生きるかという問いに対して一つの答えが描かれているのですが、元気な高齢者と、身体の自由がきかなくなった高齢者では、心象風景の深さが違うのではないかと感じました。

元気でいる間は、当然興味の対象が外の世界に向かうので自分の心の奥を深く見つめることはあまりなく、身体の自由の効かなくなった高齢者は、何もできない諦めの中で自分を深くみつめ、それが心の奥深さにつながっていくのではと思ったのです。

もしかすると、作家先生は、出来ることを一つ一つ奪われていった境地にはまだたどり着いていないのかしらんと、僭越ながら感じた次第です。

不自由な肉体を被り、心はますます自由になっていく先に、肉体と別れて魂の世界に旅立てるのかもしれません。

歳を重ねるのは簡単じゃない。見られてると思う自分との闘いをとてもうまく痛快に小説にされているのかなと思いました。

京都マラソンのマッサージボランティア

2月17日(日)は、京都マラソンのマッサージボランティアに参加してきました。

翌日、月曜の私は、クタクタでした。

17日は、3時間くらいの間に17名の方を施術させていただきました。

施術時間は6分と決まりがあるのですが、全国各地からあるいは海外から京都マラソンのために足を運ばれ、42㎞を走り、足を引きずりながら、マッサージの順番を数十分待ってきて下さったと思うと、ついついタイマーの音を止めてからも手が止まらないのです。

「靴が合わず、足の裏が激痛です。今も痛い。少しでも楽になるかと思ってきました。」

「来週もマラソンなんです。マッサージしてもらったら走れるかと思ってきました。」

「京都のおもてなしがすごい。最後にマッサージまでしてもらえて感激です。」

「とにかく沿道の声援がすごくて、ずっと応援してもらえることなんて普段ないでしょう。すごく気持ちよかったんです。」

「日本が大好き。何回も来ています。安全で、安くても美味しいものがたくさんあるから。」

「いつも最後にゴールして、マッサージに間に合わないのだけど、今日は間に合って良かったです。地元に帰ってマッサージ治療院を探して通います。」

いろいろな思いを抱えて、42㎞を走ろうとやって来られた方々の一人一人の生の声を聞きながら施術していると、なんだか私も主催者側の人間のような、ホストとしておもてなししているようなそんな気持ちになって、
「来年もまたいらして下さいね。お疲れ様でした」
などという気持ちになるのです。

ほんのわずかすれ違うだけの縁なのですが、この10分足らずの時間で、マッサージを受けて良かった。またマッサージを受けたいと思っていただけるように全力で取り組みます。
そして、今もまだ疲労が回復しなくても、施術中の会話を思い出しては、楽しかったなぁと思えるのはすごいことなんじゃないかと思います。

マラソンはどうやら中毒性の高いスポーツらしいです。どのレベルになっても30㎞からのスポーツというそうです。しんどくなってからが本番ということなんでしょうか?

私のマラソンマッサージボランティアもクタクタになってからが本当の醍醐味に突入するのか⁉︎
来年もまた参加しよーっと😅