信頼を基本にした関係づくり

祇園祭が始まった京都です。
京都では、祇園祭り中に降る嵐のような雷雨が、梅雨明けを知らせるといわれています。

さて今回のブログは最近訪問を始めた患者様のことです。

脳梗塞の後遺症で、左の不全麻痺があります。

不全麻痺というのは、ある程度は使えるけど、麻痺があるので、出来る動作も努力を要するような状態です。

それから、認知症があります。

認知症というのは、単なる年相応の物忘れがあるということではなくて、論理的思考が出来なくて、毎日の生活に支障をきたす状態です。

例えば、ご飯を食べたからもうお腹が空いていないとか、ご飯は決まった時間にもいただくものという考えの基準が変わってしまいます。
お腹がすいていることと食事が関係ないものになってしまわれるようです。
1日何回もご飯が食べたくなったり、目に付いたものを次々口に入れたりされることもあります。

何々だから何々をする、あるいはがまんするということが通じないので、ご本人が望まないけれど、生活上で必要な事をしなければならない時には、困難が伴います。

介護される人は大変ですが、私たちの仕事上では、身体に触れさせてもらえたり、身体を動かす事の必要に応じて同意し、拒否することなく付き合って下されば、それ以外は大きな問題にはなることはあまりありません。

心身ともに、とにかく気持ちいい時間の提供が出来れば受け入れて下さることが多いからです。

でもこの方は、手足に触れられることを嫌がらます。
「痛い、やめて」とおっしゃいます。

触れる前から、「痛い」と言われます。「まだ何もしてないんですけど」というと「そうやねん。うちもおかしいと思ってるねん」とおっしゃいます。

それから「あー」と叫ぶような声を出されました。
私は、まだ何もしていません。あんまり気持ちよさそうに叫ばれるので、「イライラしてはるんですか?声出すと気持ちいいんですか」と尋ねてみました。
「そうや。すっとするねん」と言われます。

この方は、表現されている態度と裏腹に冷静で筋の通った説明をして下さいます。

認知症のせいで大声を出したり身体に触れられることを拒否されているわけではないように思います。ご本人の意に反して関節を柔らかくしたりするなどの機能訓練が行われた結果ではないかと思います。

気持ち良さや身体のよくなるうれしさより、痛さだけが残った場合、とにかく痛いことから逃れるために、こんな風に表現される方に今までも何人かお会いしたことがあります。

こんな場合、まず穏やかになっていただくことが一番大切なのかなと思います。

優しい施術で、全身の緊張を解き、身体に触れること自体の信頼を得られるようにすることで、機能を含め、いろいろな面で好転していくのではと考えています。

結果ありきの関わりがこのように不信を基本とした関係を作ってしまうのだろうと思います。

個人的には、様々表現される認知症の方との関わりを楽しく感じています。
表現の仕方は人それぞれですが、お元気な時には、見栄とか建前で覆い隠していた本音が見えやすく、その素直さが羨ましくもありますし、またこちらの誠意も口先では全く通用しなくて真剣に向き合うことを要求されます。

そんなやりとりをマッサージ以上に楽しんで仕事させていただいています😊

 

ニキビとマッサージ、そしてミラクリーム

この頃は、思春期真っ盛りの息子たちのニキビが目につきます。

思春期の象徴ニキビかと思いきや、体質もあるのだろうけど、顔がうっ血することで悪化するという記事を読みました。それで、体質や食べ物だけでなく、生活習慣や、身体の使い方が大きく影響すると考えてみることにしました。

そう思って、息子のニキビを観察していると、なるほど、クラブでたっぷりの汗を流し、全身を使った日はあまり目立ちません。

でも逆に、一日中ゴロゴロしながら、うつむき加減にゲームに漫画・テレビに明け暮れた日が続くと顔いっぱいにニキビが目立ちます。

血行が大切なら、マッサージも有効なんだろうと考えて、手・肩・頸を中心に触ってみると、ニキビの目立つ息子のそれは、筋肉が事務仕事系のものになっています。

かわいそうだから、少しはほぐしてみますが、ランニングや自主トレをする方がずっといいに決まっているので、あまり乗り気になれません。
私も疲れているので、ゲーム肩をなんとかしてあげようという気にはなかなかなれないのです。
それでもマッサージの後はニキビの炎症が収まり小さくなっているのがわかります。

身体も心も大きく成長する大切な時期だから、出来ることは手を貸してやりたいなとは思うので、もう少しほぐしてやろうと思います。

手・肩・頸の血行を良くすれば、顔だけじゃなく脳の血行も良くなって頭もすくすく育ってくれるなら精を出して続けられるかも知れません。

訪問マッサージの仕事では、高齢者に対してマッサージを始めることで血行がよくなり、白髪がすっかり黒くなるということもよくあります。
若い人に対するそれは、脳を活性化させたり、ホルモンバランスを整えてくれることを期待してもいいのかも知れません。

いろいろな理由をつけますが、大手を振ってスキンシップをさせてもらえる最後のいいチャンスなのだから、喜んでしようと思います。

それから今日は最後に、取り扱っている商品の宣伝をさせていただきます。

息子のニキビが悪化しないで、なんとか保っているのは、実は、マッサージや身体の使い方だけではなく本当は、使っている洗顔石けんのおかげが大きいように思っています。

これは、前に訪問していた患者様が、
「先生、本当にきれいになりたい?
この洗顔石けんは本当に品質が高く、きれいになるから、販売員さんが、他に売らないでこっそり自分たちだけきれいになっている人がたくさんいる石けんなんですよ」と勧めて下さったものなのです。

そう言われたらどうしても使ってみたくなり、使ってみたら、一度ににファンになってしまいました。一番はやっぱりシワが目立たなくなったかなと思えたからです😊

ずっとその方に分けていただいてきたのですが、その方がお亡くなりになり、その頃には、私の知人もこの洗顔石けんファンになっていたので、自分で販売店になることにしました。ほとんどは、自身を含めた身内用なのですが。

この洗顔石けんのクオリティは本当に高く、シワ・シミが目立たなくなるだけでなく、殺菌作用が高いので、皮膚トラブルのあるところは全て、洗顔後の泡で一緒に洗うとものすごく調子がよくなるのです。
ワキガ・水虫・下のかぶれなど私の長年の秘かな困り事もこの石けんのおかげでかなり楽になっています。(恥ずかしながらカミングアウト☺️)

子どもが使うには少し高価な気もしますが、みんなで共有しても三カ月以上使えます。

治療院の一階の喫茶うずらでも販売しています。リピーターの方は会員価格でお分けしています。
ぜひお試し下さい。

ミラ クリーミー洗顔フォーム。
100g ¥4000

「不良ばあさん」になろう

風薫る五月になりました。
新緑が目に眩しく、
街は様々な花であふれています。
こんな時は自転車🚲で訪問するのがとても気持ちがいいのです。

こういう季節には、
自分一人では外出できない患者様を散歩にお連れすることも、
在宅生活を支える一環として行います。

今日は、ずっとお誘いしていたけど、
体調不良でそれどころじゃないと断り続けていらっしゃった患者様を、
ようやく近くのスーパーまで買い物にお連れすることができました。

今年90歳になるこの方は、
ずっと美容師をされて来られたそうで、
寝たきりに近い暮らしを送られている今も、
自分のやり方を曲げずに持ち続けておられます。

一日に用事は一つまでと、
マッサージの予定を含め自分のことは自分で管理されています。
多くの方が、
ケアマネジャーの立てたプランの中で生活することを
基本にされていることからすると、
ちょっと異色な存在です。

彼女は、彼女の予定に翻弄される事業所とは、
なかなかうまく折り合わない時もあるようです。
でも私は、あまりに”はっきりワガママ”な暮らしぶりを
尊敬の眼差しで眺めています。
もちろん私のマッサージの予定が、
週替わりになることもキャンセルになることも珍しくありません。

「昔は不良バアさん。今はヨレヨレバアさん」と
ご自身のことを表現されるその身体は、
何度かの腰椎圧迫骨折後、
食べた物もうまく胃に収まらないのか、
ご飯も喉を通りにくいらしく、
体重は30キロを切っています。

ですから、長らくなんとかスーパーで食材をみて、
好きなものを買って欲しいと考えていたのでした。

天気もいい今日の外出の結果は予想以上で、
スーパーに向かう道すがら
「この道通るの何年ぶりやろ。
いつも車でデイと病院の往復やろ。
お上りさんみたいやわ。ウキウキや」と
はしゃいで下さいました。

スーパーでは、
「そんな食べられへんけど、見るだけでいいし」と
いいながら、
野菜からお刺身、お惣菜、おやつにデザートまで買われました。
あまりに嬉しそうに、
日持ちするものをと探されるので、
「次の機会に。また来ましょう」と言ってしまいました。

予定の倍以上の時間がかかってしまいましたが、
これで少しは食欲が湧いて、
美味しく食べていただけたら何よりです。

「不良バアさん」は、「ヨレヨレバアさん」になっても、
自分で考えたことを自分のやり方でされます。
それは、時に一般的なやり方と違うので、
私たちは、戸惑い、関わりの距離を遠ざけようとします。
でも、本当は、多様な人生を受け入れることで、
ステレオタイプではない関わりを模索して行くことが出来ると思います。

そして、自分が齢を重ねて行った先は、
誰になんと言われようと、嫌われようと、
「不良バアさん」みたいになるのが
いいような気がする今日この頃です。

連休はお休みいただきます。休み明けにリフレッシュしてまた頑張ります。よろしくお願いします。

スーパーレディーは東北出身、唄うまし

みなさまから励ましのお言葉をいただくだけで、気分アップです。
前回のブログを読んで下さって本当にありがとうございます。

ガッガリすることもいっぱいありますが、
訪問の仕事は何気ない会話の中で
それぞれの深い人生観を垣間見られることがあります。
日々の仕事の中でそういう経験ができる事は、
最高の贅沢だなと思います。

どの方の人生もそれぞれに教えられることが多いのですが、
中でも私の一番長いお付き合いの患者様は、
御苦労が多かったからでしょう、
どんな話しもサラリと笑いに変えて、
いつも私を笑わせて下さいます。

東北生まれのこの方は、
「おしん」顔負けの人生を送って来られたように思います。

親元を離れて、
子守ざんまいだった幼少期を過ごされたそうで、
流れ流れてたどり着いた京都でも、
京都に馴染むまでの苦労は言うに言われないとおっしゃいます。
その頃は苦しすぎて笑う顔が引きつっていたから、
鏡を見て笑顔の練習をしたそうです。

「笑顔がいいから話しかけやすいと
言われたことがあるけど、
これは練習した笑顔なんやで」
と笑って話して下さいました。

20年前に脊椎の疾患のため、
手足から麻痺し、歩行困難になり、
訪問マッサージを受けられるようになりました。
しばらくは歩いて生活できるようになっていらっしゃいましたが、
今は立つ事さえ難しくなってしまわれました。

しかし、
ベッドの上ではなんとか、時間をかけて、
必死に、自分の事をされています。
それでも、
今迄の苦労に比べれば、
食べる心配をしなくていい今の暮らしは
苦労の内には入らないそうです。

「お金がなくて、
毎日、毎日、団子汁しか食べられなかった時がある。
今は何でも食べられるのに、
身体が大変でたくさん食べられない。
こんなもんやなー」と
ポツリと呟かれることもあります。

慢性心不全をかかえた身体は、
「話していても苦しくなる時がある」とおっしゃるので、
「しんどい時は休憩したらいいんですよ」と言うと
「おばあが楽しみで話してるんやからいいねん」と
事もなげに言われます。

出来ないことがあっても、
なんとか、自分でやろうと様々工夫をこらしていることを、
行くたびに話して聞かせて下さるので、
私は彼女のことを、
尊敬の念を込めて、『スーパーレディー』と呼んでいます。

彼女も、
東北なまりで「すーぱーれでぇ」といいながら、
この方呼び名を気に入って下さっているようです。

スーパーレディーの彼女とは、
ワイドショーを見ながら、
ああでもない、こうでもないと話をしたり、
昔話を聞かせてもらったり、
たまには、
私のダメダメ子育て話を聞いてもらったりしながら
マッサージをします。

「辛くて、うまく行かなくても、
ちゃんと見る人は見ていてくれるから、
人に意地悪したりしたらあかん。
一生懸命真面目にしてたら、
必ずいい風になるから」と
話して下さる彼女の人生を見るたびに、
真面目に生きることの大切さをしみじみと感じます。

私の仕事は、
心疾患と四肢麻痺をかかえた身体が、
小さな力でも効率よく動くように、
関節可動域が小さくならないように
コンディションを整えることです。

それから、心臓の負担を少しでも減らすように、
血流を良くし、浮腫を軽減することです。

歳を重ねるごとに、
状況は厳しさを増してきているように思いますが、
毎回の訪問が少しでも彼女の役に立つように
がんばりたいと思います。
そして、
まだまだ長くお付き合い出来たらいいのになと思っています。

おらがの嫁っ子はでっぱりだ。でっぱりだら、ぼんだせ。ぼんだしたらあげまんまととっぽじるかーね。

うちの嫁っ子は不器用だ。不器用な嫁は追い出せ。追い出したら赤飯と豆腐汁でお祝いしよう。
という意味だそうです。

ヒドイ唄だけど、彼女にかかるとなんともユーモラスでかわいい唄になるように思います。

患者様とのご縁

先週はいろいろなことがありました。

一つめ
ケアマネジャーさんから新しく仕事を紹介していただきました。

訪問リハビリの先生が、その患者様の訪問リハビリは終了するからと、
マッサージに引き継いで下さいました。
主治医の先生も快く同意して下さったおかげです。

患者様は
円背(えんばい)、足腰に痛みがあるけれど
生活動作はほぼ自立されている方で、
その自立している生活が長く続くためのお手伝いです。
引き継ぎのために、
訪問リハビリの先生の治療を見せていただきました。
治療はとても丁寧、爽やかで若くて男前な先生です。
ストレッチと可動域訓練をしながら、
その患者様の問題点を的確にお話しして下さり、
その上で、必要なことを教えて下さいました。
長いお付き合いだったそうなので、
リハビリの先生のやり方を基本に関わらせて頂きたいと考えています。
これから、ご期待に添えますように。

二つめ
入院中の患者様の退院カンファレンスがありました。

神経難病を患われている方です。
意思疎通や嚥下(えんげ)もままならず、
起居動作(ききょどうさ)はほぼ全介助です。
認知レベルは全く問題ありません。
カンファレンスでは、
病院において
看護師・理学療法士・言語聴覚士・作業療法士
そして医師がチームを組んで、
機能の確保に取り組んでおられる様子を知ることができました。
在宅でも、
訪問リハビリ・訪問看護の方とともに関わることになります。
身体が楽になるように、
リラクゼーションをメインにした関わりになる予定です。
退院カンファレンスに参加させていただくと
医療従事者がどのようにリハビリやケアを進めておられるかを
知ることができ、いろいろ勉強になるのです。

三つめ
一番ショックだった出来事でした。
関わらせていただいて3年になる患者様の治療同意ができないと主治医から言われたことです。

治療効果が認められず、治らないから必要ないということでした。
その上に、関節拘縮がきついので、骨折の危険性があるからという理由でした。
脳梗塞を何度か繰り返されているため寝たきりの方です。
失語症があり言葉を発することが出来ませんが、アイコンタクトは出来ます。
イエス・ノーで会話をしていきますが
もちろん完璧に意思を汲み取ってあげることは出来ません。
ご家族は、
「治らないけど、スキンシップで関わってもらえるだけでもいいのに」と言って下さっていますが、
主治医の決断を覆すことは難しいようです。

マッサージの治療は
マッサージという手技に科学的根拠があるかどうか、
治療効果があるか、
計画的に関われているかなど、
様々なご指摘をいただきながら、
医師の同意のもとで治療をさせていただいています。

治療効果があるなと私が考えている場合も、
言語化できないと効果に入らないこともあります。
また、私が効果と判断していることが
医師には効果とは考えられないこともあります。

逆にこんなことで良いのだろうかと不安になる仕事であっても、
患者様の訴えが強い場合は医師が同意して下さるということもあります。

科学的根拠があり、治療が素晴らしいから訪問マッサージが認められているというより
患者様とご縁があったからと思う方がしっくり来ることが多くあります。
同意がいただけない時やお断りされた時は
ご縁のない方だったと思うことで心が落ち着きます。

ただご縁のあった患者様には全て愛のある治療を目指しています。
手から愛が溢れるような関わりを一番に考えています。

西洋医学においても
治療の中心をなす薬がすべて100%ということはないように思います。
そして、同意下さる医師が同じ教育を受けられたとしても、
先生によりお考えは様々です。

日々の仕事で
主治医の関わりが最期の看取りを大きく左右する現実を前にして
患者様の治療は縁のあるなしが大きいのかなと思ったりします。

私に患者様との縁を繋いで下さる関係者の方々のおかげで
毎日仕事をさせていただいていますから、
ご紹介して下さった方の想いも大切にしながら、仕事ができたら幸せです。

いろいろありますが、私に出来ることを誠実にするしかありません。

映画スターみたいな患者様の若かりし日の御姿。今も、男前の性格で女心を上手にくすぐって下さいます。
お話を傾聴しながらマッサージをする30分が患者様の心の栄養になり明日への活力になるなら医療として認めてもらえないかなぁ〜。

片麻痺と肩こりの治療の共通点

先日から、脳梗塞後発病後10年になる、右片麻痺の患者様の訪問を初めました。
その方には一年前に1カ月訪問した後「身体の力が抜けて歩きにくくなった」と断られた方で、今回は再開の依頼をして下さったのです。

脳梗塞の後遺症では、
一つ一つの筋肉がそれぞれ個別の働きをすることができず、一つの大きな動きとなってしまいます。

手を動かそうとすると、肩・肘・手首・手指関節全てが同時に働いてしまうために、なかなか実用的に回復することが難しいのです。
足の場合も同じで、なんとか歩くことが出来ても、複雑な動きの回復は難しく、力を入れ、足を一本の棒のように固めることで、歩行を可能にしている方が多いように思います。

これを専門用語では、共同運動といいます。私の説明だけではわかりにくいかと思います。参考にウィキペディアから引用しておきます。

共同運動(きょうどううんどう)とは、脳梗塞や外傷による後遺症の一つで、特に回復期に認められるものである。発病の当初は随意性を喪失していることが多いが、やがて肩・肘・手指全体を生理学的な屈曲あるいは伸展方向に同時にのみ動かせる運動だけができるようになりこれを共同運動と呼ぶ。続いて各関節を単独で動かせ、さらに回復が進めば、複数の関節を屈曲・伸展逆方向に同時に動かすことができる複合運動が可能になる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B1%E5%90%8C%E9%81%8B%E5%8B%95

このような状態が続くと、麻痺側のみならず、健側も含めた全体の柔軟性が失われ、やがては歩行困難になったり、血流不全による浮腫から感染症になるなど、二次障害を併発してしまわれることになったりします。

なぜなら、そもそも筋肉というのは、
基本的には相対する二つの動きから成り立っていて、
その伸び縮みによって関節を動かしているので、
一方向だけの動きが強ければ、骨格の変形など様々な影響が出てくるのです。

また、このような状態を痙性麻痺(けいせいまひ)と言い、
脳卒中など、中枢性の麻痺が起こす状態で、
この状態の改善がリハビリテーションにとって大きな課題となっています。

こちらもわかりやすく書かれた説明をのせておきます。

痙性 / Spasticity
痙性は麻痺に伴う副作用で、軽度の筋硬直から、重度の脚部運動制御不能まで、各種の痙性があります。症状には筋緊張の増加、急激な筋収縮、深部腱反射亢進、筋肉の痙攣、鋏状脚(無意識な足の交差)、関節の固定が含まれます。

https://www.christopherreeve.org/ja/international/top-paralysis-topics-in-japanese/spasticity

特定の筋肉が継続的に収縮した状態と定義されることもあり、この硬直によって、歩調や身体の動きや発話が妨げられることが起きてきます。

私は、このような痙性麻痺と共同運動に苦しんでおられる方の治療をする時は、
中枢性の麻痺に対する治療という観点ではなく、
継続的に収縮した一かたまりの筋肉を再分化、
つまり、もとの一つ一つの筋肉に揉みほぐしていくという考えの元に治療を始めていきます。

というのも、筋肉が元々の働きどうりに働かず、
代償的に働いたり、
一体化して弾力性を失っていくことは、
なにも痙性麻痺の時に特別に現れる症状ではないからです。

一番身近にある例だと、肩凝りの筋肉の状態も同じようなものだと考えています。
ただ肩関節という可動性の少ない場所と、
手足という可動性の大きな場所の筋肉の違いが見た目には全く違う印象を与えますが、
継続的に収縮した結果である筋肉の状態はよく似ていると考えています。

ですから、リハビリテーション医学の世界では、
痙性麻痺による筋収縮を改善するために、
様々なテクニックが考え出されたり、
シワ取りに使われるボトックス注射が行われたりしていますが、
私の経験では、
肩凝りをほぐすように、
一つ一つの筋肉を丁寧に揉みほぐしていくことで、
かなりの効果が得られると考えています。

ただ、痙性麻痺の治療をしたことのある人や、
身をもって体験されている方ならわかると思いますが、
強く揉めば揉むほどに緊張が強くなったり、
縮んだ関節を伸ばそうと力任せに引っ張れば、
ますます縮んでしまうので揉んでどうにかなるとは考え難いかもしれません。

このことこそがコリをもみほぐすためには、
力技ではなく、
まず緊張を取り除くことが何より大切だと考えるきっかけを与えてくれたように思います。

筋肉が一かたまりの硬い固まりの様になっている時、
筋肉ではなく、
まず表面の筋膜が緊張し硬くなり、
中の筋肉を覆っているのです。
ですから、まず筋膜の緊張を緩めることが大切です。

この筋膜の緊張を解くことが最も難しいことの一つではないかと考えています。

鍼治療はそれに対しては、とても効果的です。

鍼治療が出来ないマッサージ師の私は、
鍼の刺激の深さに到達するには、
鋭い深い指圧が必要だと考えていたため、
「痛いけどごめんなさい」と言いながら筋膜のねじれや緊張を解くために、
力の治療を続けてきました。
効果がないということはありませんでしたが、
痛みを伴うことが悩みの種でした。

ですが、実は、皮膚の表面への最も柔らかな刺激が、
心地よい刺激であり、
また私自身の労も一番小さく、かつ、最も効果的であったのです。
(これは自分で発見したのではありません。このことは、またいつか、きちんと文章にしたいと考えています。)

筋膜の緊張が解けたら、
少しずつ筋繊維の中に指を入れ、
筋繊維がこんがらかっているところをほぐしていきます。

痙性麻痺が強ければ強いほど、
筋膜の緊張をとることも、
筋繊維の間に指を入れことも容易ではなく、
根気よく治療を続けることが必要です。

しかし、肩凝りの治療のように、
ストレスや長時間のデスクワークで凝り固まった身体を1ヶ月〜半年、
あるいは一年以上の時間をおいてほぐしていく「作業」に比べれば、
一週間に1〜3回を継続的に関われる脳卒中後遺症の治療の方が、
私にとっては「楽な作業」だと感じています。

脳卒中後遺症の方のリハビリにとって、
痙性麻痺を軽減することは治療のゴールではなく入り口です。
柔らかくなった手足をより使いやすいものにしていくには
その先の訓練が欠かせませんが、
硬いままよりは柔らかい方が、
全体が楽であることに間違いないと思います。

今回、再開を依頼して下さった患者様のご希望は、
足が背屈すること、
つまり足首が自由に動くことと、
肩から手首の動きの出現です。

なんとか鉛筆が使える指にまで回復されているのに、
肩から手首にかけては、
鉄の塊が付いているようだと感じておられるのです。

一年前の失敗は、
私が性急に患側の改善を図ろうと刺激量が多すぎたことと、
全体のバランスを欠いた治療をしたことだと反省しています。

ですから今回は、
ご本人の訴えから、
一番遠い場所からほぐしていこうと考えています。
一番遠い場所とは、健側の体幹です。

なんとかお役に立てるよう頑張っています。

コリの正体と格闘すべき相手の話から遠ざかりましたが、
凝り固まった状態の治療の中では、
片麻痺の治療も、
肩凝りの治療も基本的には同じことだったのです。

屈筋と伸筋(あるいは抗重力筋と従重力筋ともいえます)という
二つの筋肉のバランスの崩れた結果生じた状態という意味では全く同じ。

あるところでは、強い力が必要になる時もあります。
しかしその緊張を取り除くには、
まず最も小さな刺激が、最も効果的であり、
その先にこんがらがった筋繊維をほぐす道が伸びているのです。

コリという「敵」と闘うのではなく、
コリを抱えた、
あるいは苦痛を抱えた身体を治療させていただいている、
という気持ちを基本に持ち続けることが、
患者様の身体丸ごと優しい気持ちで包みこめるような治療を生み出し、
そしてその先に本当の癒しがあるのだろうと思います。

まだまだ未熟で、毎日が発見の連続です。

患者様の訴えにいつも謙虚に向き合える治療師でいたいと考えています。
どうぞよろしくお願い致します。

ネコみたいに身体が柔らかいといいのだけれど。でも、ネコちゃんもマッサージ大好きです。

好きなことは自立して生きる力になる

日曜日に久しぶりに、写真整理をしていたら、懐かしい患者様との写真が出てきました。

この写真の患者様は2年前に亡くなられました。
以前勤めていた治療院から、20年近く付き合わせていただいていました。

「若々しくて歳とらはらへんねー」と私が言うと、いつも最高の笑顔で応えて下さる患者様です。

軽い知的障害があり、水虫から感染症を起こし蜂窩織炎になられたのでしょう。処置が遅れて、病院に救急で運ばれ、右下肢を大腿から切断されていました。
体重が重かったためか、理解力が足りなかったためか、当時、まだ60代の若さにもかかわらず、義足を作ることさえなく、ほとんどリハビリもないまま退院、在宅生活を始めておられました。

ご主人と小さな長屋での二人暮らしでした。所狭しと物が置いてある部屋に介護用ベッドが導入されていましたが、ベッドから床に下りるのが大変で、それでも、なんとか下りたり、部屋の外のトイレに行ったり、いざっていうときは台所まで移動されていたように思います。

とりあえず最初はベッドからの移動が簡単にできるように。また台所に立ってご飯を作れるようになることを目標に訪問を始めました。

彼女の場合は、怖さが様々な動作の障害になっていましたので、それを取り除くことだけで、すぐに多くの動作が可能になりました。

彼女と出会った頃の私は、まだまだ未熟でしたが、怖さが半減するように介助するのはそう難しくありませんでした。

それは、立ち上がり、立位、移乗など、本人の行う全ての動作を、腰をキープして助けてあげればよいのです。
腰を中心とする体幹の動きが、こわばったり、筋肉が過緊張することがあれば、私の介助の方向や量が間違っているのです。

うまく安心感を与えてあげることができれば、日常生活動作は格段に広がります。
リハビリは本人が頑張るものではありますが、怖さを取り除くだけなら、こちらのやり方、努力次第でかなり改善がみられます。

自分の家での動作に自立された彼女は、台所でご飯を作ることができるようになられました。

その後は、マッサージをして残った足が痛まないようにしながら、車椅子で散歩に行ったり、4点歩行器という杖で歩行(?)練習をしたりしました。

しかし、そのうち、私は彼女の担当を離れてしまい、彼女との関係が薄くなってしまいました。

その間に、ご主人が亡くなられてお一人になられたり、家を引っ越すことになったり、内科的な疾患から発熱が続いたりと、最終的にはトイレや車椅子の移乗が出来なくなり施設に入所された後に亡くなられました。

それでも彼女のことは、とても印象に残っています。
食べるのが大好きだった彼女ですが、片脚に負担がかかりすぎると食事の制限がいつも課題になっていました。

様々制限をされても、彼女は、大きな体に小さな前掛けをして、お好み焼きを焼いて食べたりされていて、私はそういう自立した生き方が好きでしたし、好きなことにかける気持ちの大切さを見せていただいたように思います。

最後まできちんと関わることが出来なかったことが大きな後悔です。が、本当に楽しく仕事をさせていただいたことを感謝しています。

あの世でご主人と仲良くされてたらいいなと思います。

中途障害

先日、若くして中途障害になられた患者様の訪問中、区役所の人と電話で何かお話されていました。詳しくはわかりませんが、役所の対応に憤慨されていたようでした。

このようなすれ違いの根っこにあるのは、制度の不足や憤慨する側の個人的な資質ではなくて、中途障害を受けながらも、懸命に生きていることに対するこちらの共感のなさにあるのではないかと思います。

若い中途障害者の患者様に訪問を始める時は、本当に緊張します。
中途障害を受けるということ自体が、健常で働いている私には想像出来ない苦しいことだからです。

その上に、機能回復は望めないとか、病状がやがて進行していくとか、治療方法はないなどと言われている患者様が、最後の望み、あるいはせめてもの救いの手としてマッサージを希望されることが多いからです。

身体が自由に動かないということは、動いている機能までも動きにくくすることであったり、循環器の機能をも低下させることになるので、機能の回復目的ではなくても、生活の質の向上のためにマッサージは多くの場合に力を発揮することができると考えています。

でもそんなことで満足するのは、する側の考えであり、医療的な"正しい"見解を受け入れることさえも簡単なことではない中で、最後の希望として仕事を始めることになるので、安易な発言を慎みながら、お役に立てる事を探さなくてはなりません。

でも、よくよく考えてみれば、機能的な障害という事以上に、働き盛りの、自分で自分のことが何でも出来るその時期に障害にみまわれ、手足の自由を奪われるということは、精神的に自分を支えている全てを奪われることに等しいのだろうと思います。

自分の考えで行えていたことが、一つ残らず一人では出来なくて、常に誰かしらの手助けを必要と
する状況を簡単に受け入れることができる方が稀だと思います。

でも、私も含めて、在宅支援サービスを提供する側はついつい、生活の利便性や保清のためには、こうすることが簡単で一番いい方法だと提示し、そのスタンダードに合わないと、やりにくい人だと批判的な目で見てしまうことが多いように思います。

自分でできない"わずか"の助けを求めたら、他人が家に入り込み、タンスの中身まで見、パンツの中まで、全てをさらけ出すことになります。
このような事態の中で、共感のない理解ない言動に出会えば、心がハリネズミみたいになってしまうのは、仕方ないことかなと私は思います。

老人や小さい頃からの障害者は、長い時間の中で数々の事を諦めた上に助けを受け入れられるようになっているだけで、それをスタンダードにしてはいけないように思います。

不満やすれ違いの元は、心の混乱や不安や苦悩、受け入れがたい状況に対する共感のない心ない対応に傷ついているのであって、クレームのためのクレームではないのです。

共感するということは、とりあえず一旦相手の言い分を聞くことだと思います。その上で努力したら、出来ること、どうしても出来ないことをきちんと伝える努力が必要だと思いますが、状況が苦しいのだから、その中の混乱や意地悪したくなる気持ちが相手の中に芽生える時は、少し大きな優しい眼で見てあげられるとこちらの対応にも余裕が生まれるように思います。

私も訪問マッサージを始めた頃は、若い中途障害の患者様から、怒鳴られて泣いてしまったり、あまりに厳しい言葉に言い返してしまい訪問が中止になることがありました。
もう亡くなられた患者様ですが、50代でリウマチを発症され、痛みの辛さを抱えながら機能低下が進行するのを防ぐためにと訪問させていただいていた患者様がおられました。

その方は、二人といないくらい厳しくて、気に入らないと私の人格にまで言及して来られる方でした。けれど、打ち解けて話がはずむと、10歳の少女みたいに可愛らしく、お母様を助け子守にあけくれた日のことを話して下さっていました。

10年以上の付き合いの中で、本当に無茶苦茶に言った後に笑いながら、「悪いなあ、あんたしかあたるとこないねん」と言って下さったことがありました。加齢とともに機能がどんどん低下するに従い、言葉がどんどんきつくなっていきましたが、その言葉に支えられ最後まで訪問することが出来ました。

受け止めるということの本当の意味をこの方に教えてもらったように思います。おかげで今はそれほど相手を傷つけることなく仕事が出来ているかなと思います。

先日、「中途障害者の支援に関わり始めると、他の仕事はしたくなるなる」と障害者支援センターの方がおっしゃっていました。パッケージされたサービスの提供ではない本当の支援に関わり出すと楽しすぎてやめられないのだそうです。

私もそんな気持ちになれるよう、困難なケース(つまり患者様の生活や心が安定しないケースという意味)をマッサージを通して関わって行けたらステキだなと思います。

未熟な人間ですが、謙虚に頑張っていきたいと思います。お気づきの点は、ご指摘いただけるとありがたいです。どうぞよろしくお願いいたします。

前を向いて歩いて行けるのは身体が動くからじゃないと思う。前を向ける心があるからだと思う。前を向く心を一人で保てない時もある。誰かのほんの少しの優しさが心を強くしてくれる時がある。そんなほんの少しの力になれるマッサージが出来ますように。言葉ではなくて、手から愛がこぼれるようなマッサージができたらいいな。

春がきたことを知らせてくれる身体

昨日は京都府鍼灸マッサージ師会のブロック総会と懇親会がありました。帰りついたのは午前様でした。

今日は朝から町内ソフトボール大会があり、2年ぶりのピッチャーで、二試合も投げました。もう身体が動きません。身体中が棒のようです😭

今週は京都に春が来ました。

春が来ると、患者さんたちの身体が、すっごく、まるで別人のようにほぐれます。本当は見た目はほとんど一緒かもしれませんが、一ミリの隙間を作ることに必死になっている私からすると別人のように思えるくらいの緩みです。

気温が上がった時にある日突然緊張が抜けるのです。何度になると緩むという単純なことではない気もしますが、とにかく春が来たのを植物みたいに知らせてもらえる緩みです。

最初この変化に気がついた時は、今日はどうしたんだろう。私天才?なんて思ったりしましたが、毎年同じことが繰り返されるので、春が来た❣️ってわかるようになりました。

身体は正直ですね。

そんな中で一番嬉しかった出来事は、パーキンソン病で寝たきり、四肢の筋緊張が強く、衣類の着脱も大変な方の身体に春が訪れたことです。
主治医も抗パーキンソン剤の調整に苦心されていますが、あまりの硬さに手のつけようもなく、ご家族だけでなく、ヘルパー・訪問看護などみなさん困っているし、なんとかしたいと必死の努力をしてはいるのですが大きな改善がみられません。

四肢の緊張が強く、嚥下も発語も困難な方です。緊張が強くない時は、両下肢を上手に動かして足を足で掻いたり、手で胸を掻いたりされていましたが、この頃は自由に動かせるのは、眼の開閉くらいになっていらっしゃいました。

こんな生活がもう五年以上続いてるこの方の意思表示は本当に小さいし、出来ないことが多すぎます。こういう状態が続くと、意思表示することや世界にコミットすること自体が嫌になられる方が多いように思います。
ところが、この方は私の質問や声かけにちゃんと目で返事をして下さいます。座ることさえままならない本当の寝たきりで、発語も出来ないのに、閉じこもったりいじけたりせず、必ず返事して下さる様子から、人柄を感じることができるすごい人だなといつも思わせていただいています。

その動かない、目でしか返事できないこの人が、先日は、施術する前に、脇が硬くならないようにかませてあるクッションを取ろうとすると、少しですが御自分で脇を開いて下さいました。
驚きながら施術をすすめると、背部など全身の緊張が少し緩んでいます。
そして最後は、私とご家族様の話を聞いて、笑みを浮かべて下さいました。久しぶりの表情に本当に嬉しくなりました。

長い時間筋緊張が強かったので、少しの緩みが出ただけで、関節は固まってしまっています。それでも1ミリの隙間が全身に作れるようにすることがとても大切です。
皆さんの努力が功を奏していて、床ずれも大きな皮膚トラブルもありません。しかし残念ながら、唾液を飲み込むことや、呼吸することはだんだん厳しくなってきておられます。

御本人様が諦めきっていらっしゃらないのです。私も春の力を借りて、楽な呼吸が出来るように、またもう少し表情がいっぱい出せるよう取り組みを進めて行きたいと思います。

陽射しが春です。
短い春にはマッサージのかわりに車椅子散歩に行ったりします。

生きてきたように死んでいかれる

今日は月末です。楽しいレセプト業務の日ですが、くたくたで、もう一歩も動きたくありませんが、するしかありません。

今日は先日の肋骨ペコペコの顛末を少し。

あの患者様は転倒の痛みに耐え兼ね、結局入院されました。
診断結果は、左第六肋骨骨折ということでした。
知り合いの医師に尋ねると、あのビードロペコペコは肋軟骨の脱臼または骨折音だそうです。
けれども、肺に突き刺さるとかそういう重篤な状態ではなく、息しても痛い時は、だいたい肋骨骨折で、バストバンド固定くらいしかすることはなく、全治1カ月だそうです。
ご高齢なので、もう在宅復帰は難しいかもです😢
病院が大嫌いだっただけに、もう一度在宅に帰って来て下さると嬉しいのですが…

どんな風に最期の時をどこでどう送るかは、全てが理想通りというわけには行きません。

この知り合いの医師は在宅でも病院でも、多くの方を送っておられます。この先生が言われるには「みなさん、生きてきたように死んでいかれる」そうです。
それは、私たち、外部の人間というよりはご家族との関係や、ご家族がいない方は周りの人間との関係の延長線上に死があるということかなと思います。
とにかく、ここから先はただ祈るのみです。いつ何が起きても不思議ではない毎日の連続です。悔いのない仕事を積み重ねて行きたいと思います。

さあ今からレセプトでーす😭

 

今日は動画をアップします。痙性麻痺に苦心しているところです。